2018/3/13

稲村亜美と中学生と  ふと思いついた事。

Twitterで当事者とみられる中学生達がやりとりをしているんですよ。

中学生だから仕方ない、ではなく、結局生まれてからインタネーットが当たりまえの世代であっても、公開型SNSでこんなやりとりをするんだな、と。

いくら技術が発展しても、人間は変わらないんだなと、と少し安心もしましたが。


本人達はヤバいとおもっていなかったかもしれませんが、文書を見るに「自分達はやばいことをやった自慢」に見える。


荻上チキさんが「中学野球連盟が全面的に悪い」と発言。

理由は「謝罪文では中学生が悪いとしか書いていなく、それを管理するはずの連盟が反省や対策をするという対策が一切記載されていない」


確かに、そうですよね。この理由も救いです。

管理側が責任とはこういうことなんですね。

管理できる能力を持つ場合、対象を管理する義務も同時に発生がする。

つまり今回の連盟は「ほっといたら勝手にやったからこっちが悪くない」ということになり、あたかも中学生に主導権があったと語っている。

全くそんなことないのに。

僕も学びましたね。本人の自主性を尊重とか理由付けして、目の前で失敗をするであろう人をそのままほったらかしにします。

失敗も経験、とかじゃなくてちゃんと助言すべきですね。


失敗はトラウマにもなりますし。
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2018/3/13

人間関係何を目的に築いてましたか。僕は虐められないためです。  ふと思いついた事。

人気者になりたい、異性からもてたい、自分の踏み台にしたいからですか。

僕は虐められたくないからです。

もっと詳しくすると攻撃されたくない、圧倒的な力でねじ伏せられたくないです。


小学校6年生で転校先の小学校でいじめられたんですが、相手を攻撃してマウントした瞬間悲しくなりました。

なぜその時いじめを許したのかというと、僕は小学校5年生の時いじめ側にいました。

今で当時はいじめている自覚は全くなかったんですが、すぐ手を出してしまい怪我をさせてしまっていました。

先生に危険人物と祭り上げられ「こいつとコミュニケーションを一切とるな」と築き上げた友人関係をすべて破壊されました。

その恐怖は「いじめられる」よりも格が上でした。


なので人間関係構築の目的としていたいじめられないの壁が壊れてしまった訳です。

僕は見た目とか雰囲気とか吃音症とかで他人に非常に舐められ易いです。

思い返せば小学校3年生まではよく喧嘩していました。

クラス替えが行われるたびに僕をいじめようとする人が現れるので抵抗していたからです。

いじめられなくなったきっかけは当時喧嘩が強いと呼ばれる人に喧嘩で勝ったときです。

見た目が怖い人で誰も手を出さず一方的に攻撃をされていましたが、実は防御がくそ弱いというよくある例です。

いじめられないためには売られた喧嘩を勝って最低でも引き分けに落とし込まないけない。

防御には自信がありました、兄に肉を千切られても泣くことを我慢していたので。


僕にとって人間関係は希薄ほどいい。

なぜならいじめられなくてすむから。

大学時代にバイト先でいじめられて「ああ大人になっても本当にいじめはあるんだな」とわかりました。

0か1の話みたいですが僕の求める人間関係を達成する簡単な方法は誰とも極力接することをさけることです。

早くAI普及して欲しいですね。
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