2018/12/18

広告=責任請負人、という考え方  ふと思いついた事。

コンビニ行った時。

余ったごはんのおかずを買いに行くつもりがレッドブルを買いました。

それは「カプコンカップの選手たちがレッドブルを飲んでいた」ことが頭を遮ったからです。


買いに行ったのは夜なんですが「夜にレッドブルを飲む」の危険性はいわずもがな、寝れなくなります。

だが「まぁプロゲーマー飲んでたし」という「レッドブルの宣伝」に責任転嫁して飲みました。

「擬似責任転嫁」です。飲んで眠れなかった責任を被るのは自分しかいないのに。




広告、情報は「行動、決断の責任転嫁をしてくれる作用」があります。

生まれてから受けてきた教育で「自分で選ばない方がいい」と学んだ人ほど利用する。

「失敗を許されない」「ミスが多いから親が決める」「自分の選択は高確率で間違ってる」とかいろいろ。





責任転嫁に慣れすぎなんですよね。

といっても、責任転嫁は時短だったり意志力消費軽減の効果があります。


だけど、これも「意識するか否か」でだいぶ違う。

選択時は「なんでこれを選択したんだろ」からの「なんの宣伝からかな?」という思考を。
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