2019/6/28

教育について再考、脅し?支配?  1日まとめ記事



吉本芸人の闇営業問題。

これについて役員は「教育が足りなかった」旨を告げた。



僕はこの文書を読んだ時に違和感を覚えた。

「教育」が「反社会勢力と関係を持ったら芸能界から消してやる、という脅しが足りなかった」と。


■教育は危険な言葉

教育って便利ワードですよね。何もかも漂白してくれる、実はかなり危険な言葉。

教育のため、と言われると仕方ないと納得してしまう成分がでてきてくる。

言葉の力、教育には良いイメージが内包されているから。

・自分のためじゃなくて相手のため

・相手に成長を促すため

・社会活躍できる人材にできる



■学校の先生たちも"教育"に甘えしゃぶっている

甘えしゃぶっている、なんて言葉はありませんが、甘えているの上位互換です。

先生・生徒関係を正しく築いてくれたのは大学だけでした。

嫌な大学でしたが、先生たちの生徒に対する態度は・・・全員良いというわけではないがそれでも高校までと比べてはるかに良かった。

対等、とまでいかなくても、敬語を使う・使われるの上下関係があっても高低は滑らか。

高校までは「服従・従属」関係。高低は階段みたいにはっきりと差がある。

「お前は何も知らないから、全部知っている俺が教育してやる」って感じ。

なので平気で一人の人間である「こども」の人権を踏みにじる。教育を盾にして突撃。



■教育なんて言葉はない

あるんですけど。極端な考え。

教育は友達・食事・休み、みたいな曖昧表現の一つ。

なので関係ないどうでもいい人に説明するのが面倒な時に活用する言葉。


本来の意味での教育、上にも書きましたが、あれを一括りにしてはいけない。

それぞれ分ける。

言葉全体に言えますが、違う意味合いを一括りにする言葉は危険、だまされないように。


■教育、を聞いたり見たりしたら必ず変換すること

教育=善なわけなく。

「何かを隠している」「隠すための」ワードなので、何を隠したいのかを考えるべきですね。




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2019/6/28

言葉による責任の重荷を降ろす効果とその弊害  1日まとめ記事

■思考の川の流れをよくする

何もやる気が無い時に「戦いの前の一休みだよ」とか、失敗ばかりする人に「できないことばかりチャレンジする勇気が異常発達している」とか。


「無理矢理ポジティブ」ではなくて小さな火種である良い面に息を吹きかけ焼べている。


そうすることで、思考の川をせき止めていた責任を小さくし流れを良くする。


なので、かなり効果的なんですよ。

視野が広くなり、別の行動が取れる。




■しかし弊害もある

弊害とは、本来の発生原因だったり次へ活かす対策だったりを疎かにしてしまう可能性があること。

それと達成しなければ元が変わらないことならば以降も引っかかってしまうということ。

つまり「自分だけにしか判別できない納得感を紛失し2度と見つけることができなくなる可能性」があるということ。


大学受験失敗して浪人をしたかったのに「いや、現役こそ価値がある」と意味付けたり。


■問題が生じた時の感情の「鮮度」

あらゆる問題発生時の感情の揺れ具合には「鮮度」があり、それが「大きなショック」や「焦り」の度合いでもある。

その鮮度を落とさせる行為でもあるのが「言葉による責任の重荷を降ろす」こと。

人間は責任から逃れられない、責任があるからこそ社会が成立している、嫌だけど、というのが個人的意見。

責任は人を突き動かしますしそれが目標達成の起爆剤ともなる、しんどいけど。


■責任が生じる=チャンス

責任が生じた時、チャンスだという見方もあります。

すぐさま重荷を降ろすのではなく、どう意味づけをするのかを吟味する。

またその時の感情を味わう。ショックだったのか、意外と嬉しかったのか。


■他人の言葉聞く耳持ってはいけない 

生じた感情は自分自身で味わい「これはなんなのか」「なぜ発生したのか」「類似はあるのか」等を理解すること。

他人からの「これは〜だよ」という経験者は語る、そう感情も、には聞く耳もってはいけない。

俺が嫌なら嫌だ、好きなら好き、怖かったら怖い、苦しかったら苦しいl。



責任についてはまだまだ理解不足ですが、生じてしまう以上うまい付き合い方をしなければならない。


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