2020/11/10

「出題側」の責任は重い、「諦めが肝心」を理解できた話  1日まとめ記事

出題側の責任。

わかっていたけど、最近やっと強く認識できるようになったシリーズ。

出題側よりも反対側、問題を解く側に長期間いて、未だにそちら側にいる。


だから「解く側」にいると同時に「出題側」にもいる、ということを認識できないままでいた。

この認識を持つことで何が良いのか。

視野が広くなり自責が薄れた、というのが今のところ一番良い効能。



「質を上げようと」と解く側でいくらもがいても質が上がらず。

「自分が悪いんだ」「力不足が悪いんだ」と目の前の課題を投げ出したくなる。

この時に出題側に回ると「そもそも問題に限界がある」という見方を持てる。



なので「仕方ないな」と諦める動機が生まれるんですよね。

これが非常に大事で、「自責」だと「まだ質が上がるはずだ!」と時間をかけて情報を探したり試行錯誤をする。

結果的には「成長した」ということになるんですが、かけた時間を考慮すると「仕方ないな」で諦め取り掛かった次の作業で得た成長の方が多い気がするんですよね。

「成長が多い気」という曖昧すぎる表現。

だけど、感覚的にはあるんですよね。

得られる情報量だったり、見方だったり、さらに作業時間も減るので単純に生活に余裕がでる。


「諦めは大事」というのは10年前ほどからベストセラー本でよく言われるようになりましたよね。

理屈はわかるけど「でも、成長のきっかけを潰してない?」という疑問が払拭できず。


今回は「出題側」という視点をはっきりと認識したことで「そもそも問題に限界があるから」というツッコミができるようになり、「成長したいなら諦めてさっさと次行け」と言い聞かせることができるようになった。

出題側にも責任がある、というか「解く側」よりも重い。それだけコントロールできるから。



あと「お腹が一杯の時の皿の片付け」に対して自分を褒めれるようになりますね。

「皿を片付けろ」という出題が今までだったんですが「満腹で全く動けない辛い状況から皿の片付けをしろ」というようになる。

なので「こんなことにも苦しむなんて・・・」じゃなくて「こんな状態で動けるだけでも自分ってすごくない!?」てなるから。
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