2020/6/30

達成目標を効率化させるため刺激を3郡に分ける試み  1日まとめ記事



刺激1
目的よりも強い刺激。
目的達成の褒美。
強い刺激なので目的を疎かにする可能性。
「刺激が強いこっちができない時間」がストレスとなる。



刺激2
達成させるべき目的


刺激3
目的よりも弱い刺激。
本当にこの時間いる?目的をこの時間に当てないことで不安を感じる。
これが一番疲労を和らげる?
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2020/6/30

学校の読書感想文はない方がいい?自分の意見  1日まとめ記事



ツイッターでトレンドとして上がっていたこの問題提起。

僕自身は「あった方がいい派」なんですが現状のままだとない方いい、というような形。


どういう場合はあった方がいいのか。

成績に全く反映されず、先生の赤ペンチェックもなくただクラスメイトだったり全国で共有するだけ。

また書き方は自由。文字数とか構成も決まりはない。

箇条書きから「面白かった場面は?何ページ目の何行目が良かった?」等の一問一答形式でも可。




僕も御多分に漏れず学校生活をしていた頃は読書感想文はかなり嫌いでした。

自由と言いながらある程度書き方は決まっていて、優秀とされる作文のテンプレ通り書いた人ほど成績も良く。

また文字数も決まっていてさらに「作文内容よりも文章としての美しい流れ」を重要視しているようで。

あと先生に怒られた経験もきつい。「人間として曲がっている」とか言われましたし。



だけど読書感想自体はコミュニケーション手段としてかなり有用ですし、単語や文章構成を読み取り自分の言葉で咀嚼する行為は良質な訓練。

だけどそこで「先生目線」が入ってくるとそこに焦点を当てることが第一目的となるので「媚び能力」が上昇するだけ。

僕と学校の先生の相性が悪いだけなんですが、僕は結構辛辣というか冷めたえぐい見方をしているのでそこが「健全な教育」と反発してしまう。

先生も文科省から「良い基準」を定義されているはずなのでそこから逸脱していると指摘する義務があるんですよね。



小五の時、美しさというか宗教的な万歳感というか、ただ褒めるだけの読書感想文を書いたら先生に褒められ学校の掲示板にお手本として貼られました。

こういう「これでいいんだろ?と舐めてかかったら本当にそれでよかった」経験も闇を落とす要因ですね。



文章に成績をつけるとしても、良さって無数にありますよね。

読みやすさだけでも「てにをはの完璧さ」「句読点の位置」「一文の長さ」等の一般的なものから「センシティブで刺激がある」という学校教育の範疇から除外されるものも。


色々基準を決めて一方向の正しい優秀な文章を広めようとしていますが、結局は個人個人のそれまでの経験から練られた感覚に依存する。

無理なんですよね、感想文に適当な成績を充てがうなんて。




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2020/6/29

達成目標から逃げる、ことが最大の行動理由となっている時の弊害  1日まとめ記事




目標達成、締め切りとか歯磨きとか風呂とかも。

そこから逃げる、やらないことがひとつの娯楽となっている。

しかもかなりの快感を得る娯楽なんですよね。


歯磨きも風呂も入らず寝るのが個人的にかなり気持ち良い。


なのでその快感を逆利用する試み。

目標には一切てをつけない、やりたくても絶対にやらない時間を作る。



「やりたいけどやれない」ってかなりの意欲になるんですよね。

あえてその時間を作り出すことで枯渇していた意欲を注ぎ足す。




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2020/6/28

仕事のことを考えない時間を作る、のは意外と難しい  1日まとめ記事



何でもかんでも結びつけてしまう。

これ参考になるな、とか。

あと「食事をもっと効率的にして仕事の時間を増やそう」とか生産性をあげよう、とか。



