2021/6/29

ドラゴンエイジの異世界転生者殺しが連載強制終了した件について思ったこと  1日まとめ記事


作者がかわいそうだな、と思いました。

「パクったんだから仕方ないだろ」「当たり前だ」みたいな反応ですが、僕個人としてはそうは思わず。

比較画像を見たんですが確かに連想できる、というか明らか参考にして書いていることはわかるんですが。


パクリ、パロディ、インスパイアの区別は「感覚」でしかなく、今回は「パクリ」と判断された。


こんなこと書くのも非難しかされなさそうですが、パクリに敏感すぎるというか、パクリ=嘘という判定の導き方に危惧。

名作と呼ばれたベルセルクだって明らかにデビルマンのパクリ描写がありますし、人気作のキャラに似ているというのは商売としての一つの手と言えるし。

漫画ってかなりの精神を削って生み出すもので、それをこんな形で終わらせる、編集側が守らなかったように見える。



人が作り上げた作品を「どこにも落ちている石」「自然発生する価値が低いなにか」とでも思っていますよね。

その気楽さが漫画を楽しめる隙となっているのは確かなんですが、編集部が同じ立場になるのはダメでしょう、というか酷いよなっと。


若い人、小中学性向けの作品の問題として消費者側の知識や感性がまだ社会という大きな集団でのシステムに対応できておらず、歴史の知識もないので「パクリ」という烙印に過剰反応してしまうんですよね。

パクリという意味合いが強いワードをそのまま飲み込んでしまい即座に悪だと判断する。

今回の「似ている作品群」は最近のアニメ作品ばかりで視聴理解可能年齢も低め、決して子供騙しというわけじゃなくて12歳前後が一番楽しめるような作品ばかり。



僕からすると「え?こんな程度の類似で?」と納得できないところもあり、「パクリ判定」に編集側が気を使いすぎですし読者側も問題を大きく捉えすぎだと思います。

ジョジョのキャラ名とかポージングはいいのかよ、あ、ジョジョはもう歴史があって名誉ある作品だから逆にパクってもらってありがたく思えよっていう立場ですか読者側からしたら、っていう不条理が浮かび上がるんですよね。


パクリ判定は「判定者の感覚」に依存してしまう結構危ういものなので、作者に一生「パクって降ろされて人」というレッテルを貼ってしまった編集部、ドラゴンエイジは危険な出版社として注意するようにします。
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2021/6/28

いじらないで、長瀞さん のアニメ感想  1日まとめ記事


面白かったです。

この手の作品は画面を殴りたくなるジャンルで忌避していたんですが、予想と反して面白く最後までみれました。


何が良かったのか。

まずは視聴環境。何か作業をしながら見ていたので真剣にみていなかった。

集中して見ていると細かいところに不満点が出るもの、時間を返せ的な無理くりな不満も出る可能性があるんですがそれがないのが大きい。

あと自分の考えの変化で「アニメが作られること自体すごい」というリスペクト精神が生まれたから。



じゃあどんな作品でもいいじゃん、ってことはなくて長瀞さんがかわいかったからもういいんです。

可愛いって具体的には?と問われてもうまく答えることはできず先輩に対して自分以外がいじると嫉妬したりとかその辺がいいよな、と。

もし自分が先輩の立場なら最悪ですし、だって支配的な人間は誰であれ嫌ですし、第三者視点として遭遇したら気持ち悪さを催すんですがアニメフィルターによってそんな深いこと考えずただ「微笑ましい」で完了できる。



