2019/2/26

「統合通貨」という幻想・・・バランスシート的には  分類なし
 

■ バランスシート的に「統合通貨」を考える ■

昨日に続き「統合通貨」の幻想をぶっ潰します・・・って、上条当麻じゃないんだから(オタクしか分からないですよね)


バランスシート的に考えます

1)政府の発行した国債は政府の負債
2)日銀の購入した国債は日銀の資産
3)日銀は政府の子会社なのだから、連結決算的には資産と負債は相殺される

ここまでは、一部のリフレ論者がバラまいた「幻想」

4)日銀の国債購入は市場で民間銀行の国債を購入する事で行われる
5)民間銀行が国債を購入した資金は個人や企業の預金や銀行の自己資金を原資にしている
6)預金は国民の資産であり、銀行の負債

7)民間銀行は国債を日銀に売却して円(日銀券)を手に入れる
8)日銀券は日銀の負債

9)民間銀行は日銀券を日銀の当座預金に積み上げる
10)日銀は当座預金で国債を購入する


要は、日銀が異次元緩和でマネタリーベースを増やすと言っても、勝手に日銀券を刷りまくる訳では無く、市場から国債を購入して日銀券を発行してマネタリーベースを増やしています。

増えたマネタリーベースが銀行を介して融資や市場運用に流れれば、資金が民間市場に流れ出しますが、残念な事に銀行は手にした日銀券を日銀の当座預金に積み上げ、これが日銀が国債を購入する原資となります

「国債」 - 「日銀当座預金」 - 「民間銀行の預金」

この三者がバランスしている訳なので、「国債」と「日銀券」が相殺して消えてしまうとするならば、「民間銀行の預金」も消えてしまう事になります。これでは預金者が激怒します。

■ 異次元緩和が「財政ファイナンス」では無いと市場が判断する理由 ■

日銀の異次元緩和は「隠れ財政ファイナンス」と私はいつも書いていますが、実際に市場は「財政ファイナンスでは無い」と判断しています。

これは、日銀が市場から国債を購入する限り、「民間の預金」というお金の裏付けが存在するからに他なりません。

一方、仮に日銀が直接国債を購入し始めたら、市場は即座に「財政ファイナンス」と判断して、日銀券の価値は暴落するでしょう。何故なら「国債」=「日銀券」となり、相殺されてしまえば、円は「無価値」になってしまうからです。

■ 「府の負債=国民の資産」というデマ ■

一部のリフレ論者たちは「政府の負債(国債)」=「国民の資産(預金)」というデマもバラまいています。

ここに欠けているのは「国債は将来的な税金で相殺される」という原理原則です。要は、将来的には税負担によって預金が食いつぶされる「時間軸」を無視しているのです。

国債を発行すればするだけ、本来は税負担が重くなりますが、それを時間軸的に猶予期間を与えるのが「ゼロ金利」です。政府は国債金利がゼロならば金利負担無に国債を発行し続ける事が出来ます。マイナス金利ならば「国債発行益」すら出す事が出来ます。

しかし、これは、未来永劫に国債金利がゼロに張り付いているという前提でのみ成立します。仮に日銀がテーパリングに入れば、国債金利はゼロに固定する事は不可能です。

結局、「国債のゼロ金利」は新発国債のほとんど全額を日銀が市場から高値で買い入れる「異次元緩和」の状況でしか維持出来ません。

■ インフレ率が上昇しなければ異次元緩和は継続出来る? ■

「日本は低成長で成長率は将来的にもゼロかマイナスなのだから、異次元緩和を永遠に継続すれば良い」という意見もあるでしょう。

しかし、仮に中東で戦争が起こった場合、原油価格の高騰はあらゆる物価に影響を与え、インフレ率は上昇します。不景気なのにインフレが進行する状況を「スタグフレーション」と言いますが、実際にオイルショックの1970年代にアメリカやヨーロッパで発生しています。

原油価格高騰の様な外的要因でインフレ率が高まった場合、金融機関はゼロ金利の国債を大量に保有していたらどうなるでしょうか?

本来は国債金利は市中金利と連動するハズですから、国債金利も上昇(価格は低下)すると市場
は予測します。そこで、金融機関は損をする事が確実なゼロ金利の国債を手放そうとします。ここで、「日銀は無制限に国債を購入する」と発表するハズです。

この状況でも、銀行が国債を売却したお金を日銀の当座預金にブタ積し続ければ、国債は破綻しません。しかし、インフレが進行すれば、銀行は預金金利を引き上げなくてはなりませんから、ゼロ金利やマイナス金利の 日銀当座預金に資金を置いて置くと経営が破綻してしまいます。

一方、国債金利をゼロに固定したままで、日銀が日銀当座預金に利付けすると、日銀の負債が膨らみ、今度は日銀が破綻します。

この様な状況になった時、銀行が充分な金利を預金に付けられなければ、国民は預金を引き出そうとします。国民とて損はしたく無いからです。預金が引き出されてば、国債購入を支えていた民間の預金が減る訳で、ここで「異次元緩和」は継続が不可能になります。

ここから先は、日銀の国債の直接買い入れへと進む訳ですが、ここに至れば市場は「財政ファイナンス」と判断し、為替市場で円は暴落するでしょう。そしてインフレ率はさらに跳ね上がり、預金の価値や通貨の価値は大幅に失われます。

■ 問題はソフトランディングかハードランディングか ■

上述の状況は「ハードランディング」と呼ばれるシナリオで、「ハイパーインフレ」などと呼ばれます。戦後の日本や、第一次世界大戦後のドイツがこれに相当します。現在のベネゼエラもこれに当たります。

