2019/3/31

悪口に目街行く理由  1日まとめ記事



拍手しながら声援送る人より殴りかかってくる人への対処のほうが緊急性が高い。

これと同じじゃないでしょうかね。


人間は言葉を物理現象と同等に考えている。


言葉はイメージを生み出す。


悪口は脳が勝手に緊急性を感じ取るから優先的に汲み取ってしまう。


単純発想ですが仮説。
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2019/3/31

今期ダルビッシュ初登板を見ての感想  野球

四球めっちゃ出してるのに投げ続けているのすごいな、と思いました。

3回途中で交代しましたが見てる最中はプロって大変だなっていう素朴な感想。


2年前のワールドシリーズ最終戦と同じ印象を受けました。

無失点、ヒットを打たれたくない意識が強く逃げ玉が多い、球自体は走っていてバッターは捉えづらいのに、と。

ホームランを打たれましたがメジャーでは1試合1HR先発が打たれても驚くことはなく。


可能性を確かめたいんですよね。

ストライクゾーン甘いところいっても抑えられるんじゃね?という。

知りたいので次回はバンバン打たれてもいいのでストライクーゾンに投げてほしい。
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2019/3/31

社会に責任を押し付けた→人類発展の鍵?  1日まとめ記事




朝起きて寒く起きたくない。

学校、仕事があると無理してでも起きて準備する。

何も予定がない、あったとしても「全部自己責任で片付く」と信じきっていると「じゃあもっと寝るか」と起床を諦める。





会社で遅刻した場合「なぜ遅刻したのか」と問われる。

「遅刻した当人の責任」ではなくて「会社になすりつけている責任を果たさない理由」を聞かれている。

なので「寝てたから」という「自己責任」と対立する。




〜する理由に正当性を与える=責任を肩代わりしてくれている。

社会に責任を押し付ける=ルールに則る


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2019/3/30

すぐ従属してしまう・・優しい・不安を煽る言葉に注意する  1日まとめ記事




僕は「社会を利用する」という考えがあまりにも足らないです。

国は国民のためにあるのに、国のための国民と隙を作るとすぐ考えてしまう。


優しい言葉、不安を煽る言葉ですぐ従属思考に陥ってしまう。

もっと社会を利用するマインドを育てないといけない。

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2019/3/29

「つまらない」は「面白くない」ではない、という新しい視点  1日まとめ記事



映像や書籍含め「つまらない」は即座に評価を落とす、面白くないものって思いませんか。

僕はそうだったんですが、もしかすると「つまらない」が「面白いポイント」と評価点なのでは、という考え。


というのも、どう見てもつまらないアニメをみたんですが、それがネットでは高評価。

「自分と価値観が違うだけ」ではない気がするんですよね。


つまらないこそ楽しい、面白いっていう。

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2019/3/28

音声なしスポロバ欲しい/海賊版について/プロスピ新作がっかり  1日まとめ記事

音声なしスポロバ欲しい


懐古厨とすぐさまバッサリ。

でもこういうぱっと理解できる指摘というのは真意をもバッサリと断絶してしまう可能性が高い。

「声あり」って結構な制約があるなと気づいたわけです。

脇役キャラのパイロットは出しにくいし戦闘シーンは音声とタイミングを合わせるためスムーズにならなかったり。

勧めているのに据え置き機で出たら絶対やりませんが。

携帯機で、です。理想はタブレットで新作買い切り型スパロボがやりたい。

昔の携帯機のスパロボって改造しても歯ごたえがあったんですよね。

携帯機だったら色々我慢できるんですよ。利便性が高いから。

ラジオと一緒です。ラジオも利便性が高いから僕はテレビを切り捨てたが未だにラジオは利用し続けている。

「スペック的に音声ありできるんだからそれでよくね?」とつっこまれますが、明らか声無しのスパロボの方がシミュレーションとして楽しめたので声有りだと足を引っ張ってしまう要素なのではなかろうか、という想起です。



