2018/3/16

「自由にしていいよ」はなんの肯定的意味もない  ふと思いついた事。

こんな言葉を厳密化してはいけないとおもいますが。

ただ「少しでも相手を楽にしてあげたかった」ということだと思いますが。

自由という言葉を使う際に僕が必要としているのは

・どのルール内での自由なのか

・何に対しての自由なのか

・比較対象はあるのか

この3点を明確化しないと聞く耳持てません。


「自由」という言葉は大変危険だと断定します。

短い言葉で何通りとも受け取ることができる言葉の中でも。

例えば頑張れ!は「もうがんばっているよ!」というツッコミを封殺します。

なぜなら「応援していますよ」をフランクにした表現だからです。

自由も何かをフランクにしているんですが、その何かが多すぎるんです。

公園で突っ立っている子どもに「自由に遊んでいいよ!」と言った場合。

それは「同い年くらいの子とコミュニケーションをちゃんととって遊ぶ」「遊具で遊ぶ」というルールが制定されています。

なので、急に裸になって大声をだしたら高確率で怒られます。本人が遊びだと本心からおもっていても。



自由というのは一種の脅迫であり、命令であり、支配であり、洗脳です。

自由だ!という主張も己のルール内でしかありえないのにあたかもルール外でも認めるかのうような意味合いです。

自由って素晴らしいも限定的なんですよ。自由の前提条件を明文化しないと。

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2018/3/14

自分の失敗を受容する能力の獲得は非常に難しい  ふと思いついた事。

かわいい子には旅にいかせろということわざがある通り、失敗をさせる=良い教育という風潮。


これは前提に「自分の失敗を受容できる能力」がないと単なる虐待でありイジメであり洗脳手段です。

どきることを徐々に増やしていくことしか人間にはできない。

受容能力がないまま失敗をしつづけると何もしたくならない人間になります。

「俺がいなかったらだめだ」と言われると洗脳されます。

挑戦するときはできないことは1つだけにすること。

2つ以上あると単なる経験で終わり、なんとなく乗り越えた、になりかねない。


「できない」は大きな不安であり、みじめにさせる種でもあります。

一つだけに絞ることです。

できないことを1つだけに絞り挑戦する能力とは大変尊いものです。

経験だけ優先してやった結果、壁が多過ぎて投げ出し苦手意識がつく、なんてのは「悲惨」と評価していい。

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2018/3/14

人気者とコントロール  ふと思いついた事。

いかに人間は表面しか見ていない無いのにすべてを理解したと勘違いしているのか。


<基本>
他人が作り出す。

<方法>
・自分でプロデュース
・他人が祭り上げる


人気者の多くは誰かに祭り上げられた結果。

人気はコントロールができない。

しかし、祭り上げる人はコントロールができる。

当事者じゃないため、他人を騙し易い。

人気者に祭り上げたという優越感を得られる。

人気者は所詮その道具。

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2018/3/13

稲村亜美と中学生と  ふと思いついた事。

Twitterで当事者とみられる中学生達がやりとりをしているんですよ。

中学生だから仕方ない、ではなく、結局生まれてからインタネーットが当たりまえの世代であっても、公開型SNSでこんなやりとりをするんだな、と。

いくら技術が発展しても、人間は変わらないんだなと、と少し安心もしましたが。


本人達はヤバいとおもっていなかったかもしれませんが、文書を見るに「自分達はやばいことをやった自慢」に見える。


荻上チキさんが「中学野球連盟が全面的に悪い」と発言。

理由は「謝罪文では中学生が悪いとしか書いていなく、それを管理するはずの連盟が反省や対策をするという対策が一切記載されていない」


確かに、そうですよね。この理由も救いです。

管理側が責任とはこういうことなんですね。

管理できる能力を持つ場合、対象を管理する義務も同時に発生がする。

つまり今回の連盟は「ほっといたら勝手にやったからこっちが悪くない」ということになり、あたかも中学生に主導権があったと語っている。

全くそんなことないのに。

僕も学びましたね。本人の自主性を尊重とか理由付けして、目の前で失敗をするであろう人をそのままほったらかしにします。

