2019/2/27

twitterで広がる「未成年女性の絵の規制喚起」について何か危険さを感じる  ふと思いついた事。




「これは問題だ」とあぶり出されることで危険性が強調される。


同じ類で小学校〜中学校、大学のアルバイト先でも痛い目にあいましたね。



その場の閉鎖的な環境、友人2、3人の間だけで成立した僕の発言をクラス全員の前で発表しみんなから引かれる。

さらに先生の耳に入りお叱りを食らう。

確かにみんなの反応は正しいんですが、みんなにましては先生に言うつもりは全くない内容のこと。



現在僕は「人に話すことはその相手の関係者全員に知れ渡る」を意識して言葉に出している。

だから「その場での軽い思いつき」や「衝動的な発言」を抑制しています。




いわゆる「言質をとる」です。

twitterのこの絵の規制運動もその流れを感じ取れますね。

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2019/2/27

場所によって人の印象が変わる、という話  ふと思いついた事。

三浦瑠璃さんっているじゃないですか、学者の。

あの人が日本の維新の会からの推薦で国会に招致されたんです。

すると、すっごく美人にみえたんですよね。



それは国会がお年を目いた方が多いこと、それと個人的な偏見「かたっ苦しい」だったり「上品なようでそうでもなく下品に見えることもよくある」とか。


単なる「場所」のフィルターによってめっちゃ印象が変わった。



僕は三浦さんのことは「正論で厳しい発言が好きなんでしょ?」と言わんばかりに何だか人を不安にさせることが楽しんじゃないかと感じ取ってしまい苦手です。

それなのに好印象を抱いてしまった。




僕は人以外にも「好印象を抱いた」時に、その背景にある場所をあぶり出そうと思いました。



大学時代、お堅いと有名な大学の同級生の女子生徒がめっちゃ美人で頭良くて勢い余って自殺しそうになったんですよ。

なんでこの大学に入学しなかったんだろうな、て。

そういうことです。
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2019/2/26

面白感じる=影響を受ける  ふと思いついた事。

感性が鈍くなった、ていうのは間違いです。

感性ってなんですか。感度のことですか。



大人になってゲームとかアニメ見れなくなったというのは経験値や知識が増えて個人として価値観の骨幹がたくましくなった証。



影響を受けづらくなるとは人間として成長した証。

僕は子供をターゲットにしたゲームやアニメは「学んでほしいから」とか「夢を見てほしいから」とかかなと想像していました。


でも「影響を受けやすい=売れやすいから」だと気づいた時は流石大企業になる素質があるジャンルだなと感心しました。



だから僕がゲームにめっちゃうるさくなったのは当然です。

開始10分で売却なんて当たり前です。

だからこそ、それでも面白く感じるものには価値があります。




また、面白く感じるものが多いほど生活の充実度も上がるので。
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2019/2/26