一方、「ソフトランディング」と呼ばれる状況も起こり得ます。これは戦後のアメリカやイギリスで起こりますが、中央銀行が上限金利をインフレ率よりも低く設定して、徐々にお金の価値を失わせる方法です。これを「金融抑圧」と呼びます。その結果、政府債務はインフレによって減価します。(インフレ時には借金は実質的に減価する)こうして、アメリカやイギリスは第二次世界大戦時に発行した大量の国債の価値を下げて、国債償還を達成しました。

日銀の異次元緩和も「ソフトランディング=マイルドなインフレの進行」で財政をリバランスする事を目的としていますが、低成長の日本においては、なかなかインフレが達成出来ません。そうしている内に、国債残高の大部分を日銀が保有する事になって行くハズです。によって

こうなると市場も流石に???となる訳で、「金利上昇による日銀の債務超過」の懸念が噴出します。日銀が債務超過に陥れば「日銀の債券」である「日銀券」って価値があるのかが疑われる事になります。経営破綻しそうな会社の社債が価値を失うのと同じです。

■ 怖いのは「外的要因」 ■

少子高齢化によってよって内的要因によるインフレは発生する可能性は低いのですが、原油価格の高騰の様な外的要因によるインフレは日銀にも政府にもコントロールする事が出来ません。


こう考えると「異次元緩和の限界」は「外的要因によるインフレ」である事が理解出来るかと思います。

もう一つ怖いのが、国内の巨大金融機関の経営破綻。私は「世界最大の投資銀行」と化している「ゆうちょ銀行」が危ないと危惧しています。リーマンショック級の金融危機がもし発生するとすれば、「ゆうちょ銀行」が被る損失は甚大でしょう。ここで「ゆうちょショック」が起きて、全国的に預金引き出しの動きが高まると・・・異次元緩和が継続出来なくなります。


はてさて、異次元緩和に引導を渡すのは「中東戦争」か、それとも「ゆうちょショック」か?
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2019/2/25

「統合政府」という幻想・・・人口動態を直視するべき  時事/金融危機
 

■ 「統合政府で考えれば政府の借金はチャラ」 ■

三橋貴明氏や高橋洋一氏がさかんに宣伝する「統合政府」。

1) 日銀は政府の子会社
2) 政府と日銀を連結決算にしたら政府の借金は日銀の資産になる
3) 「政府+日銀}=「統合政府」と考えれば、財政赤字は事実上ゼロになる

一昔前は「キワモノ」扱いされていた「統合政府」ですが、最近は池田信夫氏も普通に使い始めています。経済学的にんもホットワードです。

誰にでも分かる簡単な算数なので、一般の人にも理解し易い。

以前は「中央銀行の独自性が失われたら通貨の価値がって極端なインフレが発生する」という説が学者の間の常識でしたが、異次元緩和(隠れ財政ファイナンス)が長期化しても一向に金利上昇の気配すら無いので、常識的?な経済学者も「統合政府」論を無視できなくなっています。

■ 数字のトリックで遊ぶ前に、人口動態を直視すべき ■


「統合政府によって国家の借金はチャラ」という数字のトリックに安心してしまった人は下のグラフを見て下さい。

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これは2040年、今から20年程未来の日本の人口動態です。出生率が急激に上昇でもしない限り、かなり高い確率で、日本の年齢別人口はこの様な比率になります。

青色の労働人口が、赤色とオレンジ色の高齢者と、緑色の子供の生活を支える訳ですから、労働者の税と年金、そして医療費の負担は相当に高い・・・と言うか、もう無理・・・。

若年層の負担増だけでは財政も社会も維持出来なくなる事が明確なので、「財政ファイナンスで財政を維持される=統合政府論」が台頭して来ているのです。

■ 夫が妻にお金を貸しても「借金は増えない」の嘘 ■

「統合政府論」を唱える人は「夫が妻にお金を貸しても、その家の借金は増えないよね」などと本気で言います。

こんな発言をする人は、通貨が2種類存在する事を知らない人です。

1) その国の中で流通する通貨
2) 世界で流通する通貨(基軸通貨)

「統合政府」論で借金が相殺されるのは「国の中で流通する通貨」=「円」です。円を大量に発行すれば、円はドルに対して値下がりします。異次元緩和で円はドルに対して半額近く減価しています。


■ 過剰な供給力がインフレを抑制する ■ 

しかし、円が減価しても国内のインフレは加速していません。何故か・・・それは貿易収支がバランスしているから。日本は輸出でドルを稼ぎ、それで原料や食料やエネルギーや様々な物資を輸入しています。これがバランスしている間は、充分な供給力が存在するので極端なインフレは起こりません。さらに新興国から輸入される安い製品が、「円の減価」の影響を相殺します。

1) 貿易収支は黒字か若干の赤字
2) 新興国からの安い輸入品が円安の影響を相殺
3) 充分な供給力が、国内のインフレを抑制

世界全体で観れば新興国の発展で「過剰な供給力」を抱えています。これが先進国のインフレを等しく抑制しています。

■ 賃金の伸び悩みが需要を抑制 ■

日銀が円を増刷しているのに、何故インフレが起きないのか・・・。その答えは簡単で、賃金が伸びていないから。これは国会での「統計偽装」からも裏付けられようとしています。

では大量に発行された円は何処に行ったのでしょうか?