失敗も経験、とかじゃなくてちゃんと助言すべきですね。


失敗はトラウマにもなりますし。
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2018/3/13

人間関係何を目的に築いてましたか。僕は虐められないためです。  ふと思いついた事。

人気者になりたい、異性からもてたい、自分の踏み台にしたいからですか。

僕は虐められたくないからです。

もっと詳しくすると攻撃されたくない、圧倒的な力でねじ伏せられたくないです。


小学校6年生で転校先の小学校でいじめられたんですが、相手を攻撃してマウントした瞬間悲しくなりました。

なぜその時いじめを許したのかというと、僕は小学校5年生の時いじめ側にいました。

今で当時はいじめている自覚は全くなかったんですが、すぐ手を出してしまい怪我をさせてしまっていました。

先生に危険人物と祭り上げられ「こいつとコミュニケーションを一切とるな」と築き上げた友人関係をすべて破壊されました。

その恐怖は「いじめられる」よりも格が上でした。


なので人間関係構築の目的としていたいじめられないの壁が壊れてしまった訳です。

僕は見た目とか雰囲気とか吃音症とかで他人に非常に舐められ易いです。

思い返せば小学校3年生まではよく喧嘩していました。

クラス替えが行われるたびに僕をいじめようとする人が現れるので抵抗していたからです。

いじめられなくなったきっかけは当時喧嘩が強いと呼ばれる人に喧嘩で勝ったときです。

見た目が怖い人で誰も手を出さず一方的に攻撃をされていましたが、実は防御がくそ弱いというよくある例です。

いじめられないためには売られた喧嘩を勝って最低でも引き分けに落とし込まないけない。

防御には自信がありました、兄に肉を千切られても泣くことを我慢していたので。


僕にとって人間関係は希薄ほどいい。

なぜならいじめられなくてすむから。

大学時代にバイト先でいじめられて「ああ大人になっても本当にいじめはあるんだな」とわかりました。

0か1の話みたいですが僕の求める人間関係を達成する簡単な方法は誰とも極力接することをさけることです。

早くAI普及して欲しいですね。
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2018/3/12

頭が悪い、容量が悪い→× コントロールできる範囲に収めていない→◎  ふと思いついた事。

この能力は非常に大事な能力だと確信しました。

コントロールできない、自然の法則に沿って、その時の風圧とか精神状況によって左右される。

それをなくし、完全にコントロールできる、コントロールが簡単にできる状態にさせることが大事。

食べ終わった大量の食器を台所まで持っていく時、ダンボールの中にいれ、食器が崩れても床には落ちないようにする、とか。


道具に頼ることが恥ずかしいという雰囲気を世間に感じます。

自転車の補助輪と同じ雰囲気。

補助輪を外すんじゃなくて、自分の目的に合った補助輪を見つけ出すことが大切なのかと。




なぜ自転車の補助輪はダメなのか。

当時幼年だった僕は「はずかしいから」だけが理由でした。

周りの大人達は補助輪なんて使ってなかったからです。

補助輪の摩擦によりペダルを漕ぐ力を増す必要性がある点、横幅が広がるので何かにぶつかる危険性が上がる点、傾けないので曲がる時に余分な距離が必要な点。

安定性が上がる一方で、様々な弊害が生じる。

つまり補助輪というのは自転車を使用する上でそれほどプラスにならず、むしろマイナスが目立つということ。



個人的に、何かの道具に頼ることの不快感、自尊心を傷つけるこの感じは、補助輪をするのかい?という世間の声が聞こえてくるから。


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2018/3/11

落合陽一 日本最高戦略 読了  ふと思いついた事。

<本書についての感想>

著者の考えていることを知ることができ、また知らなかった情報も得られました。

知らなかったとは、5gの凄さや「日本独特」とは歴史を振り返ると実は独特とは言えないものもある、とかを知れたこと。


休憩は1度のみ、約3時間で読み終えました。

僕はこの類いの本は読み終えるまで興味をも続けられる、モチベーションを保てます。

著者自身に興味がありましたし、近未来のテクノロジーにも。

言葉に厳密性を求め、「近代」と「現代」との違いにはなるほどな、今度から僕も使おう、と。

以下個人的な考えを踏まえた本書について印象に残ったワードのピックアップ。


5Gについて

本書を読んだ後僕が思ったことは、僕にとってはかなり有り難い社会になるな、と。

