2020/10/23

東大卒がいるのに選ばないと面接官として後悔するな、という話  1日まとめ記事



自分が面接官の際、もし採用の際に東大卒がいたら選ばないと結局は後悔するな、という勝手な気づき。

東大卒以外の人間を採用した場合、優秀だったら「ああもしかしたら東大卒の方がもっと優秀だったのかな」って思いますし、平凡未満だったら「ああやっぱ東大卒だったな」と思いますし。

そりゃあ高学歴が有利になるのは当たり前ですし、人間の心理としてそうならざるおえないな、と。

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2020/10/23

幼少時に自分より知能が高い人達とばかり連んだ後遺症  1日まとめ記事




後遺症。

最近気づいたこと、シリーズ。

幼少時同い年よりも年上の人達と連んでました。幼少時って1歳違うだけでも知能に大きな差がつくんですよね。

幼いながらも「知能が高いか低いか」を判断し年上(1〜5歳上)と自分から連んでました。

同い年と比べると周りに年上が多かった、というのもありますが。



平仮名よりも漢字を先に覚えたり、本来学ぶべきとされている感覚を飛ばしてその年上の人たちが学ぶことを一緒に学んでました。





その弊害、後遺症があるな、と最近。

というのは

1、目的を細分化できない

2、細分化できないので「一休み」ができない

3、それが原因で疲労度が高い

4、「すごく疲れる」ことが事前にわかっているので「すぐ行動」ができない、躊躇ってしまう



「レベル1」から一気に「レベル10」を目指してしまう、ということですね。

問題なのは自分の中では「レベル1」「レベル2」という段階だと思い込んでいること。

そして大事なのは、他人から見みて順序通りにやっているように見える、といこと。

ここ本当に大事なのでもっと詳しく書きます。




自分しかわからないんですよ、適正なレベルの順序が。

他人はあくまでも「見た目」と「自分のレベルとの比較」でしか見ることができない。

脳は「共有」でない完全独立しているので仕方ないんですよ。

なので自分がレベル1と思っていても他人からは「レベル10」に見えたりするんですよ。

逆もしかり。レベル10なのに他人からはレベル1に見えたり。




「レベル10」を「レベル2」と勘違いしているので「予想していた消費エネルギー」よりも膨大にズレるんですよね。

で、それが常習化すると「レベル1上げるだけでも大量のエネルギーが必要」と脳が学習する。

それで行動を起こすこと自体躊躇し、他のこと、ネットサーフィンとか寝転んだりとか、本来なら同じだけでのエネルギー消費量なのに余計な時間とエネルギーを消費してしまう。



細分化。多分、多く人は意識することはないんですよ。

本当につくづく思うんですが、人間は0歳児からの延長線なんですよ。

赤ん坊の時、幼少時と今の自分は「別人」だと思い込む、そうだという認識が常識となっていますが。

でも延長戦なんですよ、なので思考の癖とかの発端は0歳の頃から今までのどこかにあるんですよ。




レベル1から一気にレベル10に挑戦しても、その間のレベルを疎かにして知識の空洞化が起こってしまう。

細分化、背伸びせずに淡々と。プログラミングみたいにコツコツとシンプルなコードを積み立て続ける。



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2020/10/23

「自分すごい!」という自賛は守りに入り成長を遠退かせる  1日まとめ記事



今まで自分は極度に自信がなかったんだな、という再確認ができたとも言えます。


僕は近年何か目的を達成したり想定どおり物事が運べると「自分ってすごい!」て褒めてました。

それまでは押し殺していた感情だったんですが、勘違いでもいいのでちゃんと受け取るよう努力しました。

確かに効果がありまた自分を褒めたいために更なる行動に移すエネルギーになりました。

有名イラストレーターも「絵が上達する秘訣は『自分って才能ある!』という勘違い」とツイートしていました。




でも最近は「落とし穴があるな」という見方。


1)満足してしまう。

僕の中で満足は結構危ない感覚だと思っています。

向上心がそこで止まったり、数値でみたその日の成果が少ないのに反省しないとか。

他人に「どうぞどうぞ」と気分がいいので余計に譲ってしまうこともあるし。

お酒が好きすぎて依存症になってしまう人はお酒を飲む=満足するから、なのかなとも。

必ずしも満足=QOLアップとは限らない。

極度に自信がない人には必要だと思います。

だけどある程度自信がある人だと「あれ、思ってたポジションよりだいぶ下だ!」「ま、でも満足したしえっか」となりかねない。



2)守りに入り後に修正できなくなる。

後に「あれ、なんか変?」と気づいても修正するハードルがかなり高くなるんですよね。

褒めた過去の自分を「やっぱ勘違いだったな!」と裏切ることになりますし。



そして個人的な癖として最大限警戒しなければならないのは「褒める時間」です。

「満足する時間」と言い換えてもいいですが「よくがんばったな」「あの時のあれがよかったんだな」と悦に浸る時間。

これは食事は散歩、要するに他のことをしていても浸っている。

「極度に自信がなかった」証明とでも言えますが、自分を賛美することに慣れていないとできるだけ長く悦に浸りたくなる。

気持ち良さの刺激に慣れていないので中毒症状的なトロけ方をするんですよね。


学年で一番可愛いな、と思っていた女子が向こうから積極的にコミュニケーションを取ってきて「好きでたまらないの」と言われたどう思いますか。


極度に自信がない人生を歩んできた人が「自分が自分を褒めていいんだ、むしろ褒めた方が成長につながり行動意欲も湧いて良いことしかないんだ」という判定をした時、同じような気持ちになるんですよ。


そんな女子を後から「あれ、なんか変」と思ったくらいで別れることなんてできないです。

もっと素敵だと思う女子を見つけたとしても「付き合った過程」が素晴らしすぎるので不可能になるんですよ。

しかも結構な時間を使っているので。





極度に自信がなかった人、というか「極度に自信がない状態」に陥ってしまった人は「自分を褒める」この過程は絶対に通らないといけないものだと思っています。

まず「自信を得る方法」「自信自体」がわからない状態なので、何がなんでも実感する必要があるからです。

ある程度続けると感覚が衰えてくる、好きなクラスメイトがあちらから告白!?も20回経験すれば「またかよ」ってなりますよね。

というかむしろ「モテる側」だと自分を認識する。

「モテ側」になったら、自信がある程度形成された次の段階に進むために「自分を褒める」ことで満足してはいけないんですよ。


押し殺す。「自分ってすげえ!」と思っても次の瞬間「はい次の行動に移りまーす」と冷たく遇らう。



いちいち「自分はすげえ!」と思ってなくても良いくらい自分には自信があるんだ、という自覚が必要なのかな、と。




自戒です。

時短のために一々トロけるなってこと。

クオリティアップのためには完成→修正は個人的には絶対欠かせない。

なのにとろけると修正を怠る、というかできなくなるんですよ。時間が足りないとかで。

それを回避するためです。より成長するために。

自分を褒めても良いけど一瞬。満足してはダメだしすぐ忘れるくらいで。

それだけ日常茶飯事なことにすればいい。



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