2020/8/27

 やっていい苦労は無理した方がいいじゃないかと思い始めた  1日まとめ記事


やってはいけない苦労は「毎日炊飯器いっぱいのお米の数を数える」とかそういう広がりをみせない苦労。

やっていいのは「1年間Google本社で働く」みたいなその後にパワーアップが見込めるもの。

この見込みの可能性が高いほど「無理した方がいい」んじゃないかと思えてきた。




僕は苦労反対論者でそれは成績の良し悪しよりも苦労してる度合いで評価されてきたから。

苦労はしない方がいいは一生変わらないと思いますが苦労からは避けられないなというのも同時に。



で、自分の成長とか労働価値が上がる見込みが高確率なら苦労を覚悟しないとチャンスを逃してしまうなという私見。


僕は苦労から避けたい願望が強くて「苦労する」未来が見えると成長とか関係なく選択肢から外れる。

だけど絵の趣味練習を始めて「モチベーションが上がる苦労」をはっきりと認識しました。




質の良い苦労とは。

レベルが高い絵の模写をすると時間がめっちゃかかりますししかも元絵よりもどう見ても下手くそな絵になる。

でも模写後はそれまで恐縮していたレベル高い絵に対して「俺でも描けるし」みたいな根拠がない自信が湧くんですよね。

傲慢と変換せずに意欲向上で行動力増加につながります。


それまで躊躇していた課題に挑戦する踏み台になってくれる。


怖気つく挑戦のハードルを下げる効果を目的にする苦労が「質が良い」に分類するのかな、という仮定。



プロゲーマーになりたいな、でもハードルが高いしな。。。という場合は海外の大会へ自費で参加することでプロゲーマーへの挑戦の心意気、「もしかしたらなれるかもしれない」という感覚を手にするかもしれない。

結婚したいけど俺にはまだ・・の場合は婚活パーティーへ行って異性にコテンパンに貶されても「次は頑張ろう」と結婚への具体的な道筋を計画するかもしれない。



余裕を得る、ですね。

苦労することで「ふーん、ところで俺はこんな苦労したんですけどこれはどうなんですか?」みたいな。



精神的タフ、幼い頃に暴力を受けて育つとあらゆる暴力に疎くなり被害者を責める、というのもありますが。

まぁ使いどころですね。考えるの面倒になってしまったのでこの言葉で無理矢理閉めます。
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2020/8/25

自分は欲が弱すぎるから強欲にならないと、という話  1日まとめ記事

世界を支配したいとか、そういうスケールがデカイ話じゃないです。


絵を描いていると、色塗り前の線画で満足してしまうんですよ。

で、満足するんで色を塗る気がなくなる。



欲が弱すぎる。よくできたな、これでいいよなって。

致命的です。本当に。

欲が弱い方が得する人生を送ってきたらだと思います。



日常的に欲張りな選択をすることを心がけます。

アイスは3個食って、クレープは2種類、ハンバーガーは4個。

スマホは必要と思った以上の容量を選ぶ。

人が理解しくれるかどうかよりも言いたいことを話す。



「余計なこと」に分類しますが、それを損だと思わず「欲ばれたな」と自分を褒めるようにします。
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2020/8/25

