2019/1/13

星の子 今村夏子 感想  読書(感想、気になる本)

病弱な主人公を治した「水」を発端に宗教に入信した両親。主人公は「外」と「内」を行き来する中で流れに身を任せ生きていく。



ネタバレ全開です。

なぜ読んだかというと「宗教×親×子供」を無性に読みなくなったからです。

僕が期待していたのは家族が崩壊し親が泥沼、子供は家族と縁を切り成長する的な物語でした。

ユルやかですがその兆しがる、が度合いが低く感じ肩透かしを少し感が時ました。

最後は盛り上がる!というアニメや映画ばっかみてたのが原因か尻切れとんぼ感を強く感じました。

「え!続きは!どうなるの!?」とあたふたしながら最後の数ページを何度も読み。


月に10冊は本を読む!くらいの人なら結末をあやふやにした本作は良いかもしれないが、月に小説1冊読むかどうかレベルの僕は若干ながら本選び失敗したかな、と思いました。

しかし読後、頭の片隅で常に本作を反芻していくうちに「読んでよかった」にたどり着きました。

その理由は「自分の目を持つことは人生のテーマ」だと気付かせてくれたからです。。

その辺は後術する「自分語り」にだらだらと長文で書き綴ります。


なので「人生の糧になったと自覚できる、読んでよかった本」です。

うやむやで具体化できない自分の思考を表現してくれる手助けしてくれた小説です。





自分語り__________















◼キーワード「誰かの目」
「誰かの目」が介入することで読者の印象ががらっと変わる仕掛けが組み込まれている。


主人公からみた両親の日常が「先生」からみると不審者。

そして「先生の目」を通した「主人公」も両親を不審者とみなす。


主人公は両親と別の人間であり「同化」はしてはいけない。

「両親いつもあんなことしてるんです、外は目立つからやめなよと注意しときます。」というのが理想。

ただ主人公自身も宗教を信じている部分もあるからこそ親を否定できず同化してしまったのかな、とも。


◼「他人のこと考えろ!」教育が憎い

少なくとも日本のコミュニケーションはトップダウン。

立場が上なら失言は許され下は気を使わない発言をしただけで生活が崩れる恐れ。


だからこそ有効なのが「他人のことを考えろ」です。

弱者は自然と「言葉」を奪われる。なぜなら強者が何かしらの攻撃を仕掛けるから。


他人の言葉を理解し尊重する能力があれば「言いたいことはちゃんと言え」にすり替えられる。


僕は「他人のことを考えろ教育」を浴びた結果「他人はこう考えているはずだ」という傲慢さが芽吹いた。






まだ幼い頃、現実と空想の見分けがつかず危ない行為を真似したり、怖い話を信じたものです。

つまりこれは「空想を同化」してしまったということ。

成長することで2つを分断できるようになる。


そして今僕が必要なのは「自分の思考」と「(自分が想像した)他人の思考」とを分断すること。

未だ勝手に他人の思考を自分のに当てはめ「いや、言葉の裏では」とか考えてしまう。

これは相手が自身の言葉を話せないとい決めつけた、愚弄する行為でもある。



他人のことを考えろ!は言葉として未熟。

「他人の意見をちゃんと聞け!」

これが正しい指摘です。「他人のこと考えた結果です」と言われたら「勝手に代弁すんな!」です。

もし本人の気持ちと合致した時もそれはたまたまです。しかも合致度100%はあり得ない。






◼優しさ中毒

「他人のことを考える」が的中すると「やさしい」という称号がもらえます。


僕は「やさしさ中毒」になっていました。

僕は自己犠牲を持ち出しても優しを求めてしまう。

「他人のことを考えろ教育」が欲している成果とは

・やさしい人間になる
・思いやりができる人間になる
・自己中心的な人間にならない

だと思いますが、全部傲慢なんですよ。

全部自己決定型の考え。そして「100%社会貢献&自分に得」だと思い込ませている。

拒否する権利を奪う行為。好意を邪悪化させることを拒ませる。



◼やさしさ2.0

ここ数年はやっている主張に「2.0」をつける風潮に乗っかりました。

だからって僕はやさしさをやめません、というかやめられません。

なぜなら社会貢献にもなりますし自己防衛にもなるから。

僕は「無害なやさしさ」を目指します。

害あるやさしさとは「関与レベルが高い」こと。

そして「失敗をしても(=相手からは迷惑)へこまない」こと。

「やさしさ成功率を上げるため」じゃないということ。





「関与レベルが高い」とは相手にとって負担になるレベルのことです。

個人差、例えば知り合いかどうかで変わります。