「勉強ができない子」というレッテルを貼るために教科書があるわけではない。  ふと思いついた事。

勉強が嫌いだと小学生時点で決めつけた人たち。



教科書は「勉強ができない責任」を負わなければならないんですよ。

つまり「勉強ができない子」は当人の責任ではなくて「教科書」が責任を負わなければならない。

全員に適合する本なんて存在しないので早々と「教科書と違う本を選ぶ正当性」を教えてあげなければならない。


本じゃなくて読者が責任を取る、それは読者が相当な熟達者でなければ成り立たない。

「読者にも責任が終えるレベルだと信じて発行した」という理由が発生するかもしれまない。


しかしこの場合の責任が終えるレベルとは生徒に対して先生レベルですよ。




人類の発展は責任の外部化によるものです。

いかに人間に責任を負わせないかが進化の鍵としてきた。



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2019/2/23

youtubepremiumがやめられない  ふと思いついた事。

NETFLIX、AMAZONPRIME/VIDEO/MUSIC、HULU、 dビデオ。


4年ですね。4年めちゃくちゃ楽しみました。

「暇な時間の完全消失」です。



で、今は「物語性がある映像」が食傷に。

じゃあ物語性がないに等しい系のアニメは?となるとチャレンジしましたが

「視聴者を惹きつけようとする仕掛けが多い」

のですぐ断念しました。特徴的な声とか、グロとかエロとか。




結論、現在ベストは「youtube premium」です。

広告=視聴者を惹きつける仕掛けが仕込まれている。

これを排除する=淡白だが「しつこさ」を感じず。

実況なしのゲームプレイだったりプロゲーマーのオンライン対戦だったり。

音楽も結構ありますし外国人の散歩動画も楽しく。


「惹きつけたい!」がこれまでは嬉しい要素、その気持ちに感謝!みたいな思っていましたが今は「重い」んですよね。


広告の脳の支配する強力さもわかってはいましたが改めて強く実感できました。


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2019/2/23

責任は相手をコントロールする道具  ふと思いついた事。

要約

・責任は「他人が納得する条件」に言い換えられ、これを利用することで相手をコントロールできる。

・「責任とれば何をやっても良い」という発想は「いつ死んでも構わない覚悟」or「殺されるわけがないとう傲慢」のどちらかが前提

・「責任を取ればば何をやっても良い」という主張自体、相手に「この人は責任を取ってくれる人だ」と思い込ませコントロールしやすくなる。

結論

責任は相手をコントロールするための道具であり、責任でコントロールしようとする相手に敏感に反応すること。



本文

責任について考えている時。

大学生時代に出会った一つ下の男に

「責任とれば何やってもいいんですよ。」

とアドバイス的なことをされて僕は「戦争の原因となった場合責任取るって元どおりすることにならない?」と返しました。

相手は「何こいつ面倒なこと言いやがって」みたいな顔をして終わりました。




今考えても僕の例は悪く「極端」な部類に入る。

当人が言っていたのはあくまでも「個人が責任をとれる範囲」だったんだなと。

しかしその責任を決めるのは他人であり、それを受け入れるとはなんて酷なことなんだと思ったり。



で、気づいたこと。

これは「他人を自分の思いのままにするために責任をちらつかせる」ことだったんだな、と。

ゲスだと思う一方でなるほど、人類を信頼しているからできる発想だなと。

というのも性善説に近い「もし自分が責任とることになっても相手は《良い人間》だから深くは追求しないはずだ」という前提がある。

僕は幼い頃から「捨てられる」「殺される」恐怖を何度も経験してしまいその信頼を前提とする発想展開が不可能だった。

「人はカッとなれば簡単に他殺する」という前提で生きている。


その年下男が「こいつは絶対に殺人しないし、例え俺が傷つけても他言しない《良い人間》だ。」と判定してから責任を持ち出しているのかな、とも。



確かに、責任、言い換えると「他人が納得する条件」を提示すればコントロールできるな、と。

責任の有効活用。

これから使っていこう。

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2019/2/22

プロスピ2019発売延期でショックを受けてしまう  ゲーム

結構なショックですね。楽しみにしていましたし。

7月までモチベ維持するのは色々支障が出るので発売間近まで発売しないと思い込みます。


で、延期するならばそれなりの追加要素が欲しくなりますね。


・汎用装備を一新、パターン増加

・選手作成の顔のパターン大幅増加、自由度大幅増加

・監督モードを「ノーマル(1試合30分)」と「時短(3分)」のセパレイト

・アクションオンラインで1試合じゃなくて打者1人に10球勝負とかの時短モード追加

・守備位置をオリジナル作成(オンラインでも使用可)




もしこれ全部追加してたら「3本かいます!」レベルですね。

まぁデビルメイクライもありますしゲーム生活をエンジョイする肥料は潤沢ですよ。
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2019/2/22

