2019/10/31

面倒なことはただ体力を奪うからやりたくないだけ  1日まとめ記事



実はやらない方が得だと脳は知っているからだ、とか。

やる気が出た時にやればいいんだ、とか。



色々考えてきましたが、ただ「今より体力を奪うから」だな、と。シンプルに。

面倒に抗ってもいい、というか抗うことがデフォルト。



やっとわかったのかよ!とツッコミ。

僕の場合、どんだけ他人に言われたとしても、自分の頭で考えて導き出した考えしか納得できない。

人より失敗が多く面倒な目にも多く会うけど仕方なし。
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2019/10/29

「人との繋がり」は最も危険な中毒性が高く自己犠牲に追い込まれる快楽  1日まとめ記事



なぜそう評価したのか。

汚い話恐縮なので多くは語りませんがネットゲーマーの「ペットボトルトイレ」からの想起です。


手が汚れないか、こぼさないか、そもそも足りるのか、いろいろな壁がある。

その壁を壊したきっかけは何なのか。



オンラインゲーマーの中でも「多人数協力型」でしか聞いたことないんですよね。

オフラインゲーマーは皆無ですし、オンラインでも対戦型はない。



勝手な仮説なんですが、このことから「人との繋がり」が強いほど「自己犠牲を選択しネガティブな行動」をとってしまう。

どう考えたって、ペットボトルの方が害が大きいのに「人との繋がりの方が大事だ」と判断してしまう。



ペットボトルを使わなければならない人との繋がりなんて害悪なのに。



自分だけだとノーマルなのに、人と繋がった瞬間おかしくなる人って結構いる、というか誰しもが持つ特性なのかなと。

だから「自己を守る言動」をしなければ簡単におかしくなる。

・わからないことは「わかりません」という
・嫌なことは「嫌だ」という
・やりたくないことは「やりたくない」という


すぐさま思いついた自己をも守る言葉を3つあげました。

どれも「社会人失格」「大人として甘え」と叩かれる対象ですね。

僕からすると「人との繋がりを利用して個人の感情を無視することこそ甘え」なんです。

個人の感情から始まり、そこからどう落ち着けるかを検討。

やりたくないのならば、どうすれば許容できるかをお互い納得するまで議論しないと。



で、こういう自己を守る言動というのは社会から助け船が来るなんてまずないので、積極的にやらないと。

「相手が嫌な顔をするからできない」というのは自己防衛放棄ですよ。

「嫌な顔をした相手」にも責任があるんですよ当然。了解されなかったからと相手に不快感を示す行為を選択した責任が。



「人との繋がり」を「自己防衛」よりも位をあげると必ず不幸になりますし生活を圧迫させます。

自己防衛は「基礎」です。基礎=一番難しいこと、でもあると考えているので「隙を作らず、甘えず真摯に取り組む」ことでカバー。



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2019/10/29

”基礎”が何なのか未だわからない…一番難しいこと?  1日まとめ記事

基礎が何なのか未だよく分からず。

人に聞くと共通する部分ががありますが、内実はバラバラ。

基礎できないとダメ!基礎が一番大事!というのはよく聞きますが。

「最も簡単なこと」
「単純な動作」
「できないと進んじゃいけないこと」



とかとか。難易度が低く誰にでもできて、だけど大切なこと。

難易度がとても低いのに大切なこと。

基礎=神。



僕の感覚はそうではなくて「基礎=最も難しいかと」なのかな、と。

「基礎はできてないが応用はできる」っていうはありえないこと、みたいな風潮ありますがそんなことなく当然あることです。

数学苦手主張者がよく使う「数式の暗記」は例の一つです。基礎が理解できないが暗記をして応用問題を解く。



基礎の発展形が応用なのですが、基礎を理解せずとも「使用」するだけでいいんですよね。

つまり応用は「小手先」でどうになかりますが基礎では全く通用しない。

京大の2次試験で「微分とは何か論ぜよ」ていう問いがあったんですよ。これ高校微分な中で一番難しくないですか?


