2019/5/6

学校行かなくていい≠勉強しなくていい  1日まとめ記事

youtuberの不登校10歳少年が今話題。

そこで「義務教育軽視」という反応をよく見かけます。



僕はよく「学校は行かない方がよかった」というコメントをよくここに書いています。

しかしそれは「勉強をしない方が良かった」では決してなく。

勉強は絶対にした方が良いに決まっている。反論は認めないレベル。

今はネットで義務教育レベルの範囲は網羅できますし、教科書だって買えますし図書館で借りれます。



他人が必要な「体育」だって、正直「気を使う」ことばかりだったので本当に嫌でした。楽しいなんて思ったことないです。

ただ運動は大切です。なのでランニングしたり運動クラブへ入会したり。



まぁ無い物ねだりに近いんですよ。小学生、そしてその保護者にこれらを求めるなんて今の日本では酷です。

僕だってもし年間500万くらい自由に使うお金を小学生の時に渡されてる+今の知識がないと絶対できませんし。



でも「学校で味わう嫌な経験も大事」にはどうしても肯定できないんですよね。

嫌な経験をしない環境づくりを試みるだって大事な勉強ですし。

学校で学んで身につけた常識を一つずつ洗い落とす作業をしなくてはいけなくなる。


未だに女性が苦手なのは僕を「簡単にいじめられる異性」として攻撃を頻繁に行った女性が原因ですよ。

はっきり書きますけどクソ女ですよ。多くの女性が「クソ」ではないのを知っていますよ。

こんなフラッシュバックとは言えませんが、同じ経験すると女性嫌いを思い起こすので女性とコミュニケーションとりたくなくなるんですよね。

もし当時、自分で自由に環境を移動できることができたなら、「クソ女から離れる」ことができたので軽傷だったんですよ。

離れることができず、問題提起をすると「男のくせによわ!」とか言われるので我慢してたんですよ。

我慢はトラウマの種です。我慢はトラウマの種です。我慢はクソです。



肝心の勉強も面白みを理解し始めたのは大学3学年の頃で自分なりに理解できたと実感したのは卒業後ですからね。


高校の時は「全て自習」と言っても過言じゃないです。

ほぼ聞いてませんでした。時間の無駄でした。

あ、でも時々奇跡が訪れます。

美術の時間、情景の油絵を描く時間に勝手にアムロの絵を描いていたら「センスある、大人になっても続けて欲しい」って先生に言われました。

言われた時は嬉しくなかったですが、思い出すたびに嬉しくなる記憶です。

小中高通って先生に言われて嬉しかった言葉はこれだけですね。あとはトラウマです。



勉強は大事、と言いますが当たり前でなんというか現代必須の知識を「勉強」と言い換えているだけです。

算数はすっ飛ばして中学以降の数学からで良いですし、英語は漫画から始めたら良いですし・・・

とかなんとか。義務教育範囲の勉強は大事だが学校での進行速度・範囲に合わせなくて良いという話もありますね。



「でも学校へ行ってよかったって人の方が多いじゃん!」というツッコミを喰らいます。

そんな人たちの養分になった人間を見捨てる、優生思想でガン押しする人とはさようならです。

人間とくに子供の尊厳を見下す人多すぎなんですよ、本当に。
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