知り合いの場合は肩についている髪の毛を取っても「関与レベルは低い」ですがそれが赤の他人だと「高い(=何こいつ!?)」になるわけです。




やさしさを発揮できるって、その本人にも恩恵があるわけですよ。

僕みたいな「やさしさ乞食」は10分歩くだけでやさしさを発揮できるポイントを指の数より多く見つけられます。

その中で「自分にとっても、相手にとっても無害に近いやさしさ」を選んでいきます。


じゃあ川で溺れている子供を無視するのか?というツッコミ。

僕は泳げないので木の枝を持って「これにつかまれ!」ぐらいはします。





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2018/10/8

果たして、日高さんに恋心を発生させた春雄は罪人なのか?  読書(感想、気になる本)

僕は短期間猛烈にはまって一定期間後は一気に冷めるタイプです。

そうわかっているので、今のうちにはまった作品「ハイスコアガール」にどっぷりと体液が全て入れ替わるくらい浸かります。



今また読み返しています。

日高さんが春雄のことを好きになったのはよく言われる「タイミング」です。

日高さんは熱中することがなく、また男子と仲良くコミュニケーションする描写がない。

「異性への興味」と「自分が持っていないものを持っている」そして「あっちから色々説明等でコミュニケーションとってくれる」が加わり一気に恋心へと昇華させます。


一度日高さんの心の声を無視して読んで見ましたが、それでも「絶対春雄のこと好きってバレるだろ!」というようなアプローチ。

宮尾くんも見抜いてますし。



で、そんな春雄のことを責められるのか。

共通の趣味となるものを教え熱中させ、気軽なコミュニケーションの関係を構築して。

僕は責めたくはなく日高さん告白後も春雄は気まずさを醸し出すこともなく今まで通りの関係を維持するんですよ。

これは日高さんは土下座しないといけないレベルの寛容さで、しかも急に抱きついてもそれに答えようとする。


今回の話題と関係ないですが春雄の「すけべだなぁ日高は。」に対して「すけべだよ、私は。」の一連を読んだとき「ほう!!!!」と大声を出しました。



僕は「どちらが悪いか」を求めたくありません。自分で話題に出しときながら傲慢ですが。

日高さんが自分の本心を春雄にいった、春雄はそのまま生き続けた。

美しんですよ。「フィクションだから当たり前」とかではなく。

美しいものを脳に取り込むと幸福感に包まれます。



あーなんか文章を書いていると結局「ハイスコアガール最高」の流れになってしまいました。

日高さん派閥ですね、やっぱり僕は。




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2018/4/24

子どもの人権を守るために 読了後感想  読書(感想、気になる本)


◆簡易感想

面白かったです。

経済力、単純に体の力もない子どもの内面を守る権利がしっかりとあるということ。

「大人の強要」は人権侵害であり「批判的精神」は抑制してはいけないということ。

救われたと同時にジレンマが発生しますね。

・子どもの権利条約は守られていない日常が当たりまえ。

・「正しい」を知りたい子どもにとっては大人からの一方的な洗脳を好む場合もある。

以上2つが僕が抱いたジレンマです。


正直、ただ事例を挙げて「どうでしょ、酷いでしょ?」という具体的な策を提案せず感動ポルノとして被害者を消費している感がある章もありました。

◆子どもの権利条約と自分

子どもの権利条約は小学生の時に確か習った筈です。

なのに内容は全忘れしていて、今読むと「人権侵害されていたな」と。

しかし行使したところで、経済力が無い子どもが経済力で脅してくる親にはマイナス効果しかなく。

実際行使するたびに言い負かされ「僕はダメな人間だ」という現在に。


◆批判的精神の行使は推奨させれている

「批判的精神を抑制する=子どもの人権侵害」と本書の中では断言。

本書に沿うと

・批判を抱いても堪えて経験豊富な大人に従う・・・人権侵害を許す

・「何も分かってない」と大人達に説き伏せられても批判を続ける・・・人権行使

「もっと大人になれ」「わがまま言うな」に対して反抗するのは最もなこと。

そして折れて従うことは「人権侵害を許す」ということ。


つまり、周りから白い目で見られてもあのときのまま批判をし続ければよかったな、と。

自尊心を傷つけてまでも子どもにマウントしコントロールしたがる



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2018/4/21

子どもの人権を守るために、という本が面白いです。  読書(感想、気になる本)

