2018/7/31

焦るな!と言われて思っていること。  ふと思いついた事。

僕はよく焦るな!と注意されます。

言われすぎて、一人でいる時も「焦るな!」というい声を脳内で響かせます。


「焦るな!」を本来の意味とは関係なく僕の経験から導き出すと

・何かしらの理由で頭がプチパニック〜パニックに陥り冷静さを失い、丁寧さが欠けてただ手を動かしているだけ、と第三者が認識した時に放たれる言葉。


よくよく考えていると「ただ素早く行動しているだけ」なのに「焦るな!」と忠告されます。

というかこれがほとんど、ほぼ100%です。





つまり「焦る」というのは本人しか判別できない感情であり、他人が指摘できるはずがない感情です。

僕の人生の欠点としては、言葉を外部から取りいれることが真理という思考癖があります。

本来は、自ら生じた感情に当てはまる言葉を探し出すことがこそが言葉の価値を見出す。

例えば自分の中では「失敗」でなくても他人からそう指摘されると「これは失敗なのだ」と意味を変え。

他人に自分の脳内領域の侵略を許しているんですよね。




「焦るな!」も他人に勝手に自己の感情を押し付ける言葉です。

だから「素早い行動」=焦っているとなり、焦りを改善させるにはゆっくり行動する、となる。


現在僕は「素早い行動」=「やってはいけないこと」というマインドセットが確立されてしまっている。

罪悪感を感じてします。

「焦るな!」の真意は

「お前は俺より手を動かすの速く何をやっているのか理解できない。俺が理解できる速さに修正しろ!」

ということです。害悪忠告ワードです。
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2018/7/28

