2020/9/19

(無題)  1日まとめ記事



組織のルールで個人の仕事効率が悪くなる、これは無駄なので個人の好きなようにできるよう改善する。

なんでこんな簡単なことしないのだろう?と思ってたけど、個人の仕事効率が悪くて良い、というか悪いのは当たり前なんですよね。

組織に属すより個人でやった方が仕事効率が良くなる、のは当然。

だけど組織にとっては個人の仕事効率が悪くなるよりも、組織のルールに従う方が大事。

管理する面では一律のルール、やり方を押し付けて従順に守らせた方が効率がいいから。


なので組織に属す時は「効率が悪い」ことに疑問を持つ必要性がない。

効率が悪いことをすることが仕事。



効率を良くするとその方法の前例がないため比較できず評価もできない。

また何か損失を被った時は異なるデータになるため「勝手にやり方を変えないこと!」という反省しかできない。

大勢が同じことをすることでデータを集積し対応を簡素化する。





この仕組みは幼稚園、小学校で習うけどこうやって説明された記憶がない。

幼稚園でも小学校でも恐怖を与えることによって感覚的に分からせる教え方だった。

「みんなから嫌われるよ」「浮いてるよ」という直接言葉で注意をする方法。

急に冷たくなったり、クラスメイト達に無視するように命令したり、直接命令していなくても「危険人物」として扱うことで関わってはいけない人物という暗黙の了解を作る。



小学校は児童たちのものじゃない、管理する先生達のもの、はたまた教育委員会ないしは文部科学省のもの。

だから児童であるあなた達の個性は不必要だし管理者である先生の指示以外をすることは悪。

己を殺して先生に従うこと。それが学校。個性を出したければ学校に来る必要はない。



こう説明してくれればよかったのに、と今の僕は思いますね。


言葉じゃなくて不安を恐怖でコントロールし感情から学ばせる方法。

これは「言葉にすると冷酷なる」「個人の尊厳を蔑ろにする」を隠すため。



言葉にすべきなんですよね。

言葉にしないから歪んだ綺麗事がまかり通って変に物語性が生じて美談になってしまうんですよ。

さらにそれを信じて性格が歪んでしまう、個人単位で悪影響が出る。




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2020/9/19

ps5の価格発表を見ての感想  1日まとめ記事


Xbox新型と同じだったので驚きは少なかったです。

個人的にロンチタイトルとして期待していたデモンズソウルはロード時間の短さは驚異なものの、モーションが軽い、盾で防いだ時や実際ダメージ喰らったときも音とモーションが合っていないように見えました。

メジャータイトルは軒並みプレイしたいものだったんですが、ソフトが出揃うまでには1年から2年程度見た方がよさそうかなと。

なのですぐ買う、ということはないです。

転売騒ぎを見て購買意欲に刺激されましたが、購入しても少ししか触らないのは明らかなので1年後くらいに購入できたらいいな、という感じ。



同時発表されたFF16ですが、僕の予想では発売はかなり早いんじゃないかな、と。

これまでなら早くて2022年ですが2021年内に発売するんじゃないかと。

プロデューサーの吉田さんは書籍を読む限り行動力が半端ない、思いつきから実際の行動に移すまでが0F級の印象で「ああこんなことお願いしたら相手に悪いな」なんてなく「いやなんで理解できないの?」と他人を押すどころか胸ぐらを掴みそのまま大勢を引きずりながら自分の行動に関与させる、みたいなバイタリティの強さがあります。