理屈が通れば相手の主張を封殺していい、わけがない。  1日まとめ記事


話をまとめる気も落ちも全くない、最近もやもやしていること。

理屈が通れば主張を塞いでもいいのか、という疑問。

疑問=否定、じゃないです。「どうなんだろうなぁ」という具合。

「あの雲の形、犬に似てない?」「いや、猫じゃないかなぁ」「いやいやうまじゃない?」みたいな感じです。




基本無料の課金を収益の主体としているゲーム。

このゲームに対しての文句、改善について「無課金がする権利はない。タダでやらせてもらってるんだから。いやならやめればイオい」という指摘。

「お金を払ってない」「無利益なユーザー」「文句の権利なし」、理屈が通るんですよね。

おそらく多く人がそうだそうだと賛同しますが僕は疑問なんですよね。

理屈が通る=主張はしてはダメ、というのおかしいなと。

文句言っても否定的な意見をどんどん言ってもいいと思うんですよ。



ほっとけというか、踏み込まなくてもいいじゃんって。

無課金だろうが無料だろうが、違法で無料ダウンロードして遊ぼうが「面白いかどうか」の感想は生まれる。

重課金勢との差は立場による感想の差。




金をかけている人ほど感想の比重が重い、という常識のような前提。

これもどうでもいいというか、受け取る側次第なんですよね。




なんですかね、だから何が言いたいんだよ!ていうことなんですけど。

理屈が通れば本人の主張、感想とか評価とかも封殺していいみたいな風潮が嫌だな、ていう感じですかね。

「己」の我がままを「みんな」の主張に変換している行為に思えてしまう。

重課金でめちゃくちゃ金払って楽しんでいるのに、無課金の奴が文句言うんじゃねえよ!でいいんですよね。

「感情的に嫌だ!」でいいんですよ。

感情を優先させると子供っぽくて馬鹿みたい、冷静さが欠ける面倒な人間みたいな見方がされがちですが。



まず感情を第一優先にすべきなんですよ。生物の知能の高さは感情の豊富さですし。


「ほっといてやれよ」ってことですね。それぞれ楽しみ方があるんだし。

指摘とかしなくていいじゃん、ほっといてやれよってなだけです。
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2020/8/23