まだ読み終えていませんが。

読み終えたら改めて全体の感想を書きます。


◆子どもの存在ってみなさんどう考えていますか

・かわいい
・活発

という存在自体、表面での印象が強いです。

法律では「子ども専用とも言える権利」があります。


◆法律は先人達の失敗から得た教訓

本書はじめに記載されています。

なぜ子どもに標準を当てた法がこんなにあるのか。

歴史的事実から紐解いたその理由が書かれており納得とともに「多くの方が権利侵害経験済みじゃね?」という。

例えば親含め教育者が己の信念を子どもに植え付けさせるのは人権の侵害となります。

子どもが差別感情をもちそれを是するため、等の他人の人権侵害を防ぐため等の理由の場合は許される。

例えば「〜が美味しい!」という子どもの感想に対して「これを美味しいと思うお前はおかしい」というのは人権侵害です。

人権侵害は日常どこでも起こっており、それを防ぐためには人権に一定の知識がある大人、または子ども自身が知識を得ることが必須。

◆僕はレベルが高いことだと思っています。

だって、子ども作る前に子どもの人権について学ぼうとし実際学ぶ人ってどれくらいいるんですか。

先生達からも普通に人権侵害されてきましたし、その場に会いましたよ。

大学の教授というのはやはり最高学府の先生なだけあるな、と本書を読んで思いました。

なぜなら「子どもだからといって個人の尊重を蔑ろにしなかった」からです。

「個人として確立した人格」と見なしているので生きることの責任を求められていました。

「当たりが強い」のは「先生に対して生徒という支配」ではなく「個人と個人」という立場を保証していたから、ということです。


◆批判的精神の否定は人格否定

批判的精神を削がれた人の未来というのを「戦争」から得た教訓として記載されています。

問題としてあげられているのは「属している自分が悪い」と自責を永遠としてしまうこと。

軍国少年と呼ばれていた人は「一人の人間」の前に「軍国少年」である自分に戦争の責任を重ね合わせる。


家族から批判的精神を削がれた場合、家族の失態を自分の失態だと重ね合わせる。






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2018/1/21

サピエンス全史  読書(感想、気になる本)

めっちゃ時間かかりました。
30時間くらいだと思います。

すらすら、と読むと「ん?」となるので同じ行を何回も繰り返して読む、ということが多々。

しかし「つまり」と明確化する例を後述するので理解不足でも大丈夫。



内容の感想について。

「本当に世界的ベストセラーなの?」という驚き。

「面白くないから」ではなく

「大変面白いが、人間の存在意義自体に疑問を呈していて人生観がぐらつく、多くの人は不快感を示すのでは?」

と思ったから。


人間失格を読んだ時と一緒ですね。


翻訳者あとがきに「視野を広げる」と記述してある通り、確かに視野は広がりました。

特にそう感じたのは、

・人間が支配しているのではなく、支配されている。

という点。小麦と人間との関係について指摘された章にて。


対して栄養価もなく管理が大変なのに、一部の地域から地球全土まで人間によって拡散された小麦。

様々な選択肢があるなか他により利益がでる方法手段があるのに視野狭窄に陥る、ということは現在でもよくあること。

自分に置き換えるなら模型に完全に支配されています。

選択肢を広げるのではなく、既にある多くの選択肢に気づくということ。

それには「何に支配されているのか」を露にする、ことが効果的。


現在、支配されているもの、こと、習慣を表に出す

それによって何が(思考、習慣、行動、常識)制限されているのかを理解する

支配から逃れると、どういう選択肢が増えるのかを吟味する。

現在、どの選択肢が一番良いのかを見極める


こういうマインドセット。


まだまだ色々ためになった、視野が広がった、感動した箇所がありますが、今回はこの辺で。

ベタな文句ですが子どもと一緒に読みたい本ですね、歴史に興味を持つに違いない一冊。







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2018/1/6

読書感想 否定と肯定  読書(感想、気になる本)