人間の基礎とは?を追い求めているのが医学ですし哲学です。どれも最高難度の学問です。



基礎は簡単なことではなくて難しいこと。

基礎が理解できなと応用してはいけないの?そんなことないです。

「何が基礎なのか」もそもそもわかりませんし、基礎習得自体に相当な時間がかかる。


応用をまずし、分からなかった箇所を調べて理解、が基礎を学ぶ一つの手段でもある。

基礎は一番大事なのは間違いないが、とても難しいことなのでこだわりすぎない。

かといって、質を上げる必須条件でもあるので積極的に取り組まないといけない。


「基礎ができていない」に恐れてはいけないです。「気づいてよかった」で終わりです。


基礎が面白くない、のも納得ですよね。難しくて理解が難しいので楽しいはずがない。

学習は楽しむとセットじゃないといけないので「そのうちわかるさ」で基礎をさせ続けるコーチとか教師からは即逃げます。



ここまでぐだぐだ書いてきましたが「何が基礎か」を見極められることさえ難しい。

算数の基礎は足し算・引き算なのか?数字が生まれた歴史をしることでは?とかとか。



まとめ

・基礎は最も大事だが最も難しいカテゴリーでもある。

・基礎ができていないのに応用ができる、は当たり前の現象。

・基礎の習得には時間がかかるので、先に応用に手を出して理解できなかったことをピックアップして学習、という逆算方法もある。

・基礎は小手先は通用しない。

・基礎を築き上げることで柔軟な対応ができる。

・基礎との向き合い方、扱い方もとても難しい。


結論

・基礎ができていないに恥を感じる必要は皆無で、基礎自体にも扱い方も高難度。


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2019/10/28

「好かれる」は決して良いことばかりじゃない  1日まとめ記事



現時点ですが、僕は「好意」に対して恐怖感を持っています。厚意は好きですが。



人に好かれるって、決していいことじゃないです。

興味がない分野へのお誘い、ゴルフ行こうとか麻雀行こうとか。

勝手な期待。〇〇だと思っていたのにショックだ、とか。



「求められる」のがもうしんどいんですよね。

自分の人生を生きれなくなる。自分がやりたいことをできなくなる。

「求められているんだから答えるべき」はつまり自己犠牲しろってことですよ。


「人に好かれるような人間にならなくちゃ」と強くは想いませんがこれが社会でうまくやっていく手段だと幼い時から採用してきました。

が、そうではなくて「人を好きにならなくちゃ」なんじゃないかなと。

「求められる」じゃなくて「求める」。



「求める」は自分の人生を生きていますよ、欲求に従っているので。

僕はあまりにも求め無さすぎです、特に人間に関して。アプローチとか全くしないです。



人から好かれることが苦手です。好かれるとなんか敵視してくる人がいます。

特に異性です。異性から好かれるとかもう地獄です。求めている相手から好かれるのはいいはずなんですが、そんな経験全くないですし。


ただ人間に対して「求める」も苦手、というかやりたくない。人間に対して期待したくない。

ならどうするかって、求められず、求めずの遂行です。

愛想振りまくことをやめ、人間関係じゃなくてお互いの利益の結果を出す、これだけで十分なコミュニケーション。



コミュニケーション手段を変える。会話で「面白いことを言おう」なんて全く思わず。優しく接しようとも思わず。

会話じゃなくてお互い得することの達成で。

「あいつは無口だが仕事はできる」的なポジションの確率です。人間関係無害で生きる。



で、断言できますが、こうやって会話を疎かにして人間関係希薄を望む、つまり人間関係苦手なことを認めてそれ以外のコミュニケーションを重要視する生き方をすると、以前よりも人間関係良好になるんですよ。


近頃こんな感じの「ある目的のためにやっていたことをやめたら目的が達成した」的な、求めないことで求めたものが手に入るってことがよくあるんですよね。

目的のために装うことは目的から最も遠ざかる方法だ、的なことなんですかね。
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2019/10/25

