2020/9/6

責任転嫁=人間の強み、という仮説に気づいた  1日まとめ記事



同じようなこと書いた記憶ありますが、よりはっきりとわかりました。

道具の発展=責任転嫁の賜物。


責任転嫁をすることで人間は寿命を伸ばすことができましたし、文明発展もできました。

もし責任転嫁ができなかったら「暑く感じる自分が悪い」で未だ冷房はなかっただろうし、自決が正義で人口も1/10以下だったかもしれない。

ここまで技術発展したのは「いい責任転嫁」が「悪い責任転嫁」よりも隆盛したから、勝ったからです。

いい責任転嫁は「暑いの自分は悪くない!環境が悪い!よし、涼しくする機械を作ろう!」。

悪い責任転嫁は「暑いのはあいつの魔法のせいだ!殺せ」。

つまり生存率を上げる方法を選んだ、人の力を過剰に見積もらなかったから。

科学というのは良い責任転嫁の発展です。

人にはコントロールできない力を具現化した。



責任転嫁=悪じゃないです。

自分には責任がある、よりも他に方法があるはずだの方が選択肢が増える。



まだ断定ができないのでインパクト重視の言葉ですが、自己責任も責任転嫁も意味合い、内実は同じです。

最近思うことなんですが、自己責任は「ただそう思っているだけ」であって、責任転嫁もそうなのかなと。

この二つの違いはなく、ただ個人によって「楽な方」を選べばいいんじゃないかと。

カレーの甘口と辛口みたいな。カロリーをカレーで摂取するというのは同じ。

ただ個人の好みで変えていいよ、という。


ただ「責任」において意味合いが違うのは「個人的裁量権多くを占めている」と「具現化された契約」かなと。

個人的裁量権が多くを占めている場合は「自己責任・責任転嫁」は同じ。

具現化された契約の場合は各々の責任をはっきりさせる、というかはっきりさせないと戦争です。


個人的裁量権が多くを占める場合の自責は意味ないよね、ということですね。

契約の場合ははっきりと、誰が見ても白黒はっきりつく責任表示を。

責任て納得する、納得させるための道具です。


自己完結型は自分だけを納得させれば良い、他者と関わる時はお互い納得させなければならない。
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