幼少期までに身につける必要がある能力  ふと思いついた事。


・純度が高い自己判断
・責任についての正しい知識


この二つがあれば両親がDV常習者でも自らの意思で逃げ道、対策できる。


「純度が高い自己判断」とは、人からの助言に左右されず自分の脳が一番反応する選択肢を実行、意見を築き上げる能力。

「独裁」の危険性があるため他人からの助言は大切。

あれ、早速矛盾してんじゃん、という話ですがまず初めに「築き上げる」ことが大切。

築き上げる前に助言を聞いて右往左往してはいけない。




「責任についての正しい知識」とは「人類史上最も優れた虚構」だとまずは知ること。

人間が前に進むための副産物であり、罪悪感を消滅させるための道具でもある。

「真に一人の責任」は人類が1人だけにならない限りあり得ず、直接そう仕向けようとうする相手には危機感を持つこと。

また「誰の責任か」の追求で時間浪費しないため「自分の責任は自分で掴み取る」意識をはっきりと強く持つこと。




2項目共通しているのは「失敗との向き合いかた」が大きく関係しているということ。

自己判断の純度を高めるためには「失敗の恐怖」を薄める必要性があり、また実際失敗しても「失敗を認めても自尊心を傷つけない」高等技術を要する。


責任についての正しい知識もそう。失敗=責任を取る、なんて考えを厳密に決めなくていい。

例えば男女交際して別れた時、相手の「あなたのせい」と言われずっと自責しなくていい。

「ほうそうか」くらいでいい。無理に責任を取るという概念の正当性を信じて自分を追い込まなくていい。

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2019/2/21

責任を耐える器官、とは  ふと思いついた事。

食べ物を消化する器官

血液を循環させる器官


責任に耐える器官


器官・・・?


僕の想定として、大半は器官とも言い換えられる「能力」を幼少時にその得られている。

僕はその器官が内在していない、つまり外部にある状態。

胃瘻や人工呼吸器のような。


で、話が一気に複雑化しますが「本当は内部にあるはずなのに外部に託している」ということ。

つまり呼吸できるのにそれを知らずに人工呼吸器をつけているようなもの。




この原因はもう結論づけても間違いないんですが幼少期に責められすぎたんですよ。

内容の強度もそうですし頻度も半端ではなかった。

今この年齢になってよくわかるんですが「教えるのが下手くそすぎ」だったんです周囲が。

で、僕はそれに慣れてしまったので「上手い人」を自分から避けたんですよね。

これが「褒められたも全く嬉しくない」要因です。



そこで生き抜くために身につけたのが「責任逃れ」です。

普段から高頻度で責任追及されてるんだから、できる限り避けたい。

避ける方法は「相手が納得する」かつ「僕に責任がないと判断する」ようにわからせる。

だから「自分のこと」よりも「相手視点」を第一に考えるようになった。



それは実在する人間ではなくても「仮想相手」としても成り立つ。

自分の中で仮想の相手が納得するであろうことは安心してできる。




なんかもう少しなんですよね。

もう少しで「自分の責任」を掴みとれそう。

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2019/2/20

自分の人生の責任を自分のものにする方法・実感がわからない  ふと思いついた事。

おそらくこれは理解すると「なんだこんなに簡単だったのか」と以前までの自分がなぜ理解できなかったのかがわからなくなるはず。


フィギュアの爪の造形が理解できず3年、先日やっと造形することができて「なんでこんな簡単なことを・・」と悶絶しかけました。



責任を自分のものにする、自分のものにできるのか問題です。


一時期「自分の身に起こった全てのことは自分の責任」と解釈していましたが大間違いでした。

ただただしんどく「他人が発行した責任」を負ってしまい精神的重傷を負いました。



で、今は責任は発行するのもの人同士がコミュニティを形成する中で最も重要な虚構だという解釈。

つまり「自分と他者」という関係がないと生まれない、という考え。


しかし確実に「自分一人だけの世界での自分の責任」というのが存在します。

それを掴み取る感覚がわからない。

幼少教育で責任=暴力・暴言が許される、みたいなことしか学べず。



学校や家庭で学んだ責任からは逃れたが社会ではどうやら「自分が自分の責任を掴み取ることが何やら重要らしい」ということを知り。


これは幼い時に身につけておくべき能力でしたが未だ理解できず。


「お前のためと言われ嫌々やらされてきた経験」があまりにも膨大なのでその中から真の意味での自己責任を見つけることができない。


これかな、とヒントじみたものはあります。

それは「他人の意見なぞまったく考えずに成し遂げたことが社会から成功だともてはやされる経験」がその実感を教えてくれるのではないか、と。


他人の意見、感想から導き出した行動というのはすでに「他人に責任を預けている」と言える。

真の自己責任とは成功しようが失敗しようが「やってよかった」と実感できる種なのかな、と。

なので社会から成功だともてはやされた時にどう感じるのか、「思ったよりうれしくない」と感想持つのかな、と予想しています。

それを経験することで真の自己責任を掴み取る感覚が養われるはずだ!という想像

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