海賊版について思うこと



僕は高校時代周りが皆カスタムファームウェアでPSPソフトを無料でプレイしている中ただ一人ソフトを買い続けた人間ですよ。

それほで海賊版には手を染めるのに抵抗がある人間なんですが、海賊版が出回るということはそちらの方が利便性が高いということ。

安かったり質が良かったり。ガンプラの海賊版がツイッターで話題に上がっていますが人権がないみたいにゴミクズ呼ばわりしているんですよ。

海賊版購入=人権剥奪という信念を持つ宗教みたいで正直なところそうやって指摘する側も相当やばいと思うんですよね。

海賊版を手にしない=バカ、ビビり、みたいなレッテルを貼られた高校時代を過ごした経験から正直者はバカを見る世界なんですよ。

それだけ魅力があるものを禁止するのは単純所持で逮捕される法律が施行されても難しいはず。

麻薬と似ている気がするんですよね。ただ責めて罪悪感を植え付けても効果薄いですし。

人の良心に訴えかける方法は、逆にそれを乗り越えさえすればOKみたいな誤認を許してしまう。

じゃあ法で逐一裁けばいい、となると表現の自由や著作権法の縛りが厳しくなる。

違法アップロードと知らずともスクショとったら逮捕される法案が可決寸前まで行ったてしってますか。

元となる草案制定時の10年前は「そんな拡大するはずがない」と有識者がお墨付きをしていたんですよ。

拡大のきっかけとなる法案が一度成立するとどこまでも広がっていく可能性があるんすよね。

だからといって海賊版を許容していいわけは有りませんが。

海賊版売らなくても生きていけるだけの金がもらえる社会になればいいんじゃないですかね。

ヤフオクでガレキ買ったら海賊版だったことがあるんですよ。

気泡が少なく表面の状態が正規品よりもいいんじゃいかと疑うレベルでした。

この時まじで海賊版に対する敵対意識しか規制線はないなと思ってしまった。

製作者にお金が入らない!というのは正当な理由なんですが、購入側は自身の資金が減らない方が嬉しいのでそんなの知ったこっちゃないのが基本ですよ。




プロ野球スピリッツ2019の選手プレイ動画を見て


買わないだろうな、という気持ちの方が大きくなりました。

モーション見ましたか。モーションは今まで通りなんですよ。

ホームラン打った後のランニング、送球、投げる前の投手の仕草。

映像良くなったりシステム面変わったと思うんですが。

他に面白いゲームは色々でていてしかもまだやりたいができていないソフトもたくさんあり。

まぁ気が向いたら買うかな程度にランクダウンですね。
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2019/3/27

有害ウイルス撲滅に奮闘の中、悪口がウイルスだという仮説が誕生した  ふと思いついた事。



僕が勝手に誕生した仮説なんですけど。

ウイルスに対しての対抗手段を日々更新し続ける世界。

10代の死因の第一位には自殺で「言葉が原因」は結構割合あるんじゃないでしょうか。

もしそうならば「死を招く病=ウイルス」という定義を仮設すると「言葉もウイルスに属す」という考え。


「そうに違いない!」と断言するのはとんでも科学です。

あくまでも仮説、というよりか「それくらい強力なもの」という例えです。



言葉をウイルスと置いた場合のワクチンは「周囲の気遣い」や「その言葉を否定できる言葉、気持ち」です。

知識をつける=語彙を知る、あらゆる人間の考え・生き方を知ることは「ワクチン製造」と言える。

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2019/3/27

ハイスコアガール全巻を読みおえた感想  ふと思いついた事。



・当時のゲーム史を正確に記している。
・テクニックも実際再現可能で読者もそのすごさが伝わる。

上記二つがとても優れており僕の「偏見の壁」はすぐ崩れました。

壁とは「どうせ浅い知識を恰も伝説級に誇張表現しているだけだろ」「安っぽい知識を恋愛要素でカバーしているだ」という偏見です。


僕がゲーセン通いを始めたのはバーチャ4あたりか、つまりハイスコアガールは僕の1〜2世代前の話。

今はゲーセンが苦手になりましたが、小学生当時の僕はゲーセンでプレイしている人たちが輝いて見えて。

「通知表オール最高評価」よりも価値が高く、大人達から忌み嫌われているゲームを大人達が大勢している。

お金がかかる趣味でもあったので僕はみる専門でした。


ハイスコアガールはその当時の「香り」を思い起こさせる、また一つの歴史として知り得ない情報を知れた喜び。

今のゲーセンが苦手なのはオンライン対戦が盛んになった原因で人が少なくなり、またタバコの臭いに敏感になり三国志とか競馬とか大型筐体が多くを締め始めたからですかね。




理想の女性二人。

ゲームにハマる女性ってそれだけで魅力を感じる。

つまり僕のための漫画と言えるんですよね。

今までゲームが好きな女性は一人だけあったことありますが好きなジャンルが違いすぎたのと仲良くなりたくなかったのですぐ終了。

僕は読書中多くの割合をハルオ視点で読んでいました。

漫画の楽しみ方の一つだと思いますが「僕ならどうするか」という考えですね。


読んでると忘れてしまうのは「自分の責任」です。

キャラを自分に置き換える時「責任」を放置してしまう。だから大胆な行動を想像してしまいがち。

ハルオが大野さんにとった行動の多くの責任は重いがその分の代償をしっかりと享受している。

一方大野さんは責任をハルオに預ける形でコミュニケーションをとり、意図的に隙を作ることでハルオとの関係を深める。


日高さんは全て責任を負うような言動、この類はインパクトが大きく責められやすい「脆弱なコミュニケーション」と思われがち、側面がある一方で僕たちは「責任を持つ強さ」を認識しなければならない。


