2018/2/1

失敗をしたら自殺をしたい、という概念  ふと思いついた事。

<まとめ>

失敗=死ではない現在が歴史上おかしい。

だが発展は失敗と同義語としても過言じゃない。

失敗を受け入れた人、許された人達によって現在は発展している。

許さない人、許されなかった人は発展を停滞させた人達。

失敗をする=発展の母、確信しました。失敗バンザイ。

<おわり>


<自分かたり>

特に兄が失敗を許さない人でした。

何か失敗をすると笑い者にし親に「ほら知的障害がある証拠だろ」と自慢げに話していました。

また僕の肋骨を3本と背骨の一部を破損し半殺しにされた経験もあり、「気持ち悪い」「ただ顔を歪ませて笑う」ことで身体醜形障害が未だあり、ついでに親指の付け根を変形されました。

個人的に致命的だなと思うのは、自分より能力が低い人間をカス扱いしてしまうことです。

自分未満の人間はいるはずがない、いるとしたら人間ではないという優生思想じみた概念があります。

これも証明のひとつですね。

失敗を許さない兄によって、本来発展していた能力が開花しなかったわけですし。

開花という言葉を使うと大げさに見えますが、実際に抑えられた能力はあると確信しています。

<おわり>

昔、紀元前あたりでまだ住居も安定していなく冷凍保存という知識も無かった時代。

失敗=死につながるという概念はこのころからの由来だと仮定づけました。

その思考回路は現代人にも存在し、最近まで切腹が肯定化されてましたし。

だから、現在の「失敗をしても生命を取られない」というのは人間としてまた動物としてもかなりレアな時期。

レアな時期、言い換えれば「本来ありえない時代」ということです。

生命の保護=種族の繁栄という概念を培ったのは日本は戦後からで、全世界的には未だその概念を習得していないところもある。

その前段階が「優生思想」や「同族優先」ですね。自分の周りの同種だけ、優れた者の命だけが大切だ、という。


なので、「失敗=死にたい」は正常なんですね。当たりまえです。

失敗をしても死なない現在がおかしい。


またこれが人類の英知ですね。

つまり失敗こそが人類発展の母です。

失敗が許されなかったら第5次世界大戦で地球破滅寸前だったかもしれませんね。

恐らく紀元前でも「失敗をゆるす」という思考を持った人はいたはず。

そういう人達のお陰で人類は発展したんだなと。

あと「失敗を隠した人」もですね。失敗をした己自身を許した人。

全人類失敗を許したのなら今頃スペースコロニーができています。


失敗=自殺と直結しない人はいないという結論に至りました。

実際直結しない人はいるじゃないか、という疑問。

それは誰かにフォローされたり、失敗を失敗だと思っていなかったり、リカバーが潤沢だったり、失敗をしても落ちむ必要がないと確信していたり、命が何よりも大切と両親から教わっていたり。

失敗=死を克服する概念の構築を、幼い頃に施された人達が恐らく今の経済を支えている。


<自分語り>
僕はしょっちゅう、というか永続的にですね。

3歳の頃から明確に死にたい、という感情があります。

日々更新し今は「ボタンを押したら即死するボタンが欲しい」ですね。



これは家庭環境が由来しているのかと予想していました。

通い始めた保育園は協調性第一で、仲間はずれ(いじめ?)があっても1人の犠牲で他が元気ならば良いだろうっていうところでした。

仲間はずれにされている奴がいたので寄り添ったら、そいつが多数派に「あいつはおかしい!」とタレコミをして多数派に加入、僕対大勢という「なにこれ」状態になったことを思い出すと、今でも吐き気が。

