2019/9/21

不公平感をコントロールする必要性が人生にはある  1日まとめ記事



不公平感は無限に生成できます。

超金持ちだって超金持ちの中のヒエラルキーが下だと生まれますし、つまり必ず比較してしまうのでどんな場であっても不公平を感じます。


戦場帰りの元軍人が銃で殺人、ていう事件はトラウマからと説明されていますが、圧倒的な攻撃力を持つ重火器を所持しそれを上手いこと使用できずに、逆に敵に使用され負傷することで「不公平感」が生まれ、それを解消するために市街地で使用してしまう。

何の根拠もなく理屈が通ること優先の勝手な説ですが。



不公平感を隠すことは社会性向上の鍵の一つ。

隠しきれないレベルの不公平感、例えば金がないのに連れ全員が高級レストランで食事を取ろうと提案するとか、そういう場からは潔く撤退すべきですね。

「ああなんて自分は惨めなんだ・・」と奥歯を噛み締めてしまいますが、実際に無理して参加して実感するより軽傷です。

参加すると「無理してしまった」とか「無理させやがって」と敵意を生む可能性だってあります。


不公平感が薄ければ薄いほど人生クオリティは向上します。


しかし難点があり「新しい情報・刺激を受け取る可能性がなくなる」ですね。

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2019/9/20

お互いワガママを言い合って、その後に妥協案を一緒に考える、てダメなの?  1日まとめ記事


僕がワガママを言ったら相手は「嫌々だけど」という態度を示しながら了解。

その後に「あれは貸しだ」とか「ワガママなお前の言うことを聞いてやった」とか「ワガママすぎてお前やばいな」という忠告をいただきました。


僕からすると「あなたはなぜワガママを言わないのか?」という疑問しか浮かばないので大変ムカつきますし、できるだけ早くこの人と縁を切るように行動に移します。


お互いワガママを言い合って、その中で妥協案を生成する、という取り組みができない人の方が多い経験上。

「ワガママ」を言えない人はなぜだろうと考えた時、僕にとっての「カラオケ」と同じなのかなと。


僕にとって「カラオケ」、人前で歌うことは「嫌でも自分が求めていない感情が出てしまう」から嫌いです。

例えば盛り上がる曲を歌うと悲しくても元気の感情がでるじゃないですか。それを他人に見せるのが苦痛なんです。


「ワガママ」も感情とか表に出したくない自分の思考が露わになります。

「早起きしたくない」と言えば時間にルーズ、「お金を使いたくない」と言えばケチ。



「欲を出したらいけません!」という教育でロックされてるんでしょうか。

「お互いワガママを言い合って作戦を練ろ」と言っても言わない人たち。

ワガママを言ってもいいんですよ。「押し付け」がダメなんですよ。


日本語が原因なんでしょうかね。謙遜がやたら発達していますし。

ワガママの中流階級が少ない。

我慢の達人か、爆発して事件を起こす人の方が多いんじゃないですか。


僕は「ワガママを言う」人は嫌いにならず、押し付けたり「ワガママを言った方が責任を取る」思考の人たちと近づきたくない。



ワガママはいいですよ。その分他人と気があった時は嬉しいですし。
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2019/9/19

気づいてしまった中学時代の事件の話  1日まとめ記事

中学生の頃同級にいたずらをして、3度目に怒られ謝り一旦終わりました。

このことをクラスメイトに話すと真似をしていたずらをしました。

で、結果、まぁまぁな大ごとになりその標的となった同級生の家へ謝罪に行くことに。

同級生の親からは「お前が全部仕込んだんだろ?」とまぁ事実誤認ですね、そんなこと言われたんですがさっさと終わらせたかったのと、その同級生が僕に罪をなすりつけたかった、なぜなら僕以外は全員怖い連中だったので「ちくり」で被害をこれ以上大きくさせないためにもそれを認めてしまった。


