2018/12/31

難易度が低い=クソゲーにはならない  ふと思いついた事。

モンハンワールドをして確信したんですが。

スポロボW

ドラクエ11

上記2作品は印象的に残るゲームで「とても簡単」なんですよね。


スパロボWは歴代もっとも無双ができるスパロボと言えますし、ドラクエ11はカミュが一3000ダメージを繰り出せしかもレベルが簡単に上がる。



ヌルゲー、簡単すぎてつまんねえ、と思えないんですよね。

で、もう一つの共通点は「シリーズ内で一番面白かった」ということです。



モンハンワールドはヌルゲーじゃありません。かなり難しい部類です。

でもある程度成長して下位クエストに挑むと「ヌルゲー」になるんですよ。

でも「楽しくない」では全くなく中毒性、何度も倒してくなり「タイムアタック」みたいな自分でルールを化して遊んでしまう。




で、個人的に面白いゲームというのは「拡張性がある」こと。

で、その拡張性を利用すると「ヌルゲー」になること。

そして重要なんですがそれを「プレイヤーに気づかせる」ということです。

ネットとの相性が悪いんですよね。情報が前もってあるともはや「ゲーム側が規定したルール」に思えてしまうから。



「自ら発見」し「それがかなり有効」と実感することで喜びとなる。

その前提に「強くなりたいと思わせる」「道のりが比較的簡単」という難しい条件がありますが。。。。。


ウォッチドッグス2のドローンも最高でしたね、強すぎだろ!って。

メタルギアの戦車を輸送させて戦火を広げるのも好きでした。

ヌルゲー化というのは気持ちいんですよ!

