2018/3/16

阪神 2018 スタメンについて  野球

オープン戦を今年も見ています。

阪神の心配事は「矢野の代わりに八木がヘッドコーチになった」ということ。

2番=低打率バント職人にならなければいいですが。


で、現時点で個人的に思惑と現在の阪神政権への忖度を加味したスタメンは

1番 遊撃 糸原
2番 2  鳥谷
3番 右  糸井
4番 一  ロサリオ
5番 左  福留
6番 中  伊藤
7番 三  大山
8番 捕  梅野


今日の試合をみていても、中谷は長打を意識しすぎてフライばかりになっている気がする。

陽川はトレード等で別球団で花を咲かす可能性にかけたほうがいいのでは、と。

山崎も鳥谷の代わりにスタメンでも。


0

2018/3/16

「自由にしていいよ」はなんの肯定的意味もない  ふと思いついた事。

こんな言葉を厳密化してはいけないとおもいますが。

ただ「少しでも相手を楽にしてあげたかった」ということだと思いますが。

自由という言葉を使う際に僕が必要としているのは

・どのルール内での自由なのか

・何に対しての自由なのか

・比較対象はあるのか

この3点を明確化しないと聞く耳持てません。


「自由」という言葉は大変危険だと断定します。

短い言葉で何通りとも受け取ることができる言葉の中でも。

例えば頑張れ!は「もうがんばっているよ!」というツッコミを封殺します。

なぜなら「応援していますよ」をフランクにした表現だからです。

自由も何かをフランクにしているんですが、その何かが多すぎるんです。

公園で突っ立っている子どもに「自由に遊んでいいよ!」と言った場合。

それは「同い年くらいの子とコミュニケーションをちゃんととって遊ぶ」「遊具で遊ぶ」というルールが制定されています。

なので、急に裸になって大声をだしたら高確率で怒られます。本人が遊びだと本心からおもっていても。



自由というのは一種の脅迫であり、命令であり、支配であり、洗脳です。

自由だ!という主張も己のルール内でしかありえないのにあたかもルール外でも認めるかのうような意味合いです。

自由って素晴らしいも限定的なんですよ。自由の前提条件を明文化しないと。

0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