ここ数年ずっと「しんどい」「疲労状態」が続いているんですが、それは過度に頭を使いすぎているのかな、と。

なのであえて「仕事のことを考えたらいけない時間」を毎日作る。

4時間くらい。考えないように努力をする。



こうすることで「仕事の邪魔になるから」「仕事の時間が減るから」という理由でやってこなかったことをやり、それがリラックスとなり脳の疲労を和らげる。


とりあえずやってみる。
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2020/6/27

もう「自分は発達障害じゃないか?」という自問を完全になくす  1日まとめ記事



僕の最大の敵のひとつ。

「あれ、これって発達障害の証明にならね?」という自問自答。


僕は「拘りすぎ」という言葉が頭に浮かぶと思考がロックされます。

ロックされ自責します。「また発達障害の症状がでたか」と。



僕は幼少期に知的障害→発達障害と診断され、後に「発達障害も自閉症もない」と大学時代に診断されました。

知的障害も発達障害も自閉症も「先天的」であり「治る」なんて当然なくただの誤診。

だけど、今だに「これ発達障害じゃないのかな?」と疑ってしまう。



ラジオを聴いていて。

名のある精神科医が「帰国子女は発達障害が多い」という発言。

「自分を制して周りに合わすことに理解をしめさないし、外国の学校の習慣がしみついてしまっているから」という発言。

もう確信しました。発達障害の診断の雑さ、意味のなさを。

つまり「生まれ育った環境」で発達障害となり、日本の教育風土に反発したら発達障害となる。

「日本の学校の常識」から見て枠から外れていると「発達障害」と印を押される。




発達障害は「脳の問題」と思われがち、というか世界的にみたらそうかもしれないけど、日本では「独自の発達基準」がある。

「扱いやすい人間」「和を乱さない人間」「言うことを聞く人間」、上からみて手懐けやすい人間以外を「発達障害」とする脅迫。



効き目ありますし利用し始めた人は狡猾ですが日本人の心理をうまくついたな、と。

日本人の根底にある負の集団意識、服従させやすいようにするためのツールとして排外を促す言葉は効果的。



たとえ日本では発達障害と診断されても、常識や社会通念ではなく自分で自分をコントロールして生きやすい生活を嗜む所存。
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2020/6/26

聞こえない他人の責任追及の癖を完全消滅させたい  1日まとめ記事



僕の癖。

聞こえのない他人の責任追及を脳内で生産し自責をする。

これは完全なる妄想、ではなく実際された指摘、またはそこから想定した指摘からの発想。



これに長年苦しめられていましが、この自責の発生源はこれかな、と今回掴めた感覚があったので記事化。

発生源は「自分の意思を免責したいだけ」なのかな、と。

つまり「自分自身に対する責め」を覆い隠し「他人からの責任追及」に変換することで「自分がそう思ったから」ではなく「だって他人から指摘されたんだもん」と自分の行動は自分の意思ではないという免罪符を発行している。



なんでこんなことをしているのかを考えると末っ子として生まれた自分に対して家族親戚一同は「僕の発言」を軽々しく扱い、一方で「〇〇(例えば町内のAさんが)が言ってたことだけど」と枕詞をつけることで説得力が上がる経験をしてきたから。


大きなギャップがあったんですよね。

「自分の発言」の価値が著しく軽んじられた、相手が尊敬する人からの伝え聞とすることで普段軽んじられた同じ発言の価値が爆上がりしたこと。



このことで「自分の意見」を僕自身が軽んじてしまった。

これからもしばらくは脳内で生産された聞こえるはずのない他人の責任追及にひれ伏す生活が続く。

そこで作り出された他人をかき分け奥でニヤニヤと笑って自分は無関係だと安心している「本来自分の意思で動いたのに他人を作り出し免責されたと思い込んでいる自分」の胸ぐらを掴み顔を合わせる。