自分が気に入らないものを排斥する心理  1日まとめ記事


自分が気に入らないものを受け入れられない。

だから無視する。

しかしできない人は多い。一つの集団に一人はいる。そして波及しいじめに発展し被害者にトラウマを植え付けさせ人生を脱落させる。






無視できない人は「目に入るものは受け入れなければならない」という心理、思考の持ち主。

「寛容な気持ちこそ真人間の証」と教育された賜物であり、教育されなくても本人がたどり着いた答え。

「気にくわないもの」は受け入れられないので「受け入れられない自分が悪い」と自責。

自責は辛いので早く脱したい。この自責を「相手からの攻撃」と認識し「反撃をしなければ」と排斥を正当化する。





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2019/10/24

体に気軽に触ってくる女性に「やめろ」ということを決心  1日まとめ記事


■session 1


なぜわざわざ決心しないといけないのか。

まず、女性から男性へのアプローチ、顔を近づけたりもたれかかったり、そしてボディタッチは「ラッキーなこと」として好意的に世間からは評価されている。

つまり「ラッキーなこと」に反発するのは「愚かなこと」「身の程知らず」というマイナス評価になる。


女性側も「男性は必ず喜ぶ」と断定しているので責められたとしても「責めた男性側がおかしい」でまかり通ると信じきっている。


■session 2

これは経験則でもあり、性に敏感な時期でもない小学6年生の頃、やたらボディタッチしてくる女子同級生に「やめろ」と抗議。

女子生徒友達=女子からは「ひどい!」と責められ、同性=男子からは言葉にされなかったがやんわりと距離を離された。

その後もボディタッチしてくる女性は後を絶たず「嫌悪感」を隠し通した。


■session3 

僕の嫌悪感後は「求めていないどきっとした感情」、ストレートに表現すると「求めていない性的興奮」が不快だということ。

女性に触られると何とも思わない、んなことない。

もしかすると「性的興奮」は不適当な表現なのかもしれない。

女性に触れられることで、自己肯定感が低い僕は「異性に触れられるだけのステータスがあるんだ」と喜ぶ。

「〇〇菌」とバイキン扱いされた過去があるのでそれだけで嬉しい。

この嬉しさが僕にとっては不快。望んでいない、求めていない「喜び」は本来の思考を捻じ曲げさせるからだ。

たったそれだけのことで相手に好意を寄せる。

多くの男性は意味不明、いややっぱりええことやん!と反論するだろうけど。

例えると、全く興味がない商品なのにデザインが素晴らしいCMをみてその商品が欲しくなる、というのは本来の欲求に背いているにも関わらず脳が騙されてしまったということ。

「好意」というのは爆発的な力を持っていて、多少自分が犠牲になっても相手の喜ぶ顔が見れればそれでいい、なんて脳が認識してしまう。

これが僕にとって「不快」。脳よ騙されるな!という抵抗をいちいちしなければならない。

しかも今回のケースは「女性に非がない」前提が付加してあるタチの悪さ。


■session 4

「くやしい!けど感じちゃう!」ていう表現あるじゃないですか。

あれを初めて知った時「なんて残酷なんだと」と今でも心が締め付けられる。

気持ち良さ、うれしさとかって利用されやすいんですよ。

1万円搾取される度に気持ち良い装置があったら借金する人ばかりになるんじゃないでしょうか。

本来の目的とか、人生プランを容易に破壊する。

しかも「これでいんだ」って妙に納得させようと脳が勝手に作動する。


■session 5


男性のボディタッチはいいが、女性からのボディタッチはダメ。

逆に置き換えると当たり前ですよね。

男性側もこれを意識しないと。

快感は不快感なんですよ。今回のケースでは。
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2019/10/22

最近流行りかけの服のトレンドは「本当に服に興味がない人が興味がないことを表現して選んだ服」らしい  1日まとめ記事



本当に服が興味ない人が選ぶ服、が流行になりそうとういう話。

ラジオ番組のアフターシックスジャンクションの特集で知りました。


流行って欲しいです。流行ってそれがどんなものか教えて欲しい。

僕は服選びが致命的です。自分の顔とスタイルにあったもの、自分の好きなものではなくて合っているものを選んでいるつもりなんですが。

キモオタになるんですね。Tシャツと短パンしか合わない、それ以外はキモオタ、スーツもキモオタ化。

「ああこの人ファッション諦めてるんだな」と周知される服装が知りたい。生きる道はそれしかない。
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2019/10/20