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上のグラフは2013年から2018年の日銀の当座預金残高の推移です。ゼロ金利、マイナス金利下でも金融機関の日銀の当座預金残高が増え続けている事が分かります。5年間で300兆円程増えていますが、この多くが国債で運用されていますから、日銀が異次元緩和で購入する年間60兆円程の国債は、ほぼほぼ当座預金の増額分で購入されている事が分かります。

その間、家計も企業も預金残高を増やし続けています。家計の預金の主体は65歳以上の高齢者です。

1)高齢者が年金を預金する
2)企業も内部留保を増やす
3)銀行預金が日銀の当座預金に積み上がる
4)日銀が当座預金で国債を購入する
5)国債発行が年金に化ける

「高齢者の預金」+「企業の内部留保」 ←→ 「日銀の当座預金」

こででは賃金が増える訳が有りません。当然、インフレ率も抑制されます。

■ 金利差によって海外に吸い出される円 ■

日本国内のインフレ率の低迷は、海外への資金流失を加速します。よりましな金利を求めて、様々な投資や銀行預金の運用を通じて、円はドルに姿を変え、海外に流失します。

当然、その運用益は国内に還流しますが、それが海外に再投資されたり、預金の積み上がったままになります。

■ 貿易収支と所得収支が支える日本 ■

所得が増えない環境下でのインフレの進行は、庶民の生活を破壊します。

今の日本において、「異次元緩和を行ってもインフレ率が上昇しない」事は、むしろ喜ぶべきです。

これが日銀と財務省の正確なコントロールの成果なのか、或いは企業の不断の努力の結果なのかわ分かりませんが、幸いにも現在は経済は安定しています。

しかし、その安定が、様々な幸運の微妙なバランスの上に成り立っている事は忘れるべきではありません。人口動態のグラフを改めて観れば、そのバランスが崩れる可能性の方が高い事は誰の目にも明らかなのだから。

「統合政府の観点から見れば、国家の借金はチャラになる」というのは、数字のトリックに過ぎない事が理解頂けたでしょうか。
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2019/2/19

「荒い値動き」の理由が異なるダウと日経平均  時事/金融危機
 

■ 「荒い値動き」のダウと日経平均 ■

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NYダウの株価と出来高


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日経平均の株価と出来高

私は投資とは無縁ですから、株価などは天気予報の気温程度の認識しかありません。だから、気温の変化から季節の推移を知る様に、チャートを眺めながら景気の推移を楽しむ。

「今日は昨日より寒いね」とか「明日は暖かくなりそうだ」などと言いながら天気予報を見るのが一般の投資家だとすれば、私などは「去年よりも今年の冬は暖冬になりそうだね」などと言いながら株価チャートを眺めている。

2017年までは「ゴルディーロックス相場」などと呼ばれ株価の値動きが少なかったダウですが、2018年からは荒い値動きが続いています。それに吊られる様に日経平均株価の値動きも大きくなっています。

■ ダウと日経平均の「荒い値動き」の原因が違う ■

株価だけ見ていると、ダウも日経平均も同様に「荒い値動き」で、日経平均はダウの影響を受けているとも言えます。

しかし、出来高を比較すると、全く異なる事に驚きます。ダウは2018年以降、顕著に出来高が拡大しています。大量の資金が動く事で株価の変動幅が拡大している事が分かります。

一方、日経平均の出来高は、むしろ少なくなっています。なのに値動きが激しくなっている。

■ 日銀やGPIFが大量に株を保有する事で値動きが荒くなる日経平均 ■

日銀やGPIFは大量の日本株を保有していますが、日経平均に影響を与え易い値かさ株も当然大量に保有しています。ファーストリテーリングやソフトバンクなどです。

日銀やGPIFは株を長期で保有しますから、これらの値かさ株の市場での流通量は当然減ります。すると、少量の株の売買でも大きく値動きが起こります。海外勢はこの状況を理解していますから、先物市場を絡めて日経平均株価を自由に操作する事が出来る。

1) 海外の投資家が日本の値かさ株を売り仕掛け、日経平均を下げる
2) 連続して下落が続くと、日銀とGPIFが株を大量に買い入れる
3) 海外勢は日銀がGPIFが底値を支えてくれるので安全に日本株を売り抜ける
4) ある程度値が下がった所で、値かさ株を買い、日経平均を吊り上げる

まあ、こんな事の繰り返しで、日経平均は自由に海外勢に操作されているのです。そしてカモは日銀とGPIF。

■ 米国への資金還流によって加熱するダウ ■

一方、2018年以降の出来高を見ればダウは資金流入によって加熱感が有ります。これは世界の資金が米国に還流している事の裏返しです。

米国内でダブついている資金は、金利上昇によって損失が発生する可能性が有る債権市場に滞留し難くなっている。昨年末以降はジャンク債市場は新規の社債の発行が極端に減り始めています。結果的に株式市場に資金が集中し易い状況です。

この様な状況で本来なら株価は右肩上がりに上昇するのですが、FRBの利上げが株かの上値を重くしています。FRBの利上げ予測に過剰に反応して、大量の資金が株式市場から出たり入ったりする事で、株価の動きが荒くなっているのが現在の米株。ただ、全体的には米国への資金還流が続いているので、株価は大きく下落しても、ジリジリと値を戻して行きます。

■ 株価を支えているのは庶民のお金 ■

個人の投資家は「ボラが大きい方が儲かる」などと言っているかも知れませんが、相場の動きが荒くなるのはバブル崩壊の前兆です。

多分、バブルを仕掛けた連中は、とっくに資金を引き揚げています。現在の市場は金融緩和で膨れ上がった「実体の無いマネー」が徘徊しているだけの状況でしょう。これは、バブルが弾ければ消失するマネー。