人は「周りには偉くなって欲しくない」願望を持っているので注意を払う  1日まとめ記事




主観ですし自分でも当てはまるので、あえてこのような醜態をはらんでいるとすることで足の引っ張りを無視するために。



周囲の人間には偉くなって欲しくない願望。

友達、近所の人、家族。

周囲の人、自分より下、上だとしてもテストの平均点10点くらい上。

自分より偉くなると「成長していない自分」と比較から認識し、攻撃されているかのような感覚に陥る。

なので足を引っ張る、巧妙に「私はそれだめだとおもうなぁ」「なんだか変わっちゃったね。」「前の君の方が魅力的だったよ」とか。

偉くなる=成長、向上を阻害、君の認識は間違っているから戻ってきた方がいいよ、というアドバイスの皮をかぶらせる。




なので、周囲が急に冷たくなってもそれに引っ張られないこと。

また気を遣う必要はなく「ああ自分は偉くなったんだなぁ成長したんだなぁ」とのほほんと実感するだけでいい。



「君の良いところは人を気遣うところだよ。なのにそんなにガツガツしたらみんな離れるよ?」

というアドバイスを貰いました。

直感うっせーあばよ、としか思わず、ちょっと反省してみましたがやっぱうっせーあばよでした。

要するにこれまで通り利用しやすい支配しやすい使い勝手がいい家来のままでいてくれよ自立心持つなよてことなんですよね。




このアドバイスをした相手は一生自分を欺き続けますよ。

綺麗な言葉には物事を円滑に進めるメリットはありますがデメリットももちろんあります。

こうやって言葉だけ綺麗に使えば人間誰しもが持つ様々な醜態を見つめることがなくなり自分を欺き続ける。

いい人でいるこを自分に強いる。良い人じゃないのに。


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2020/8/17

自分に合った勉強方がわかたt、気がする  1日まとめ記事



ゲームって人生とつながっているなと実感しました。

僕の格ゲーの楽しみ方はまず見た目がかっこいいコンボの練習です。

どれだけ難しくてもできるまでやります、というかやれます。



自分がかっこいいと直感したものを手にしたいんですよね。

そのコンボができるころにはそのゲームのことに好感もってますし、さらに深掘りする意欲が湧く。




勉強もそうなんですよね。

みてくれがかっこいい、これをできるようになりたい!と直感したものに邁進する。

まぁでも、それを見つけることから始めないといけませんが。

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2020/8/15

(無題)  1日まとめ記事



調子に乗るな、ってガー不なんですよ。

個人の主観ですし、こっちがそうでもないのに相手にそう思われたら終わり。


このことについて知っている人と知らない人と、自覚の有無でわかれる。

次に自覚ある人で、人を簡単にコントロールできるから使う人とだから使わない人で分かれる。




調子に乗ってる、と自分が相手にそう思った場合はその人と相性が悪いだけなんで距離を話してコミュニケーションを取る場合は自分を捨てて演じればいいんですよ。

相手に言われたらああこの人と相性悪いなと逃げる。



自分も含め人は「決めつけ」であらゆることを判断しています。

ただその中でも「多分」とか程度は色々ありますが、そこをしっかり管理していないと「間違っている可能性が高い」のに「合っている」と誤認する確率が高まる。


もうコミュニケーションなんてどうでもいいんですよ。調子乗るな、と遣った時点でこの人はマウント取るためにコミニュケーションをとっているんだなと決めつけます。


決めつけって楽なんですよ。楽したいんで決め付けます。

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2020/8/14

「自分はすごい」の勘違いは良い/自信を付けさせる教育を蔑ろになぜするのか  1日まとめ記事

短めのテキストを2つ。

■「自分はすごい」の勘違いは良い。

さいとうなおき氏が「絵の上達には『自分ってすごい!』という勘違いが大事」というツイートをしていて。

勘違いは「よりレベルが高いところへ行ってしまった」から起こる現象。

つまり「あるレベル以下の層」では真実。

それが「何もできない赤ちゃんの頃から知っている両親目線」でも「すごい」のは確か。

「今の存在しかしらない」人からすると「同じ今の存在しか知らない」大勢と比較するのでレベルが上がる。



「自分ってすごい!」と思うのは小さい頃からある自分の記憶、自分が下手だったことを知っているから抱ける感想。

なので誰かに「勘違い」「自惚れ」と言われても確かにある面ではそれも真実だが、自分がすごいと思えた事実を離さないこと。

真実を「嘘」に変換しないこと。




■自信を付けさせる教育を蔑ろにするのはなぜなのか。

僕の世代、はたまた僕の周りだけ、いや僕だけかもしれませんが。

挫き、わざと自信をなくさせ「自分は代わりがどこにでもいる凡庸」と思わせ従順な人間にさせようという目論見。

「調子に乗るな」「たまたま」一つ目のタイトル「勘違いだ」と言われ、自信形成の機会を狩られた。


僕は他人から秀でていると自覚していることは「そんなことないよ」と隠し、また自分にも言い聞かせた。

「ただ隠しているだけ」じゃなくて抑えこむ、自分を否定していた。



自信を挫かせる人の狙いは従順にさせるためは勿論あるが、その場限りの快楽もある。

自分より下の人間が自分以上になるかもしれない火種を消すことでまだ自分は大丈夫だという安心感を得たい。

本人に「勘違いだったのかな」と自己否定させることで「やっぱそうだよな・・」と火種を消した罪悪感を薄めようとする。




自信を消火する言葉が多種生み出された背景、また「意識高い系」とか未だに作り出されている事実。

自信が湧いてもバレないようにするのがもはや社会組織に属すための必須スキルでもある。

他人からの妬みはそれだけ恐ろしいことなのだよ、という先人が残したアドバイスなのかもしれない。



ならば自分自身だけでも度が過ぎた自信形成をしなければコップ一杯の水でも消火される小さな自信しか生まれない。

映画のセッションを思い出すと、自信を挫かれ万人ならそこで終わるところを唯一消えなかった小さな火種を焚き燃え上がらせた、という見方ができる。


他人からの自信を消化させる言葉は必ず効果がある。

だけど完全消化されない限りまた焼べて元に戻る、どころか何苦楚と以前よりも大きな炎を巻き起こすかもしれない。


自分だけでも自分を信じるしかない。
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2020/8/13

絵の練習でも「献立」をちゃんと作らないとつぶれる  1日まとめ記事




絵が早く上手くなりたいあまり「難しそうな」絵の模写ばかりしてました。

一つ書き上げるまでに6時間かかりもうヘロヘロ。

ついに「もう書くの辛い・・」まで到達しました。




その日めちゃくちゃ腹が減ったのでペヤングの超超超大盛りキムチ納豆を食べたんですが、あと二口だけなのに「もう食えない・・・・」と諦め「もう焼きそばはしばらくいいや・・」となり。