学校で自己肯定感を下げさせそれを商用利用する仮説  1日まとめ記事


学校教育で自己肯定感を下げる
(失敗を恐れさせる、空気を読ませる、競争社会の底辺に厳しくあたる)

自己肯定感を自ら生み出せない人間が増加する

簡単に自己肯定感をあげるサービスを提供する

がっぽり儲かる




具体的に何かというのは断定はできませんが、アイドル業とかそうじゃないかと。

「〜な若者が増加」というニュースで取り扱われる場合「〜』は悲観的な言葉。

しかし商売にとってはそれは次なる流行を占う重要概念。



ふとした時に思いついたことなんですが、自分の中でより学校の価値が下がって良かったです。

学校は商売からするとトレンド製造機なんですよね。

どんな教育を子供に施しているのか。


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2019/10/17

教員いじめ加害者4人の謝罪文・行動は生き方の参考になる  1日まとめ記事



学べたのは

・加害してくるやつとはさっさと縁を切る

・見下してくるやつも縁を切り、しっかりと反論する

・自分以外がサイコパスに支配されて「自分だけがおかしい」という環境下はさっさと逃げる



「そんなつもりはなかった」は本心ですよ。そんなこと言った瞬間に「思考回路バグってるな」くらい言っても大丈夫ですよ。
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2019/10/16

「頑張った経験」は何であれ当人にとっては部類なき財産  1日まとめ記事




めっちゃ頑張ったのに失敗した。

落ち込んだ。自分なんかいなくなればいい。励ましなんていらない。

もうこんな感情に出会いたくない。だから頑張ることをやめた。


という経験ないですか?というかこの経験しない人はめっちゃエリートか挑戦から逃げた人くらいでしょう。

で、この経験からどのような選択肢をするかがその人の人生に直結します。



・本当に頑張ることをやめた人

・頑張ろうとするとロックがかかる・・・トラウマによる神経障害(ちなみに医学的証明されている症状です)

・その激しい落ち込みは、頑張った証拠であり、頑張らなければな味わえないので「大変貴重な財産」と価値づける。



僕は一番最後のみ真実で、上二つは思考能力が高いが故の生命遵守ではないかと、自分は基本自分しか守ることができず、また思考についてはより自分でしか守れない、守らなければいけないことに気づいたので出た答えです。



「生命遵守的思考」とは世間では「逃げ」と言われる行動に移る思考のことです。

僕は「逃げ」という言葉それ自体は嫌いじゃないですが、世間で使われている「逃げ」は「お前の人生の汚点」「弱者」とかとか貶す意味が含まれるのがほとんどなので大嫌いです。

なので「生命遵守的思考」と言い換えています。僕はこっちの方が絶対に意味合いが正しいと断言できます。



ただ、その生命遵守的思考は本来の目的だったり、自分のやりたいことを「ぼかしてしまう」デメリットがあります。

好きな女子に告白して熱い想いを手紙に書いたのにこっぴどく振られる。以降好きになったら距離を置くようになる、とか。

当たり前なんですが「生命遵守」は人間にとって最も大切な行動発露です。

なのでどうしても発動してしまうと「やりたいこと」よりも優先させてしまう。

一度発動すると元通りにすることは困難。




で、がんばったが故の失敗、からの大きなショックは、その大きなショック自体に大変な価値があることを知るべきです。

その頑張りで大きなショックを味わえるのは自分しかいません。これも事実です。

先にも書きましたが「本当にがんばった」証拠です。周りがどう言おうが証明しています。


「感情」は大原則として、全て本人にとっては部類なき財産なんです。

そしてこれも大原則なんですが、他人は容易く他人の感情を否定します。

特に上の立場、親、兄・姉、教育者、上司とかとか。

「おかしい」とか「それは違うよ」とか。上の立場である私の方が知っているに決まっている、と。


しかし「感情」の最上位は「本人」です。他人はピラミッドの一番底、王にとって平民のペットくらいの位置です。



あらゆる感情は自分しか価値、意味付けできません。なのでこれはしなければならない。

しなければ他人にいいように扱われるだけです。

大きなショックは吟味しなくてはならない。


あと大きなショックを連続で受け止めると慣れます。

慣れると再起までの時間が短くなり行動力があがります。









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