面白いのは「実体の無いマネー」を最初に利用していたのはバブルに仕掛け人達ですが、彼らはとっくに利確して、今は個人の投資資金や年金資金などが株価を支えています。これらの資金はバブルが崩壊すれば棄損しますから、バブルの仕掛け人は、緩和資金を利用して個人の資産をかすめ取った事になります。

幾度となく繰り返される「バブルの仕掛け」ですが、そろそろ収穫祭というか、清算の時期が来るのでしょう。「荒い値動き」は収穫祭のファンファーレなのかも知れません。


【追記】

米社債市場ですが、2018年は投資適格の中でも最低のランクのBBB格の金利上昇(価格下落)が顕著で、さらに年末にはジャンク債市場の新規起債がほとんど行われない状況。これはFRBの利上げで金利差が縮小して、リスクに見合う金利が得られないと判断された事と、企業の債務の拡大に警戒感が高まった事に起因しています。

ところが、今年に入ってから、ジャンク債市場とBBB格の社債は人気を取り戻しています。原因は簡単で「価格が下がったから利回りが期待できる」と判断された事と、FRBが利上げ速度を緩めるのでは無いかという観測(期待)が高まった事。

市場に溢れるマネーは少しでもマシな金利に飢えていますから、何かに怯えて引き上げられたマネーも、ほとぼりが冷めと再びリスクの高い市場に戻って来ます。

ところで、私が定点観測しているゴールドマンサックスの債券ファンドの「妖精物語」ですが、投資先の上位にBBB格の社債が登場する様になりました。それと、フレディーマックなどのモゲージ債がいくつも登場しています。こういった「運用をせざるを得ない」資金が、リスクマネーを供給していますが、元を辿ると日本の老人が銀行に騙されて買った投資信託だったりします。

椅子取りゲームの椅子が減る中で、ゲームを降りた人達は勝組となりますが、ゲームに参加している事にすら気づかない個人が何時も犠牲になります。
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2019/2/13

金融危機は再び起こるのか・・・バブル崩壊の規模  時事/金融危機
 


日経新聞までが「そろそろバブルが崩壊するのか」などと書く昨今、何だかブログのネタが奪われた感じで更新が滞りがちです。

読者の皆さんの関心は「バブル崩壊の時期と規模」となります。これが予測出来れば大金持ちになれますが、金融のプロでも難しい。ならば素人は妄想を楽しむ以外に有りません。

私が最近安倍政権を批判しないのは、バブルが弾ければ安倍政権は勝手に終わると信じているから。それも「戦後最悪の首相」という肩書を背負って。

ただ、自衛隊の中東派兵が実行されるまで、安倍政権はまだ役に立つ・・・誰かさんの。




■ 金利上昇に締め上げられるアメリカの中小企業 ■

FRBの利上げに伴うアメリカの金利上昇は、アメリカの投資環境を確実に悪化させます。その証拠に市場はFRBの言動に過剰に反応します。

一方でアメリカの実体経済においても利上げはジリジリと中小企業の経営を圧迫しています。リーマンショック以降、ジャンク債市場の金利低下は、経営状況の好ましく無い企業や、シェール関連企業の資金調達の場となっていました。しかし、市場が混乱した昨年末頃はジャンク債市場の金利も上昇して、ほとんど新規の起債は無い状況。

一方、アメリカの中小企業の多くが、社債発行や株式発行で資金調達が出来ない企業ばかりなので、従来通り、銀行の融資で経営が成り立っています。そういった多くの企業にとって金利上層の影響はダイレクトに経営を圧迫します。

アメリカの中小企業も日本同様に赤字の企業がジリジリと増え続けており、FRBのさらなる利上げはこの様な企業にトドメを刺す可能性も高い。倒産件数がジリジリと上昇し、雇用も悪化します。

■ 「景気回復」の裏で進行した雇用の質の低下 ■

アメリカ文化の象徴でもある大型ショッピングモールですが、最近は経営破綻するモールも増えています。過剰に作り過ぎた事や、アマゾンなどネットショッピングに客を奪われている事も原因ではありますが、所得の低下が消費自体を落ち込ませている事も確かです。

リーマンショック前までは住宅価格の上昇によって、それを担保に借金による消費が拡大していましたが、これが住宅価格の暴落で一瞬にして消えました。現在は住宅価格は回復していますが、当時のバブル的な勢いは失われています。当然、借金による消費は限定的。

一方、「好景気」と言われるアメリカでも、労働市場の質の低下は日本同様に進んでいます。特に製造業が衰退する中で、所得の低いサービス業の労働力が拡大しています。小売りなどがその受け皿となっていました。

しかし、個人消費が落ち込む中で飲食店や小売が利益を確保する為には賃金を抑制するしかありません。結果的にこれらの労働は賃金の安い移民との奪い合いになります。さらに、amazonなど、効率化され労働力を必要としない新業態が、小売り店の経営環境を悪化させ雇用を縮小させるというダブルパンチに状態。・

確かに、大企業だけ見ると、アメリカ企業の労働生産性は高まっていますが、これは中小企業や小売店の利益や雇用を奪う事で成り立っています。

■ FRBが利上げをインフレ率や失業率に頼る事の危険性 ■

労働の質の低下によって賃金は低下するので、アメリカの消費は勢いが有りません。当然、インフレ率上昇に常にブレーキが掛かる。一方、リーマンショック以降の低金利によって、アメリカのゾンビ企業もどうにか生き延びていたので、雇用はある程度確保され、失業率は抑制されていました。