リップシュタットさんがアーヴィングに訴えられ話。


550ページと長い、ですが300ページ当たりから一気に読み終えました。

途中までしんどい。ページ数しかりですが、アーヴィングの小癪さが癇に障るんです。

所謂「キー!」となる状態に。「こういうやついるいる!」と。


読み終えたら分かるんですが「否定と肯定という立場に置いたら負け」という話でもある。

なので和名はただの「否定」だけでよかったのかも、と。


色々なことが学べました。

イギリスの法律だったり国立裁判所の中だったり、細かい物は色々と。

特筆する学びは以下2つの概念

1、相手のチンプンカンプンな意見を「反対意見」「否定派」と位置づけると「賛成派がいる」ということになる。


2、戯言は無視、ではなくて潰す。



1について。

兄から脳の発達が遅れているとよく悪口言われていたんですよ。

未だ引きずっていますが、これは「そうかもしれない」と信じた僕の隙が原因で悪化したんです。

つまり「ひとつの意見」として汲み取ってしまった、ということ自体が問題なんです。

「それは正しいか否か」と対立させない。する価値がないと切り捨てるべきでした。

兄を道化師のように「あいつの言う事は変な事ばかり」と見なすべきでした。


2について。

風説の流布、「あいつ〜らしいよ。」と相手の勝手な憶測。

それを「無視」してはいけない、潰すべきなのだと。

「真実味がない勝手な憶測は自然に消滅する。」はうそです。

誰かが潰さないとだめなんです。

表にでなくても裏で醸成されているんです。

だからはっきりと「お前の発言は意見のレベルに達しない害悪でしかない。」と潰すべき。

「人生甘えてきた」と説教する奴には「一端で全てを理解したように気取るお前の方が言論上の甘えだ」と言い返す事。
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2017/12/6

日本一酷い親への手紙   読書(感想、気になる本)

共通項、というより類似点は

(1)
「親」という立場について社会通念が優先され事実を「そんなわけない」と遮断されてきた。

(2)
子は親に「何の経済力もない自分を生かしてくれているありがたさ」が邪魔をし当時は反抗し辛かった。

(3)
世間からみて「幸せな家族」を演じるためにストレスと不幸を反抗力が乏しい子どもに背負わせる



親からの攻撃を当時助けてもらえなかった人達のエッセイ集。

助けを請うても手をはじかれ傍観され。

高齢介護者の方が子ども達よりも国から守られていると警鐘を鳴らしている。

そこに目を付けとことん攻撃し続けた親の元で育ったのか、その分補ってあげようと守ってきた親の元で育ったのか。


前者の元育ちかつ生命力がない人間は国からすると低賃金で働いてくれる優良労働者なので永延と負の連鎖は止まらないでしょうね。

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2017/10/28

哲学者と狼 感想  読書(感想、気になる本)

https://www.amazon.co.jp/dp/4560080569

哲学者のマーク・ローレンズがまだ若い頃にオオカミ「ブレニン」と一緒に過ごした回顧録、生じた哲学的問いを書き記したのが本著。


頻出する比較は「サルとオオカミ」。

サル、すなわち我々は詐欺を働き、それを見抜く…を繰り返し脳が発達、全動物の中で最も発達した生き物となったと仮説。

一方オオカミは詐欺的行為の必要性を全く感じない、いわば人間から詐欺的要素を省いた動物と言える。

幸福とはなにか、という普遍的な問いに一応の答えも書いてあり、それは一瞬一瞬の自分を見た他者視点として記憶に蓄積される。

運が尽きた時、何もかも失った向こうに本来の「自分」がいるのであり、「とても辛い、耐えられない程辛い」時は幸福でもあると答えている。

そして人生で一番大切な事は「反抗」だと強く主張している。

ブレニンとの生活パート、哲学的問いパートの2つに分かれ、後項は何度も何度も読んで納得することが当たりまえで読み終えるまで時間がかかりました。
(20時間くらい)

「子どもは親を育てる」の一例でもありそれは人間の子どもではなくてもオオカミでも同様の「責任感」を得る。

時間は待った無し、子どもの異変も待った無し。

最近考えている事は、言葉の限界はすぐくる、つまり言葉の力は意外とないということ。

「脳内で言葉を具現化する」だけではな全くもっと足りないという事。

「人の言葉」を「自分にもの」にすることは難しい。

「人が撮った動画・映画」の方が「自分特有の感慨が生じ易い」ということ。

体験、自分の肌感覚で感じた方がいいこと。

つまるところ、言葉は自分の「なんとなくの感情」を具現化したもの。

言葉は自分から発生したもの以外は陳腐なもの、もしかして「偽物」と言えるかもしれない。


といっても、これは「言い過ぎ」で、言葉を細分化する必要性。

「伝達手段」…歴史を記す、報告→つまり、言葉を使って出来事を他人の脳内に再現させる。

「具現化」…感情、感想…→自分を理解するため


本の感想から発展した独自の哲学になってしまいました。

他人の言葉に影響されたくて読書習慣を身につけましたが、結局は相容れない他人の言葉なので時間の無駄では思ったり。

しかしそんな本でも「このジャンルが合う・合わない」を感じ取ったり「言葉の限界」なんて文字化したら大それたことを仮定したりと新たな発展もあるので続けるべきでしょう。