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2018/12/31

社会性の再定義  ふと思いついた事。

社会性はクソ、と当ブログで何度か指摘していますが。

それは「自分の中での定義」がクソなだけでは?という視点。

というかそうです。

教育→破壊→再生という流れは自然。




間違い1)個人より集団を大切にしろ


集団は己を大切にする個人の集まり、が最前提。

人間をたったひとつの細胞みたいに扱うのはやめろ。


間違い2)迷惑?多様性だろ

多様性の暴走。多様性は便利すぎて脅迫に使える言葉。

根幹は「個人の尊重」があるのでそれに逆らうのは「悪い多様性」。



間違い3)社会貢献しなくちゃ・・・

「生きているだけで社会貢献」というまず第一の真実。

社会貢献の単位が市町村なのか国なのか世界なのか、でまた話が変わるが。

個人が幸せに生きる、そんな人たちの存在自体が国の繁栄であり社会貢献のかなめ。

自分の生活が苦しいなら、助けてもらうことが社会貢献となります。


間違い4)マナーと常識がなければ恥を知れ

ゲームなんですよね。いかにどっちが人間として徳が高いか、みたいな。

知らなければ人間失格みたいな風潮がありますがこれは習得した者が自らを勝者にしたいがために敗者を作り上げる構図。

トップダウンの知識、情報。

あとマナーの意味合いの拡大も気になりますね。

車のあおり運転等の危険行為を「マナー」に属させるのは間違い。

マナーや常識は「お遊び」なので生命に関わる、尊厳を傷つける行為は当てはまりません。


マナー・常識を広めたい人はeスポーツを広げようと奮起しているゲーム業界を見習うべきですよね。


「てめえはこのままだと弱者だから俺が強者への道を教えてやる」なんてやり方通用しないですよ。

通用したならこれこそ「ルールによる奴隷化=反社会貢献」なので潰すべき概念になります。


楽しいよ、みたいなことが大切ですよ。

食事のマナーだって「魚が骨だらけだからって手を使ってはいけない」もゲーム性が高いんですよ。

「よっしゃできた!」てなりませんか。それができないとだめ!みたいな面倒な付加価値があるから反発心生じて手で食う。






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2018/12/27

改めてプロゲーマーについて考える  ふと思いついた事。

ぼーっとしながら考えると泣きました。

「ほんとすげえよな」から始まり。

「大人になったらゲームプレイで生活したい」と言うと「甘えるな」「現実をみろ」とか言われた過去。

ゲーム=悪として何度も何度も「お前は人間として質が悪い」と教育者から言われ続け。



そんなゲームにプレイのプロが誕生したんですよ。



つまり非常に強烈な教訓を得たことになります。

人の忠告を受け入れるな、とか未来は結局誰もわからない、とか自分がやりたいことを優先しろ、とかとか。



そんな教訓を得られることに貢献してくれた、存在してくれているだけで神です。

神に感謝。


プロゲーマーに幸あれ。
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2018/12/27

社会性が高いが個性を尊重したい性格の重荷  ふと思いついた事。

社会性が高く個性を尊重したい。

または

社会性を身につけたそちらを優先させうが本音は個人的感覚を尊重したい。


弊害。

メンタルがすっごく弱いです。

社会と個人を比較したときに高確率で前者を選択する。

つまり高確率で「己を殺す」を選択、頻繁に。

そんなおりに「別に頼んじゃわけじゃないし」「お前がただやっただけだろ?」と言われるとすぐメンタル崩壊。



やっていることが高確率で「自分を殺してまで社会(会社、世間、友人・知人)のためにやっている」となる。

だから相手から「大喜び」してもらわないとダメージを受ける。




僕の理想。

個人を尊重し選択し社会の貢献には「自分がうまい汁を吸えることが第一」を根付かせること。

「これ、他人に冷たいよな?」と思うことをやる。逆にチャンス。

「冷たい」とは「自分も責任もたんとあかんのちゃう?」という。

大人からするといい迷惑だし、まぁ利用してやろうかという輩もいるし。


自分ファースト。自分ファースト。
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2018/12/26

ゲームとかアニメのパクリに嫌悪感はなぜ  

既視感、飽き。

嫌な一つの理由に「第一人者に失礼だろ!」ていうのがある。


なので第一人者は「これは俺のお墨付きだよ。」とコメントを残すと受け入れられたり。


ブレイドスマッシュはどう見てもスマブラです。

「スマブラのパクリ」=嫌悪感。

ただ歴史を見るとストリートファイターのパクリ、がいつのまにか「格ゲー」というジャンルになった。


確かに、思い返すとバイオ4だったり「こんな面白いアクションをバイオ4の1作だけはもったいない!」と「パクリ歓迎」のような感情。


ゲームについて、アクションは面白いのに物語やデザインがイマイチ、というのもあり。

ゲームは面白い操作、アクションをどんどんパクって一つのジャンルとして確立することで広がりを見せ将来性を担保できる、のかなと。

またプレイヤーはその歴史を知らざるえないので「元祖」という特別枠が設置されリスペクト対象。

ストリートファイターは未だ一線を張れるのはそのリスペクトだけではなくゲームクオリティがトップレベルというのもありますが。


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2018/12/26

ジャイアンツ冠のeスポーツ チーム誕生  ふと思いついた事。

http://news.denfaminicogamer.jp/news/181225f

プロ野球球団さらに原監督自身のコメントがついたゲームチーム。

これに「箔がついた」と言葉づけますか。

僕はブランド力がついた、ゲームに対する世間の目が変わる、好感度や立ち位置が上がるな、と。


個人が人生をかけてあらゆる選択肢を捨てて「絶対に地位を上げてやるぞ!」と頑張ったとしても。

ゲームを人生の選択肢から除外して勉強だったり就職だったりでエリートコースに沿った生き方をした人が

「ゲーム、eスポーツ 歓迎します!」

とお墨付きをした方が実際社会的価値が上がる。


そして「ゲームに命をかけた人」はエリートたちの駒になる。


社会的地位、価値、承認などなど、社会的の類は「エリートに従属する」が伴う。


僕個人の世界だけで展開しているかもしれませんが、それを変えないとという意識が芽生えました。

エリートが言ったからじゃなくて、本当に好きな人の話を聞こうとも。

それとこの構造の変化は無理なんじゃないかと思うので社会は眼中から外した方がいいのではなと。

「これ楽しいよ!」をただ発信してそれを受け取って共感していく狭いコミュニティの方が価値あるものだと。

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2018/12/24

フルメタル・パニック! IV Blu-ray版の修正  ふと思いついた事。

http://fullmetalpanicnews.blogspot.com/2018/09/full-metal-panic-invisible-victory.html

海外サイト。

この画像キャプチャ見ると欲しくなります。

そして本当に作画やばかったと思い出します。。。

嫌いになりましたからね・・今はだいぶ冷えましたが。



次回作あるんでしょうか・・・綺麗な作画バージョン見たいのでいつか買います。
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2018/12/23

ssssグリッドマンありがとうありがとう  ふと思いついた事。


ありがとう
ありがとう
ありがとう

ありがとう


見てよかった見てよかった見てよかった!!!!