真剣に視聴していない、というのは全く悪い意味じゃないんです。

作品を好きになれる、つまり興味関心を育めるなら真剣に見ない方がいいまである。

真剣に見て面白い作品はながら見だと理解できず話が追えなくなり面白くないと評価することだってありますし。



しかもながら見で面白い、というのは恐らくアニメ制作側も狙っているというか計算しているはず。



一見悪口というか馬鹿にしているような文句でも実は褒めるポイントだったり。

低コスト、低エネルギーで吸収できるのはそれだけで良作なんですよ。

ダイナゼノンはながら見できませんでしたし。




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2021/6/26

自分にとって「適当」は正義の味方!  1日まとめ記事

適当、という言葉に限らず「自分の感覚」と「社会的認識」の間に言語感覚の差はあると思います。


「適当」の場合、本来はちょうどよく当てはまる、というようなかなりいい意味を持つ。


だけど社会的認識としては「雑」「集中していない」「手抜き」というようなネガティブな意味として使われることがほとんど。

僕自身もそちら側で「適当」というワードが作業に当てはまると「集中しなきゃ」と気合を入れ直したり。




だけど今回気づいたのは、僕にとっては「雑さ」という意味合いを持つ「適当」は人生に生かすべき良い感覚なのではないか、ということ。

適当にしている時は「楽しく」「もっと深掘りしよう」という気持ちが湧いていることに気づきました。

さらには「雑」になるのは仕方ないというか、楽しい感覚になる部分に集中しているためその他が雑になるのは仕方ないよな、と。

一つの目標に邁進している瞬間、疲労度も抑えられるし何より楽しく作業ができる。


今までは「適当」という感覚を察知するとそれを是正しようとしてきた。

集中が足りないだのもっと詰められるだろと。

ただその時、作業の質を上げるための目的のはずが「ただ適当という感覚を追い出すため」という目標になってはいないのか。



他人からするとサボっているとかそんな感じなんですが、僕にとってはこの適当の感覚が黄金の感覚と言っても良いのかも。



何かうまく行った時、自分を褒めるためにも「適当にやったら成功した」だと味気ないので論理的思考を取り入れようとする。

それも結局は「うまくなるため」じゃなくて「適当という感覚を排除するため」が目的で導入しているだけ。




適当を敵視せず積極的に使っていく。

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2021/6/20

体感として「時間が何よりも大事」を習得するため  1日まとめ記事



邪魔する物

・時間をかけるほどクオリティが上がる。

・時間をかけないのは手抜き、甘えだ

・せっかくの成長を時間をかけないことで習得できなくなる



締め切りだったり、光熱費もそうですがなんでも「時間」で区切られているこの世界で、その時間を無碍にしてクオリティとか成長を重要視するのは直にライフクオリティに悪影響を及ぼす。

なのに、なのに。

未だ僕は時間をかけた方がいいと脳がそう信じていて平気で己の時間を大量消費する。

あきまん氏が言い放った「世界で一番のクオリティにするチャンスがあるのになんでわざわざそれを逃すのか?」という自答の末、あきまん氏も時間を掛けすぎ問題で困りながらクオリティを重視している。


だけど、やっぱりこれはあきまん氏だからギリギリ許されることであって名も無き僕の場合は時間に屈服、いや時間という目に見えず体感できないこの人類共通認識を重要視せざるをえない。