その結果、FRBが利上げの基準とするインフレ率の上昇も、失業率の上昇も、これまでは抑制されています。しかし、冒頭にも書いた通り、アメリカの中小企業の経営状況は、これ以上の金利上昇に耐えられない所に来ていますから、どこかの時点で倒産件数が急増します。これはジャンク債市場にトドメを刺すでしょう。

■ FRBが利上げ出来なくなると市場が沸騰する ■

中小企業の経営環境の悪化を無視する形で利上げを継続しているFRBですが、彼らが気にしているのは金融市場や株式市場の動向。

金融緩和の長期化によって、既にあらゆる市場は「過熱感の低いバブル」状態ですが、FRBが利上げのカードをチラつかせている限り、これらの市場は一気に加熱する事はありません。

ところが、利上げによって中小企業の経営が悪化して失業率が上昇し始めた場合、FRBは利上げ停止に追い込まれます。

「FRBの利上げ停止」は市場にとっては福音ですから、ここで市場が一気の最後の饗宴を演じるかも知れません。これが怖い。実体経済の指標と、相場の乖離が有る程度拡大した所で、市場はふと我に返るハズです。この反動で、相場は大きく崩れるハズです。

これが昨年末から今年初め程度の規模になるのか、或いは本格的なバブル崩壊となるのかは神のみぞ知るですが・・・。

■ 陰謀論的には、戦争の仕掛けが進んでいる事が気になる ■

「第二のリーマンショックが来るか」と聞かれた場合、市場の内側に居る人間は、そのシナリオは死活問題ですから「来ないに違いない」という希望を口にします。

一方、私の様な陰謀論者は「崩壊イベントを見て観たい」というネガティブな欲望を抱えていますから、世界のアチラコチラに崩壊のサインを捜してしまいます。

1) 中東戦争の準備が進んでいる
2) アメリカが中国をデカップリングしようとしている
3) 安倍政権が日ソ平和条約の締結を急いでいる

この三点が陰謀論者である私が「リーマンショック級の金融危機が起こる」と信じる理由です。歴史を振り返ると、大規模な金融危機の後には戦争が必ず起きています。これは「起きている」のでは無く「起こされている」。

世界の経営者は、世界の枠組みの変革に「金融危機」と「戦争」をセットで利用する傾向が有ります。戦争には理由と国民の同意が必用ですが、「金融危機」による「経済の混乱」と「市場の争奪戦」が戦争に対する国民の抵抗を弱めます。

■ 世界が平和になってゆくという幻想が崩れる時 ■

戦後70余年続いた平和によって、人類が世界的な戦禍に陥る事は二度と来ないと人々は信じていました。冷戦の終結がその幻想に拍車を掛けました。

しかし、今の状況ならば「中東で戦争が起こり、米と中露が対立して、新な冷戦がはじまる」と言っても誰も笑わないでしょう。

現に、米中は経済戦争を加熱させ、米露は中距離核兵器全廃条約を破棄しています。中距離核兵器(INF)は地域間対立における強い抑止力になりますから、この条約破棄は、その抑止力が将来的に必要になる事を示唆しています。再び冷戦構造になる。

日本政府はシナイ半島の停戦監視団の多国籍軍に自衛隊員を派遣して既成事実を作ろうとしています。これは、近い将来、中東で多国籍軍が投入される戦争が起こる事への布石です。自衛隊は必ずや中東の戦争に巻き込まれます。


ニュースや噂の断片から、人々が予想する未来は様々です。陰謀論者は「楽天的」なので、悪い未来を妄想して楽しみます。一方、真面目な人々は「悪い未来」を夢想する事を不謹慎と考えるので、現在が永続する事を望みます。


さて、あなたは何方でしょう?
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2019/2/11

2019冬アニメ ベスト  アニメ
 

2019年の冬アニメも中盤に差し掛かりました。

アニメ業界も作品の過剰供給が続く中で、上手な原画・動画が描ける人の奪い合いとなっているのは以前からですが、粗製乱造が続く中で、人材不足は著しい。業界の低賃金体質もそれに拍車を掛けます。数年で離職する人が多いので人材が育たないのです。当然、低予算作品の質の低下は加速するばかり。

一方で、人材不足をCGで補う動きは加速化しています。CG製作会社が元請になるケースも出て来て、日本のアニメもいよいよCGの時代に突入しました。(好むと好まざるに関わらず)

日本のCGはアメリカと違い「2次元を3次元でどうやって再現するか」という点に力が注がれています。日本アニメ独特の「2次元絵」を3次元CGで再現するのは至難の業です。各社、様々な工夫で試行錯誤していますが、最近は2次元に見える3次元のモデリングのノウハウも蓄積して来た様です。ただ、ヌルヌル動くのが気持ち悪いので、今後は動きの「タメ」や「デフォルメ」などの表現をどう「自動化」するかがカギになるかと思われます。


今期アニメの特徴は、観るべきアニメと、観なくても良いアニメの格差が歴然としている事。そしてダークホース的に面白い作品が無い事。そんなこんなで、速くもランキングの発表です。




第一位 『どろろ』

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『どろろ』より

■ どっしりとした時代劇として蘇る『どろろ』 ■

戦国武将の醍醐 景光は戦乱の世に終止符を打つべく48体の鬼神と契約します。「俺からどんな物でも奪っても構わない、その代わり俺に天下を取らせろ」と。その契約が叶ったのか、長男は生まれた直後に雷に打たれ、目も耳も手足も皮膚も無い状態に。その姿を見た景光は鬼神との契約が成された事を確信します。そんな姿の赤子でも「愛おしい」という奥方を制して、その子は乳母によって、そっと川に流されます。

