2021/1/10

「助言を無視し直感を信じる」は大きくなるまではやったほうがいい?  1日まとめ記事


助言を無視し直感を信じた結果失敗する。

だから他人の話はよく聞こう。


こういう教訓、誰しも一度は耳に入れたことがあると思います。

僕も漏れなくそうで、かなり参考にして生きてきました。




今回気づいたのは「でもそれってある程度偉くなったり力を持った人からの教訓じゃね?」と。

つまりはある程度力を持つまでは直感を信じた方がいいんだな、と。




失敗と成功の比率は同じくらいなんですよ。

ただ失敗と成功の差が開く、一度の失敗で挽回できる成功との釣り合いが悪くなる。

なのである程度までは直感を信じた失敗によるマイナスよりも、成功した時のプラスの方が大きいので挽回が比較的容易。

それに重要なのは「直感を信じた行動による学習」です。

失敗したとしても「なぜ失敗したか」を否が応でも考えますし。




力を持つ、自分で会社作ったり大勢の部下を持ったりするまでは直感を信じる。

大勢の他人の人生を背負う時は助言を聞く。



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2021/1/10

小さい頃は「感情豊か」だと褒められるのに成長すると嫌悪される  1日まとめ記事


童謡コンクールで話題になった2歳のいぬのおまわりさん、を聞いて。

初めは「かわいい!」だけなんですよね。手振りとか。




でも中盤以降圧倒されます。

2歳でこんなに表現豊かなのか、と。

感情を露出させる場面をしっかり把握していてコントロールできている。




ああ、歌って教育にいいんだなと認めざるえない動画です。

自分の感情を認識し、それを自分が好きな時に表に出し「感情と表現の一致」ができるようになる。




これの何が良いか。

「自分の感情を知る」だけでも例えば「こうなったら不快になるからやめておこう」とか自分自身をコントロール、手綱を作れるんですね。

他人を説得する時にも役立てますね。感情と言動の一致は相手に「本音」だと思わせやすいので。

人間の基礎である感情を本能的に理解する、そのために音楽は有能なんだなって。

自分で歌いやすいように歌うだけじゃない。強弱をコントロールして他人に快を与える。




それともう一つ、負の側面で思ったこと。

幼い時は感情が表に出たほうが褒められやすいけど、ある年齢から感情は隠すものという文化になる。

小学生の中盤、3、4年生あたりからその圧力が教育でみられる。

高校生にもなると「感情が豊か」だと馬鹿にされる対象となり嫌われる対象ともなる。


成人を迎えてもそうだと「障害」を疑われたり「傲慢な人間」だと見られる。

実際すぐ怒ったり悲しんだり、あからさまに態度で本音がわかると「この人大丈夫かな?」てなります。




何が言いたいかというと、感情に関しての知識の蓄積、コントロール方法や自分自身を理解する勉強は8歳くらいまでに終えないと
周りからの当たりが強くなるということ。

人間とはそういう動物、じゃなくて社会がそう要求する。

それまでは感情を隠す、じゃなくてあらゆる感情をを露わにしてそれが本当に自分からでているのか、相手はどう反応するのかを観察。

感情が表にでないように幼い時から教育されると、成長後も「自分の感情」を理解できず急に爆発したり落ち込みが激しかったりしてしまう。



小さい頃は感情表現豊かは褒められれ、大きくなると隠すよう教育される。

これは「個人単位」から「集団単位」に移行するから、とも言えるのかなと。

集団単位になると個人の感情は集団を惑わせる原因となる。

集団が乱れないようにするためには「集団が望む感情」を個人個人が察知し染まらなければならない。



ただまだ希があって、20後半になると「感情の露出」の評価がまた逆転する、時もある。

感情が表に出ない=教育されてんな!という学校の反情緒教育に染まってしまった人間という見方をされる時がある。

要するに「自分の頭で考えず周りに流され押し付けられて生きてきた人間」という見方。

感情の表現は文化ごとに違いますしまして個人によっても違う。

だからここまで書いといてあれなんですが、他人にいくら指摘されようがそれは無意味なんですよね。



「今、その人が好きかどうか」なんですよ。

「今、2歳児の感情をコントロールした歌唱表現が好き」だから動画に高評価をつける。

もしも自分の子供が2歳の時に何の感情も示さなかったら「うわぁこの動画の子感情豊かでキモ!」て思うかもしれませんし。


ただ自分の説明書が自分自身が作り上げ理解するためには、自分の感情について学ぶ必要があると思いますが。

その意味で歌は「自分を知るため、コントロールするため」にはかなり有効性があると今回で確信できました。

あと他人からの感情に関しての指摘は無意味、だということ。「その人の好き嫌い」で決まるだけ。


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