2020/5/4

余裕をなくすほど作業量を増やす=効率的、じゃない  1日まとめ記事



「やっとわかった」シリーズ10000弾、くらい。

僕は近頃「効率的」という言葉に嫌悪感を覚えています。

呪いの言葉で効率よくするためにまずかなりの専門性を持たないと「ただの省略」にだけなるからです。

「必要なもの」「不必要なもの」の区別がつかないので「不必要なのにやり続ける」ことが起きる、つまり非効率につながってしまうからです。




かといって、人生効率的から逃げられません。

自然と効率的になっていきますし、ある程度知識を得るとどう効率よくするかが楽しくなったりもします。

なので「効率手にする」を目標にしてはダメ、というか目標にならないはずなんですね。

「自然となる」のが効率的、なのかなと。





そんな中「ノンストップで一定時間作業し続ける」ことが効率を上げる手段の一つだ、と思い込んでいました。

そんなことない、というかノンストップでやりつづけること=効率的ではない、なのではないかという今回の題材。





「楽になる」成分がないと効率的と呼んではいけないのかな、と。

そもそも何が効率的かというと「一つの作業に対しての生産量が多い」という意味合い。

なので「単位時間あたりの生産量」が高くても効率的ではない、が成り立つ。




余裕をなくす程作業量を増やす、というのは「効率を悪くする」の方がむしろ意味合いが近いんですね。

それくらい動くと単純に疲れて「余暇を楽しむ」なんてことができなくなるのは赤ん坊以外の人間は経験知としてある。






で、僕が実践しようとしているのは「あえて余裕を作る」ということです。

少しでま「隙間時間」があると何が作業を入れがちなんですが、それを無くし「ただぼーっとする」「ツイッターを眺める」「手を入念に洗う」等のリフレッシュの部類に入る行動にしようかな、と。

罪悪感を覚えるんですよね、隙間時間をなくしこの時間も作業をしなければ!って。

でも疲労度が半端なく実働時間が短くなりがちなんですよ。






短時時間で完結するのはいいんですが、長時間かかる場合は結果作業量が減る。

なのであえて余裕を無理矢理にでもつくってのんびりやる、ことで生産性を上げる試み。
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