なので意思決定も早く「悩むより失敗をして堅実なデータを得る」をスクエニの膨大な資産を酷使し超高速で繰り返してると思うので発売は意外と早いはず。



ちなみにですが前日に発表されたオキュラス新型の方が興味が湧きました。

安いですし今後デジタル空間を活かすために絶対に必要な機器なので。

デジタル空間からアナログ空間へ移転させるマストアイテムなんですよね。

日本語対応も嬉しいところ。
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2020/9/17

「できる人」の真似をして「できない人」なのに反復練習をさせるのは間違っている  1日まとめ記事



『要約(+補足)』

・「やらされている感」はまごうことなき「不幸」

・上手い人がやっているからという理由で指示される反復練習は「やらされている感」に支配される。

・「個々人の感覚」は言語化不可能なほど複雑なので自分自身で守らなければならない。

・失敗を怖がると「やらされている感」で覆い尽くされる。

・落ち込んだり不安でいっぱいになるけど「自発的にやってる」を掴み取りここに幸福を感じるようにする。







「やらされている感」がめっちゃ邪魔する。

個人的な話です。個人的な感覚。


何かを練習、習う時「できる人の練習」をそのままやらせようとさせられる。

やってる間僕は「これを続ければ上手くなるはずだ」と無心で取り組む。

だけどこれって確かに上達するんですが「広がり」がないんですよね。

モチベーションです。モチベーションが終わってる。



上手い人がしている淡白な反復練習って自発的なんですよね。

「やらされている感」じゃなくて「自らやっている」いて「なぜやるか」を感覚的に理解している。

「感覚的に」というのが大事で、言葉は個々人の感覚を詳細に表現することは不可能です。




「やらされている」と感覚的に理解できないまま「上手くなる手段のはずだ」という迷信的なジャンルに属してしまう。

迷信的に信じるので「自分流にアレンジ」もできず「源流の上達」じゃなくて「その反復連取が上達するだけ」になってしまう。

サッカーが上手になるためとリフティングの練習をやらされるとリフティングは上手くなるけどサッカーはうまくならない、みたいな。

リフティングは無意識でもボールコントロールできるようにして脳の活動量の効率化を目指すため、だと勝手に思ってますちなみに。



何事でも「教わる」場合は自身で自分なりにある程度学ばないと「やらされている感」がつもっていく。

それは不幸なんですよ。不幸中の不幸。

だから失敗をしてでも自分で歩いて「自分でやっている」割合を増やさないといけない。




上達のために反復練習を進める人は要注意です。練習に対して知識がない人です。

自発的に反復練習をするような、その人がまだ気付いていない面白みを教えてくれる人、これですね。

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2020/9/15

面倒くさがらずに自分の意見を主張する  1日まとめ記事




面倒くさがりだからなんですよね。

僕が責任を負っても、今すぐその罪の擦りつけ合いが終わればそれでいいっか、と。



でもこれ、相手からしたら「これを狙ってたんだ!!」的な罠にハマったパターン。

相手に嫌な気持ちをさせるとか、傲慢だと思われるとか、グループから嫌われるから、じゃなくて。

そんなことよりもまず「自分の主張をみんなに聞いてもらう」ことの大切さ。

この大切さって「自分の存在」を他者に示すことで得られる自己肯定感、自分の言いたいことを聞くだけでもしてくれたというこれまた自分は存在して良いんだっていう、なんて言いましたっけこの感情、思いつかないのでそんな自信を得ます。



他人が同じようなことをした時。

ここに壁があるんですが、ただ自分の主張だけして他人の主張は蹴り落とすやつなのか、お互いの言いたい放題な主張をぶつけ合うことで議論を活性化させることができるちゃんと知識をもっているか。


他人の主張を蹴り落とす奴と出会ったらそのことを指摘して良いんですよ。

「おい、他人の主張を蹴り落とすことはお前の主張も同じように蹴り落として良いよという許可をだしていることになるぞ」って。

お互いわがままを言い合って、そこから妥協点を見つける。
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2020/9/11

