2021/7/18

ツイッター見てたら病気になる、という感覚がわかってきた  1日まとめ記事



健康に悪い、とか。

耳に入ってもスルー、何も思わなかったんですけどこの感覚やっとわかりました。

自分の愚痴の代わりに、他人の愚痴ツイートをリツイート。

その後に「その通りだ」「ほんまくそ」と「自分以外にも同意見がいるので、自分の意見はおかしくない」という意図。



他人の愚痴をリツイートして「情弱ワロタ」みたいな「こいつ馬鹿だよwww」と晒したり。


あと反対意見の人の言葉を勝手に深読みして差別発言だ!とかとか。



オリンピックの一連でその量が半端なく増えやっと自覚できました。

何も変わらない、ただ争っているだけに見えてしまう。

本来の憎しみの対象に働きかけても何も変化しないので、それに同調する奴らを潰そう、みたいな。



心が病む。なのでツイッターで攻撃的発言とか、ちょっとでも勘に触ったらとりあえずミュートにています。

「もうこれだめだ」と思ったらフォロー解除。

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2021/7/18

好きな言葉だけど、嫌いな人が使ったので好きになったらいけない、みたいな言葉  1日まとめ記事




精神論で突き進め!に拒否反応があるのは、インパール作戦を知ったことと精神論を盾にして突っ走った結果精神が病んだからです。

ただその結果なんだか「ここぞという時の頑張り」ができなくなった。

逆シャアのブライト「できるかどうかじゃない、やるんだよ」というセリフ。

この気持ちになれないんですよね。この突破力がない。




このセリフは悪い意味で汎用性があり例えば今行われようとしているオリンピックなんてまさにそう。

便利な言葉、意志を動かす力を持つ言葉は料理でいう「アゴ出汁」「マヨネーズ」みたいに「なんでも合うし、しかもよりおいしくなる(強くなる)」効能がある。

毒にマヨネーズぶっかけて「うめえええ」って食わすことができるってことです。




自分に必要な言葉なのに、毒にぶっかけられるところを見てしまうことで「毒と同じ部類」という認識をしてしまう。

マヨネーズ=毒。


今回の題の場合は毒=精神論、無謀さなんだけど、その類によく注がれる便利ワードだからって同じ毒に属していると見誤ってはいけないのかなって。

言葉の精製、濾過を自分自身でしないといけない。



例えば「やるしかない」と心に決めたことでも誰からか「それ、インパール作戦と一緒ですよ?」と指摘されても類似性はただ同類の言葉を使ったということだけであり、立場も時代も違う。

弁論術として、相手が使用した言葉に「歴史上の罪人」を引き出し「あなたはあの罪人と同じ言葉を使っていますよ?」と、同じ言葉を使っただけで同じレベルの罪人であり、過去に同様な罪を重ねてきたからその発言ができるんだ、そして未来同じような悪事を働くかもしれない、という意味合いが含まれた否定をする。


僕はまんまと素直に受けとっていましたが、ただ同じ言葉を使っていただけ以上の深読みはわざわざしなくていいのかな、と。


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