2018/3/5

2回目以降視聴した映画からみる数学の初見正解以外は能無しについて  ふと思いついた事。

僕が持っている勉強関連のトラウマの一つに「数学は初見で解けないと能無し」というものがあります。

分からなかったらすぐ答えをみて理解するよりも、何時間、何日も1問に要してそれでも分からなかったら答えろみろ、というもの。

すぐ答えが見るのは「甘え」であり、本当に真剣に考えたのか?を問われる。

数日かかって、自力で答えを導き出すことで「数学の才能がある」と証明できる。


これは通っていた塾講師の考えが基で、僕がそれを吸収しました。

何がトラウマかというと、時間をかけても答えに辿り着かないことが多くいつも打ち拉がれていたということ。





映画ナイスガイズをみていて。

僕は初見最後までどうなるのか、主人公が死ぬのかさえ予測できませんでした。

2回目は全容がわかっている分ゆったりと鑑賞ができ細部に注目、新たな発見をみつけました。


どうやら、数学含め勉強を特別扱いしていたような気がしてきたんです。

映画と数学、どっちも「わからない」という点では共通です。


僕が数学でやっていたことは、物語が伏線回収されていない序盤だけをみて、そこからラストを予想するということ。

「そんなの運じゃん」「数打ちゃ当たる」というツッコミ。

数学も数打ちゃ当たる、という点では同じなんですよね。

弾の数は桁違いですが。

映画と数学を比べて、映画の方が難しいのは「予想だにしないめちゃくちゃなラストの可能性」があること。

アベンジャーズのラストがガンダムで落下する惑星を宇宙へ押し戻そうという場面だった場合絶対当てられません。

数学は確立されたルールが敷かれているのでそこから逸脱することができない。

<ここまでのまとめ>

・映画・・・法則が確立されていない点で序盤だけの情報でラストを予想することが難しい。

・数学・・・数字や記号を合わせると答えになる可能性のパターンが多い点で予想することが難しい。


どちらもと予想が難しい。

気づいたことは、数学について「今ある知識のみで答えられる」というのが落とし穴なのかな、と。

たまにある「習っていないのに小学生が大学生の数学の問題を解けた」という話。

これに僕は固執している。小学生の知識だけで解ける筈だ!と。


映画で考えてみると、全く映画を見たこと無い状態と、映画をたくさん見てきた今との比較。

予想の的中率はわかりませんが、パターン生成は絶対に「今」の方が有利です。

数学についても、解答パターンを蓄積した後の方が有利。



映画も数学も「今即座に出せる知識から導き出せるか」で予測or解答ができるか否かが決まる。

つまり、数学の「わからない問題」というのは「知識がない状態」であり、映画で言うとパターンを知らない、ホラー映画を一回も見たこと無い人間に「序盤だけでラストを導き出せ」と言っている。

映画の様々なジャンルを鑑賞することで、別ジャンルでも見たことがあるジャンルから類似点を見つけ出しラスト予想が立てられる。

数学も、色々な問題を解くことで新たに出会す問題について、今まで解いてきた問題との類似点をさがし、そこから答えを導き出す。



映画にとらわれずに、なんというか、他の事柄でもあてはまるような。


全く知らない絵をみていくと、その内昔から知っているような、瞬時に好きになる絵を発見する。

それは今までの経験上、好印象を残した事柄と類似点があるためか、脳に刺激を与えるためか。


数学の問題で「わからいから、1と1を足せば9になる新記号を提案しよう」はできない。

定まったルールにこちらから順応しなければならない。

絵に対しても、こちらが順応することができたので「好印象を抱いた」といえる。





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