2020/1/26

【言葉疑問】成長するには心地良い環境はダメ、とやる気が出るまで待つ  1日まとめ記事


成長するには心地良い環境はダメ

僕の人生経験上、これは嘘だと判定しています。

こう発言している人の中身、文章を読むと「成長するために心地が悪い環境を選べる、この余裕さが心地良い」だよなって突っ込んでしまう。


僕はこの言葉を鵜呑みにしてただただ精神的にダメージを受けて、無駄に他人に厳しくなっただけだった。

心地良くなる環境を構築する過程こそが成長につながりますし、構築できると次の課題へと移りまた成長する。



自己満足、ただ悦に浸って他人を見下している言葉です。

「成長できる」っていう環境自体恵まれているのに「自分は今心地悪い環境にいますよ」というアピール。

がんばってますよアピールを隠すための自虐風自慢。

少年時代僕はこの言葉を鵜呑みにしてしまった。本当に害悪。

心地良い環境にいる人しか言えない言葉です。



・やる気がないならやる気が出るまで待つ

これも少年時代の僕を狂わせた言葉。

なんなんですかね。これは「俺ってさ、待ってるだけで勝手にやる気出ちゃうんだよ」ていう自慢ですただの。

やる気は設計しなければなりません。

運動するのか、美味しいご飯を食べるのか、ノートに落書き程度の計画を書いてみるのか。

まるで自然発生をしない人間=クズみたいな言論。

「やる気」自体の定義も各々ですしね。


なんかもっと、各自自分のパラメータを作って他人に否定されようが自分固有であり、否定する側は理解不足なだけってさっさと切り捨てたほうがいいですよ。

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2020/1/25

PS4でマキブONがでる不思議  ガンダム



家庭用でアーケード人気作、とりわけ専用コントローラがなくても遊べるゲームが発売されるのは保存の簡易性と個人がいつでも遊べるという点ではかなり大きい。

それが過去作だったとしても。

またPS5はPS4と互換性があるようなのでPS4で発売されてもオンライン対戦は長生きできる。




ただ僕はバーサスシリーズにおける家庭用の位置付けに不満。

不評なガンダムバーサスは独自の新システムを取り入れ一応新しさを演出。

しかしマキブONは現行アーケードの過去作を出すという個人的にマイナスのインパクト。


家庭用がでてからのアーケード、という最近の格ゲーの潮流に乗らず昔のまま、というか昔よりもかなり鈍い移植。



個人的には一つの作品に絞って独自のシステムを練り上げたものが欲しいがもうこれは期待するだけ無駄。

未だPS3のEXVSFBのオンライン対戦は過疎化していないようなのでPS5後期までプレイし続けられるゲームになると予測立てできる。


EVOでもメインになるくらい世界でピックアップされるゲームになるだろうなと僕は予測していましたが、日本国内ゲーセンと中国スマホに力を入れて、ガンダムバーサス の世界展開は失敗と判断したのかな。



僕は「今更感」が強く時間を割くのが勿体ないな、と思ってしまう。


あとバーサス系の家庭用あるあるなんですが、オンライン対戦の初期はアーケード勢が家庭用初プレイ勢を罵りSNSで晒しあげることを「正義」とする人達が少なくないので非常に嫌な気持ちになるんですよね。

「反呼応するなら強くなってからにしろ」と言わんばかりに、ゲーム内にジャンプ系格闘漫画の概念を輸入する人間の面倒臭さ。

ゲームはゲームでも、そんな人達と時間を共有したくないんですよ。

ネット=非現実じゃなくてネットはリアルなんです。ネットを介してもそこは現実です。



あと〇〇勢はみんないい人、という言論もかなり危険。

一部のコミュニティでは真実なのかもしれないが、みんないい人なわけがない。

そこをそのゲームの長所として語られるともう疑いの目でしか見れなくなるマイナスしかない。


みんないい人の社会って怖くもあるんですよ。

ってことは少しでもはみ出すと排除するのか、て。
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2020/1/23

