2019/9/12

災害報道に見るメディアの報道の驕り・・・災害報道とネットのリアル  時事/金融危機
 

■ 台風15号の最大の被災地は南房総地域 ■

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鴨川市内 写真はネットより

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南房総市内 写真はネットより

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館山市内  写真はネットより

猛烈な風を伴った台風15号が千葉県を横断しました。

TVのニュースは組閣報道が中心で、台風に関する報道は、倒壊した市原市の送電鉄塔や、千葉市周辺の停電や断水の映像が中心。しかし、甚大な被害が発生したのは、館山市や南房総市や鴨川市といった、南房総地域の情報はほとんどされませんでした。

昨年の西日本豪雨に際して自民党議員が赤坂で酒宴を開いていて対策が遅れた事が問題になりましたが、(さらには麻原彰晃の死刑執行報道が重なった)、今回はマスコミ各社も組閣報道ばかりか、煽り運転報道などを垂れ流して、被災地の状況把握が出来ていなかった可能性が有ります。

房総半島南部では、停電や断水に加え、家屋が倒壊したり、折れた電柱が道を塞いだり、土砂崩れで道路が寸断されたりしています。多くの民家の屋根材が飛ばされ、応急処置用のブルーシートが足りない状況です。

停電と断水が続き、コンビニやスーパーにも商品が亡くなった為に、生活にも大きな支障が出ています。

■ 報道されない惨状を、SNSで伝えた南房総の人達 ■

当初、ニュースの報道は君津市や木更津市や東金市など、ニュースのクルーが行きやすい地域に限定されていました。報道各社は手っ取り早くニュース素材になる映像を撮影したいので、車で比較的容易に行ける地域の取材しかしません。

これに痺れを切らしたのが、被害の大きかった南房総に住む人達です。「何故、自分達の惨状が世間に伝わらないのか...」

彼らはSNSを使って被害状況の写真や、断水や停電の状況を活発に発信し始めました。さらには、どこに行けば携帯が充電出来るとか、どこに行けば自家発電でクーラーが効いているなどという情報も盛んに発信します。

一部の災害専門家や、情報の専門家が比較的早い時点で、この動きに着目しています。メディアが掬い取れなかった情報を、人々が自ら発信する時代の一つの典型として興味深い。


■ 亀田総合病院や、大規模ホテルの神対応 ■

9日の月曜日は電気も水も止まった状況で、35℃を越える酷暑が被災地を襲いました。高齢者などは命の危険を伴う状況です。

そんな中、鴨川市内の大規模病院の亀田総合病院は、SNSを通じて、次の様な情報を次々に発信しました。

1) 冷房の利いた病院内のパブリックスペースを市民に開放
2) 病院内のコンセントを携帯の充電用に開放
3) 病院内の風呂やコインランドリーの施設を開放
4) 病院内のコンビニを通じて飲料水や食料の供給
5) 病院の備蓄の飲料水などの供給
6) 病院内のWiFiを開放

これらの神対応はネットで一気に拡散されていました。

又、鴨川グランドホテルや、鴨川館や、ホテル三日月などの大型ホテルは、停電と断水の続く地域の住人に限り、ホテルの風呂を使える様にしました。この情報もネットを通じて拡散されました。

各公共施設も、携帯の充電サービスを行い、備蓄は配給を行っています。お寺も、本堂やトイレを開放した所があります。


■ 東電の責任を追及する記者会見には反吐が出そうだった ■

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11日22時 東電発表の停電地域・・・朝日新聞ネットニュースより

現在も千葉市内を始め、県内の多く地域が停電し、浄水場なども停電で稼働出来ず、水道用のポンプも動かなくなった為、各地で断水が続いています。

鉄道各路線も未だ復旧していない地域が有ります。外房線は上総一宮から先が、内房線は君津より先が不通のままです。

昨日、夜、ネットニュースで東京電力千葉支社の記者会見の模様が放送されていました。記者達の質問を聞いているうちに胸糞悪くなりました。

彼らは「上から目線」で、「大規模停電の原因は何か」、「千葉支社の責任範囲はどこまでか」、「人的なミスは無かったのか」、「いつになったら復旧するのか」、「復旧を妨げている原因は何か」、「復旧活動に当たり作業員の人的被害は出ていないか」などと質問してゆきます。