真似ようとすると考えすぎてぎこちなくなるので感覚を頼った方がいい話、感覚のレベルを上げる話  1日まとめ記事



学ぶことの大変さ。

真似ようとすると「ぎこちなさ」が目立ってしまう。

普段歩いている時は何も考えずに「歩く」だけしか言葉として表面化されない。

だけど分解すると「右足を前にだす」となりさらに分解すると「右足に重心を置きもう片方の足で・・」とどんどんややこしなる。

一歩歩く動作なんて一瞬なんで分解し説明を詳しくするほど邪魔になる、歩けなくなる。




絵を練習していて模写をする時、あんまり見ずに自分の感覚で書いた方が似ることに気づきました。

よく見ながら細かな曲線を再現しようとして描くとなんかずれてします。

だから感覚を頼った方が上手くできるよ、という話なんですがその「感覚」を研ぎ澄ますためには「分解」も必要だなよ、と。




分解とは例えば歩く場合は「まず重心を片方の足にかける」ところから。

つまり本来習得したい技を一動作ずつ分解し、それを一つずつ習得していく方法。

習得することでそれが「感覚」となり何も考えなくても体が勝手に反応するようになる。




分解にも技術が必要。

「分解された動作を全て合わせると本当に目的の動作になるのか?」

「無理に分解しすぎて目的の動作までのゴールを長くし、ややこしくしていないか?」

「分解の精度が甘くもっと分解しないと中途半端な習得になってしまう」

この分解についても、習得を目指す当人の「納得感」が大事なんですよね。



納得感とは「成長している感じ」「できなかったことができている感じ」です。

習得するためにこの二つは必要じゃないんですよね。

いちいち実感しなくてもいい、いつの間にかできている、子供の頃ができていたことを錯覚する弊害がありますが。

でも僕の場合は納得感がないと続かないんですよね。

上手くなっている実感がないと途中でへたります。



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2020/9/6

責任転嫁=人間の強み、という仮説に気づいた  1日まとめ記事



同じようなこと書いた記憶ありますが、よりはっきりとわかりました。

道具の発展=責任転嫁の賜物。


責任転嫁をすることで人間は寿命を伸ばすことができましたし、文明発展もできました。

もし責任転嫁ができなかったら「暑く感じる自分が悪い」で未だ冷房はなかっただろうし、自決が正義で人口も1/10以下だったかもしれない。

ここまで技術発展したのは「いい責任転嫁」が「悪い責任転嫁」よりも隆盛したから、勝ったからです。

いい責任転嫁は「暑いの自分は悪くない!環境が悪い!よし、涼しくする機械を作ろう!」。

悪い責任転嫁は「暑いのはあいつの魔法のせいだ!殺せ」。

つまり生存率を上げる方法を選んだ、人の力を過剰に見積もらなかったから。

科学というのは良い責任転嫁の発展です。

人にはコントロールできない力を具現化した。



責任転嫁=悪じゃないです。

自分には責任がある、よりも他に方法があるはずだの方が選択肢が増える。



まだ断定ができないのでインパクト重視の言葉ですが、自己責任も責任転嫁も意味合い、内実は同じです。

最近思うことなんですが、自己責任は「ただそう思っているだけ」であって、責任転嫁もそうなのかなと。

この二つの違いはなく、ただ個人によって「楽な方」を選べばいいんじゃないかと。

カレーの甘口と辛口みたいな。カロリーをカレーで摂取するというのは同じ。

ただ個人の好みで変えていいよ、という。


ただ「責任」において意味合いが違うのは「個人的裁量権多くを占めている」と「具現化された契約」かなと。

個人的裁量権が多くを占めている場合は「自己責任・責任転嫁」は同じ。

具現化された契約の場合は各々の責任をはっきりさせる、というかはっきりさせないと戦争です。


個人的裁量権が多くを占める場合の自責は意味ないよね、ということですね。

契約の場合ははっきりと、誰が見ても白黒はっきりつく責任表示を。

責任て納得する、納得させるための道具です。


自己完結型は自分だけを納得させれば良い、他者と関わる時はお互い納得させなければならない。
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2020/9/5

