2018/11/2

想像と人生の関わり合い、想像元の選択について  ふと思いついた事。



ハイスコアガールを読んで「この想像力は小さい頃から欲しかった」と拳を床に叩きつけました。


欲しかった想像力とは「女子生徒が自宅で一人の時間に自分のことを考えているからもしれない」ということ。

文字化するとストーカーの成れの果てみたいですが。


だけど、この想像力は異性を引き立てるというか、学校生活期間で女子生徒の存在を爆上げする大切な事柄だな、と。



当時の僕は悲観的、人間の二面性を常に想像していました。

今日ザンボット3をみていて「ああこういうのに影響受けたんだな」としみじみ。

悲壮、どうせ何をやってもうまくいかない的な、目立つと攻撃される、とか。

今も根本は変わっておらず、実際悲しいことに出くわしてもダメージを少量にするため冷笑している。


アニメ、漫画の怖いところ、というのが皮肉にもわかってしまったということ。

ただ大人達が「禁止」するのは間違っていると、とも。

「受け止め方」を教えるべきで残酷で人間の汚い部分を露わにする作品を見たら次にハッピーな作品をみせる、とか。






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