赤子はある男に拾われ、義手義足を与えられ、百鬼丸と名付けられ、16歳になると旅に出ます。鬼神を倒し失ったものを取り返す旅に。途中、命を助けた少年どろろが旅の道連れとなり、鬼神達との対決が繰り広げられゆきます。


50年前の手塚作品ですが、現代の技法とセンスで、MAPPAが本気のアニメ化。「どっしりとした時代劇」に生まれ変わっています。往年のファンも、現在のアニメファンにも見応え十分の作品となっています。

■ 「ハトよ天まで」という隠れた名作の流れを汲む『どろろ』 ■

手塚治が1967年に「少年サンデー」に連載を開始した『どろろ』ですが、未完の作品です。アニメ化もされていますが、手塚作品の中では不人気とされていました。少年漫画誌で戦国時代の暗くドロドロした話は受けなかったのでしょう。

私はキラキラした手塚作品は苦手で、手塚作品で一番好きなのは、中学校の図書室で読んだ「手塚治 初期作品集」に収録されていた「民話ファンタジー」の『ハトよ天まで』だったりします。これ本当に「隠れた名作」と呼ぶにふさわしい作品で、今でも一コマ一コマをはっきりと思い出す事が出来ます。

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「ハトよ天まで」より

ふとしたきっかけで人間の双子の赤ん坊を育てる事になった大蛇の母親。人の姿となって、人間の夫と、子供達と幸せな時間を過ごしますが、夫は天狗の「黒主」に殺されてしまいます。子供達はやがて立派に成長しますが、母の本当の姿を知ってしまいます。母は子ども達の元を去ります。成長したハド丸とタカ丸は、父の敵の「黒主」に挑みますが破れてしまいます。二人は別々の道を選択して再び復讐を誓いますが、やがて二人は対立してゆく事に・・・。手塚治が童話「龍の子太郎」に着想を得て1964年から1967年に発表した作品ですが、『どろろ』の連載の直前まで描かれていたので、『どろろ』はこの作品の流れを継いだとも言えます。


■ 時代劇を消化した『どろろ』 ■

手塚治の『どろろ』を現代の手法で描くとこれ程までに面白くなるのかと驚愕。手塚作品のリメイクは何回も行われていますが、巨匠に気を遣うあまり「手塚臭」が抜けないものが多かった。「手塚臭」とは何か私も明確に答えられませが「漫画黄金期へのノスタルジー」と勝手に解釈しています。

手塚作品としては知名度のワンランク下がる『どろろ』ですが、今回のアニメ化では「時代劇」として漫画的な世界と切り離す事で、ストリーテイラーとしての手塚治の素晴らしさが浮き彫りになっています。

とにかく作画、演出ともに素晴らしいの一言。時代劇のアニメの傑作に1990年に発表されたOVAの『THE八犬伝』が有りますが、まさに同質の空気感や世界感を共有する作品となっています。その根底には日本映画の時代劇の膨大な蓄積が有ります。

アニメ版『どろろ』の冒頭の大雨のシーンは黒沢監督の羅生門のそれですし、河原のシーンなどは「子連れ狼」などを彷彿とさせます。ロングのカット、モンタージュのタイミング等など、細部にまで時代劇の血脈を感じずにはいれません。

■ CGの時代に咲いた最後のあだ花 ■

とにかく、この作品、動画のクオリティーの高さは圧倒的です。ヌルヌル動くとか、派手な構図で動き回るといった方向ではなく、基本的な動きに手抜きが一切ありません。第一話のどろろが登場するシーン。市で盗品を売るどろろが振り返る瞬間の1秒には、背筋が寒くなる感覚すら覚えます。現在のCGでは、遠く及ばぬ次元。

今後、日本アニメもCGが主流になり、1枚1枚を職人技で動画を描くなどという時代では無くなるのでしょう。だからこそ、今、人が頭の中で動きをシミュレートして、手描きでそれを再現した「職人的な技術」を後世に残そうという意気込みは並大抵では有りません。

監督は『るろうに剣心』のOVAの古橋一浩。シリアスな殺陣シーンに定評があります。

■ 小林靖子には是非、大河ドラマの脚本をお願いしたい ■

シリーズ構成と1,2,5話の脚本は小林靖子。彼女以外の3、4話と見比べると、彼女の脚本の凄さが良く分かります。3,4話は「定型」のセリフが続きます。次の一言が何となく読めてしまう。それに対して小林脚本は「言葉を飲む」のが分かります。そこで発せられそうな一言をキャラクターが言わない時が有る。そして、その一瞬にキャラクターに血が通います。

小林脚本はキャラクターが本当に実在して、そして彼らが実際に話しているような錯覚を覚えます。「セリフを飲む」のもキャラクターの意思が、そのセリフを言わない様に感じさせる。

私は小林靖子が大河ドラマの脚本を書くならば、TVを買って、NHKに受信料を払うと宣言します。(今はTV無いけど・・・)

■ 手塚愛に溢れるOP、そしてかわいらしいEDが素晴らし過ぎる ■

OP、EDも素晴らし過ぎます。特にOPは手塚原作のシーンを忠実に再現。


『どろろ』OP より



『どろろ』ED より





最後にこんな画像をネットで見つけました。

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『どろろ』ゲーム版より

どこの卍さんかと思ったら百鬼丸でした・・・。

ちなみに実写映画版が先に公開されていますが、アマゾンプライムで無料で観る事だ出来ます。私は5分と観る事が出来ませんでした。アニメ版の方が「時代劇」としての風格が破格に違い過ぎます。