満腹で横に倒れながらぼーっとしてると「この二つジャンル全く違うけど思考回路は完全に一致している」と気づき。




どちらも空腹状態を満たすため許容範囲以上の摂取をしてしまっている。

食事の場合は生きるために欠かせなく時間が経つと勝手に空腹状態に戻るけど、絵は必要不可欠じゃないために一度過剰摂取して苦痛を感じると長引く。

長引くし、もしかしたら一生その時の記憶、トラウマ化する恐れさえある。



なので絵の練習の時、食事以上に気を付けて献立を作らないといけない。

絵に限らないですよね。筋トレでも仕事でも「献立」をちゃんと作らないと継続性を失ったり嫌いになったり、体壊したり。


ところでゲームはどうなん?という話になるとゲームはゲーム内にすでに「献立」を作ってくれているんですよね。

ゲーム難易度、オプション、ムービー、弱い敵から始まる、操作練習。

何年も、何作も積み重ねたデータにより今もなお改善し続けている。

ゲーム自体が献立の最上位ランクに位置し、プレイヤーは分解し日常に応用にするため参考した方がいい。



苦労する絵の練習を続けてくじけた時まず僕は「向いてないな」「やっぱだめか」と自責。

別に自責するのはいいんですが「自分が悪い・自分はダメ」は簡単な結論づけなんですよね。

納得しやすくて諦めやすい、考える労力を要しない。

でも改善するためのアイデアがでてこないし以降の伸び代の希望が希薄になる。



だから自分を責めるのは悪手で、改善できることからみつけだす、この能力はかなり大事。



なので絵を練習する際はちゃんと献立を作ること、長時間を要する大盛りは3週間に1回程度。

毎日続けるため最長でも2時間程度のもの。10分程度で終わるデザートも必ず用意すること。

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2020/8/12

はじめて自分の成長と向き合えているかもしれない話  1日まとめ記事


どんな小さな成長でも自分でみつける能力の重要性。

大勢と同じタイミングで始めることが多い人生で、自分より優秀な人としか自分と比較してこなかった。


だから自分の成長よりも「現時点での優秀な人との差」しかみていない。

しかも評価を自分ではなく他人、目上の人にまかせ自分自身で判断する能力を上げないまま歳をとった。



昨日の自分と今日の自分の些細な変化は自分でしか気づかない。自分に一番興味関心があるのは自分ですし。

なのに他人に判断を乞い、自分の判断は自分贔屓にしてしまう甘えという価値観を改める。


自分自身で見つけないと、他人に簡単にコントロールされる。

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2020/8/11

模写はクソ論は嘘じゃないか?と思えてきた  1日まとめ記事



絵の練習について調べていると「模写クソ論」を目にすることが多い。

・絵は何も見ずに書けるの終着点。模写でうまくなってもそれは模写が上手くなっただけ。

勝手に要約した理由です。



自分も理屈に納得し模写に重きを置いてませんでしたが、いや模写大事じゃね?となってきた。

何も見ずに書くとどうしても「自分が描きやすいもの」に頼らざるおえなくなるんですよね。

「何も見ずに書く」好意そのものが「苦手なことに挑戦する」ことであり、描き終わったからおかしいところを参考写真と比べて修正し学びにすることもできますが。

でも本人の想像が元になるので広がりに欠けるんですよね。





今のところ効果が高いなと思う練習は時間をかけた丁寧な模写です。

丁寧さを求めると、自分の手癖だけでは模写不可能なのでかなり苦労します。

この苦労、内訳は修正の繰り返し、おかしなところを自分で見つけ的確に修正する作業やそれがわからない時に頭を悩ますことが学習効果高いなと。

単純に知識が増えますし、描きおえた後に他の絵を見ると情報取得能力が上がっていることに気づく。

また「あの模写のあのパーツをこの絵に組み合わせれば・・」とアイデアも浮かぶ。


模写クソ論者は「書いたものしか書けなくなる」という主張もしています。

どうなんですかね。

この反論、芯をついているようでそうでもないように思える。

あまりにも極端ですし。

あと思い出してしますんですよね、答え見ながら問題解いたら解いたことある問題しかとけなくなるぞ!と。

実際そんなことなかったですし。
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