2020/4/29

ハードルは自然と上がるので、下げなければならない  1日まとめ記事



目標のハードル。
ハードルを下げると「怠慢」「甘え」と評価を受けがちですが。

逆で人間ハードル上げすぎなんですよね。

アニメとか映画とかのSFとか、技術のハードルを上げすぎないと刺激が弱く見ていて楽しくないから。



キャパオーバーとか甘えとかは「客観的な社会的評価かつ他人と比較したあなたの欠点」というニュアンスがあるものの、内実は「ただの悪口」と見なすべき方がいい雑で害悪なアドバイス。


人間自然とハードルを上げすぎるので、今の自分が怪我なく再現性が高いレベルでのハードルを設けることが人生の質を上げるみそ。


ただし「ゴールとなる目指す目標」を下げるわけじゃない。

そこにたどり着くまでの道のりを細分化し楽にハードルを超えるように設計する。




ハードルは自然と上がる、上げてしまうので自分にあった高さを調整し、無理せず徐々に超えていく。

1人で生きていくならなおさらこのルールを守らないと、精神的に参ってしまう。






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2020/4/28

ハードルを下げる、と質を下げるは似て非なるもの  1日まとめ記事

この二つの関連性に長年苦しんできましたし、大勢の人からしても「ただの綺麗事」と思うはず。

目的のハードルを下げると自ずと質も下がる。

確かにそうなんですが、でも「質を下げたい」から「ハードルを下げる」わけではない。




僕には強烈な幼少期のトラウマがあり、保育園で切り絵の時間に僕だけ「曲線はダメで直線のみハサミで切る」というルールが設けられました。

本当に暗黒な歴史なんですが吃音を知的障害だと誤診されていた幼少期(当ブログで何度も書いてますが)。

その時反抗して曲線を切った時めちゃくちゃ怒られました。指を切るぞ!なぜ聞けないんだ!やっぱりお前は障害者だ!みたいな。


その時の残念というか、自分自身の存在意義を自分自身で否定したどんよりした絶望が未だ忘れられず。

だから「ハードルを下げる」ことについてかなり嫌悪感があり自己否定に直結してしまっている。




でも、自分の成長を効率よく、順序立てて確実にしていくなら「ハードルを下げる」ことは必須、だとやっと気づきました。

目標が高いほど、現時点での自分との差が大きいほど。

ハードルを下げることなく目標を達成しようとすると、

・何度も「なぜかわからない」失敗を繰り返す。
・高い目標から外れていないか、しつこくチェックを繰り返す。
・元々レベルが足りてないので、そこまで神経質にやっても当のレベルに達することは不可能。

つまり「時間がかかりすぎる」からです。

時間がかかるというのは大きすぎる弊害。

モチベーション低下につながりますし、その分人生が短くなり単位あたりの賃金も減る。






「成長のため」ハードルを下げずに目的を遂行するのは不可能、だと思い込んだほうがいい。

ハードルを下げていない、と思い込んでいるだけ。

無意識にしているだけなので、意識的にして時短をする。




ハードルを下げずにやって目的達成して「理想より質が落ちていない」のも幻想で「落ちているが苦労した分美化されている」と評価する。


あと違う方法でハードルを下げたりもしている。

「できた!」とできていないのに自分にいいかせたり、無理矢理ステップアップして表面上よく見せているだけの人間になったり。

ハードルを下げないと潜りつづけ、いつかしゃがまずそのまま歩いて通れるほどハードルが高くなり、それを指差し「ほら!この高いハードルを飛んだんだよ!」と自分にも他人にも嘘をつく。




本当なら超えた来た分、当初高すぎたハードルが跨げる高さになっているはずが、当初とほぼ同じの高さなので「すごく高いハードルだ」という認識が未だできる。

なので初級者と同じ感覚を共有できるので自慢ができるポイントをピンポイントに当てることができる。


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2020/4/26

ストレスをかける、が一種の楽しみになりつつある  1日まとめ記事



久しぶりの映画、数ヶ月ぶりにみました。

アニメすらみておらず。

「ワイルドスピード/スーパーコンボ」を見ました。



めちゃくちゃ面白く感じたんですね。

最初から最後まで一瞬、久しぶりの感覚。

ただし「それほどの傑作だったのか!」ていうわけではないんです。




確かにアクションシーンと主人公2人がなじり合うシーンは傑作といっても恥をかくことはないと思います。
(恥をかく=あーこいつ映画のことなんもわかっちゃいないな、と見下されること)

でも「あーもうめちゃくちゃ見たことある物語ー」を含めると「一瞬にしか感じないほどの傑作」とは到底思えず。



明言できますが、映像作品を全く見ていない期間が長かったために刺激をより多く受け取ることができたんですね。

「慣れ」の悪いところ、鈍感になってしまう。



自粛期間でむしろ自宅大好き1人が大好きな方は普段よりストレスが激減しています。

そんな日常が続くと「普段楽しめたもの」がそうでなくなることがあるんですね。

感性が鈍ってしまう、といってしまってもいいかもしれません。



なので自らストレスをかけてその解放を娯楽にしなければならないな、という義務感。

常に部屋を綺麗に保つとか、面倒だなと思ったことを率先してやるとか。

音楽聴きながらの作業もやめて無音でひたすら手を動かすとか。



ストレスをかけて脳を疲弊させたやっと楽しめる娯楽ってあります。

というか、その方が楽しめるような気がします。

ストレスを娯楽に、娯楽のためにストレスをかけることで人生を楽しむ試み。
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2020/4/24