第ニ位 『ブギーポップは笑わない』

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『ブギーポップは笑わない』 より

上遠野 浩平が1998年に電撃文庫から発表した「ライトノベルの歴史的名作」。奈須きのこ(『空の境界』)や西尾維新(『化物語』)らが多大な影響を受けた作品のアニメ化。(私は未読です)

この作品の2位には異論も多いでしょう。電撃文庫創刊25周年作品として『とある魔術師の禁書目録V』と共にかつてのベストセラーのアニメ化ですが、今の若者に『ブギーポップシリーズ』は読めないでしょう。江戸川乱歩から連なる「伝奇小説」に属する作品ですが、アニメから察するに「時制の倒置」や「入り組んだ多視点」や「あえて核心を描かない」事で、構造的に非常に難しい作品の様です。(『サクラダリセット』も同じ手法)

大人が読むにはファンタジー的な要素が邪魔ですが、児童書に分類するには描写もグロく、内容も難しい・・・。若者向けの「分類不能」な作品の受け皿としてライトノベルというジャンルが無ければ生まれなかった作品です。

その昔は「ソノラマ文庫」や「コバルト文庫」がそのライトノベルの創成期をを担っていましたが、1984年に角川の「スニーカー文庫」と富士見書房の「富士見ファンタジア文庫」が創刊され、いよいよライトノベルの時代の幕が開きます。

その後、角川文庫社内の対立で、弟の角川歴彦らが独立して作った会社がメディアワークス。スニーカー文庫の人気作家達をごっそり引き抜いて誕生したのが「電撃文庫」です。電撃文庫からは数多くの人気作家や人気作品が排出されました。『ブギーポップは笑わない』は1997年の電撃ゲーム小説大賞となった作品。


高校生たちの間で「ブギーポップ」が都市伝説として話題になっています。「全身黒ずくめのマント姿だって」「女の子の一番キレイな時に殺してくれるんだって」など、噂は様々です。

同時期、女子高生達が失踪する事件も立て続けに起きていますが、学校側は「若者に良くある家出」だと解釈して重要視はしていません。しかし失踪の裏には・・・。

さて、ブギーポップが颯爽と現れて事件を解決してくれるのかと思うと、どうも彼女は事件の外側を徘徊しているだけ。関わったとも、関わらなかったとも言える中途半端な感じで、失踪事件は幕を閉じます。ブギーポップはあくまでも「バランサー」なのだと語ります。

終始こんな感じで、「肝心な何か」が語られません。物語の時制もかなり複雑にシャッフルされているので分かり難い。ただ、「ただならぬ雰囲気」だけが濃密に充満しています。これこそが「厨二病」の本質なのかも知れません。「何でも無いものを誇大に表現する」・・一種の「表現主義」とも言えますが、かつての若者達は、この作品に夢中になった。

20年以上を経て、この作品が色褪せたかと言えば、全くその様な事はありません。今でも十分に魅力的で、江戸川乱歩と同じ匂いを漂わせています。ただ・・・今の「幼稚なラノベ」に慣れてしまった若者には、ちょっと受け入れ難いかも知れません。

角川書店が電撃文庫や富士見ファンタジー文庫を傘下に収め、『サクラダリセット』や『塩の街』など、かつてのラノベの名作が角川文庫に編入され、大人向けの小説と認知される中で、『ブギーポップシリーズ』はライトノベルの指標として、電撃文庫に残されるのでしょうか。

かつて発売されたOVAアニメ版は、本編をアニメ化するのは不可能と判断して、サブストーリーを映像化しましたが、今回はマッドハウスが本気のアニメ化です。原作にある「文章ならではの、持って回った様な言い回し」や「行間の闇」を、どこまでアニメで再現できるのか?文学表現を駆使した『サクラダリセット』のアニメ化と同様に、とてもハードルの高い挑戦で。

「分からない物はツマラナイ」と切り捨てる現代の若者に「分からない物はオモシロイ」を問いかける作品として、私はマッドハウスの挑戦に拍手を送りたい。

音楽は『聲の形』の牛尾慶輔。これだけでも一見の価値はあります。



『ブギーポップは笑わない』PV より



第三位 『ケムリクサ』


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『ケムリクサ』より

『けものフレンズ』でその名を馳せた「たつき」監督と「ヤオヨロス」の製作。

赤い霧で満ちた廃墟の中で懸命に生きる少女たちと、どこか他の世界からやって来た少年のロードムービー。少女たちは「赤虫」という機械に襲われますが、植物から借りた力でこれを撃退します。しかし、水が乏しくなると植物は枯れてしまう・・・。彼女たちは水を求めて、危険な旅に出る。

私、はっきり言って『けものフレンズ』は全然分かりません。もう見ているだけでイライラして来る・・・。(よたろうさん、ごめんなさい)

だけど、『ケムリクサ』は良い!!。大好物です。特に「りつ」ネーサンは俺のヨメ。りなっちは二号、三号、四号・・・。

チープなCGの「非実在感」を逆手に取って、シュールなファンタジーワールドを構築するセンスには舌を巻きました。「けものフレンズ」ではキャラクターの可愛さが強調されて、そこにファンが萌えてブームを巻き起こしましたが、実はキャラの可愛さの根源は「シュールさ」にあったのですね。

チープさを逆手に取る手法として蛙男の「鷹の爪団」などが思い浮かびますが、たいがい「シュール」を「笑い」に転じる場合が多い。しかし『ケムリクサ』では、「シュール」はゲーム世界の中の様な「実在感の無い存在の儚さ」を作り出す事に成功しています。

「赤虫」達に襲撃される少女たちの存在は、あまりにも儚く、そして何人かの仲間を実際に失っています。カゲロウの様な存在の彼らが、それでも必死に生きる姿にある種の「無常観」が漂う。