個性、凝る、力を入れる・・・どれもマイナス要因になってしまうのはなぜ?  1日まとめ記事

なぜって、余計なことになるから。


なんですか、もっと深掘りしたい。

深掘りして言語化して、当たり前の知識として蓄え人生に応用したい。



数学で例えると、答えが100の場合、

・単位をつける、A.をつけて見やすくする。
→「答え」という基本を強調、正確性を加えて見やすくする。


・101にしてみる
→ただの間違いになる。



え、なにこの例え。

記事を書くときいつも例えを何通りか書き「しっくりくる」もの以外は削除しています。

でも今回はまだまだ不可解な概念に対しての例えなので、消さずに何かヒントになりそう!ってことであえてそのまま記事化。


例えることで逆に分かりづらく恐れがありますが・・・そこは目を瞑って、考えながら書き綴ってます。



上の例えにもう一つ加えると、

・星やハートを書き解答欄を派手にする。(☆☆答えは100!だよ😍)
→正解は変わらないが見づらくなり他者からは反感を買う危険性がある。



個性、凝る、力を入るに置換。

・正解の視認性を上げる。

・正解が分かっているのに間違いを書く。

・正解だが視認性を下げ間違いだと指摘される恐れがある。


下記二つが「余計なこと」に分類される。強度は上の方が高い。。。と言えばそうですが下の方が「正解なのに」という点で余計の度合いが高めなのかも。


僕が最も多いのは3つ目ですね。

「個性」だったり目立とうとしたり。良かれと思ってやったことが余計分かりづらくなっている。

この場合は「正解がある」前提の話。正解がわかっているのならば視認性を上げるだけで十分、というかベスト。

フィギュアだと「台座を作る」ですね。



で、正解がない場合。正解がない場合・・。

最終的には「視認性を上げるだけでベストに仕上がる」が理想ですよね。ここはおそらく不変。

ここを目指した結果、削ぎ落としすぎて「100」だけになる、のは仕方がない範疇として認識。


いや、というか正解が存在しないので、人によって正解が違う。

だけどある一定の範囲には収まる、「振れ幅」がある。

虫といえば?という質問に対して「恐竜」はない。


なのでまず振れ幅を見つけること。そして絞りすぎには注意をすること。

振れ幅の視認性を上げる、とは。条件をつけるってことですね。





色々書いてきましたが、面倒になってきた、というか時間がなくなってきたので文章化を端折りまとめます。


・正解、振れ幅を求めるのが大前提。

・求めながらも「間違い」は「余計なこと」とカウントしない方がいい。

・余計ないことは「正解・振れ幅が定まった上での行為」を指す、ことにする。

・余計なことにならないのは「視認性を上げる」こと。

・「個性を出す」は視認性を下げることにつながる。

・余計なことに価値をつなげるならば、他者からは嫌われるし黒歴史になる覚悟、前提で挑むこと。

・視認性を上げる以外余計ないことだという認識を持つ!

・そして正解がわからない時に求めた結果「余計なこと」に属したとしても、正解を求めての結果なので「余計」ではない。
 
・「余計なことに属す間違い」と同時に正解にたどり着くためには、揺れ幅の範囲を拡大する、または結果が出るまでの期間を短くしその結果から仮説を立てて推測、正解にたどり着くまでのヒント数を増やす。




なんかありきたりになってしまいましたが、もっと深掘りしてみます。




<追記>

振れ幅を拡大して正解を導く。

・どれ正解でどれが余計かがわかる

・正解があったがどれが正解かわからない。


1つめは正解があらかじめ的確に用意されているもの。マーク試験。

2つめは正解が用意されておらず、用意されていても振れ幅これまた広いもの。英語作文試験。



1は理想形で振れ幅を拡大は正統。

2は振れ幅を拡大して網に引っかかったら、今度は縮小をする。

縮小をする場合は「縮小のスケール」と「範囲」の2つのパラメータを調整して探す必要性。


この場合「短期間でとりあえず結果を出して、そこから検証しヒントを捻出し想定してまた短期間で結果を出してみる」の方が効率および、正解が出るまでのノウハウを得られる。


範囲の拡大からの縮小も検証を繰り返すことでヒントを得られるが「運的要素」の配分が大きい。


ていうことは「短期間でとりあえず結果を出す」の方がいい?

