2018/10/20

学校は恥意識生成機関  ふと思いついた事。

アニメのキャラクターを地方の祭り等で勝手に使用しまたグッズも作って販売。

これは著作権違反に当たりますが、実際行使すると「ケチ」「懐が狭い」等の批判を浴びることは容易に想像できる。


でもこれは「違法」なので万引きと同じ類に属します。


なのに「被害者は加害者に寄り添え」的な発言が容認されるのか。

これは学校で教えなかったから、一つの大きな解なのではと。


例えば「5×4=20」がわからない人間を「恥ずかしいやつ」と評しますよね。

「そんなこともわからないのか」「学校で習うだろ」とか。

特に義務教育期間の中学生までに習うことで「わからない」という反応をするとすぐ様本人が恥意識を覚え他者も軽蔑していい対象だと認定しがち。



法律は本当に最低限しか勉強しませんよね。

特に著作権とか身の回りの法律に関しては除外されている。

だからそのことを「知らない」ことに恥意識が生じずむしろ堂々と違法だろうがこちらの言い分を言える。



「恥意識」は牽制となる。「細かいこと言うなよ」とかで押し切られるのはある意味学校教育の敗北です。

その敗北の苦味を味わうのは文部科学省ではなく経済産業省ですが。
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2018/10/20

空気を読めない=自閉症?  ふと思いついた事。

僕は自己主張、自分を守るための意見でも相手が嫌悪を示す場合は言語化をさける=大人な対応と持ち上げる、この思想は支配側のあプロパガンダによって成り立っていると危惧しています。


僕の個人経験では「自閉症」と言われ己の主張を押さえ込まれて来ました。

確かに自閉症は「空気を読めず思ったことをそのまま言う」という特色があります。

しかし「これは空気を読めない発言だけど・・・」というような「あえての理解」が本人に生まれる=自閉症ではない照明です。



本人に「事前に空気が読めないか否か」の判断できる能力がある分、誤って自分が自閉症的な言動をしたという確証を得られるので勘違いしてしまう。



「態度で示す」「言葉にせずニュアンスで示す」=大人、なわけない。




それは子供の対応です。「読み取ってくれ!」という甘えた対応です。

「空気を読め」は直ちに誤った、未熟なコミュニケーションだと変換できます。

「空気を読む」は未熟さもありますが「支配されてもいい」という奴隷根性が発生するコミュニケーションです。


人間は「奴隷根性」へと自然に向かう傾向がある、と最近僕は仮説立てています。

それは「楽」と隣接しています。

「楽」ならば「奴隷」になってもいい、と。


そんなことより、己の価値を上げて欲しい。

「とっつきにくい人間」「扱いづらい人間」とか言われたって、「自閉症」「空気読めないバカ」とかいわれたって、後ろ指さされたって、笑われたって、後に「あいつまじやばいやつだよな」と他人達の話のネタになったって。


それでも自分が思ったことを言葉に出す、そして伝える。言語化の精度をあげる。

「嫌われる」というのは自己責任だと教え込む学校教育の失敗ですよ、本当に罪深い。

社会を舐めすぎです。「嫌い」だけで社会を崩壊させる危険性に牽制されていいのか、と。

「嫌われる」はその「嫌った人」の方が責任の比重が重いです。

それにお互い責任なんて本当は生じません。「ただ嫌い」で終わりです。

それ以上の意味がないのに。

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