そして今、ふと思いよぎると新たな説、というかこっちの方がしっくりくるし間違いないな、と。

僕以外の連中が示し合わせて僕に責任をなすりつけたんですね。

標的同級生と僕は仲よかったんですよ。コミュニケーションとってましたしまぁいい奴でしたし。

事件後はよそよそしくなりました。

よそよそしくなったのは僕に面目ない気持ちがあったのかな、って思ってましたが僕のことを「黒幕」だと思い込んでいたんですね。

まぁそりゃあ会話したくないですよね、黒幕なんかと。

連中は連中で僕を時々はみ出し者扱いをしたんですよね。気にしなかったんですけど。

全く気にしなかったから、今の今まで気づかなかった。

「はめた奴がフレンドリーに声をかけてくる。。。どうしよう」って戸惑ってたんでしょう。かわいそうな僕です。

連中たちは団結して僕をはめた、そのことでより絆を高めていたんですね。


標的同級生が僕に罪をなすりつけた、は可能性はありますがかなり低い。

他クラスメイトから攻撃を受けている時僕が何度か助けたことがあります。

ちょっかいを仕掛けた中で一番仲よかったわけですし、その僕に全責任を押し付ける意地汚い奴、とは思えない。

小心者、と言えるかもしれませんが、僕はその言葉を使わず心優しい奴でしたよ。

一方連中はまぁ他人に責任を押し付けて、被害食らってる姿を笑う人たちですよ。


この新説を当てはめると、当時の生活の連中たちの僕に対する態度が色々合致します。

あまりにも意味不明な僕に対する態度。

すっきりましましたし、まぁ常に疑い続けることと「バレない」というのは責任転嫁への最強概念ってことですね。



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2019/9/18

非対称型オンライン対戦、が流行ってめちゃくちゃ嬉しい話  ゲーム



今回のゲームショーで初めて知りましたこのジャンルの名称。

かなり流行っているジェイソンのやつも確かしにそうだな、と初めて認識。



非対称型オンラインゲーム。何が非対称なのか初めは理解できませんできませんでしたが、2つのチームそれぞれ性能が全く異なるキャラクターでプレイする、ということですね。

僕はこのジャンルがめちゃくちゃ好きで、そのきっかけはMGO2です。MGS4のオンライン対戦ですね。

それに「SNE」というルールがあって、通常の一般兵同士の2チームに加え第三勢力「スネークチーム」が参加。

一般兵でもスネークでもどちらでもプレイが楽しく、一般兵はまるでストーリーモードのスネークと対なる1兵士目線を意識してプレイできスネークにやられても「名誉」のように思えるんですよね。

自分がスネークの場合はやはりCPUではなく「人間」がプレイしているので行動の予測が難しい中いかに裏を読んで制圧するのかが楽しいですし、純粋にスネークをプレイできる優越感がある。


でも当時、2008年では人気なかったんですよね。ネットでは「最も楽しめないモード」という位置付けでした。


で、現在2019年、恐らく通常の対人戦に目新しさが目新しさを感じられ辛くなったのと、実況映えにより再評価され続々同ジャンルのゲームが開発されだした、のかなと。

バイオハザードとプレデターが今後のラインナップ。

2つともプレイしてみたい。バイオハザードはマストバイですね。

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2019/9/18

「自己肯定感」は「自分を最優先した行動」の蓄積で質が決まる  1日まとめ記事



本当に小さいことから。


「自分のやりたいこと」を最優先したかどうか。

「他人の意見」「他人のお願い」「他人への思いやり」を「自分のやりたいこと」より優先してしまったかどうか。


「人でなし」とか「自己中!」とか他人から責められます。

「独りよがり」という否定語もあります。

日本語は特に「自己を優先した行動を否定する言葉」が多い、という仮説。

というのも都度「英語」で翻訳し調べているんですががっちり当てはまる言葉というのはないんですよね。

人でなし、は「monster」で、独りよがりは「lounly」です。


日本は精神社会主義国なんですかね。そんな気がします。均一化を目指している。



自分を優先して行動をしているのか。否定する人は「独裁的になる」「傲慢な人間になる」とか言いますが、よくよく考えるとかなり曖昧な言葉なんですよね。

「独裁的」だってピンからキリ、企業の社長と一家の大黒柱とで意味合いが変わりますし、傲慢だって「ただ自分の進言が通らなかったから」を理由に行っているだけかもしれませんし。


