2019/4/6

新作サムライスピリッツでついに自分の動きを学習させオンライン上にアップロードできる  ゲーム




ついにきましたね。

もう一生来ないかと思っていました。

格ゲーの話題に触れるたびに書いていた「AIをアップロード」。



オンラインゲームの僕が苦手なところは「相手が人間」だということです。

自分のゲームプレイによって知らぬ人間の感情を動かすことに僕は抵抗感があります。


じゃあこのブログだって誰かが見て感情を動かしてるかもしれないじゃないか、というのはその通りなんですがレベルが違うんですよね。


レベル・・「手抜きレベル」です。

ブログは「筆者と読者」という関係なんですがゲームは「筆者と筆者」なんですよね。


つまり当事者意識の度合いの違い。ゲームはよりばちばちに感情が動くということです。


それが苦手で、いま相手を悲しませているのかなとか考えるともう無理です。

なのでこのAIは本当に嬉しくて、本人より弱いのは確実なんですがコンピュータ戦より楽しめるはず。


サムスピはやったことないですがこれを理由に買いますよ。

購入決定。発売まで楽しみですね。

おわり。
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2019/4/6

「かんたんにわかる〇〇」系の教育本が嫌い  1日まとめ記事




僕の経験上総じて、ですが。

「かんたんにわかる〇〇」系の本は、その分野の知識を獲得してから読むと「確かにわかりやすい」となり、本当に知識が無の状態で読むと分かりづらくとむしろ嫌いになる。



「わかりやすい」をタイトルにすると壁にぶつかった時「自分には向いていないんだ」と思い込んでしまう。

「わかりやすくするためなのはわかるが回りくどい」「簡単にまとめすぎてむしろ分かりづらい」等々、欠点が目立つ。




でも知識が獲得済みの状態で読むと分かりやすいんですよ。


このギャップはなにか?

想像できないんですよね。「自分の脳で、自分流の想像」ができない。

個人によって想像の流派は異なっているはず。

足し算だってりんごをいちいち想像する人もいれば、フラッシュ暗算みたいな暗記したパターンを即座に想像したり。


「わかりやすい系」は著者の想像を押し付けるので抵抗感を覚えてしまう。

僕の勝手な持論でまだまだ詰めが甘い理論ですが。


技術系だったり、一度自分でやってみて自分なりの想像を築き上げる必要性。



「わかりやすい系書籍著者のわかりやすい説明」は自分にとって分かりづらく、「著者の分かりづらいと判断して割愛した箇所」が自分にとってはわかりやすい、なんて当たり前にあります。
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