2018/10/28

モンハンから考える長時間プレイゲームについて  ふと思いついた事。

◾一つのゲームに60時間、しかも1ヶ月以内にしたなんてメタルギア5以来です。

メタルギア5は期待ブーストがかかっていましたがモンハンはそんなことなく。


発売してしばらく経っているのにもかかわらず。

ちなみにメタルギア5オンラインはMGO3は300時間しました。とあるステージのトンネル内の陣地攻防が面白すぎました。


長時間プレイを誘導させるゲームは即座に「ゲームとして優秀」と言えます。

触れる時間が長いほど愛着がわき記憶に残る度合いが高まる。

ゲーム以外でも例えば「この選択はモンハンをやった経験から・・」みたいな人生のあらゆる場面に反映するようにもなる。

僕はこういう自ら支配されるような設計思想を「優しい支配」と言語化しています。

優しい支配の遂行レベルが高いモンハンは優秀です。


◾一方で経験者にとって高いハードルともなり得る

僕のことですが。長時間プレイしなければ楽しめない=高いハードルです。

「また同じように楽しめる」という期待が生じ喜んで次作を受け入れる方も当然います。

僕も以前そうでしたが長時間プレイによる弊害の経験の積み重ねで触れてはいけない、ドラッグのような危険を認識しました。


◾人間同士のコミュニケーションは優秀

特に偏見度合いが強い個人意見ですが。

youtubeでのプレイ動画にいわゆる「姫プレイ」を目撃。

「なるほどこのような利用法もあるのか」と。

男にとっては女と簡単にコミュニケーションが取れる道具として利用できるんですよね。

僕が見たのは姫、女性プレイヤーはかなり下手くそでアイテムの効果を理解していない節が散見される腕前で、その他3人プレイヤーが頑張るというような構造。

ソロでやり続けた自分よりもはるかにいい装備をしているのもいい塩梅で「モンハンはゲーム内に実社会を取り入れている」と確信しました。

というかオンラインゲーム、協力や対戦を含め「他人」が介入すると否が応でも社会が形成される。

その社会とは実社会、学校や職場等に日常の社会がそのまま反映される。

その面倒さが嫌いな僕にとってはオンラインが嫌いな理由にそのままなります。


姫プレイと比べて惨めになる、そんなこと分かった上でのソロプレイなんですがプレイ技術は上なのに装備類は劣っている、コンビニ店長と投資家のような資本主義の理不尽さをみているようで非常に気分が落ち込みました。

そう考えると僕はゲームには実社会の隔離された世界を要求しておりその壁を壊すゲームが嫌い。

アマゾンやツイッターでゲームの感想を見るのは好きなんですがこれは「実社会」と認識しているから。

つまりゲーム内NPCが完全削除され全員PCになるのが嫌いだということ。

ゲームによって実社会の成分が薄まりますがモンハンは強調されているように感じます。

それが売りなので僕に合うはずはなく。

アクション性は好きなだけに残念です。

ソロでも十分に満足できるストーリテラーにしてほしいですね。



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