2019/12/11

「自分の頭で考えろ!」は八つ当たりでしかない  1日まとめ記事


■暖かい言葉。。。なわけない。


自分の頭で考えろ


一見正論でその通り、考えていない自分が悪いんだとはっとさせられる言葉。

という立ち位置ですが、僕は暴力性が強い言葉だな、と。



■所詮上から下への言葉


強者だからこそ弱者にいい放てる言葉。

「説明するのめんどい」というのを変換しかつ相手の責任にとして押し付けられる言葉。

「自分で考えろ!」以外にもこの類の言葉ってありますよね、総じてなんか説得力がある。



■考える=オリジナリティ作成なので難しいに決まってる


ある分野に関して「自分で考える」ってそれまでの道程結構あります。

それこそ試行錯誤、何をやっていいのかわからないけどとりあえずやって失敗を繰り返して。

そこでやっと「自分の思考」とその分野の情報がリンクして自分で考えられるようになる。



■情報量の違いが理解できない残念な上流のお言葉

なので上流が下流に「自分の頭で考えろ」と注意したって、上流並みの情報がないとできませんよ。

それでも無理矢理やっても「小手先の工夫」でしかなく、プラスになったとしてもちょっとした成果だったりマイナスになることだって当たり前。



自分中心でしか考えられない、ということを意識すること

「なんでこんなこともできないの?」も類似です。

親が子供に言い放つことは簡単ですが、ただ親が子どもよりも情報量が圧倒的に多いことを自覚していないだけ。

まぁかなりやばい人間が親になってしまったってことです。



■考えられない=自分はバカ、とかならないから大丈夫

だから「自分の頭で考えられない」局面と対峙しても自己嫌悪しなくていいです。

ただ情報量が足りないってことがわかった、つまり成長する道標を見つけたってことです。


その場しのぎのため足掻いても前述した通り「小手先」となるのでコストと見合わないです。

「今は知らないから仕方ないか」で諦めた方がいいかもしれません。さっさと次のステップに行く。



■束縛を要する責任感と対等な対価を貰っているか

責任感が強い人が迷い込む強い言葉ですよね、自分で考えろ。

責任感というは他者からの支配指数とも言い換えられます。

つまり支配されやすさ、です。

責任感が強いと「自己責任」変換された言葉に執着されてしまいます。

なので責任感は「何が対価か」をはっきりと明文化すべきです。



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