2018/8/15

ハイスコアガールの日高さん  ふと思いついた事。

めっちゃええ子ですよね。

特に自分が悪いのに「悪いことしたのかな・・?」と自己反省したり。


今まで多くの映画、アニメを見てきて初めて生じた感情。

日高さんみたいなキャラはたくさんいたはず。

なぜ今回は生じたのかを考えると、年をとったから、、、ではなく。

人生の選択肢の多さを実感したからでしょうか。

つまりたくさんある選択肢の中で「他人を思いやる」を選んだこと自体に価値がある、と。

欺瞞でも。今回は独り言描写なので本心ですが。

やろう思えば先生に告げ口、いじめの発生源にもできる。

それを選ばなかった日高さんてっすばらしいなーと思える。

ある意味ちょろい人間へと進化しました。
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2018/8/14

人をクズ・カスにする能力がある?  ふと思いついた事。

クズとカスの違いはなく、ただ言葉にするとしっくりするかで選びます。

「僕は運悪くカスな人間とばかり遭遇したきた」

から

「僕は周囲の人をカスにする能力がある」

に考えが転換しつつあります。

スーパーのレジでタメ口をきかれる確率がめっちゃ高い。

雑に扱われる確率はもっと高い。買い物かご置いた後無言でレジを通されたり。


とある社長が「周りに恵まれた」とインタビューで語っており、というか大体の成功者が高確率で言い放つ言葉ですが、結局環境かよと思ったり。

でもこれは「周りをいい人にする能力が高い」のでは?という疑問が生じ。


空想。

自分が超イケメンで金持ちで学歴バリバリだったら、周りはやさしくなるよな、と。

つまり僕はブサイクで貧乏で学歴終わってるから、本来優しい人でも面倒なので僕の前ではカスになるのかな、と。


上記の理由だけではありませんが、隙を作りすぎてる、やさしさが変な方向へ向かってるからなのではないかと仮説。

「こいつには何を言ってもいい」と思い込み、より過激な言動をする。

僕からすると「隙を作ってやってる」という能動のつもりなんですが、相手は「頭が足りない隙だらけ人間」と思っていそう、というか思っている。




この「僕は周囲をカス化する能力がある」は腑に落ちるところが多いんです。

スーツを着ているか否かで周りの態度が変わる、という経験をしたことありませんか。

つまりスーツは人をカス化する作用を防ぐ機能があります。

グッジョブ店員さんと出会う時は大体スーツなんですよね。



上の社長の例なんですけど、少なくともその部下達は社長に「カスに思われてもいいや」なんて行動絶対しませんよね。

「社長の前だけでもいい人を演じよう!」としますよね。


書けば書くほど確信になってきました。

人の能力のパラメータの一つに「周囲の人をカス化させるかどうか」というのが確実にあります。



ただこれの問題点は「被害者が自責をしてしまう」ということ。

加害側が悪いが、それの元は自分なので、被害者だが自分が悪の元凶だ、というような。

まだまだ深掘りする必要性がある課題ですが、ただ「周りをカス化させる」ことは真実。




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2018/8/14

ダーリンインザフランキス 全話視聴後の感想  ふと思いついた事。

<感想簡略化>

「大人への反抗」という刃を抜かれた子供達の行方をずっと気にして視聴。
あまりにも健気で前向きで、話が複雑化する後半に連れ物足りなさが増した。
物語は壮大だが、すんなりと一つの方向へ向かい、リアリスティックな設定が台無しになった印象。
最後は「押し込み大円団」に思え残念。
まあまぁ面白かった