「短期間」をもっと重要視した方いいのかも人生。



<さらに追記>

「これが正解だろ」という状態は拡大された範囲から縮小しあてはめようとしている段階。

つまり「正解の範囲」を外す可能性がある。


正解の幅、の認識を変える必要性。


「これは正解のはずだ」はまだ正解がわからない段階。

「正解の幅がわかった状態」とは「もはや当たり前」のレベルにまで自分に落とし込んでいる状態。

つまり「正解の幅を一度は経験、掴み取った状態」だということ。それ以前は全て正解とはいえない。


「正解の幅がわかった」と「正解の幅を通過した」は違う、個人的なニュアンス。


「結果」が出るまで「正解」がわからないので、やはり短期間で連続で行うことこそがいいのでは。

で、正解がわかったら視認性をあげることに専念をする。



<さらにさらに追記>


ここで問題が浮上。

「一度きり、失敗ができない問題に対して正解を求める」場合はどうしたらいいのか。

失敗できないので行動に移す前に練りに練って一発勝負・・・。


ではなくて。

よりその問題と似たケースを作って検証を行う。

模試とかですね。


本番とどうしても差異がでてくる。

なので「差異を縮めた高度な再現性」が重要な能力。

「短期間で検証可能」かつ「本番との類似性の担保」。



これを自らの手で作り出す、高クオリティで導き出す能力が非常に大事。

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2020/1/22

自尊心が低いがために余計なことをしてしまう  1日まとめ記事



自尊心が低いと「僕なんか何をやってもダメだから・・」と何もやらなくなる。


ではないです。自尊心が低いというのは「ダメージを受けている状態」という見方もできます。


「何もやらない」は「それをやると自尊心が傷つく可能性がある=低くなるかも」という想定をした結果。



自尊心が低いと傷を癒そうと行動に出る。

その一環として「基本的行動に自分固有の能力プラスαを加えようとする」というのがある。

僕の場合これが総じて「余計なこと」となり「時間と人件費を加味するとただのマイナス」に陥りがち。



これは「無理をしない」「気軽に」「力を抜く」が往往にして「うまくやるためにアドバイス」として成り立つ所以でもあるのかな、と。


つまり「プラスα」をするためには「無理をする」「重く受け止め」「力を込める」作業になることが多い。

余裕=悪いこと、自尊心回復にならないという偏見。

自尊心回復の方法は人によって違い、固有です。



例えば僕は・・実はまだわかっていません。

なので色々試しています。

その中で今回記事化したような「自尊心を回復する目的のためのプラスαを加えること」は回復どころから余計傷をえぐることになるよ、というのは気づきであり自戒です。



「自尊心を回復することが目的の行動」をやめることが自尊心を回復させる方法、という逆説が成立するのではという思惑。

 
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2020/1/18

センター試験恐怖症  1日まとめ記事




未だセンター試験当日になると、受験生だったあの1年の凝縮された不安が蘇る。

感覚って一度体験すると、思い返すだけで再生されますよね。



受験生頑張れ!ってホッカイロくれたりキットカットくれたり。

僕はそれが凄く虚しかった。受験生って、まだ18になったばかりになのに今後の人生を決めるこの行事なに?と。

さらに今まで生きてきた人生を評価されるってことですよね!?と。

受験生だからって何かプレゼントされるのってそれに拍車がかかるんですよね。




ただ、改めて思い返すと「楽しかった」という要素も探せばあるな、と。

「何よりも優先することがある状況」って、そんなことないのに他のことをやらなくていい免罪符になってくれる。

僕はあらゆることに「意味」を求めてそして付加してしまう。

だけど受験生時は「勉強優先だから」で終わり。最強の理由になってしまう。

で、周りも納得してくれる。それだけ強力。

もっと受験生アピールしとけばよかったな!と。もっと美味しい飯食いたかったな、と。




後悔は自分の勉強法の確立を怠ってしまったことですね。

他人の「おすすめ勉強法」を真似して真似して、無心にこれをすることで成績が伸びるはずだ!と。

確かに伸びましたがわずかでしたし、何より苦痛でした。

苦痛の我慢=成長という間違った等式が脳内で完成してしまったし。


効率が良い=頭がいい、成長できる、に信仰してしまった。

効率が良いは多角的な見方があって「表面だけ」もあれば「本当は必要な物をこぼしている」ことだって多々ある。


楽しく集中できる、こそ大切なのは大学4回生のころやっと少し気づいた程度。

量子力学と素粒子が意味わからなすぎて「文系でもわかる!科学の歴史!」をなんとなく読んでそれでやっと理解できるようになって。

ただ詰め込むんじゃなくて勉学だって誕生した理由と歴史があり、そこを知ることで何をしているのか、何に必要なのかを自分なりの咀嚼ができて。


文系と理系を分ける無意味さも理解できて。効率よく勉学できるように、一つの分野に集中できるようにさせる日本らしい住み分けだなって。


文系から理系、理系から文系の転移は大きな決断じゃなくて多くの人が隔たりなく行き来している様を見て。






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2020/1/16

他人と仲良く、円滑なコミュニケーション、なんて社会性じゃなくて本当の意味がやっとわかっった  1日まとめ記事


■家族が死にました

最近のポエム調の記事は、3日前に家族が1人亡くなってしまい生命の尊さが身にしみてそれを言語化しているからです。

なんかポエム調になります。ポエム調も悪くありません。




社会性ってなんだと思いますか?