つながり孤独という新語  ふと思いついた事。

言語化したことで問題が表面化した系。

昔から、人類創世記からあった感情でしょこれ。


言語の発達、近い過去だと金の羽振りがなくなり考える余裕ができたから。


僕もつながり孤独大嫌いですよ。

どれだけワイワイ明るくやっても、和の中心にいても孤独を感じます。

これは社会問題、ではなく個人の問題に落とし込むべきです。

解決が楽になりますし効果的でもあります。


解決方法その1
スーパーわがままに振る舞う


相手が傷ついたのかな?と考える暇がなくなるほどに。

嫌なことは嫌としっかりと発言。理由を聞かれたら「面倒だから」でok。

後になって「嫌われたけど仕方ない」と思うほどに。

自由と責任をセットにして追求されるのが少なくとも日本の社会にはあります。

「仕方ないな」はかなり重要な感覚です。人生の質を確実に上げる感情「納得」の一族です。

自由に、自分が思うがままに選択・行動した証でもあります。



解決方法その2
孤独感を受け入れる

これは昨日も書きました。

孤独感は非常に強いネガティブ感情なので目の前の成長アイテムを簡単に逃してしまう。

負けてしまう、ということです。

負ける、屈するは直ちに「悪いこと」とはなりませんが、勿体ないです。

孤独感に屈する体験を積み重ねると「人生のデフォルト」になってしまう。

孤独感を受け入れる=成長、になるかどうかの見分けも大切。

無駄な孤独感の受け入れというのはあります。

例えばいじめや虐待です。

つながり孤独と共通の感情があるのでトラウマ、フラッシュバックしてしまう。

「誰も助けてくれない」「被害を報告すると持った痛い目にあう」という恐怖とセットになる。






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2018/7/28

孤独感の克服ついて  ふと思いついた事。

「一人でいる方が好き」

僕はこれが「孤独感の克服」だと想定していました。



しかしそうではなく、やはり、

「みんなの中で浮いている」
「みんなの中で唯一話しかけられていない」
「大勢の中でみんなにささやかな目を浴び刺されている」

それが孤独感。

僕が大勢が嫌いなのは「孤独感を受けるから」です。

孤独感を克服することで人生の質がワンステップ上がる。


孤独感は必ず「心を抉るような不快感」が発生する。

乗り越えるととは

1)孤独感が生じる、発生させないように環境に溶け込む。

2)孤独感で押しつぶされそうな感覚を受け入れる。



なぜ孤独感を受け入れなければならないのか。

自分の人生で、成長する機会を孤独感の受容を理由に回避してしまうから。

孤独感よりも成長を重要視する。

目の前の成長を邪魔する気持ち、事象は潰し続ける。




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2018/7/28

いつのまにか「人生を賭けている」は絶対嫌  ふと思いついた事。

受かる範囲の大学に行って、受かる範囲の仕事に就いて、なんとなく仲良くなった人と結婚して子供できて・・

↑よくある「こんな人生でいいのか!?」に付随される文句。


「人生を賭ける」となると何か大きな目標を持つ、という意味合いも含まれているという世間知。

定時に帰ってゲームを定年まで繰り返すと「気がつかない内に定時で帰ってゲームをすることに命をかけていた!」となる。


「命を賭ける」は日々時刻々全員が体験している。

意識下まで持ち上げてるかどうか。

命をかけてネットフリックスに集中している、命をかけてランニングをしている。

人間皆行なっているが言語化すると大げさに受け取り恥を覚える、これはままあること。

必死感の表面化。そうでなくとも。

ただ、そうだからと「無意識」へ沈殿させたままにするのは危険。

恥ずかしいこと、怖いことも自覚すること。

積み重ね。


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2018/7/26

「無駄なこと」からの生産  ふと思いついた事。

◾バク転する鳩

例えば、道端でバク転を繰り返す鳩がいるとします。

鳩からすると「無駄なこと」です。バク転しても回避能力が上がるわけでもなく失敗すれば死ぬリスクがあるからです。

人間からすると「曲芸」という見方ができSNSで広まったりその場で餌を与えたりする。


それをみた鳩は「バク転をすれば餌がもらえる」と学習し、各自挑戦をする。

年月が経ちバク転をする鳩が優位性を保持、鳩の特徴として「バク転」があげられるようになる。



一見無駄なことがその種にとっては新たな生産的活動へとつながる。

無駄なこと=素晴らしい、ではなく、無駄なことが無駄で終われば無駄です。


既存の生産的事象をそのまま続けることでは新たな視点、進化が生まれない。

「無駄なこと」をわかってやる、無駄=誰もやらないことでありそれが新たな生産的事象へとつながる。


「先人がどうにもならないとわかっていたからあえてやっていないだけ」という可能性もある。

ただ、人間の思考の限界幅は狭く、無駄なことこそ生きる上で大事なのは間違いない。
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2018/7/24

納得したかったから、という理由  ふと思いついた事。

その選択が後の人生に大きく影響を与えるはずだと想定した時、選ぶ最もな理由は「自分が納得できるかどうか」です。

納得できないまま選択した場合。後悔が残り「無理矢理納得させる」ようにする。


「納得できない選択」をするのはそれを超える理由、利益だと思えるものがあるから。

そうだとしても後ろめたさ、後悔は発生する。


納得できない選択をしたのに、結果利益になるはずのものが損失になった時。


この時の対処法は

・忘れる、ふりをする。

・過去のことだと押し込み前に進む、ふりをする。
(過去のことだ、という主張には過去を指す明確な何かがありそれに囚われているという告白)

・なぜそれを選んだのか、を納得するまで考えつくす。




最後の択を選ぶならば「知識」が必要となる。

「言葉の数」「歴史」から「なんとなく」を言語化していく。

言葉の数を多く知ることは「気づく」「見抜く」「感知する」精度を上げること。

雰囲気、空気、流れ、をそのままの状態にしない、見逃さない。

この繰り返しで「納得」を見つけ出す。

僕の場合「前を向いて人生を歩く」にはこれしかない。
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2018/7/22

