2020/10/9

自発的な行動理由を作るための方法を無理矢理考えた  1日まとめ記事

「世間から見ていつでもできる枠」を蔑ろにしてしまっている、ということから。

「ゲーム」や「プラモ」を「予定」に入れると評価が下がる、という恐れ。

要するに自分じゃなくて他人視点を起点に考えてしまう。




最近思うのは「他人を尊重するため」に「他人視点を持つ」のはいいがそれは「自分視点」の下におかなければならない。

「人のため」っていう教育しすぎなんですよ。

己を蔑ろにしてまでする必要がないのに、学校だけではなく社会でも「自分が!」を主張すると叩いてもいい風潮。


他人のため、にはまず自分の利益との合致がないとダメなんですよ。

それがずるいとなるのが辛い。

僕は元々グループワーク好きなんですよ、多分。

でも学校の催し、強制的なグループワークでかなり嫌いになりました。

運動好きだけど体育が原因で嫌いになった、みたいな。

経験不要な「えぐみ」を知ってしまったので常に警戒してしまうんですよね。




で、自発的な行動理由。

例えば何かを作る時は「他人から褒められる作品」じゃなくて「他人から貶された方が嬉しい」という目標にする。

これは他人からの寄与をできる限り薄め、自発的理由を拡張する思想。

「妨げ」になっている原因を探し出し極端に逆にする。


僕の場合に限るんですが。

脳内に響くこれまで言われてきた「他人から自分への要求」が妨げとなり行動を鈍化させる。

人は常に外部に要求を発信し続けている。

対面から歩いてくる人には「ぶつかるな」という要求している、みたいな。


なので「要求に従わない」と「攻撃されている」という錯覚に陥る。

だけどそれを恐れず「相手の要求に飲まず」「自分勝手にする」ことを優先させる。

結果一方では確かに「攻撃されている」と不快に感じる人がいるが「高評価」する人も表れる。



僕みたいな自意識過剰だと反発も過剰なくらいがちょうどいい。

今まで自分を蔑ろにしてきたつけ。過剰な反発をしなければ自発的行動ができない。
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