これは人生の自由度を上げる行為でもあるんですよね。

「自分自身をコントロールしている感覚」が研ぎ澄まれますし。

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2020/6/26

誰でも他人に言えない秘密を持っている、を当たり前だと決めつける試み  1日まとめ記事



言えない秘密を持っている、当たり前なんですけど僕は「罪悪感」と結びついていたんですね。

よく「秘密主義者」と責められた経験、他人と比べ秘密にしていることが多いんじゃないか、と。



でもここまで生きていて普段会っている人でも「知らない側面」の方が広く「秘密」も多い。

つまり誰しも「秘密」を持っておりまた相当な数で、僕を責めてきた人は「それを知らない無知な人」だな、と決めつけようと。

そうすることで罪悪感をなくすことができる。

お互い様だよなって。あらゆること秘密にしてるけどそれはお互い生き亭いく上で必要なことだよなって。




というか、結構普通に、罪悪感を覚えたら負けレベルでずっと秘密にしていていつの日か驚愕するレベルの情報を開示するって経験、思い出してみるとたくさんありました。

本人も僕も「そりゃ秘密にするよな」と納得。




秘密開示要求をする人は自分の秘密を開示しない。

「ほら私秘密教えたからあなたも教えて!」というレトリックで責めてくる人の卑怯さ。

ただ秘密っぽい本当は秘密じゃない情報を教えて他人の秘密を聞き出す。



なんか小学生の悩みっぽい記事になりましたが、今まで隠してきた秘密に対しての罪悪感を払拭する試みをはじめます。

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2020/6/20

PS5に思うこと  1日まとめ記事



PS5はロードが超短いかつPS4のソフトもできると知った現状、今年発売ならもう買うまでPS4のソフトする気力を失いました。

ラストオブアス2めちゃくちゃやりたかったのにロード時間を考えると「PS5までいいや」と。



それだけあのスパイダーマンのロード時間デモに影響を受けました。



情報というか今後の具体的な展望はまだまだ不明ですが、個人的意見。

オンライン対戦・協力はもう全く興味がなく世界が狭ばる一方だと見ているのでここはどうでもよく。

僕はプレイヤーがより消費者から生産者へ移行するシステムが増強されるはずだ、という展望。

というか、そうしないとダメですし。

現状「配信者」が消費者から生産者へ移行している人たち。

またネットでも「クリアデータを売る」だったり「レベル上げ代行」も生産者。

プロゲーマーもそうですね。



それ以外にも「マリオメーカー」のようなマップ作りも優秀な人は公式ライセンスが降りて販売が可能になったり。

エディットされたキャラクター販売、格ゲーではコンボ開発した人に賞金が出たり。

究極は配信しなくてもプレイした時間分だけお金もらえるシステム。

そんなの無理じゃねって話ですが、どこかでてくると思うんですよね、もうどこか提案は出しているはずです。

どうやって儲けるのか。「ただやっているだけでもお金もらえる」となると大勢がプレイするのでゲーム内での広告、スキン販売とかとか。


禁じ手ですけどね。それが普通になってしまうとゲーム文化廃れる危険性がある。


まぁでも、今のままでも話のタネになったり何かのアイデアに役立っているので、ただ面白いゲームがで続ければうれしいです。

ゲーム業界が栄えたらいいですね。




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2020/6/19

自分の中に「手は早いが失敗ばかりする部下」を作り出す  1日まとめ記事




僕自身が認識している自分の欠点として「何事も時間がかかりすぎる」というのがあります。

失敗しないように、より精度を高めるため、無駄なコストがかからないようにとかなり気を使います。


このことで生じるのが「時間の消費」なんですが、いよいよ人生の足かせ級になってきました。



これを改善するために新たな人格「手が早いが失敗ばかりする部下」を作り出します。

人格を作り出す、は生きる上で役に立つ手段、だと僕は考えています。

責任転嫁できるんですよね、今この人格だから仕方ないよね、って。

初めては5歳の頃「誰からどう見てもアホな子」という人格を作り出し「こいつに何を言っても意味ないな」と思わられるようにしました。




「失敗ばかりするなら逆に邪魔じゃん」ってことになりかねませんが、失敗の修正よりも「失敗しないようにするための作業」の方が時間圧倒的に時間がかかる現状。

時間以外のコスト、金銭面では失敗からの修正の方がかかります。

だけどそれよりも時間が大事なんですよね本当に。

やりたいことが多すぎて単純計算しても「一生かかっても無理」という現実を見てしまって。

それならとりあず時間を最重視して、お金がかかってもそっちを優先させる生き方にしようかという試み。


一気にやると体が壊れるので徐々にですが、手が早い部下を出現させようかと思っています。

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2020/6/18

他人との比較が膨大なマイナスを生む真実を考えてみる  1日まとめ記事

他人と比較すると「他人事」の成分がどうしても入ってきてしまう。

「他人事」だと俯瞰した冷静な判断ができる特権、自分には関係ないからこそできる判断ができる。

自分自身という絶対値を揺るがしてしまう。

例えば「あの人は今俺より下だから安心していい」とか「追い越されたから焦らなければ」とか、比較対象を軸にする行動に価値が生じてしまう。



本当に無駄、というかマイナスでしかなく「自分自身の喜ばせ方」とか「満足する方法」という自分と向き合えて初めて抱ける本質が置いてけぼりになってしまう。

人は「優先」と「本当に大事なこと」を履き違えることは日常茶飯事、と僕は考えている。

いわゆる美人局もそうですし、早起きする必要があるのに深夜までサッカーを見てしまったり。

「本当に大事なことを優先する」というのは僕にとっては結構難しいことで、目の前のを「本当に大事なこと」だと誤認優先をしてしまう。




「他人との比較」も御多分にもれず、本当に大切な「自分の感情」よりも「相手と比較して自分が何をすべきか」を誤認優先をしてしまう。

答えが導き出されるんですよね比較によって。ただその答えは「自分の感情」もとい「本来優先すべきこと」から外れる。



本当に大事なこと、本質を掴み磨き上げる、まず掴むことすら難しく、磨く術もわからない状態。






「他人との比較」からあぶり出された答えからはみ出すことへの不安、これに恐れている人って結構いると思うんですよ。

外れることはすなわち非難と同意、等式がこれまでの経験から出来上がってしまっている。


でも不安に感じなくていいんだよ、じゃなくて不安に感じる暇なんて人生にはない。

あくまでも、あくまでも一つの娯楽。

言葉遊び。





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