2019/3/14

「人の目を気にしない」と「責任」と「自由」の関係  ふと思いついた事。

<<要約>>>

・人は人に責任を求める習性から、人は責任から逃れて生きることは不可能。
・責任は「取る必要があるもの」「ないもの」の2つにわけられる。
・「ないもの」を「取る」人が「良い人」と評価されやすい。
・「人の目」とはそれを責任の担保として商売している人以外からすると「ないもの」
・2つの区別をはっきりでき、「ないもの」は無視を、「あるもの」にどれだけ真剣に取り組めるか。




・・・・本文・・・・・



責任取りさえすれば何をやってもいい、のは事実ですが、そんな莫大な力は人間にはない。


《人の目を気にする=責任を感じる、から。》



責任を感じない能力。

無責任=最強とも言えますが。

無責任に行きいても、被害にあった人たちは逃さない。



無責任の範囲をどこまで広げるか。


「責任取りさえすれば何をやってもいい」と発言する人は

「責任なんかめんどくせーから無責任に生きようぜ」の方が意味は正しいはず。


取らなくていい責任はと


責任はなんでも発生する

そこで「取る必要がある」「ない」に2つにわける。

「ない」は無関心でいい→無関心なほど自由になる。

人は「ない」に縛られる。


「ない」ものにも責任を取る
→責任感が強い、人想い、優しい

例)マクドナルド注文中に床に落ちているゴミを見つける。
・・・客である自分はゴミを拾う責任はない。
   →「ない」が「責任を取る=ゴミを拾う」ことで「良い人間」として見られる。


客観的に見て

・優しい人間
・気配り上手な人間
・人想いな人間

一括りして「良い人間」

犠牲にしているもの→(都度変わるが)時間、精神・肉体疲労、良い人の仮面をかぶり続ける負担。

《良い人の仮面》は
「時間や思考に余裕がなくて雑になる・見過ごすと『何だあいつやっぱり本心は悪いやつなんだな』と悪態つけられる」
を含む。


取らなくて良い責任を取ることが多い人の特徴

・良い人と思われたい。
・自信になる分野がない(少ない)ので少しでも自尊心を高めるために。
  →「ほとんどの人がやらない」とわかっているのでチャンスだと思っている。




「良い人」はある意味罪になりますね。

責任を取らなくて良いものは無視。これで。
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