ちゃんと身なりを綺麗にして、目を見ながら他人と話して、周囲から良いように思われる行動をして、みんなから好かれるようにして。

自分よりも他人を尊重することができて、時には自分を押し殺して周囲に賛同して、大勢の前で話せて、提案できて、結婚できて。

家族を大切にして、異性と付き合って、誰とでもワイワイと話せる。


とか色々。



■基本は不変じゃない、常に更新され続けている

でもこれは根本が違います。基本が違います。

基本と応用の二つがありますが、基本は不変じゃないです。

基本は掘れば掘るほど、新たな基本が発掘されます。



■社会性は断ち切れない

今回僕が発掘した基本、社会性とは

「自分は自分だけじゃない」

「己だけ、は存在しない」

ということ。これは「人類は社会性に優れているから頂点をとった」という仮説と一致する。

言葉を端折りすぎてわからないと思うので解説。



■解説


人類は動物の中で最も脳が発達している。

自分が今過ごしている自分のためだけの時間だって、他の誰かに関与し続けている。

自分のためだけにしているゲームだって、他の誰かへの関与から避けられない。

何をしたって、誰かとの関連性からは避けられない。


このことを「理解する」ことがすなわち社会性。

こんなことまで、目の前に存在しない「実在する自分に関与している人」を想像できるのは人類だけ。




■教えられるのは「エセ」社会性



だから理解せずにただ「他人と仲良く」「己を犠牲にして他人の誘いに乗る」は表面だけの「エセ社会性」。

社会性の本質が理解できていないからこそ格好だけをとる。

少なくとも、小学校、中学校、高校で教えられた社会性は「エセ」です。

それは教師、学校は「エセ社会性」で社会に貢献できる人間を育てるところだから。



「エセ」をつけると「何か悪いこと」と断言できそうですがそうでもなく。

世の中には「エセ」が蔓延している、社会性以外にも。

「エセ結婚」もあれば「エセ家族」もあり、「エセ良い先輩」もいる。



「エセ」は表面上では「達成」しているので当人にプラスを与えて他人にも同等の効果を与える。

取得が楽で、効果もある、コスパいいんですよ。

手っ取り早く「社会性がある人間」を作るならば「エセ」が最も有効なんですよ。



深掘りなんてやったって、理解できる子供がいない。

また「エセ」は「言うことを聞かせる」という点で有能。

そう学校、教育委員会や文部省は考えた結果、下々の生徒に浸透させていく。




■社会性とは?改めて。

社会性とは「何をやっても自分だけは存在せず、必ず実在している誰かと関連性を持つ」ことを理解し、実感し、それを踏まえ選択・行動をすること。


「イヤイヤ飲み会に行く」は社会性がある行動だとされている。

だけで「イヤイヤ」は自分だけではなくて他の誰かに関連している。

イヤイヤを察する人もいれば、行きたくないのに行かなければならない慣習を強化する一員になる選択をしている。


「イヤイヤ飲み会に行く」はどこまでいっても「エセ」であり、社会性がわからない、ないが故にすがる。

社会性を理解していると、行かないことで築き上げられる社会性をガシッと掴む取れる感触を感じることができるので。




■自分だけ、はありえない


自分だけ、なんてありえない、絶対ない。

どんなことでも他人に波及、関連付けをする。

だからこそここまで栄えて来た。

関連、波及することが種族にとってプラスだからここまで多くの人類が誕生し未だ覇権をとっている。


■存在しているだけで社会性がある。


社会性の習得、社会性を高めようは総じて「エセ社会性」。

社会性は後から習得するものではない、生まれたその瞬間から社会性は内在している。

存在しているだけで実在する他人に紐づく、このことを想像できて理解しできるからこその人類。

ダムだって、道路だって。人類を発展に導いたのは誰かと必ず紐づいている社会性があるからこそ。




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2020/1/15

言葉はどこまでいっても自分のため  1日まとめ記事



自分が連ねる言葉に「自分のため」以外は絶対ない。

もし「あなたのためを思って言ったこと」「あなたが私のために言ってくれたこと」と思ったとしても。

自分のためが最優先ですし、他人もまたそう。

悪意なき無意識の嘘をついてしまう。