自己責任という言葉いかにバグなのかを書く  1日まとめ記事



自己責任という言葉が大嫌いで、もはや差別に近いまであるなとさえ捉えています。

自己責任=大人、社会参画のための必須概念、というように教えられ「自分が悪いです」と認めるのが美徳とされています。


どこらへんがバグなのかというと、言葉そのままの意味の「自己責任」ではない場合も自己責任であると主張しなければならないこと。

また他人からもそう追求されそれを認めないといけないところ。







物事の因果に「責任」を代入するならば、必ず「自己」の割合が発生する。

それは「生きている」証でもありますし、例えば中東の戦争だって「日本にいるだけで全く止めようとしない」という自己責任を僕は主張することができる。

上の例えは「あまりにも距離が遠すぎる」ので屁理屈に思えますが、基本自己責任は屁理屈をもっともらしく思わせたら勝ちです。






僕の中では真実なのですが「人間誰しも全ての物事に責任を持ちたい」という願望があります。

責任=コントロールできる権利であり、また失敗をし膨大な被害を出しても元どおりにできる力。

でも、そんな人間はビルゲイツでもできない、つまりいません。

生きている以上「自己責任」のみで生命活動をすることは不可能です。

できるかぎり割合を増やそうという作業、これこそが「自分を知るため」の行動であり自愛への道のりです。








自己責任は誰しも持っているものであるが、自己責任だと主張するレベルに達することは相当難しい、というバグ。

お腹が減り美味しいものを食べようと選択したものが口に合わなかった。

これでも自己責任の割合は相当低いです。

空腹になる時間帯は選べないし、一瞬でテレポートできない限り周囲の飲食店スーパーでの選択範囲になりますし、その時口に合わなかっただけで違う機会に食べると合う可能性もありますし。


500円あればあらゆる味の食事ができるので飲食業は「個人の自己責任の割合を高める経済活動」をしているともいえますね。


自己責任は視野を矮小化させあたかも全ての原因が自分であると思わせる、宇宙ができたのは地球があるからですみたいな意味不明なロジック。







ただし、この自己責任システムによって人同士の信頼であったり仕事として経済活動に発展している事実があります。

自己責任は道具、です。なのでうまく使わなければなりません。

「自分の内部にある概念」じゃないです。外部にある道具です。

というか、外部にあるからこそ多くの人間たちに適用できます。

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2020/4/22

人ができることができない、なかなかうまくいかないと嘆いている時の自分なりの処方箋  1日まとめ記事



凍えるような寒さでも外へ出られるのは防寒具のおかげで、夏でも快適に屋内で作業できるのはクーラーのおかげ。

「誰かが発明したもの」にただ乗りし「当たり前」というジャンルに属しているので「ない」「存在しない世界線」だとかを考えるのは無駄、だというのが当たり前。



だけど、自分自身のこと、歩き方だって橋の持ち方だって、自分に合う勉強方法だって「自分」しかわからない。

誰も開拓していない分野なので「ただ乗り」ができない。




だから他人ができることができない、うまくいかないことは自分を見つめ直すチャンス、自分を開拓するチャンス。

自分固有の他人とも何事にも比較ができない分野。

だから嘆く必要はなく、嘆くのは時間の無駄だとはっきり認識しないと時間だけが過ぎていく。



時間は常に過ぎていくので感情の取捨選択をしなければならない。

時間の使い方を自分の責任の支配下に置かなければならない。

大勢の周囲の人間から「時間の責任」を奪われているのに、自らもそれを手放すのはいけない。


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2020/4/17

岩田健太郎さん発言「人と同じじゃないことを安心に感じる」感覚を得るためには  1日まとめ記事



僕にとっては最高の感覚で、人と同じじゃないからという理由であらゆる矯正を食らってきました。

今は「誰かと違うと怖い」が植え付けられていたので、かなり気を使います。

が、根本の「普通にやっていたら他人と全然違うことをしてしまう」が残っている。




不謹慎ですが、コロナでもっともっと、東日本大震災よりどんよりとした感覚を持ち、もっと壊滅的なダメージを負った後さらに「一致団結しよう!」というメッセージとともに行動した結果逆にダメージが深刻化して「一致団結のリスク」が浮き彫りにでてはじめて「もしかして、一人一人同じじゃない方がいいんじゃないのか・・?」という概念にたどり着く。

それくらい途方もない、と僕は見据えています。





同じことができない、同じに染まれないと「問題児」としていじめ倒す、学校がある限り無理です。


自分を大切にすると、どうしても他人と違うようになる。

でもそれだとおかしいから、と合わせる努力をする。



合わせるって気持ちいいですし、価値がありますし効率もいいんですよね。

価値が大きすぎるので、天秤にかける作業を無駄だと判断してまう。

さらに範囲を広げすぎる。


こうなのかな、と難度も試して最適解を探し求めるしかいないんですよね、人生。
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2020/4/17