非常に面白い、から「まぁまぁ面白い」に変わりましたね。

世界に引き込まれました。

僕が映像作品で重要視するポイントです。

引き込まれましたけど、引き込まれると虚しさが占める割合が多い感情を得る作品です。

最後の数秒で一気に都会化するシーン。おそらく「数年」どころじゃなくて下手すると「百年後」でもおかしくない。

つまり不老不死ではない主要キャラ達が死んでいるのはほぼ間違いなく。


主人公二人に似た少年少女の登場は、虚しさを打ち消すほどの好ポイントではなかったですね。


良かったところ。

戦闘シーンは見ていて飽きることなく、叫竜が出血することで派手さが増していましたね。

印象的な大型兵器の出血シーン作品といえばエヴァですね。

・・・というか、この作品「エヴァ」「トップをねらえ」と被っているやん!とつっこめるポイントが多いです。

「良いところ」の項目なので言及は下記で。

昨日書いた感想と同じですが「子どもが健気なほど胸が痛くなる」はいいですね。

「〜なほど〇〇という作用が働く」を作品の中に一つでもシステム構築すると惹き込まれる確率がぐっと上がります。


最大は、最後まで高いモチベーションを保ち続けたまま観れたことですね。

結局これです。やめずに「続きが気になる状態」を維持しつづけられた、最大の加点ポイントです。

「他作品と被っているところが多い」とはいえ、世界観は独自なので結末は予測できず。

ただでさえ大きく特徴の違いを鑑みれる「大人」と「子ども」にさらなる違いを加えた世界。

「裏切るのか、はたまた想像の上行くのか?それともよくあるパターンにするのか?」と。

結局は「よくあるパターン」になったわけですが・・・・。

あとフランクスのデザインは惹かれたので、モデロイド購入予定です。



悪かったところ


すでに上げた「エヴァ」「トップをねらえ!」との類似点が散見される。

「2018年になってトップをねらえ2みたいな作品を見れる幸せ」と思い込もうとしましたが。

ガイナックス作品に関わった人たちが本作に携わっているということでもうわざとです。

「キルラキル」「パンティー&ストッキング」のようなはちゃめちゃ・・ではなく超個性的な作品を勝手に期待していました。



「パンストなんてもろトランスフォーマー回あっただろ!」というツッコミが生じますが、個人的には「笑えるパロディかどうか」「物語自体がふざけた内容かどうか」で「水を差すか否か」が区別される。

本作ではノイズになりましたね。水を差されました。「この流れしってるー・・」「このシーンもしってる・・・」みたいな。

しかし視点を変えることで「悪いところ」という考えが是正されます。

ちゃぶ台返しみたいなこと言うと、とりあえず「エヴァ」「トップをねらえ!」の知識があるのがいけないんです。

なければノイズがなくなりすんなり観れたはずです。

作品同士の比較から感想を導くのは的確さが生じ自己理解につながりますが、どちらかの作品を高確率で貶める作用もあります。


絶対にスタッフはわざと真似たので、アップデートしたかったのかな、と推測。

2018年に、ガイナックス作品に携わった、庵野を含まない、スタッフ達で、現行の技術を使いリメイクではなく新作を作る。

特に色濃く反映された「トップをねらえ!」のストーリーテリングは時代を超えて素晴らしいものなので継承すべき。

両作品二十年以上前の作品なので、いまを生きる若い世代に知ってほしい。

そんな想いを、勝手に感じましたね。



作品の物語中で否定的に思えたのは、パパ消失後の子供達のシーンです。

「パパ」が消滅し一部は実は最大の敵だったという事実を知ったのにパニックにならず。

それはそれで「そういう風に調整されて育ったのかな」とか「みんな知っていたのかな」と推測はできる。

ただ、気味が悪く演出・脚本がかなり雑だった印象。

もっと話を膨らませることができたのに、話数の問題かとりあえず食料問題だけ着目すればいいっか、みたいな。

全滅した前部隊の隊員達の集合写真を見た時は泣いたり覚悟を決めたり感情表現各々豊かだったんですけど。

こう言う時、僕はイデオンのコスモを思い出し自分を落ち着かせます。

第何話だったのか、どんな話だったのか覚えていませんが、仲良くなったおばちゃんと車で移動中に戦闘に巻き込まれたおばちゃん死亡したシーン。

コスモは急に真顔になってただ淡々とイデオンの元へ向かいます。

僕の中で「危険が差し迫るとあらゆる感情がロックされる心象を表したシーンNo.1」です。

なので、ダーリンインザフランキスでも全く余裕を持てず生命が危険に晒せれたので、今まで絶対神級に崇めていたパパが消失したことなんてかまってる場合じゃない、という理解に。

