2018/2/5

スーパーチャットの危惧  ふと思いついた事。

スーパーチャット、youtubeの投げ銭です。

正直楽しいです。

配信者のモチベーション向上にもつながりますし、こちらも参加・関与している気持ちが強くなる。


ただ、あまりにも簡単かつ中毒性がある。

投げ銭中毒、配信者が反応をしてくれるので。

アイドルの握手券、投票券に何千枚と購入するのと同じ危惧ですね。

ダイレクトなので、最高5万円なんですが、皆が100円投入しているときに5万円三連打したらどうなるんだろう、ていうわくわく感が生じるんですよね。


ダイレクトに相手を幸せにできるんですよ、これ、僕にとってはスマホゲーの課金よりやばいインセンティブなんですよ。


僕の中では1000円超えたらヤバいと思っています。

一度うまみを知ると癖になる系だと結論づけているからです。

例えば、プロゲーマーを結構おっかかてて大学生時代から書籍を買ったりして有名人であり尊敬しているんですよ。

実況配信をしている人もいて、その配信で1万円が入ると凄く盛り上がる。


・・・・ホストとかキャバクラと同じですね。

相手の幸せを得るためにお金を払う、ホスト&キャバクラですね。

この楽しみ方は絶対に避けなければ。いつもありがとう的な感じで低額で。

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2018/2/5

ゲーミングスペース  ふと思いついた事。

https://www.famitsu.com/news/201802/05151149.html


アジア初。

全文読みましたが、韓国でよくみるゲームカフェとの明確な違いがわからず。

というか、どういうものなのかあまり理解ができませんでした。



いってみたい、楽しそう、という感想。


ゲーミングスペース?が僕の理想のゲーム部屋ですね。

間接照明で、机に24インチ程の液晶そしてソファー。

ソファーの後ろにはドリンク専用冷蔵庫がある。

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2018/2/5

LINE について再考  ふと思いついた事。

僕はLINEが大嫌いだ、という記事は以前に書きました。

確か「無闇に近すぎる関係を築いてしまうから」というような主旨でした。


人間の意識、についてちょっとした発見ができるツールだとわかりました。

そばにいなくても、言葉を即座に交わせるツールがあると孤独感が薄まる、ということ。

薄まる、は限りなく「なくなる」に近い。


「既読」は不必要な機能だとばかり思っていましたが、これでより「孤独感」を薄められる。

なぜ不必要かというと、既読マークがつくということはいちいち「はい」等の短い勝つ意味の無い返答は省略してもいいんじゃないの?という主張が発生するからです。

相手からすると返事がなく既読だけなら「寂しい」「相手は人間として希薄な感情の持ち主だ」等のマイナスイメージを彷彿させる。


返答者はその相手の機微をいちいち鑑みなければならず、短くまた意味がないが必要な返答をするたびにジレンマに悩まされストレスが発生する。

また「既読がつくんで短い返答は省略でいいんじゃないですか」というただ正当性があることを言われると、それに反論をすると「なんて小さな人間なんだ」と思われるのが嫌なので、納得しないまま「そうだな」と同意してしまう。


しかし、これは人間を軽んじる考えなんですね。既読がつく=反応、相手が目にした証明ですが、そんなことよりもちゃんと同じフィールド、言葉で返事をしないと腑に落ちない。



なので、LINEは気軽に話しかけられる人限定じゃないとだめなんですよ。

既読機能、そして1行の文字数が少なく長文に向いていない作りなので。

メールとLINEを分けるべきなのに、気軽な仲の人達と便利に使える限定ツールを拡大させたらいけない。



私見ですが、このことを理解しているのは少数派です。

大多数は「なんで?」と疑問を呈する。

20年後にはこの考えが一般化すると信じています。

LINEを全てのシーン、家族だったり会社だったり、に利用する現在は「絶賛失敗中!」です。


便利なツールを全てに当てはめるともっと便利になる筈だ試行した結果、便利さは限定された範囲のみである、という流れは科学でよくあることなんですよ。


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2018/2/5

仲間意識を恐れています  ふと思いついた事。

仲間意識が怖いです。


僕は仲間を守るために自分から損をする選択をしたり、仲間の思想に引っ張られたり。


いつのまにか、仲間を維持することが目的となり、本来の自分というものを圧迫させてしまう。

仲間がいることでより

<プラス>

・目標達成が容易、ルートが簡易化される。

・ミスを補ってくれる

・孤独感の喪失、自尊心向上



とぱっと思いついただけでも、人によってかなり恩恵があることがわかる。


それでも、僕が仲間意識を恐れるのは「自己の喪失」が簡単に行われるから。

コレはみんながみんな、ではなくて僕特有です。


生まれて初めての仲間、集団である家族での立ち位置が非常に大事になる。

家族からは「おもちゃ」扱いされ、そこからはみだすと攻撃をされ押さえ込まれる。

幼少時に暴力は絶対受けてはなりませんよ。

暴力は簡単に人を支配できますし、それが一生に渡って恐怖となり人生に闇を覆わせます。


「怖い」なんですよね。逆らったら痛い!という。

実際暴力を受けてなくても「痛い!」と実感するんです。


そんな人間が仲間を求めてはいけません。

すぐ「痛い!」を回避したい!という思考に陥り、本来の目的を失う。


そんな人間が仲間を作る場合は「鮮度」が必要となる。

つまり、プライベートをお互い知らず、目的だけ共有しはじめた状態を維持。


すこしでもお互いのことを気にし、普段どうしているんだろうと興味を抱いたら終わり。


仲良くなるのが苦手。目的意識だけ、それ以外の情報がいらない関係が望ましい。

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