だから「自分最優先」から絶対に逃れられないことを理解すること。

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2020/1/14

どうせ死ぬだから、の意味合いが年をとるにつれて変化する話  1日まとめ記事



どうせ死ぬんだから、はすげえ責任放棄な言葉だな、というのが今まで。

久しぶりにこの言葉を考えた時、他人の変だと思える行動に口出しする必要ないしむしろだめだ、というような意味が加わった。


何度も離婚しようが、馬鹿なことして捕まろうが。

どうせ死ぬんだから、死ぬのはみんな一緒なんだから。


できる限り、僕と一緒にいる時間だけでもその人には惨めな気持ちにさせない、惨めにさせる選択肢がある限り惨めにはさせない。

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2020/1/13

ケンガンアシュラ シーズン2までの感想  1日まとめ記事



普通に面白かったです。

「普通」とは最後まで何の壁も感じずに見れた、ということです。


刃牙のパクリ、刃牙の劣化版、とかツイッターで見てみる気がなかったんですが、実際見てみると僕は刃牙よりも面白く思えました。

刃牙の方がキャラが立っている・・のは恐らく世間と僕の感覚が一致するところですが、鑑賞者を飽きさせないように飛び抜けたキャラクター性を見せつけようという心意気はこっちの方が見ていて楽しかったです。


ただマンネリカン、飛び抜けたキャラクター性も連続で来ると慣れてしまうんですよね。

この対策としては初めに全キャラの特性を開示すること。

「残りのキャラはどんな特性をもっているんだろうか・・」というワクワク感よりも「おいおいこの特性同士がぶつかったらどうなるんだよ・・」の方が勝ります。

なぜなら「新たな特性の開示」自体がワンパターンに思え刺激が徐々に減りますし、勿体ぶっていると感じ脳がマイナスの方向にいくから。

それよりも「闘って見ないとわからない」とワクワクが待てる動機付けが勝ります。



アニメーションはCG特有の機械的で正確だから故の不自然を完全払拭できないまでも、各部筋肉の可動、柔らかさを細かく表現しているため飽きさせない。

ただのぶん殴りの衝撃の重さが伝わるレベルは非常に高いです。

何層、もしかしたら100を超える細かなフィルターを連ねて作られているのかもしれません。




刃牙のパクリって言われていますが、設定が似ているだけで「刃牙のパクリにならないように逆方向を意識しすぎている」よりも僕個人としてはマイナスに感じませんでした。

設定が似てたって面白かったら何でもいいんですよ。ガンダムと同じような宇宙大戦ロボットものなんてたくさんありますが面白かったらそれでいいんです。

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2020/1/12

ぼーっと日本史を読んで見て思ったこと  1日まとめ記事



人間は無差別殺人、土地の破壊をしてまでも隣国を侵略するほどの強くなりたい気持ち(好奇心?向上心?とか色々組み合わせた強くなるぞ!という気持ち)があり、

教育で殺人はおろか怪我をさせることさえ躊躇するような人間になるほど理解力、吸収力がある。



そう考えると、今思う当たり前は他人かからすると不思議なこと、だなんて当たり前ですし。

生きづらさを軽減させるヒントがあるのかな、と。



「相手を不快にさせたくない」「迷惑をかけたくない」という僕の強い考えも、人間固有の理解力、吸収力でどこからか拾ってきたもの。

とりあえず「生きやすい」を探求して、他人からどう思われて気にしないことが必要なのかなって。


つまりは「生きやすくなるような探求する行動・方法」を教育されてこなかっただけで、さらには「自己否定をしてまでも相手を不快にさせないようにしろ」という教育、というよりもそれが社会の正義なんだという強い気持ちを持ってしまっている。


だから生きづらいのは「そのような人間になってしまっている」だけで、生きやすい人間にもなれる可能性がある。

人間振り幅デカすぎってことです。

さらには反射的な思考、拒否反応まで教育で身につけられる。

つまりそのレベルの「当たり前」、理論的じゃなくて動物的な直感まで変化できる、絶対ではない。

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