そう思うと、確かに各々感情の起伏が小さくなり淡々と生きるための作業を行なっていたような。









総合は見て良かった作品です。いちごよかったです。




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2018/8/13

ダーリンインザフランキス 13話時点の感想  その他アニメ

放映時がみたかった作品。

毎週1話には耐えら得ず、一気見派、さらにnetflixで配信されていたので視聴中。



非常に面白いですね。

非常に、をつけたのは「命を享受させてくれた概念に無条件に感謝する」という思考の偏りを視聴前に理解しているか否かで見方が変わる点です。

しょっぱなから「やりがい搾取、感謝搾取、生かせてもらっている搾取」等の様々な搾取の対象に子供たちがなっていることを観察でき、心をえぐられます。

決して生命を利用している側の大人達に非を感じることなく、健気に自分たち、自分の責任だと完結させている。



そんな子供達の笑顔が輝くほど視聴者は胸を痛める。

スーパーマーケット等に併設されている小さなコイン型ゲーセン。

幼少期よく行っていたんですが、ある時から「悲しみの対象」へと変化しました。

それはたった100円で大喜び親に感謝をし、輝いた笑顔をする子供を「当たり前の風景」ではなく「心を痛める事象へ」なったから。

それを思い起こさせる作品ですよね。

「大人が喜ぶがから、プレゼントもらったら大はしゃぎしよう。」という幼い時の自分を思い出したり。



各話のタイトルの使い方もいいですよね。

本編をみて「あれ?これはこういうことかな?」と予想をしていると、本編終了直後に映し出されるタイトル名を見て「あ、やっぱそういうことか」と答え合わせができる。

つまりタイトルが本編の重要点を指している。



OPも好きです。

歌と絵がマッチしています。個人的に。

見ていて気持ちいい。

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2018/8/11

悲しみは超ポジティブ感情です。  ふと思いついた事。

毎晩通っていたコンビニが閉店しました。

数年間通っていましたが、店員の入れ替わりがなく顔を合わせた日数は数年間で確実にトップです。

対応が時に雑になったり、財布から出してないのに「クレジットですねー」と見透かされたり。

嫌だったので変えようと何度も思いましたが、家からあまりにも近いので利用し続け。


やはり悲しいものですね。お店がなくなる、というより一生その店員たちと会うことはないんだろうな、と思うと。



僕は悲しいという気持ちは超ポジティブで生きている実感を覚えます。

それだけある点で大事な存在だった、ということの明らかな証明となるからです。

そこから自分の特性を知ることができ、また現在なくなったら悲しいものはなにかと考える機会を与えてくれる。



失ってから大切さに気づくなんて当たり前ですし、大切なものの筈が失うと全くそうでもないも当たり前です。


普段から大切にしている意識が強いものほど、失うとダメージ0のパターンが多い気がします。

それはいかに縛られていたか、大切にすることで神経を使っていたかが判明するからではないでしょうか。

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2018/8/11

悲しみは超ポジティブ感情です。  ふと思いついた事。

毎晩通っていたコンビニが閉店しました。

数年間通っていましたが、店員の入れ替わりがなく顔を合わせた日数は数年間で確実にトップです。

対応が時に雑になったり、財布から出してないのに「クレジットですねー」と見透かされたり。

嫌だったので変えようと何度も思いましたが、家からあまりにも近いので利用し続け。


やはり悲しいものですね。お店がなくなる、というより一生その店員たちと会うことはないんだろうな、と思うと。



僕は悲しいという気持ちは超ポジティブで生きている実感を覚えます。

それだけある点で大事な存在だった、ということの明らかな証明となるからです。

そこから自分の特性を知ることができ、また現在なくなったら悲しいものはなにかと考える機会を与えてくれる。



失ってから大切さに気づくなんて当たり前ですし、大切なものの筈が失うと全くそうでもないも当たり前です。


普段から大切にしている意識が強いものほど、失うとダメージ0のパターンが多い気がします。

それはいかに縛られていたか、大切にすることで神経を使っていたかが判明するからではないでしょうか。