今後の性格・価値観の改計画  ふと思いついた事。

1、怒ることを恥ずかしがらない。

第三者視点から見て「みっともない」という蔑みが発生しますよね。
「やってるやってる」くらいの軽い気持ちで。

そして自分が怒る時も恥ずかしがらずに。

ただ「威圧することが目的」ではないように。

怒ってしまった時、無理矢理鎮火せずにそのまま乗る感じで。



2、人生=恥を重ねるを徹底させる

ニーアオートマタの影響ですね。

意識的に、もっと徹底せねば。

恥=相手の存在が不可欠なことであり、またその環境にによって度合いも変わる。

そんなコントロール不可能な不条理パラメータを行動指針においてはいけない。



3、顔がブサイク、よりも態度を重要視する。

僕は顔が気持ち悪いという理由でいじめられました。

そして助けを求めた先生からも「それはお前の生まれつきやからみんなにからかわれても仕方がない」と突き放されました。

教育委員会に通告して懲戒免職させるレベルの事案ですが、僕はそれを受け入れてしまい。

結果、鏡で自分を顔見るたびにおかしくなり鏡を割ります。今年も1枚すでに割ってしまいました。

もう自分の顔が気持ち悪いのはどうしようもないので、これからは態度で責めます。

究極はヒモ生活を送っているのに超エリートを醸す態度です。


4、テンプレートに負けない

彼女がいるとか、そろそろ結婚とか、いい年になってプラモかよ、とか。

これはまだ軽くて、重いのは「〇〇な体験をしたのなら〇〇と思うはずだ」という勝手な思い込みです。

また「〇〇な立場なのだから〇〇なはずだ」もです。

アティテュードモデルです。

「ドラマや小説からモデルの振る舞いを学ぶ」という意味です。

つまり、あらかじめ「〇〇だから〇〇」ということを学び、それにすり合わせる考え。

自分もしますし、他人からもよくされます。

「人による」を徹底させる。

徹底させることで「あの人はこうだよな・・・」とかの無駄な時間を省ける。

思考は言葉で表すこと。徹底。

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2018/7/22

ニーアオートマタ  Eエンディングクリア  ふと思いついた事。

めっちゃ焦りましたし、「ふざけんな!」とも。

2週目は1週目のほぼなぞりだったのでモチベが徐々に下がり。

3種目で一気に盛り返しましたね。そしてA2操作可能からクリアまでぶっ続けでしましまた。

「人生は恥をかきつづけること。」

「それでも生き続けられる。」

Eエンドのムービー、ポッドのセリフ、曖昧ですが。


これはもはや普遍にすべきというか、現存の人類が持つべき価値観です。

積み重ねた歴史からデフォルトの知識として持ってかないと、先祖達の死を無駄にします。




Eエンドのセーブ削除。

ごめんなさい、僕はできませんでした。

今はできませんが、後日できるかも。

チャプターセレクトとか、キャラモデリング図鑑とか。

まだまだ見たい、遊びたいことがあり削除するのは。。。

それでも削除して、その経験をすることでこのゲームのエンディングとなる。

正直、9SとA2はかなり好きなキャラで、そのデータを消すことにかなり躊躇、この想いを消してしまいそうで。

冷めた気持ちの享受、興味がなくなるのが怖い。


アクション部分も楽しかったですし、物語部分もいろいろ想起することができました。

人間は対象に「感情がある」と判別すると「かわいそう」という慈悲が生まれる。

判別するのはあくまでも人間。対象に実際感情が存在していても、判別できなければないのと同じ。


つまり、対人間兵器として有効なのは「感情を表現する兵器」だということ。

他作品でも「殺さないで・・」とその人の想い人を表現して隙を作らせる、という策略があります。

エヴァの「Air/まごころを君に」でもラスト人類補完計画発動でその人の想い人の幻で包み込む、というシーンがありした。


AIがかわいそうだから機械生命体のコアを使用。でもその機械生命体も感情を持ち。。。。


ネットで感想を調べると「ハッピーエンド」と書いてあるんですが、僕はそう思えなく。

ニーアシリーズではその部類らしいが。

機械生命体と動物で暮らしてく世界で包まれていくのか・・・。
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2018/7/21