質問される東電側も、企業などに対する補償の問題も有りますから、安易な回答は出来ません。当然、歯に物が挟まった様な返答に終始します。

これでは、視聴者は「東電に責任が有る」と錯覚します。このやり取りは、福島第一原発の事故の時に見た状況に似ています。想定を超える大規模な自然災害が起きた時に、インフラは当然壊れます。建築基準法が想定する風速は45m(沿岸部で60m)ですから、それを越える風が吹けば、壊れる可能性は高まります。では、風速100mを想定すべきかと言えば、経済的に無題が増えるばかりなので無意味です。


■ メディアの意味をはき違える記者達 ■

「原因は何か」など聞くだけ野暮ってもんです。台風の強風で送電鉄塔が倒れ、各地で電柱が折れ、倒木で電線が各所で寸断されているのすから、停電は当たり前です。

復旧が遅れているのも、被害の範囲が広範で、さらに高圧送電鉄塔の倒壊など甚大な内容も含まれているからに他なりません。

復旧の目途が立たないのも、かろうじて送電経路を確保しても、その先で様々なトラブルが新たに見つかるからに他なりません。

記者達は不機嫌そうに東電に質問を投げつけるのでは無く、先ずは不眠不休で復旧活動にあたる彼らの労をねぎらうべきでしょう。そして、彼らが如何にして復旧活動を実施しているのか、国民に分かる様に上手に質問をしてあがるべきなのです。

確かに視聴者の最大の興味は「いつ復旧するのか」「何が原因か」にあります。しかし、現場で復旧に当たる作業員の奮闘にも私達はきっと感動を覚えるはずです。

記者会見で東電を吊し上げる一方で、現場で風雨の中、復旧作業を取材するクルーがどれだけ居るでしょうか・・・。


メディアは「自分達が正義」である事を疑いません。「正義が悪を糾弾する」というシナリオに沿って取材し、報道します。


彼らは「絵になる素材を手っ取り早く手に入れて、他社に先駆けて報道する」事にしのぎを削ります。そこからは「リアル」が抜け落ちる事が在ります。今回も、台風のリアルを伝えたのはメディアでは無く、SNSに溢れる普通の人々の声でした。


誰もが携帯電話のカメラを常時持ち歩き、ネットに繋がる環境があれば、誰もが情報発信出来る時代に、「ヘルメットを被らされたリポーターを強風に晒す見世物」を未だに続ける既存放送局は、既に時代遅れの存在になりつつあるのかも知れません。



<追記>

TVの報道などは、「視聴者の興味」をバロメーターに配分を決定しますから、自分の身近で無い地域の台風に被害報道では視聴率は取れません。ただ、被害が大きく、報道映像バエが良い場合は、各社ヘリコプターを投入してまで映像確保にしのぎを削ります。

これは視聴率確保を使命とする民法各社では仕方が無い事と理解していますが、少なくともNHKは地方局も有るのだから、もう少し情報提供があっても良かった。

組閣に関しては、人命にただちに関わる事態でも無かったので、政府としては組閣を優先したと解釈します。野党には突っ込まれるかも知れませんが、致命的では無い。


結局、マスメディアは「マス=大衆」を相手にする事を使命にしているので、少数者や地域の動向を細かく報じる事が出来ません。

一方、「個の集団」が形成するSNSなどのネット空間は、個人レベルの細かな情報伝達に適しています。今回の南房総の被災状況も、ネット拡散によって私の目に留まる事となりました。

ところで被災地の真っただ中に居た娘はLINEで家内に「電気来てない、食べ物無い、洗濯できん」程度の情報しか寄こさなかった。

私が惨状に気付いたのは、父が入居している老人ホームから、入居者達が近くの病院に避難しているとの知らせがあったから。病院は自家発電が有りますからクーラーが効いていますし、電灯も点灯します。