岩田健太郎さん発言「人と同じじゃないことを安心に感じる」感覚を得るためには  1日まとめ記事



僕にとっては最高の感覚で、人と同じじゃないからという理由であらゆる矯正を食らってきました。

今は「誰かと違うと怖い」が植え付けられていたので、かなり気を使います。

が、根本の「普通にやっていたら他人と全然違うことをしてしまう」が残っている。




不謹慎ですが、コロナでもっともっと、東日本大震災よりどんよりとした感覚を持ち、もっと壊滅的なダメージを負った後さらに「一致団結しよう!」というメッセージとともに行動した結果逆にダメージが深刻化して「一致団結のリスク」が浮き彫りにでてはじめて「もしかして、一人一人同じじゃない方がいいんじゃないのか・・?」という概念にたどり着く。

それくらい途方もない、と僕は見据えています。





同じことができない、同じに染まれないと「問題児」としていじめ倒す、学校がある限り無理です。


自分を大切にすると、どうしても他人と違うようになる。

でもそれだとおかしいから、と合わせる努力をする。



合わせるって気持ちいいですし、価値がありますし効率もいいんですよね。

価値が大きすぎるので、天秤にかける作業を無駄だと判断してまう。

さらに範囲を広げすぎる。


こうなのかな、と難度も試して最適解を探し求めるしかいないんですよね、人生。
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2020/4/6

「他人に親切すると自分に返ってくる」というオカルトの意味をやっと理解できた  1日まとめ記事


他人に親切にするたびにパラメータが溜まり、一定を超えると自分に返ってくる。

はたまた神が「親切にした褒美だ」と他人が自分に親切にするよう働きかけるのか。



今までは「親切にした他人が自分に好意を持ってくれることで、お返しをしてくれるから」という理解。

今回わかったのはそうではなく、親切を受け入れるチャンスを掴みとれるようになる、ってことなんだなと。






僕は否定癖がありあらゆる事象に「自分ならこうやる」「あーわかってないな!」と否定をする。

この癖と結びつけたのは「激しい落ち込み癖」と「悩む癖」の二つ。


なぜ落ち込んだり悩むことが多いのかと考えると、日頃否定している事象に自分が重なる、同じ立ち位置になった際に自尊心が傷つくから。

いや、もはや自ら傷つけてると言ってもいい。


つまり「日頃否定していて自分はそうなるはずがないと見下していたものに自分が実際なってしまう、またなりそうになる恐怖」だということ。

僕の場合過度なので、挽回の余地がいくらでもあるのに固執してしまい「時間がかかる」ことにより軽症から致命傷へ転化してしまう。




自分に返ってくる、ていうことです。

否定をしつづけることで自分が同じ立場にいたくない、なってはいけないと受け入れられずにプライド守るためだけに時間を過度に浪費する。

もし否定じゃなくて肯定していたならすんなりと受け入れられ次へとすぐに駒を進められる。




このことは「親切は自分に返ってくる」と同義だな、と判断しました。

日頃親切をすることで、他人からの親切をすんなりと受け入れられる。

もし親切をしてこなかったら、相手からの親切に対し「何か裏があるはずだ」と疑い拒否する可能性だってある。




「他人に〇〇をすることで返ってくる」は〇〇を自らすることで〇〇を受け入れる、掴み取るチャンスを手放さない感性の鋭さを研ぎ澄ませることを言うんだな、という今回の理解でした。



この着想は「虐待児は成長しても人からの褒美を受け取らない傾向が極端に強い」という昔読んだ論文から。

自分がチャンスを逃したり、受け取ることを拒む時、どういう人生を生きてきたかのヒントになる。
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2020/4/5

人生の選択は「無力感の排除」を最優先している  1日まとめ記事




みんながみんなそんなわけないですし、僕特有の考えだという方が可能性が高い。

幼い時に味わった「無力感」の排除を軸にあらゆる選択をしている。

だが上手くいかず「更新」するだけでより自責を強めることもある。



やりたいことができた、は何の未練もないが「やりたいができなかった」はずっとひっかかる。

いつまで幼い時に味わった屈辱、無力感の復讐を続けるつもりなんだっていう話。

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2020/4/4

人間ちゃんと自分を守らないとすぐ壊れるな、という実感  1日まとめ記事



バラバラな睡眠時間、カロリー摂取だけの食事、やらない運動。

5日ですね。5日で壊れました。

体調が悪い、1日中ずっとだるくて膝が痛い。



僕は「失敗を体験」しないと学習できない。

学校は「失敗」をさせないために、失敗をする前に教育をする。



失敗、といってもこの場合は「自分のパラメータの確認」。

もし一生この生活で問題がなかったらそれでいいわけだし。

一度失敗を経験をするとそれに関連する事柄も注意するようになる。

それに自分を守る理由、責任が湧きますね。

確固たる裏付けがあるからです。

「〇〇に言われてから」はかなり弱いです。

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