2011/4/29

相互扶助の社会・・・ル・グィンの「所有せざる人々」  
 

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■ ジェンダー・フリーの旗手、アーシュラ・クラクス・ル・グィン ■

アーシュラ・クラクス・ル・グィンという女性作家をご存知でしょうか?多分ほとんどの方が「誰?それ?」という反応かと思います。

「ゲド戦記」の作者と言えば、お分かりになるかと思います。ゲド戦記はファンタジーの大作なので、ル・グィンをファンタジー系の作家とお思いの方も多いと思います。

実はル・グィンは1970年代に大活躍した女性SF作家です。
彼女はアメリカにおける女性の台頭の時代の時代に、ジェンダー・フリーの旗手として数々の名作を残しています。

ジェンダー問題を正面から扱ったのは「闇の左手」です。

両性具有の人類の住む「冬」の惑星ゲセンで惑星連合エクーメンの使節ゲンリー・アイは逮捕・投獄されてしまいます。ゲンリーは彼を支持したために失脚した宰相エストラーベンに救出され、厳冬の、ブリザードが吹きすさぶ氷原を二人は旅をします。

ただ、それだけのストイックの話なのですが、一つだけ違うのは、「冬」の惑星ゲセンの人類は「両性具有」なのです。エンリーを助けた時のエストラーベンは男性でしたが、周期的に男性と女性を繰り返すゲセン人のエストラーベンはやがて女性になります。

氷原のテントに閉じ込められた男女の逃避行・・・なにやら怪しい雰囲気が立ちこめます。

しかし、二人の間には何事も起きません。二人は男女とも引かれ合いながらも、一人の人間として互いを尊敬し、一線を越える事は決してありません。

「女性を男性と対等な一人の人間として見て欲しい」という女性解放家達の叫びが、文学として結晶した珠玉の名作です。

■ 「共産主義」とル・グィン ■

ル・グィンの名作をもう一つ挙げるとすれば、「所有せざる人々」でしょう。

双子惑星アナレスとウラスではオドーに導かれて革命を起こした者たちがウラスからアナレスへ移住してから170年が経過しています。オドー主義に沿った「無政府主義的・相互扶助社会」が築かれています。

ウラスは地球に良く似た社会(西側諸国)です。それに対するオドー主義者達のアナレスは究極の社会主義体制(東側諸国)です。

アナレスでは全ての「所有」が禁じられ、子供は生まれた時から親元を離れてて集団で生活します。社会の基本は「相互扶助」で、水も乏しいアナレスで人々は貧しいながらも支え合って生きています。アナレスでは政府は否定され、人々は自分の意思で社会に参画し貢献しています。

そのアナレスからウラスに亡命した物理学者の目を通して、二つの対照的な社会が対比されてゆきます。

「所有せざる人々」は、ル・グィンや当時のアメリカの共産主義者達の求めた理想郷であると同時に、共産主義の限界や問題点にも極めて自覚的な作品です。

ル・グィンのSFの緒作は、派手な展開は一切無く、ひたすら一つの架空の世界を構築する事で、文学による社会実験をする場となっています。

私はSF界のトルストイだと思っています。

■ 今だから「共産主義」をもう一度問う ■

「所有せざる人々」は「共産主義」の崩壊した現在読んだとしても、決して色あせる事はありません。かつて「共産主義」者達が求めたユートピアが、この本に中には息づいています。

何故、突然ル・グィンを持ち出したいうと、昨日来話題としている地方の再生に、ル・グィンの「所有せざる人々」が大きなヒントを与えてくれるからです。

@ 所有を禁じている
A 貨幣が存在しない
B 家族を否定している
C 共同参画と相互扶助が社会の基本

「現物経済」と「老人の社会参画」という私の考える地方の姿に似ていませんか?

■ 流出した若年人口を補うもの ■

高度経済成長時には日本の地方は、労働力の供給地でした。

@ 大都市周辺に工場が沢山出来る
A 地方の若年労働力が現金収入に引かれて都会に集まる
B 若者達はやがて大都市に定住する
C 大都市の高齢化が進行する

現在の日本はCのフェーズに移行しています。
これを地方の視点で見ると次の様になります。

@ 若者が地方に流出する
A 若い老人が生産の担い手となる
B 若い老人が、年を取った老人の世話をする
C 若年層が少ないので、やがて若い老人が不足し、「超高齢社会」が出現

日本ではかつて、「田舎から都会」へという人口に大移動が発生しました。
ところが、都会に出た人達は田舎に帰る事はありませんでした。
「物と情報」に溢れた都会の生活に慣れた人達は、田舎は退屈な場所でしかありません。