ロードムービー系の作品の特徴として「中身スッカラカン」の作品で、そこが評価の別れる所でもありますが、俳句や短歌を味わう様に、ミニマムの中から視聴者が何かを見つけていくべきだと思います。サービス過剰な作品が氾濫する中で、この割り切り方は凄い。

「たつき」監督。凄いセンスしてます。


第4位 『モブサイコ100』第二期

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『モブサイコ100』より

二期目の作品は原則的に選ばないのですが、この作品は凄い。一期終盤のテンションを一度リセットしてから、二期で再びモブの日常と成長を描きます。

原作が面白いのですが、アニメは原作の簡略化された絵を上手に使っています。それは・・・「動かし易い」という点。多少絵柄が乱れた所で全然気になりませんから、戦闘シーンで作画が動く動く。

これも手描きアニメの最後のあだ花的な作品ですが、ドラマもしかりしているので、単なる「作画厨」向けの作品ではありません。さすがはボンズ。


第5位 『ドメスティックな彼女』

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『ドメスティックな彼女』より


小説家を志す真面目な男子高校生が、合コンのカラオケで知り合った行きずりの女子高生とSEXしてしまう。でも、その子は父親の再婚相手の娘だったのです。さらにあろう事か、彼がひそかに思いを寄せる女教師は、その子の姉だった・・・。一つ屋根の下で暮らし始めた彼らには、いったいどんな運命が待っているのか・・・。

一般紙のマンガは意外にSEXのハードルが高い。パンツを見て盛り上がり、キスで舞い上がり、ラッキースケベで胸を触ってドッキリしても、なかなかSEXまでの道は遠い。リアルな高校生は「SEXなんて普通」なんて子達が大勢居るご時世に、マンガの世界は意外にも真面目です。

そんな中で少年マガジンは「SEXありのの恋愛」を描く事を得意?とする雑誌ですが、いきなり主人公同士がSEXして始まる作品は前代未聞でしょう。(大人の小説では良くあるパターンですが)

一度SEXした仲だから、同じ屋根の下に住んでいても「大丈夫」。ちょっとやそっとの事は恥ずかしくありません。だから、異性として過剰に意識もしない。だって、彼は姉の方にぞっこんなのだから・・・。まあ、色々とツッコミ所はあるでしょうが、エッチだけれども意外に真面目な作品で、家内もニヤニヤして観ています。

ちなみにOPが出色の出来。


『ドメスティックな彼女』OP より

第六位 『約束のネバーランド』

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『約束のネバーランド』より


大好きな「ママ」と暮らす孤児院の子供達。12歳までに里子に貰われてゆく子供も多く、最年長の12歳は3人だけ。この3人、学力優秀で運動も出来る。

そんな孤児院には実は秘密があった。ある日、里子に貰われるコニーの忘れ物を届けに後を追ったエマとノーマンは、自分達が何の為に育てられているのかを知ってしまいます。そして、年長の3人は全員で脱走する事を決めます。ただ、誰かがママに密告している疑いが・・・

さすがは様々な漫画賞を取った作品だけありあます。サスペンスとして出色の出来。ハリウッド作品でも、ここまで良く出来たサスペンスはそんなに無いのでは。


第七位 『五等分の花嫁』

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『五等分の花嫁』より

ギャルゲー方式の気軽なラブコメですが、家内のお気に入りなので。どうも家内は「俺様」もののギャグ作品がお好きな様です。ちなみに私は家内の下僕。

今期のオアシス的作品なので私も楽しんでます。



第八位 『賭ケグルイ』第二期

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小林靖子の信者としては外せません。第二期、唐突に賭けのシーンから始まって、第一期のテンションに強引に引きずり込まれる視聴者。シリーズ構成って大事ですよね。



第八位 『revisions』


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『revisions』より

ランキングに入れようか微妙な作品ですが、一応、谷口悟朗作品なので紹介までに。『ガサラキ』や『コードギアス』などネトウヨ的な主張が見え隠れする谷口作品ですが、今回も「平和ボケ」に一撃を加える内容。


以上、気が早いとは思いますが、多分、シーズンが終わっても順位は変わらないでしょう。多分。


【追記】 電撃文庫25周年と名打たれた『とある魔術師の禁書目録』の第三期。長い間ファンが待望していましたが、やはりというか、残念な事にというかグダグダな内容。原作の情報量が多いので、シリーズ構成で少し整理する必要があるのでしょうが、ここが上手く無い。特にイギリス編は原作未読の視聴者には何が何だか分からない酷さ。(作画も非常に残念)

『とある・・』のアニメ版は、本編よりも長井龍雪(『とらドラ』や『あの花・・』の監督)が手掛けたサイドストーリーの『とある科学の超電磁砲』の方が評価が高いのですが、これは一つ一つのエピソードにじっくりと時間を掛けているから。むしろ少々冗長な感じがする位いですが、鎌池和馬の原作の情報量を正確に伝えるには、この位の尺が必用になるのでしょう。

SFというジャンルは元来情報量が多く、映像化に当たっては、セリフ以外で説明される部分を映像で表現する必要が有りますが、『とある・・』シリーズは各勢力間の関係も非常に複雑なので、アニメのテンポではどうしても未消化になり易い。

という訳で、アニメ三期が「訳分からん」ので、思わず電子書籍で「ポチっとな」しちゃいました。原作・・・面白いです!!

アニメ三期、無理に二期の続きをやらなくても「新約」版の11巻の「食蜂編」から始めれば新しいファンも獲得出来たのではと思うと残念です。
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