オオカミかっこよかったです。
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2017/9/12

子どもの脳を傷つける親 感想  読書(感想、気になる本)



ひえーな題名。

中身はその如くで、子どもにとって第一愛着対象である親は簡単に子どもを傷つけられるということ。

そして暴力や性的虐待は勿論、言葉だけでも脳を正常から異常へ簡単に変形させることができる、ということ。

タイトルは「親」としていますが、本書内では「養育者」と頻繁に言い換えられている。

つまり、
・祖父母
・兄、姉
・親戚
・近所の人
・幼稚園、保育園の先生
・児童養護施設の係員

「子ども当人にとって養育の立場に当てはまる人」全員、脳にダメージを与えるということ。

しかもそのダメージを治すことは非常に難しいと言う事。

特に大人になると「薬物治療」「トラウマをなんとか違う見方をする」という苦肉の策。


個人的に大問題なのは「自分が不利になる考え方を身につける」ということ。

多角的に考えた結果全て「自分が悪い」という結論に至る。

「相手が悪いという見方」をしても頑に「自分が悪い」となる。

これは「自分が悪い」と主張する事で褒められる習慣を幼少期に身につけた代償。

養育者は自由自在にコントロールできるんですね。

しかし、それに歯向かう「保護因子」なるものが存在している。

保護因子は人の繋がり、社会的立場の形成等々、まだまだ曖昧な概念。

生まれつきなのか、環境要因なのか。


子どもに異常な脳を形成させる養育者もまた改善させる必要があると指摘。

わざと攻撃しているのではなく「これはいいはずだ」と確信して攻撃し結果脳にダメージを与えていることが多い。

日本はここがかなり遅れていること。

幼児を1人にする=即虐待と判定、逮捕 とはならないから。

こういう系統の本を読むと日本は金持ち以外子どもを持つべきではないという思いが強くなる。

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2017/8/25

死ぬ瞬間の5つの後悔 感想  読書(感想、気になる本)

読書感想文の季節ですが、今なら嫌な宿題ではないです。


まず苦言なんですが、「この人は2匹の犬を飼っていて散歩するときは腰にリードをつけ〜」等の正直どうでもいい情報が多すぎる。

登場人物の姿や思想を詳細に書いてより理解し易いようにするためでしょうが。その人とのかかわり合いより情報が多いので

「こんだけ情報を読ませといて、この人の話はもう終わり?」

というなんだか時間と集中力が無駄に終わった感じが強かったです。

なので「あ、ここは情報過多だな」と判断したところは飛ばしながら呼びました。

読書あるあるですが、読み進めて興味関心が涌いたら勝手に前のページに戻り読み直す。

この法則を信用して読み直しました。


読書後、一番身にしみた、読書前と後で考えが変わったのは「健康はそれだけで行動理由になるということ。」

体がだるかったり気持ち的に行動し辛いことはよくあります。

その時はもういいやってごろごろしますが、コントロールができないほど体にダメージがあるわけではない。

この状態を本著では「健康の範囲内」と位置づけており「考えをコントロールすることで行動に結びつけられる」としています。

例えばすれ違う人に「気持ち悪い」と言われたり「何あの人」と指差されて入るんじゃないかと恐怖に陥るときがあります。

しかしそれは「やりたいことをやらない」理由にはならず、実際そう言われても法的罰則がなければ体に直接的な健康ダメージもないわけです。

精神的にはダメージが来ますが「精神はコントロールできる」という主張っていうわけです。


お腹が減ったり眠気は我慢できますが限界は絶対にきます。

それと比べ精神は限界までの幅はひろくまた考え方により種類も変えられる。


ああ人生はコントロールできるなんて素晴らしいんだ!

と思う一方、自由度が高いということは同時に自分でコントロールする難しさもあるわけです。

空腹はご飯を食べればなくなりますが、精神的ダメージの回復は人によって方法も違いますしパターンは複雑です。

「精神・考え方」は自分でコントロールしてると思いきや他人からコントロールされていた、なんて当たりまえにあるということ。

その恐ろしさも学べることができ、人類はもっとそこんとこを着目、意識、大切に扱うべきだとうなづける一冊。
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