■ 財政破綻と都会での生活 ■

過程の話ですが、このまま日本の財政が逼迫して増税もままならなければ、財務省はインフレ政策に舵を切ります。

@ 財政の継続性に決定的な疑いが生じる
A 日本国債が暴落する
B 日銀が金融機関の国債を購入し、大量の円が一気に市場に放出される
C 物価が高騰を始める
D 金利を上げても悪性のインフレは制御不能なので、インフレのポジティブ・フィードバックが発生。
E 制御できないインフレで通貨価値が暴落
F 物価が10倍で(1000%のインフレで)日本の国債負担が1/10程度に軽減する

さて、お年寄りの方には大変申し訳ありませんが、これは皆さんの預金の価値が1/10
になり、需給する年金の価値も1/10になる事を意味します。

そんなバカなとお思いでしょうが、ロシアでもアルゼンチンでも実際に起きた事です。

日本は世界最大の債権国だから・・とお思いでしょうが、政府の保有するアメリカ国債は事実上売却できません。そして、日本の財政が破綻する時は、ドルは終焉を迎えています。

さて、お金の無い老人達は、都会で生活できるでしょうか?
答えはNOです。

ロシアでは年金が破綻した後、老人達は郊外で自給自足の生活をしました。ロシアには昔から週末を郊外の自家菜園で過ごすという習慣がありました。彼らは自給自足に慣れていたのです。

■ 政府を介さない直接的な相互扶助 ■

財政が破綻すれば、年金福祉政策も破綻します。

インフレで年金が事実上減額した老人達はどうするでしょう。
とりあえず食べる事が優先しますから、食料が自給できる地方に流出するのでは無いかと私は考えています。

団塊の世代の多くが地方出身者です。彼らは地元に何らかの繋がりを持つ人達です。
彼らは昔のつてを頼って、あるいは親族を頼って地方に戻っていきます。

彼らが地域に受け入れられる条件は、地域社会の相互扶助に貢献する事です。
今までは政府の福祉政策に頼っていた地方でも、政府に頼らない福祉の確立が急務となります。

■ 家族制度から、自己参画型の社会へ ■

地方に知り合いが居ない人達は、縁の無い土地にも流れてゆくでしょう。
この方達は、従来の家族制度にる介護の枠を離れた存在になります。

移住した地域で、その社会の福祉に自己参画する形で、将来の自分の福祉を担保します。

■ 70歳まで人は働けるのか? ■

東北大震災の結果、日本の財政破綻の危険性は格段に高まりました。
景気が低迷する中で安易な増税策も採用できません。

その様な中で「定年70歳制」が論議されています。
「あなたは70歳まで働かなければ、生活出来ません」と言われているのです。

ところで、一般企業で70歳の老人は戦力になるでしょうか?
一部の方達を除けば、ほばお荷物です。
だいたい、70歳の方だって、そんな年齢まで満員電車で会社に通いたくはありません。

高齢者の雇用を維持すれば、若年労働者2人の雇用が抑制され、企業の生産性は大幅に減退します。これは、若者にも企業にも不幸な状況です。

製造業はこんな国を離れて海外にどんどん流出してしまいます。

■ 若者に職を譲る韓国人 ■

知り合いの韓国人の話では、労働市場の小さな韓国では、若者の雇用の為に、55歳くらいで皆さん退職されて地方に戻るそうです。

「地方」から「都会」そして「地方」へという労働力の循環が完成されているのです。
「地方」に戻った高齢者も55歳程度なら充分に若く、地方で再就職したり農業に付ける年齢です。地方の社会に充分貢献した後で、そこで老後を向かえます。


■ 「所有する都会」と「所有せざる田舎」 ■

都会の魅力は何と言っても「現金収入」です。お金は「所有を可能」にします。
田舎の魅力は「食料」と「環境」と「人の繋がり」です。

「70歳定年制」や「福祉崩壊」が起きるまえに、「所有せざる幸せ」に気付いた人から田舎に入植できるシステムを作りだせば、政府の負担は軽減するはずです。

後は高齢者の比率が増加する地方での、医療負担の軽減の問題があります。
私はこれは「哲学」の問題だと考えます。
生命は期限付きですが、現代医学はこの期限を延ばしています。

しかし、高度医療で伸ばされた余生がベットで寝たきりというのが、果たして正しいかどうか私には分かりません。

これからの社会はこの問題を積極的に論議する必要があります。
有限の命を、精一杯生きる事は美しい事です。

人間は年を取ると判断力が低下し、生きる事に固執する様です。
この問題は若い時期に、自分の中にしっかりと基準なり哲学を持つべきだと思います。

惑星アナレス的社会は理想であり、絵空事です。
しかし、社会主義国の失敗は国全体が社会主義・共産主義だった事です。

若い時は「資本主義」に貢献し、ある程度の年齢からは「共産主義」に貢献する。
これもグローバル化の一つの姿かもしれません。

「所有せざる人々」を20年振りに再読してみようかと思うこの今日この頃です。
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