ハルオ視点で二人を分別すると

大野=おっかける対象

日高=おっかけられる対象

となります。僕はおっかけたいタイプなですが本作では日高さん派でした。

日高さんをおっかけたい派ですね。

おっかける、というのは「わかりやすい」故「他人から指摘されやすい」責任を負うんですよね。

「もっと〜すべきだ」「ひとりよがりだ」「メンヘラだ」とか。

でもやっぱり僕たちはそれでもその「ツッコマれやすい隙」を作った責任を負う日高さんを賞賛すべきなんですよ。

「ツッコマれやすい隙」つまり横槍を入れやすいって理屈よりも自分の感情を優先した証拠なんですよね。

政治とか科学でのルール決め・理論構築に「感情優先」だと大問題なんですが、個人の選択に感情優先ってすばらしくないですか。

日高さんはみんなから「なんでハルオなんかに?」とか「男きっかけでゲームにハマるとか」色々つっこめるんですよ。

僕はいじめ・排外のプレッシャーに負け感情優先の選択を否定しまった人生を送ってしまったので日高さんに惹かれます。



漫画の怖いところはハマりすぎると妄想が膨らみ脳に虚空を生み出すところですね。

この部分はきっぱりとフィクションとの境目を設けないと飲み込まれてしまう。



要するに僕はコアな格ゲーマーの若い女性が活躍する漫画が大好物ってことですね。

恋愛要素という好きな人ほどがっかりするテーマもありますがハルオという読者が「ゲームバカ」と信じられるキャラを構築した手腕。

だからこそ大野さんへの言葉の重みというのも同時に感じ取れるんですよね。



最終巻の大野さんが胸でハルオを吹き飛ばす描写なんですかあれ。

めっちゃ気持ち悪い文章を今から書きます。自覚があります。

ハイスコアガール自体「性の匂い」は僅かでマックスはハルオと日高さんのファミレス談義の時です。

大野さんに関しては全くない、というわけであるが「女性と男性」という人間の一般常識からするとどうしても匂わざるおえない。

度々発展しそうな場面がありますがどれも一歩手前、というか性の香りというよりか愛情表現。

その二つどう違うかというと性行為による快感が抜けているんですよね。快感重視による残虐性というか。

だからこそ読者は「もしハルオと大野さんがまっぱで布団の中入ってようがコトは起こさない」という確信を得ている。

そんな大野さんが女性の特徴とする胸でハルオを突くんですよ。

押切蓮介氏曰く「大野さんの胸の大きさの成長もちゃんと表現している」の通り確かにかなり大きくなっているんですよ。

その大野さんが女性の特徴とする胸でハルオを突くんですよ。

このシーンだけでなんだか二人の関係の深さ、関係の深さと書くと安っぽいですが、お互い体を己の快感の思うがままにすることはないという信頼関係がはっきりと見えるんですよね。

