2018/2/27

ブラック校則から考える「ルールを守る大切さ」とは  ふと思いついた事。

部外者からみて「おかしい!」と瞬時に感じるのがブラック校則。

そこで主張されているのが「ルールに適応すること=成長ではない」ということ。


「おかしいのはお前の方だ」と校則と先生の立場からマウントするんですよね。

このブラック校則を阻止する運動について個人的に応援したくなるのは、「学校自体にアプローチをしている」ということ。


生徒からすると、それを行使する先生に敵視を向けがちで、第三者視点からも生徒に強要する点で。

しかしこの運動では「先生も忙しいから」等の理由で責める主な対象とはせず、学校という環境を対象にしたアプローチを行っている。


つまり個人ではなく環境を変えることで人間も変える。


僕が注目しているのは、この運動によりどれくらいのスピードで改善されるのか、ということ。

先生という個人にアプローチするよりも、持続性、個人の負担の減少、広がるスピードの速さに利点。


第三者から見るとおかしな校則というのは、先生という大人達も「校則だから」で縛られていることもある。

校則に従順ということは校則のあり方を変えるだけで効果がある。

真面目な人がおかしくなるのは身を置いている環境がおかしいと見なすべき、という確証が得られる。








記憶を辿るに「おかしい!」と憤る校則は経験しませんでした。

学校行事は大嫌いでしたが。合唱とか運動会とか、恥のつるし上げじゃん、と。

現時点から見ると、参加性にするか、強制ならばとことん自己中心的に突き進むべきだと思いました。

後者は恐らくイジメに合っていたでしょう。「調子に乗っている」と。

行事に活発な女子達には好印象を得られていたでしょうが、そんなことよりイジメが怖い。

なんというか、「未来からの視点」がたり無かったんですよね。

未来からすると、現時点も些細なことにすぎない。

それなら、思いっきりストレス発散のような好き勝手にやったらいい、と。



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