家族はそれを「知的障害がある」とみなし色々な施設に放りこんだのもこの時期からですね。

知的障害が認められないのはおかしい!として親は躍起になってたんですね、色々思い出します。

その1施設の従業員に舌を思いっきり引っ張られたんですね。ごねたので。

感覚はまだ覚えていますよ。味が特にですね。凄く苦くて、舌を動かす度に嫌な気持ちになりました。

もしかしたらそれがきっかけで吃音になったのかもしれませんね。



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2018/2/1

成功している人との類似点をみつけだすということ  ふと思いついた事。





楽天社長三木谷。

僕の中学時代の通知表とかなり似ています。

遅刻は3年間で210回でしたが。

家から徒歩1分に学校があったんですが、扉を開いた瞬間に同級生とばったり合う(特に女子と)のが嫌だったの、遅刻するぎりぎりでいっていました。

家を知られたくありませんでしたし、家から外へでた瞬間の隙を見られたくなかったからです。

プライベートと学校を仲がいい人以外とは共有したくなかったからです。

成功率は60%くらいでしたね。


こうやって成功者との類似点を発見をする。

いいところは、これが理由で僕が惨めになったわけではない、という裏付けが得られる事。

人によりけりですが、自責他責の時に反論ができる。

それっぽいこと言われると、因果関係証明されていなくても「確かに」と納得して落ち込んでしまう。

良かったですよ本当に。



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2018/2/1

それでも  ふと思いついた事。

(4)すれ違うたびに「きも!」と言われる

<それでも>社会から見放されないために生き続けねばならない。


<それでも>生活のため学校、職場にいき、生き続けねばならない。


(3)寝る前いつも兄に半殺しにされることを思い出す

<それでも>生き続けなければならない。



(2)職場でおもちゃにされた

<それでも>生活のため、生きるために働かなければならない


(1)学校でいじめられた

<それでも>勉強するため学校へ行き、生き続けなければならない



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2018/2/1

自分をしっかり記録するということ  ふと思いついた事。

子どもにどうせっするか=自分の子ども時代を救うはず、と希望。

上手下手、という概念は「自分と比較して」じゃないと心が折れ易い。

なぜなら上昇志向が強い子ほど上と比べるから。

そのためには、0歳から事細かく記録しておく必要性。

過去の自分と比較するために。


不必要の無い劣等を抱くことがなくなる一方で、上昇志向が薄れる危険性。

しかし、比較に対しての向き合い方に耐性というか、良い付き合い方ができるのではないかと。

無闇に比較をしない。

凄い作品をみて「相手の方が上手い、悔しい」ではなく「すごいな」で終わる。


劣等感は己を高めるエンジンになりますが、発動した瞬間対象に支配されます。

「このレベルに追いつきたい」と。

自然と最短ルートを探索する。

どっちがいいのか、僕にもまだわかりません。

ただ、今のところ比較に対する付き合い方が下手という自覚はあります。
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2018/2/1

2018 1月 第5週  週間雑記まとめ

<総評>


ワンフェス

記事6
NETFLIX IG ボンズ と連帯 
本当に、15年遅い!!!!!!

記事5
ウルトラゲームス
ゲーム番組に期待するのはだめだったんですよ

記事4
ヤフオクで公式フィギュア販売
宣伝上手いなぁ

記事3
相手の軸に合わせてしまう癖を絶滅させたい
相手の意見が自分と違う→自分はおかしい、どこがおかしいのかを探す→探し出して「僕は〜という経験(考え)があるからおかしい意見なんだ」とおかしい前提で伝える

記事1
自炊してわかったこ
子どもが改善しようと試みた事を悪口で牽制する親はさっさと親権剥奪して金だけ払わせたらいい。

記事2
運と努力の違い、羨望の立場 
疲れた。
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2018/2/1

道具と弘法筆を選ばず  ふと思いついた事。

真直ぐ線を引けるとか、字がうまいとか。

昔の人は便利な道具や機械がないので人間自身が精度を上げるしか無かった。

もしかすると「めっちゃ綺麗に円がかける」だけで食っていけたかもしれませんが、その修業に10年かかったり。



今は「弘法筆を選ばず」は使わない方がいいと思いました。

選ばないレベルに達するよりも道具に頼ったほうがいいという考え。

「うまくいかない」

うまくなるまで練習をひたすら

よりも

「うまくいかない」

うまくいくようになる道具を探し購入する

方がいいのかと。

模型作りで頻繁にでてくるんですよね。

3Dプリンタが普及すれば一発で広範囲解決するんですよ。

それを何十時間もかけてうまくなろうとするのが馬鹿らしくなってきました。


でも、確かに練習をすることで本質というか、自分がどうやれば上手くなるかを知る事ができる。

それは他のことにも応用ができる。

自分の癖を知る事で。

まぁでも機械と道具に頼ることで視野が広がりそして選択肢、時間も増えるのでこちらの方が優性なのは揺るぎないです。
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