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2018/8/7

知識と情熱との関係性  ふと思いついた事。

子供の頃と好きなものは変わりませんが、明らかに情熱が下がっています。

それは知識が増えたことが主な原因、だと推測。

なぜなら、例えばゲームだと「大人の事情」の中身を理解し「なら仕方ないな」「制作側の人間が健康であるほうが大切」とか思ってしまったり。

知識と引き換えに「ブレーキ」を知ってしまったのかも。「なら仕方ないな」という。

知識がないと「あれもこれもそれも欲しい!!」と欲求の限界がありません。



「どうやら石原さとみと手を繋ぐことさえ無理らしい」「いやむしろ女性と手を繋ぐことが無理らしい」というような。


情熱は「無限の欲求」と言い換えることもでき、「無限」が大事なので「限度」が判明するのは致命傷。

かといって情報を絞るというのはマイナスがでかい。

情報、知識を得ることで生きやすくなった面もあり、また騙されにくくなったことも確か。

情熱と知識、両方の所有は矛盾関係にありますが、どうにかしてそれを乗り越えたい。



一案としては「自分という独自」「今という歴史上初の時間」「歴史に再現性がない今の環境」を強く意識することかと。

「限度」というのは数字で明確化できるものは限りあります。

うまく言葉にできませんが、とりあえず自分は何者にも比較できず今の時代唯一の存在。

知識から得られる限界というのは自分に当てはまることはあり得ず、経験からの限界でしか得られない。


とにかく、相手と比較することの無駄、限界は自分が老人になってから「あれは限界だったんだな」と自分に言い聞かせてから。
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2018/8/6

尊厳か嘘か、どっちを取るか。  ふと思いついた事。

中学生が絵の無断転載を怒られ「俺でも書けるレベルなのに文句いうなよ!」という返しについて。

まず僕は「こいつは徹底的に潰してやる」という破壊意識が先行します。



でも、この考えは間違っていて「相手の感情を尊重する」ことを選択すべき、なのかなと。

相手の尊厳を守ってあげる、ということ。

子供の特権とも言えますが、まだ自己と社会との繋がりについて未熟な(未だに僕もですが)人間に逃げ道をなくすことは、それが原因で自信を完全破壊する恐れがあります。


嘘を見逃す、自己の誇張を見逃す、というのは重要なコミュニケーションテクニックなのかな、と。


自尊心の破壊。全てにおける自信を喪失させ、己の意見の発露をも塞ぐ。
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2018/8/5

傷を修復するには熟練の技が必要だということ  ふと思いついた事。

フィギュアケースをのガラス扉を落としてしまい、へっこみ傷が。

それを修復しようとプラモの技術を駆使した結果、凹みは治らず余計な傷が広がりました。

これ以上するとまた悪化すると判断しここで終了。

を3回繰り返しもはやボロボロ状態になりました。




自分の人生を表しているような皮肉です。

傷がつくと、治そうと努力する。

しかしその技術・知識がないなため「傷を広げる」結果になる。

「技の習得」がない者は「傷を治す=傷つける」行為に変換される。






困っている他人、精神的に傷ついた場合にも当てはまる。

「自分が悪いんだ」と自責癖←これは「傷を治すつもりが押し広げてる」行為。

傷を癒すつもりがさらに広げてしまった、これはもう人間あるあるでいいでしょう。

だからと言って何もしないのが必ずいいというわけではなく、失敗をすることで新たな知見が得られる。



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2018/8/4

「目を丸くする」という慣用句  ふと思いついた事。

目を丸くする、と聞いて・見てどう想像しますか。

意味合いは単に「驚き」くらいしかありませんが、僕は「幼児性」を同時に認知します。

なので、大人に使うと違和感、不快感までも発生します。

「目を見開く」ことを「丸く」と簡易表現する点が「ご飯」を「マンマ」と言い換えてるような幼児性と認識。

「この話をするとあの人は目を丸くしたのよー」とか聞くと対象人物に対して自分が有利、知識が上回り相手その差は大人と子供の差、または子供みたいな表情したのよー、と思ってしまう。

言葉需要の特異性なんですが、状態の簡易表現は気に触れてしまう。

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