2011/4/13

「超絶技巧集」少女漫画・・・くらもちふさこ「駅から5分」  マンガ
 

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■ 人々は同じ世界で違う夢を見る ■

先日の菅首相に関する評価ではありませんが、人々は同じ物を見ながら、異なる解釈をします。これはニュースに限った事では無く、日常の全てにおいて言えることです。

一つの街には色々な人が住んでいます。ほとんどが、駅ですれ違ったり、学校で顔を知っているだけの存在でしょう。時には、落とした物を拾ってもらったりする事もあります。

小さな街に住む人々は、どこかで接点を持ちながらも、それぞれの生活を過ごしています。
これは、あたかも「同じ世界に住みながら、違う夢を見ている」ような現象です。

少女漫画家、「くらもちふさこ」の新作、「駅から5分」は、どこにでもありそうで、どことも特定できない街、「花染町」に展開する、そんな「普通の人々の物語」です、

■ 花染町に住む人々 ■

「不良少年に告白されて戸惑う少女」というスーパー・ベタな展開から始まる短編漫画集「駅から5分」は、ものの数ページで現代漫画の表現手法の極地へ到達します。少年は交通事故で記憶を失い、物憂げな性格に変貌します。告白された少女は戸惑いながらも少年に引かれて行きます。・・・やはりベタな展開です。

しかし、「くらもちふさこ」の手に掛かれば、こんな使い古されたシチュエーションも魔法の舞台に変貌します。

すっかり物静かになった少年がいつも手にするのは、英語の暗記カード。勉強嫌いだった彼の机の上に置かれていたカードの単語を辿りながら、かつての自分を探していきます。「たんぽぽ」「電線」「塀」「マンホール」「ポスト」・・・およそテストとは関係無い単語の羅列を、2人は辿って行きます。それは、少年の家から学校へと続き、そして少女の机の横の「窓」で終わっています。記憶の断片を2人で辿りながら、少年は無くした自分の気持ちに気付き、少女は「宙ぶらりんになっていた告白」への答えを見つけるのです。

■ 全話が無関係で、全話が繋がっている ■

第二話で、少年と少女の恋の続きが読めると期待すると、大きく外されます。

次の話は、花染町から遠く離れた長野県から始まります。陰気な町役場の女性職員が、20年前に東京に越した幼馴染を訪ねる話がいきなり始まって面食らいます。しかし、彼女が尋ねるのは「花染町」。しかし、彼女の乗ったタクシーは少年を撥ねてしまいます。そう、あの不良少年です。彼のその後を気にする女性は、しばらくしてから再び「花染町」を訪ねます。しかし方向音痴の女性は道に迷い、尋ねた交番で、幼馴染の少年にようやく再会します。そう、彼は警官になっていたのです。

全てがこんな具合で、1〜2年の時間軸をフワフワと漂いながら、花染町の住人達の本人達ですら気付いていない関係性を、あたかも探偵が探し当てるように描いてゆくのが「駅から5分」です。既に、単行本で3巻が発売され、毎回、アッと驚く切り口で様々なエピソードが展開します。

■ 漫画の「超絶技巧集」 ■

「駅から5分」の本当にスゴイ所は、全話の表現手法が異なる点です。王道少女漫画的な手法を用いる第1話。一切の主観表現を廃した第2話。・・・さらには、地域コミニティーのチャットだけで構成される話や、主婦の日常をコミカルに描いた回など、ほとんど考えられる限りの手法が詰め込まれています。

そのどれを取っても、ほとんど常人離れした表現力と切れ味で、「くらもちふさこ」という作家の力量に圧倒されてしまいます。

■ 「花に染む」というミステリアスなスピンオフ ■

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「くらもちふさこ」は「駅から5分」と同時進行で「花に染む」という新作を展開しています。

花染神社の神主の息子とその姉、そして幼馴染を主人公に据えた、スピンオフ作品です。こちらは、神社の火事で焼死した兄と、その弟、姪、さらには幼馴染の恋愛感情が絡む、ミステリアスな作品です。

「駅から5分」の中でも、最も不可解なキャラクターの神社の息子(生徒会長)の過去の秘密が断片的に明かにされていきます。

「花に染む」は、「駅から5分」はと異なり、オーソドックスな大人の少女漫画の手法を使いながらも、適度に断片化さてたエピソードによって、読者は謎の本質になかなか迫る事が出来ない本格ミステリーです。これはこれで、とても素晴らしい作品です。

■ 進化し続ける「くらもちふさこ」 ■

「くらもちふさこ」を私が知ったのは、映画で「天然コケッコー」を見てからです。ポスターの写真に引かれて、当時小学生だった娘と銀座の映画館で見た「天然コケッコー」は、まだ初々しい夏帆ちゃんと岡田君、そして子役達の演技が素晴らしい映画でした。

島根の田舎町に引っ越してきた、都会の少年に思いを寄せる田舎の女の子の気持ちの揺れ動きと、田舎の人々の普通の生活や会話がかもし出すどことなくコミカルなズレ感を、豊かな自然の中で描いたこの映画は、原作を読んでいない人でも充分に楽しめる作品です。

映画があまりに良かったので、原作を大人買いして読んでビックリ!!こんな作家がいたなんて・・・。

どことなくフンワリとした田舎の話を描きながらも、そのタッチはあくまでもシャープで語り口は硬質。人を見つめる視線は鋭利な刃物の切っ先の様。

「天然コケッコー」の中でも「くらもちふさこ」は様々な表現手法を駆使して、漫画表現の進化に余念がありませんでした。台詞の一切無い回などは圧巻です。

彼女の進化は留まる事を知らず、そのスピードは「駅から5分」でさらに早まっている感じすら受けます・

■ 決して万人受けする作家では無い ■

多くの優れた作家同様、「くらもちふさこ」は決して万人受けする作家ではありません。その余りに冷徹な観察眼は、一般的な少女漫画の読者には、少々キツイものがあるかも知れません。

しかし、彼女の才能は孤高の粋に達しています。文学におけるジェームス・ジョイスやヴァージニア・ウルフの様な表現の極北に挑む作品が、商業誌で連載される事に、日本人は誇りを感じるべきです。(彼らの追及した「意識の流れ」のような表現は、マンガでこそ最適化されるのかもしれません。)

少しでも多くの方がこの素晴らしい作品に触れられたらと思い、今回取り上げました。

以前、ここで取り上げた「吉田秋生」と双璧を成す、円熟してなお、進化する作家です。

「海街diary」・・・本音をみつめる女性の視点
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