3Gから4Gになった時ってあんまり恩恵を被ることができなかったんですよね。

スマホの速度が上がった!くらいでした。


しかし、5Gになると

・あらゆる遠隔操作のタイムラグが人間では探知できない程短くなる。

・日本は隅々まで通信施設が整っているため、世界唯一国中で5gが使えるようになる可能性が高い。

・タイムラグがないことで、自動運転、介護・医療ロボットの遠隔操作が可能になる。

・3D映像も遅延無く送受信できる。


現在はタイムラグが重大な問題で、それで遠隔操作ロボットの事故が起こり易いとか。

個人視点ですがロボットロボットと騒がれているのに全然実用化されてないじゃん、と不満を抱いていました。

個人でドローン操作できるのに!もっと使えよ!と。

それは個人単位では制御でるものの、企業単位だと事故が起こる可能性が一気に跳ね上がる、なぜなら少しのタイムラグが致命的になるから、なんですね。

ロボットが普及、自動運転やロボット宅配にはまず5gが必要なんだな、と。



浪人・留年について



僕はどちらも経験しておらず、どっちも非常に怖い段階だとしています。

ただ、浪人は2年くらいはokですね。もう確信しました。

高校の受験レベルの勉強は難しいですよ。しかも大学以降でも使えう必要があるかなり大切な基礎部分を担っています。

そこを疎かに、何となくのまま大学に進むのはだめですよ。

浪人しとけばよかった。。。と確信して寝床につく日が増えそう。







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2018/3/11

猫かぶりとか、かわいこぶっているとか、有り難いとおもえよ!!!  ふと思いついた事。

僕はこのような類いの言葉に嫌悪感を示したことがありません。

周りが対象を貶す時に使われがちで「あ、それってマイナス要因なんだ」と思っていました。

思っていた、だけで、確かに、と納得することはありませんでした。

世間はそういうルールなんだ、と。


今考えると、やっぱりありがてえことだろ!

相手がねこかぶる、かわいこぶるのは、利益があるからです。

酒の席で平がよいしょするのと何も変わりない。

かわいこぶられるって、一種のご褒美みたいなものやん!ていうのが僕の感想です。



本心じゃないと批判するという精神

これこそ、現代日本では「甘え」だと。

人間の本心をそんな簡単に知ろうとする点、それ以外を非難しようとする点。

人間が本心しか表に出さなかったら非常に大変ですよ。

僕なんていちいち店員に「喋るな!手だけ動かせ!代われ!俺がやる」と言います。

人間の本心というのはかなりの価値があります。それを引き出すための思惑ですよ。



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2018/3/10

対面とメール、どちらが一方がだめな人  ふと思いついた事。

最近はっきりと分かったことですが

・実際会って話しているときとメール等での文章でのやり取りに読解力の差がある人がいる。

・対面で話しているときは全く思わなかったが、文章でやり取りをすると読解力が低い。

・逆に対面の時は噛み合ないが、文章だと楽にやり取りができる、という人も。

・ちなみに僕は対面がダメで文章の方が自信がある。




もしかすると、僕は「対面ok、文章ダメ」の人に翻弄されてきたのかも、と。

今まで「自分の書き方が悪いんだ」と思っていましたが、そういえば通じる人には通じるということに気づきました。

対面で話しとる時、本当にあまり考えずに話したり、こっちの話に相づちを打ったりしているんだな、とも。

文章だと冗談が通じない、5W1Hを全て書かないと理解できない人がいるということ。

僕は無駄に人に寄り添っていました。
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2018/3/10

作品の作者を知るべきか否か  ふと思いついた事。

自身の特徴として

・いくら感銘した作品でも作者のことを「カス」と思ったら嫌いになる。

・感銘の度合いが高い程「嫌い」の度合いも高い。

・いくらカスでも、死んで100年くらい経てば嫌いにならない。

・あんまり好きじゃない作品でも、作者が良い人なら好きになる。



作者の人柄に引っ張られる。

すでに死亡済みの場合、フィクションというか、リアルに存在するという認識が薄れるので引っ張られない。



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