高いレベルを学ぼうとすると「やらされているだけ感」が増す  1日まとめ記事



絵の模写練習、描きたいのは軒並みレベルが高いものばかり。

で、その人が描いたら10時間で終わる絵を1週間かかったりします。


なんか「絵が上手くなるはずだ」と盲信している状態になってるんじゃないか、と疑い始めた。



初め模写した時はめちゃくちゃ成長した感が掴めたのに。




思い返すと、自分が理解できるレベル以上のことをやっても「やらされている感」しかないよな、と。

大学受験の勉強だって、いきなり東大模試をやっても「東大模試をやった!」という満足感を「めっちゃ勉強した!」と勘違いしていた。

2回目、3回目になると「これ、効果薄くない?」となりもっとレベルを落とした参考書をして「なるほどなるほど!」とより学びを感じ




理論値を求めればが最高の結果に繋がる、を信じすぎている、また間違った認識をしている。

「やらされている感」に敏感に反応し、センサーに引っ掛かったら違う練習方を試す。


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2020/9/5

高いレベルを学ぼうとすると「やらされているだけ感」が増す  1日まとめ記事



絵の模写練習、描きたいのは軒並みレベルが高いものばかり。

で、その人が描いたら10時間で終わる絵を1週間かかったりします。


なんか「絵が上手くなるはずだ」と盲信している状態になってるんじゃないか、と疑い始めた。



初め模写した時はめちゃくちゃ成長した感が掴めたのに。




思い返すと、自分が理解できるレベル以上のことをやっても「やらされている感」しかないよな、と。

大学受験の勉強だって、いきなり東大模試をやっても「東大模試をやった!」という満足感を「めっちゃ勉強した!」と勘違いしていた。

2回目、3回目になると「これ、効果薄くない?」となりもっとレベルを落とした参考書をして「なるほどなるほど!」とより学びを感じ




理論値を求めればが最高の結果に繋がる、を信じすぎている、また間違った認識をしている。

「やらされている感」に敏感に反応し、センサーに引っ掛かったら違う練習方を試す。


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2020/9/3

キングダム作者の不倫を見て思ったこと、年齢を重ねることに連れ変わる考え方  1日まとめ記事




どうでもいい、と思えました。

不倫に寛容、というわけではなく。

もし自分が不倫されたら「かぁ・・・・かか…!」と言葉にならない奇声を発し絶望します。

じゃあ不倫された奥さんの気持ちを考えろよ!ってことなんですが。



以前まで、去年までなら「なんだこの作者…漫画読むのやめます!」となっていたかも。

でも他人のプライベートのどうでもよさが年々増し、不倫しようが自分に関係なければ何も感じなくなった。

対面で知り合いに「私不倫してさ…辛くて」と暴露されても以前なら「平静を保て」と自分に言い聞かせていたところ、そんなことせずも「ふーん」で済ませられる。




なんなんですかね。別にきっかけはないんですよね。

科学とか仕事の仕組みとかは「知りたい知りたい!!」だけど個人のプライベートは「いやいいっすわ」と。

不倫しようがこじるりってかわいいよな、ていう感覚は一切なくならず。

キングダムっておもしろいよな、という感覚も。



個人個人の考えを知る術なんて僕にはなく、それぞれ命を削りながら生きているんだからもういいんじゃない?みたいな。

どんな人生を送っていても、目の前の人が幸せそうならそれでいいよ、という感じですかね。

落ち込んでたらちょっと心配になるけど、僕ができることなんて話を聞くことくらいしかできないし、お金ないし。
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2020/9/3

他人の的確なアドバイスのマイナス点がわかってきた気がする  1日まとめ記事



絵を描いていて。

というか、絵の練習はこれまでの人生経験を振り返らせてくれる。


的確なアドバイスのマイナス点。



絵の場合だと、的確なアドバイスがあると「自分が描きたいもの」よりも優先してしまう。

「自分が描きたいものを描かない」気持ち悪さより「的確なアドバイスを無視する」ことの方が気持ち悪さが強い。



人生振り返ると同じようなことって結構な数体験してるんですよね。

勉強だったり、まぁ何かのアドバイス全般ですね。

絵を描いていると何より自分がやりたいことを優先することで得られる成長が一番実感できる。

「やりたいこと」を見つけるだけで一つの成長、それを実行することで更なる成長。



的確なアドバイスは時に自分のやりたいことを阻害する。

だから「的確なアドバイス」を後回し、無視できるだけの根拠を身に着ける必要性。




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