時間=最強のコミニュケーションツール、最強のライフツールとしてもっと重要視しないと。

「いいじゃないか明日休みだから!」とか「この後どうせなんもないだろ?」とか言われて誘われてもいかない。

というかそういう人は支配層からの命令範囲でしか時間の感覚を重視しない。

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2021/6/19

無職転生 11話までみた感想  1日まとめ記事



転生スライムの時も思ったんですけど、タイトルと内容に差を感じてそこんとこは馴染めませんでした。

「〇〇戦記」のほうがしっくりきて、本作をみて気づいたんですがタイトルの受け入れ具合で作品への熱中度に影響がでるんだな、と。


タイトルが長い転生シリーズ、無職と転生と結びつけたギャグ感があると「ハマっても大丈夫なのか」という不安が生じてしまう。

僕だけかもしれませんが、アニメを見るモチベとして他人とのコミュニケーションのネタにするためってのがあります。

そうなると力が入らないタイトルだと言葉に出すのが恥ずかしい感覚。

タイトルで見るアニメを決めることも多いなってことにも気づきました。

トライガンとか。カーボイビバップとか。語感がかっこいい。

無職転生は中身は思いの外ファンタジー冒険物としてしっかりしているのでタイトルとの共鳴のなさが減点対象に個人的になってしまう。

多分これはかなり個人的な感覚で「ガンダムってタイトルつけるなら面白いの作れや!」という怒りの経験からきているのかなと。

タイトルと中身の一致は個人的に評価点。

同じ「無職転生」というタイトルで中身がダイナゼノンでもそこんとこ低評価をつけていました。





内容の感想。

力の入れようがすごいな、と思いました。あと親切。

無職からの転生という転生あるあるなんですが「無職がこんなことできるわけねえ!」というイライラを生じさせないために「赤ん坊の頃からエロい」というダメさを残したり。

あと視聴側も「転生したらとりあえずすごい才能があるんでしょ」ともう前提に慣れてしまったのでつっこむ気力が湧かないですね。

力の入れようとは作画に対してで、戦闘においての作画は作業中の手を止めてみるほど目を見張るものがありました。

最近ならどのアニメも同じレベルとは思えず、作画に相当力入れてますよというメッセージが刻み込まれている。


面白さは毎週楽しみで仕方ないレベルではないものの、続編はおっかけてみようという気にはさせてくれました。


転生系で唯一すげえ面白いと感動したのはオーバーロードのみなんですが、無職転生はもしかしたらその域に到達してくれるかもという期待があります。




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2021/6/19

ひげを剃る。そして女子高生を拾う。の10話まで一気みして感想  1日まとめ記事



序盤で脳が破壊され何も考えないようにしながら見ていました。

タイトルがかなりインパクトありますが、内容は結構普通でした。

あーそーか、へーというような感じです。

女子高生の裸体とか体を売った相手とバイト先が同じとか、攻めてる箇所もありどれくらい攻めるのかが見続けるモチベーションでした。


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2021/6/17

(無題)  1日まとめ記事



自分ルールを徹底的に守る人って融通が効かなくてちょっとおかしな人、くらいに見えてました。

でもこのルールをちゃんと自分で作って、守らないと他人から良いように扱われるだけだな、と。



「フレキシブル性」といいように聞こえますが、相手の自分ルールを押し付けられても抗えないだけ。


集団が得意な人は個が強い人、と以前このブログで書きましたが一見集団では邪魔に思える自分ルールは必要条件。

自分ルールがないと集団に埋れていいように使われて終わり。

自分ルールがあると集団の中でも自我を保ちつつ飲み込まれることもないので安定できるんですよね。



僕は自分ルールを他人に侵されると不快感を示すものの「応じないとおかしな奴と思われる」恐怖から従ってしまう。

また従うことで集団に染まるプラス効果があると思いきやただ相手からするとカモなだけ。


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2021/6/17

「やらされてる感」恐怖症  1日まとめ記事



やらされてる感恐怖症。

高校生まで「ゲームいっぱい買ってくれれる褒美があるなら勉強頑張るのに」と考えていました。


勉強=自分のためなのに、そうやって「他人からの褒美」がないと頑張れない、自分でやるじゃなくて「やらされている」じゃないとやる気がでなかった。


この感覚は今でもあって、弊害として「自分のため」のことはやる気がでず「他人からの褒美付きの命令」だと頑張ろうとする。



奴隷根性、と言ってもいいと思うんですよね。

大学の時にこの恐怖感「自分のためのことに力が入らない」ことと「一生他人に命令されることでしか意欲がわかないのではないか」ということから強い抵抗が生まれた。



勉強を自主的にやらない生徒たちに宿題とか課題で一方的に「やらせる」教育は純粋な「加害」だと思います。

その潮流に気づかず流されてしまうと僕みたいな自分のことには力が出ない自分を大切にできない人間になる。


加害だと生徒、児童達も気づいているため「やらない」という抵抗を図りますがそうすると知識がつかず「ハンガーストライキ」みたいな相手の同情心に火がつかないと意味がなくただの「勉強やらない人」になる。

なのでこの場合は「やらされる」から逃れるために「それを上回る勉強」をしたらよかったなという後悔。




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2021/6/14

ssss.DYNAZENON 11話まで一気見しての感想  その他アニメ




面白かったです。

見ていて気持ちよかった。

アニメの「気持ちよさ」とは物語のテンポの良さだったりカメラのキャラ視点が変わるテンポだったり、印象残すためにあえて変なところで区切ったり。

あと観念的で冗長な説明がなく「目の前に起こった出来事こそ真実」を優先させているのでいくらおかしな説明されても「まぁありえるよね」とキャラクター達が簡単に受け入れられることの鑑賞側も納得できる。

制作側が視聴者を楽しまさせたいと努力していると勝手に想像し信頼できる作品。
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2021/6/12

自分を信用するために「感情」よりも「言葉」を重視する試み  1日まとめ記事




僕が自分を信用できないのは言葉よりも感情を重視しているからというあえて変わった視点を持ってみる。

感情重視派なんですが、それが故の対義。


感情はブレが大きくすぐ言葉を裏切る。

感情のコントロールは難しくなので暴れ馬を制御するため言葉を使う。


その言葉が効果が見込めない、すぐ感情を優先してしまうつまり暴れさせ続けることで自分自身を制御できない無力さを感じる。

そのため自分自身を信用しなくなり自信を喪失していく。



なので何がなんでも感情を押さえつけ言葉で制御し己の自信を生成する。

かといって、感情を押さえ込むと精神疲弊は避けられず不調を来すのは目に見えている。


そのことから「言葉による制御」「感情の暴走に任せる」の塩梅を自身で見つけなればならない。

感情に傾くと計画が立てられなくなるし、言葉に傾くと気分が下降する。



抽象的な理想ですが、言葉で感情を押さえ込む代わりに、感情にプラスな要素となるご褒美を与えるシステム構築。

成功した嬉しさだったり、成し遂げた達成感、コントロールできたこと自体の自信。

褒美がなければただ押さえ込んだだけになるし、感情が無理矢理にでもないはずの褒美を探し出す。

その褒美が「自分をいじめるため」「周りに迷惑をかけるため」みたいな間違った取得をしてしまい自傷癖になってしまうのかなと。



言葉重視の生活に疑問を持ち自分の感情を大切にする考えに変化したけど、次は感情の質を上げるために言葉重視に戻してみる。

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