マスメディアとネットの情報の性質の違いを明確にした今回の台風被害ですが、ネットの問題点は、情報を意図的に取りに行くか、或いは、ある程度の情報拡散があって検索サイトやSNSの上位に情報が浮かび上るまで、情報に触れる事が出来ない点です。


一概にネットが良いとか、マスコミがダメという話では無く、情報を受け取る私達が「補完」しながらそれらを利用する事が肝心なのでしょう。
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2019/9/12

田舎暮らし・・・雑感  分類なし
鍛冶屋さんのコメントへの返答が長くて1000文字を越えてしまったので、記事にしました。


■ 台風で孤立した南房総は、SNSを通じて惨状を情報拡散した ■

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鴨川市内・台風の強風でなぎ倒された電柱   写真はネットで拝借しました


台風被害、千葉県南部の惨状が凄まじいいのですが、メディアは君津や木更津辺りまでしかスタッフを派遣しないので、館山市、南房総市、鴨川市の状況が全く伝わっていません。

停電と断水が続いていて、スーパーやコンビニの商品も底を付いた状況で、住民達は、SNSで情報拡散を試み、自分達の窮状を伝えるという、まさにネット時代ならではの動きを見せていました。

■ 災害時における都会と田舎 ■

災害一つ取っても田舎は簡単に孤立してしまいますね。ただ、東京で同様の状況が発生したら、コンビニやスーパーの荷物は棚から持ち去られ、停電の暗闇でレイプなどの犯罪が多発するでしょう。(阪神大震災では起きたみたいですね)

「匿名の誰か」は、社会の規範が緩んだ時に、犯罪を犯すハードルが低くなります。一方、田舎など小さなコミュニティーでは、相互に助け合って急場を凌ぐ事が出来ます。

■ 田舎と一言で言っても、山奥の限界集落から、中規模の地方都市まで様々 ■

ところで、「田舎」と一口に言っても、私の想定する田舎は「地方都市」です。良く「田舎暮らし」の雑誌で紹介される様な「集落」では絶対に生活出来ないと考えています。やはり閉鎖的なコミュニティーによそ者は排除されます。

ただ、ある程度の地方都市でも、消防団に入ったり、町内会の活動に参加したりと、地域活動に加わらねければ、その土地の住民としては受け入れられないでしょう。

■ 「都会」とは元々ある「田舎」に圧倒的な多数の「よそ者」がオーバーラッピングしたもの ■

私の住む浦安の旧市街にも消防団も有りますし、町内会も有ります。昔からの住人はこれらに参加する事が当たり前ですが、アパートやマンションの住人は一切の関わりを持っていません。マンションなどは管理組合が自治会の代りとなっています。

東京の下町などでも旧住民は昔ながらのコミュニテーを維持していますが、圧倒的に多い新住人がこれらの存在を覆い隠しています。

「都会は自由」というのは、「都会に移住してコミュニテーに加わらない人の自由」ですが、一方で彼らは会社というコミュニティーに縛られ、ママ友の様な新たなコミュニティーを必死になって構築します。


■ 「仕事」を通じた地域貢献が田舎暮らしには必須 ■

都会のコミュニティーから逃げ出す様に田舎暮らしを始めた人の多くは「挫折」する可能性が高いと思います。

やはり世の中ギブ&テイクですから、移住した先の地域に何等かの貢献が出来なければ存在を認められ、コミュニティーに溶け込む事は難しいでしょう。

その意味において「仕事」は地域貢献の一つですから、やはり移住するにしても、老齢になってからでは無く、50代で移住する必要があると私は感じています。

ただ、地方に「仕事」が無い事が、多くの田舎暮らしを求める人を思い止まらせています。無ければ創れば良いえすが、そこまでの能力を有する人は希です。ただ、ネットの時代、リモートワーキングの拠点として地方都市を選択出来る時代になった事は希望ではあります。

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