貸し&借り について、わがままの享受  ふと思いついた事。

僕はわがままは「相手を理解しこちらも奉仕する」ことを学ぶいい概念だと思っています。

わがままをしっかり理解できていないと、相手から一方的にこきつかわれたり、相手の尊厳を踏みにじることにつながります。

他人を巻き込むわがまま「自分が真にやりたいことのため、他人に悪影響を与える」ことです。

この「真にやりたいこと」をやらせてもらえると、自然に感謝・恩返しがしたい気持ちを生む。


親からの「本当にこれでいいの?」等の選択時の助言は、明らかに「真の選択」を曇らせる。

僕が親に感謝の念がないのは、親からわがままな子だと言われるが、誘導尋問的な方法で選択させられてきたから。



「わがまま」の能動・受動の繰り返しが実際社会を動かしている。


親が子供にわがままを禁じるのは「子供に恩返しをする能力がないから」でしょう。

僕は成長してくれるだけで、ただ感謝の気持ちを持って生きていくだけで十分「恩返し」だと思うんですが。

そして社会人になった後、仲良くしてくれたら自分以外誰も入手できない親思いの子を獲得できますし。

わがまま禁止教育は人間の尊厳を踏みにじり生活しづらくする悪教育で間違いない。
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2018/7/19

人生は「良心」との戦いです  ふと思いついた事。

思えば良心からの相手の行動には「ありがとう」とお礼を言うのが社会の基本だと教わりますよね。

「ありがた迷惑」と言う言葉あがりますが、それでもやってくれたのなら「ありがとう」とお礼をする。



この教育は大間違いです。他人の良心関わらず「自分に対してよくないことをされた」ら「いらんことするな!!」と反発、攻め立て責任を発行する。



「良心」の被害にあった人は全員じゃないでしょうか。

良心をないがしろにする=本人を傷つける、存在を否定する、まで意味付けてしまう。

だから厄介。


例えばどうしてもやりたい「A」と先に1000万入金されてしまった「B」という二つの選択肢。

僕はこれ似た経験をし、大学なんですが、親の「高額入金したのに、入学しないなんてありえないでしょ!」という正論からBを選択しました。

これが一生引きずりました。今でも悪夢として現れ、泣きながら朝食をとることは日常茶飯事です。


親の良心を「自分がやりたい・行きたい願い」より尊重「してしまった」

これはよくある物語では美談になります。

「親への感謝」は直ちに社会的美談・感動へと昇華されます。

僕もこちらを優先しましたが、これは社会のカスです。

そんなもの一瞬で昇華され尽くし、あとは「やりたいことを無下にした一人の人生」というカスしか残りません。

「親への反発」という直ちに社会的反抗・醜態へと昇華される方を選ぶべきでした

それなら昇華後に残るのは「自分を信じて道を選択した一人の人間」です。


「社会的・世間目線」という大きく覆い尽くされた濃度の濃い霧。

これが「何よりも優先すべき事項」と思い込まされ選択を誤る。

「良心」はその代表格です。


また自分が良心を発生した時も当てはまります。


その時僕が発想するのは「僕の良心を蔑ろにするのか!」という一般的な怒り。

しかしそこから「いや、これは良くあるパターン。良心からの行動は相手の希望と結び付けないと負の感情を一気に膨れ上がらせる」

とういう戒めを脳内に響かせ最終的には「相手にとって良心かどうかなんて全く関係ない、迷惑にそれ以上の意味はない」と自分の非を認める。

ここから「でもやっぱり自分の良心にはそれ相応の答えを求めないと・・」と切り返さないこと。

フェーズを打ち切り「得られる教訓」に切り替えること。

良心というのは行動に繋がる強いきっかけとなります。

良心とは「予想される相手への感謝から発する良き行いだと思い込む心」です。



良心を発動させる場合は、必ず「相手が真に求めるもの」を把握しなくえはいけません。

それ以外良心を発動させるのはいけません。

人間の思考が研究され詳細に理解されるようになれば「無意味な良心は罪になる」という法が施行されるかも。

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