10巻の半分以上ただハルオが大野さんを追っかけるシーンなんですよ。

密度がない、という指摘はほんとやりやすい。

この疾走感を読書にも感じ取らせるそれまでの話の積み重ねに感謝ですよ。


ハイスコアガールは紛れもなく僕の中で重要な作品となりました。

僕の理想を発散させてくれた作品とも言えますが、人間の可能性を広げるという、僕だけかもしれませんが人類貢献をしてくれた作品です。


僕は何度も同じ作品を読むのは合わないんですよね。

何度も読むことで味がでるのは確かなんですが「粗」を勝手に見つけてしまったり。

3年。3年くらい時間が経って再び読み返すのは大好きですね。

ファーストインプレッションを思い出しながら味わえるんで。




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2019/3/25

ハイスコアガール 10巻(最終巻)感想  ふと思いついた事。



★感想

泣きました。

こんなベタベタで想像だに優しい展開なのに。

終盤のセリフが省かれ絵だけが続くページ。

もう近寄らざるおえない、言葉の隙を作らない二人の関係をページ数をめくるスピードで感じ取れました。


漫画としての物語自体だけではなくて、自分の人生も照らし合わせてしまった。

大野派、日高派とかどうでもいいです。

人は人を幸せにさせてあげたいんだなーと、なんか世界が明るく見えます。

「フィクションの、漫画なんかに感化されやがって」とかいうツッコミ。

全人類そんなに愚かではなくて、実生活と共通する部分があるから意識できずとも照り合わせられる。

人間はフィクションの塊なんですよ。

漫画はそれが顕在化されてるが故にバッシングされやすいだけです。




こんな素晴らしい物語は紡げなかったとしても、人の目を気にせずに同級生の女子にゲームの面白さを伝えとけばよかったと。




★自分語り

後悔。

でもこの後悔は「ネガティブ」ではないです。

自分の可能性を教えてくれました。



僕は学生時代、同級生の女子にゲームの楽しさを教えて一緒に楽しむ努力を怠った。

「キモい」とか同性から「女好き」と言われて嫌われるのを恐れていた。


「女性にゲームをする人が少ない」と嘆くことがありますが、それは僕が原因でもある。

ゲームの楽しさをしっていたのに、それを教えてあげられなかった。


「自分なんか」という卑下はありましたが、やっぱり他人の目と自分の立場ですよね。

いじめられるのが怖かったんですよ。実際女子生徒と仲良い男子たちを貶したり仲間はずれにしていました。

これは今考えると、女性差別でもありますよね。異性とのコミュニケーションの機会を奪う。


ただ、当時は「女子とゲーム」よりもそっちの方が断然価値が高かった。

だから当時の自分を責めることはない。よくがんばったな、だけです。

現在の自分が後世に説得力ある説明をできる能力を得た、だけです。



あと、ゲームに全く興味のない女子に魅力を教えハマらせることができた可能性がある、というのを実感できてよかったです。

 

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2019/3/25

自分を褒めるくせがないと人間性が失われる  ふと思いついた事。



僕は基本「褒め」は危険な概念だと位置付けています。

なぜなら強力な言葉、この場合の強力とは相手にインパクトを与えやすいということ。

人によってはそれを「長所」と価値づけますし、また好意を寄せるきっかけにもなる。

さらには「それがその人の価値だ」と周囲に思い込ませることもできる。


目的がなく「本音だから」と安易に褒めることでの弊害、またコントロール目的での手段として有能。




僕自身「褒め」にかなりの猜疑心を小学生の頃から持ち合わせている。

だからと言ってこのことを他人に言うのはどうかと今は思いますね。

なぜなら圧倒的に褒められて嬉しい、で思考が終わる方が幸せだからです。

僕は「コントロールされた幸せとは?」みたいなくだらないととさえ思えることを考えることが趣味。






で、大事なのは「自分を褒める癖」です。

努力の可視化。お腹減ってご飯を食べるだけ、も立派な努力なんですよ。

「え?当たり前じゃん」と。当たり前のレベルを引き上げることが人間の価値を上げる、とよく言われています。

まぁ確かに、と思う一方でそれは自分の行動の価値を下げる行為でもある。


自分を褒める、とは外界から守る手段でもあります。

他人から何か叱られて「人間としてダメ」って平気で使う人多いじゃないですか。

そんな言葉を使う人の言語感覚に辟易しますが、やはり言われると凹む。

そんな時普段から自分を褒めていると「ちゃんと予定通りに行動して、腹減ったら自発的にご飯食えるのにダメってなんだよ」と反発できる。

隙を許さない。

あれですよ、ここまで書いたことは僕個人の感性ですし、それが続きます。


本当に、自分を褒めないと、普段やっていることの価値を認めないと自己破壊します。

「反当たり前のレベルを上げる派閥」ですね。

気をつけることは物事によっての価値の差を広げ過ぎないようにすることですね。

空腹でご飯を食う、と大勢の前でプレゼンして好評を得た、をほぼ同価値にする。

価値の差を広げると、優劣が生まれ結局は空腹飯食うが近似「当たり前」になってしまう。


自分を褒められるのは自分だけなんですよ。

自分の人生を知っているのは自分だけなんですよ。

自分でも的外れな指摘を自身にするのに、他人が的を得るなんてほぼ不可能です。




僕や「苦しみ、何かを犠牲にしたこと」のみ努力とみなす癖があります。

今の生活はこれまで歴史を紡いできた多くの人たちのおかげはもちろんのことです。

しかし服を着て、買い物をして、ご飯を食べるのは自動的ではなくて僕固有の人間が成し遂げている。

生きるための努力を日々行なっている。

そんな自分を褒めなければ、自分の一番の功労者を無下にすることはあってはならない。

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