必死に自己肯定感を育ませないようにする勢力がはびこっているんですよね。

自分の価値観に忠実に。

「この世の中自分の価値観こそが世界の中心」っていう意味じゃないです。

人それぞれ異なった価値観がある。その人の価値観と自分とのは全く違う。

それぞれを尊重すること。何より自分を尊重すること。


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2019/9/17

「ケチ」という言葉にケリをつけた  1日まとめ記事



中学生の頃女子に「ケチ」と複数人に言われて以来かなり気にして人生を過ごしてきました。

「ケチ」と思われないように嫌々ながらお金を出したり他人との交流に時間を割きました。



で、もう宣言します。僕はケチでいいです。ケチな人間がいた方がいいでしょう。ケチって言葉なくなりますよ。

僕は「自分が求めているもの以外」にお金と時間を使いたくないんですよ。

今までは「他人のため」「お世話になったから」とか色々言い訳を付けてきましたが「求めていないのにやる」方が不義理ですよ僕にとっては。

遊びに誘った相手が「行きたくなかったけどいつもお世話になってるから」とか最悪なんですよ僕にとっては。

「全然いつもは仲良くないけど、同じ目的を持ってるから共に行動する」方が僕にとっては大事なんですよ。


だから飲み会とか最悪なんですよ。

家で個々人ゲームとかプラモとかご飯作りながらのオープンチャットでいいじゃないですか。

なぜわざわざ集まって食うくらいしかないところでダラダラと世間話しないといけないんですか。そんな暇ないんですよ。


例えば大事な相談とからならいいです、「〇〇が〜だ」みたいな脈絡もない話、、、、いや、僕が悪いんですけどね。そんな低クオリティの人しか周りにいない僕がいけないl。



己の欲求を優先します。ケチでいいんですよ。ケチと言われたら「合理的なだけ」と返して「あなたと気が合わないだけ」とも付け加えましょう。
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2019/9/16

落ち込みが激しい人は育った環境が悪いだけ、と気づいた話  1日まとめ記事



最近、というか常日頃、まぁ僕だけじゃなくて人類全員なんですが失敗することが多い。

で、その度に落ち込んでいたんですがある時に「感情を全く無視して作業を続けたらどうなるか」を試みました。




それが功を奏し「落ち込むことなくさっさと改善・修正・やり直しへの以降」ができるようになりました。

失敗による落ち込みを乗り越えた現在、なぜあんなに落ち込んでいたのかを分析することができます。




学校の先生たちとか親とか友達とか漫画とか、やっぱ育ってきた環境何ですよね。


「反省しろ!」は失敗した時には落ち込めという命令ですし「罰を与える」も改善・修正を行わせるのではなくて他の作業で代替させる命令ですし。


というか、今現存の人間全員「失敗したら落ち込め」というアプリをインストールさせられてるんですよね。

このアプリをインストールさせらずに大人になった人はまぁそれだけで希少な人間ですし、アンインストールした人間も極僅かなのではないでしょうか。


「責める」って気持ちいんですよね。

「失敗したら落ち込め!」ていう人は常に誰か落ち込んでいる姿を見たいんですよ。

元気が出るからです。自分より気が滅入っている人を見ると元気がでるんです。

でもそんなことを表に出すのは「道徳上よくないこと」と学習しています。

なので他人が失敗した「しめた!!」と便乗するんですよ。



落ち込む必要ないですよ。落ち込むって何ですかね。よくわからない感情ですね。
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2019/9/14