うおおお2018年生きててよかったと思える最大の理由の一つが

「ssssグリッドマンをみたこと!」

です。



途中でだれてごめんなさい。

最終戦はゴリ押し「命限りある者の力だ!」と殴り倒すという。

物語に神秘性を持たせようと複雑になる傾向が他アニメで見られますがこれくらいシンプルでいいんですよね。

別にそこに深みを求めてない、という視聴者側を理解した内容。


最後まで茜とその他の関係が「なんとなく」しかわかりませんでした。

茜は怪獣と同じく街も人も作った、ということですが具体的なシーンがなくまた人々は「作りもの」と察せられるシーンもなく。


しかし最後の実写パート。

実写パート。

あそこで「あ、作り物なんだ」という実感が一気にぐわっと理解できました。


あかねはこっち側の人間、実物。

アニメ、作り物の世界。



ああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああ

「あ」の連続で感動を表現する下等テクニック。


オリジナルグリッドマンは全作画手書きなんですよね。

だから雑というかディテールが荒いところあるんですがそれが「味」として染みる。



「過去のグリッドマンを知っている」

「一度でも過去のグリッドマンのOPを聞いた」

楽しむための最低条件知識。
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2018/12/23

ssssグリッドマンありがとうありがとう  ふと思いついた事。




ありがとう
ありがとう
ありがとう

ありがとう


見てよかった見てよかった見てよかった!!!!

うおおお2018年生きててよかったと思える最大の理由の一つが

「ssssグリッドマンをみたこと!」

です。



途中でだれてごめんなさい。

最終戦はゴリ押し「命限りある者の力だ!」と殴り倒すという。

物語に神秘性を持たせようと複雑になる傾向が他アニメで見られますがこれくらいシンプルでいいんですよね。

別にそこに深みを求めてない、という視聴者側を理解した内容。


最後まで茜とその他の関係が「なんとなく」しかわかりませんでした。

茜は怪獣と同じく街も人も作った、ということですが具体的なシーンがなくまた人々は「作りもの」と察せられるシーンもなく。


しかし最後の実写パート。

実写パート。

あそこで「あ、作り物なんだ」という実感が一気にぐわっと理解できました。


あかねはこっち側の人間、実物。

アニメ、作り物の世界。



ああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああ

「あ」の連続で感動を表現する下等テクニック。


オリジナルグリッドマンは前作が手書きなんですよね。

だから雑というかディテールが荒いところあるんですがそれが「味」として染みる。



「過去のグリッドマンを知っている」

「一度でも過去のグリッドマンのOPを知っている」

楽しむための最低条件知識。
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2018/12/22

安心は罠?  ふと思いついた事。

僕は「他人と一緒になりたくない」という意思が強くそれは小さい頃からありました。

例えば中学生の頃暗記した百人一首を空で言うというテストがありました。

みんなもれなく1首目の有名なやつを取り入れたんですが僕だけそれを外しました。


なぜかというとみんなと同じ短歌を読むことが屈辱に感じたからです。

屈辱とは「みんながやっているから」という理由だけでさほど覚えやすいとは自分では思えない短歌を暗記することは他人の影響を許すことになるからです。



僕はこのことについて全く後悔がなくテストの点数はかなり悪かったですが「よくやったな」と思えます。


僕の特性なんですが「自分が選択するが不安」と「他人が選択してくれる安心」なら前者を選択するということ。

そして残念がら僕は大事な選択時は後者を選んでいました。


後悔よりも安心を選択したからです。


ということは「後悔」と「安心」は僕にとって相殺しない概念だということ。


同じ日本語でも「社会(世の中)日本語」と「僕日本語」があります。

安心でいうと「社会日本語」では後悔が入る余地がなく求めるべき環境・心情です。

僕日本語では「罠」であり「うまの人参」です。


安心を得るために捨てたことに僕は注目してしまうということ。


あと「不安に打ち勝つ」というのは僕日本語には存在しません。

不安は友達です。不安と仲良くなるが僕日本語です。

安心というのは瞬間最大風速みたいなものでそれ以外は不安です。

安心は自分が選択したいことを捨ててまでも選ぶべき選択肢という顔をしていますがぶっ潰したいですね。

「やりたいことができない」は至極残酷。

安心をどこに求めるか。
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