デスストランディング後の世界に期待している話  ゲーム



東京ゲームショウーみましたか。

キーワードの「つながり」は想定内と言うか、僕は驚きはなかったです。これくらいは搭載してあるだろうな、と。

デモンズソウルの延長線上に見えましたね。

デモンズソウルは直接介入、対戦や協力の他に「ここは行き止まりだ」等のメッセージを残せて、それに「いいね!」を押せたりできます。

つまり「間接的コミュニケーション」ができるアクションゲーで、個人的にかなり好きなポイントでした。

残念ながらそれいこう間接的コミュニケーションゲームは流行らなかったんですよね。

ソウルシリーズもいつの間にかそのシステムがなくなりましたし。



で、デスストはそれの超強化版なんです。

面白くないはずないじゃないですか。やっぱりやってくれたよ小島監督!!!です。



小島監督作品ということで注目されますし、これが高評価されれば世のゲームに間接的コミュニケーションシステムがどんどん導入されるはず。

さらに「つながり」の利点を理解して冗談でも知らない相手を貶したり嫌がらせすることのマイナスが想像以上に大きいことを学習してくれたらいいな。

いくらプレイが上手くても、排外的なプレイヤーはそのゲームから抹殺されるべきだ、というゲーム世界では過激派です。

なぜなら現実世界のように「更生施設」などありませんし法律もないようなものですし。

ゲーム世界は簡単に切り捨てる必要があります。マナーがいい人しかいないオンラインゲーム、ってだけでみんな集まりますよ。


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2019/9/13

挑戦する勇気がないのは金、周囲、ではなく結局自分、という結論に至った話  1日まとめ記事



■僕は何か「挑戦」をする度に周囲に笑われる人生を送ってきました。

応援、応援してもらった記憶がないです。

受験の時は「どうせ無理に決まっている」「時間の無駄」「調子にのるな」と。

笑いのネタにされるんですよね。「無理なことに挑戦する姿滑稽。」だと。


で、結局自分が挑戦する勇気をくじいているとはどういうことかと言うと、周囲の意見を尊重してしまった、ということです。

さらに自分もその振る舞いを学習し、挑戦者に対して「どうせ無理だよ」というスタンスが「会話の種」になるし「盛り上がるネタ」にもなるし「そうだよねー」と周囲の同調してもらい安全圏にいるんだという安心感になる。


他人の挑戦を笑う、というのは得になるんですよ。

そして「失敗」を望んでいる。

失敗により「あーやらなくてよかった」という安心、さらに投下される笑いのネタ、「反面教師」としての学習材料の獲得。

さらに黄金ワード「だからやめとけって言ったのに。」が使える。

失敗して弱った相手に「私の方が上ですよ」とポージングを決める。



挑戦をバカにし、笑い、失敗を望み周囲と共感し安全圏から眺める。

得が多いんですよ。

僕はその考えを取り組んでしまった。これが失敗。


挑戦者の利益。

失敗しても人の選別ができる、応援してくれたか笑いのネタにしたのか、成功したらその人たちと完全に境界線を引ける。

もう人間関係だけでもプラスなんですよ。

だから挑戦すべきです。笑いモノにされたらリトマス試験紙が反応したってことです。
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2019/9/9

悪口ばかり、他人を褒めれない人は自己肯定感が低い、という理屈がやっとわかった話  1日まとめ記事



今までなんとなくそうだろうな、多くの人がそういうからそうなんだろうな、と。

「なんとなく」で理解が終わっていたのは「褒め」と「悪口」が違う類だと思っていたからです。


なぜ褒めないのか。

「低い価値」の自分が褒めたとして相手が喜ぶわけがない、という理屈。

なぜ悪口なのか。

これは「相手に悪口を言うことで相対的に自分を褒めている」という行為。

さらに自己肯定感が低いことから「自分の発言の影響力、価値」を引く組むつもり客観精度が低いから。

相手に「ぶっさww」と行った場合、この発言は「相手より自分はブサイクではないはずだ」という褒めと「悪口だけど傷つかないだろうし傷ついたとしても精神的に弱すぎるそいつが悪い」という思考。



相手を蹴り落とすことで自分を優位な立場に置く。

これ、自己肯定感が低い人の悪口だけに限りませんよね。

自分を信じられないから「底上げをしてみんなハッピーに」という発想にたどり着けない。

自分の言葉には価値がある、という当たり前のこと。



それを感じ取れない経験を積んでしまった結果。

「子供のいうことだから」とか「面白くない」とか「話は聞いてくれたけどただそれだけ」だとか、あと「自分の発言力が著しく下がる環境」ばかりで過ごしてしまっていたり。

もし自分のことが好きな異性相手ならば発言力は著しく上がるはず。

「虚言癖」もこれが原因なのではないでしょうか。

自分の発言力が著しく低い、ちゃんと掬い取ってくれる環境にいなかったから間違った発言力の習得を目指す。




「ここでの自分の発言力の高低」を認知できる能力は相当重要でさらに習得は難しい。

本当にこれは僕自身も意識しないと簡単に人を傷つけてしまう。

なので悪口を言われたとしても普段意識してなかったパラメータ「自分の発言力の認知能力」が低いんだな、と思えばいいんです、多分。

「多分」を最後に入れたのは「お前のこの記事信じて意識してみたけど何も意味ねえじゃねーか!」という反論に対して「多分っていれましたよ最後。」と責任逃れをするためです。

信用をなくす文章になるのは間違いないです。


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