2020/7/10

御唱和下さい『ウルトラマンZ』・・・円谷の歴史を逆手に取る  アニメ
 

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■ 規格外のウルトラマン、『ウルトラマンZ』 ■

幼稚園の頃、ウルトラマンの絵を友達のノートに描いて、おやつを分けてもらっていた私にとって、ウルトラマンは、勤労経験の原点とも言えます。だから、新作が出る度に10秒程度はチェックしますが、1話を通して見る様な作品は、ここ20年程出合っていません。

特撮版のウルトラマンは平成に入り、過去の「ウルトラマン兄弟」路線から縁を切って、解体再構築された『ウルトラマン・ティガー』のヒットで、リアルウルトララマン路線がしばらく続きます。これは、海外で『バットマン』の現代風解釈がヒットした状況に似ています。「子供騙し」から、大人も納得出来る設定を準備する事で、かつての子供達をファンに引き戻したのです。(リンクする様に仮面ライダーも『仮面ライダー・クウガー』からの平成ライダーシリーズはリアル路線に転換して成功します。)

しかし、何回かシリーズを重ねる毎に、ウルトラマンも仮面ライダーもリアル路線はマンネリ化し、イケメン若手俳優のショーケースの役割しか果たさない様になりました。ただ佐藤健を排出した『仮面ライダー電王』だけは、突然変異的に面白かった。

そんなこんなで、新作ライダーや新作ウルトラマンをチェックする事すらしなくなって10年以上経ちますが、偶々Amazon Primeでクリックした『ウルトラマンZ』があまりに「規格外」で面白かったので、かつて少年だった読者の方々に紹介します。

「御唱和下さい、ウルトラマンZ−−−−!!」

ハイ、これが変身の掛け声です。もう「規格外」感がハンパ無いっす!!


■ ウルトラマンの過去に遺産をどう活用するか ■

過去の名作を現代的にリメイクしてヒットを生み出す手法は、ティム・バートンの『バットマン』当たりから増えますが、先にも書いた様に平成に入り、ウルトラマンと仮面ライダーも同様のシリアス路線で、子供と一緒にTVを見る親を巻き込む形でヒットを生み出しました。

しかし、一方で「子供が楽しめる内容」からどんどん離れて行きます。バンダイのオモチャの宣伝番組としては、これは問題です。だから、「大人も納得出来る」作品と「子供が楽しめる作品」の間で中途半端な位置取りが続きます。これによって仮面ライダーもウルトラマンも魅力を失ってしまいます。

一方でアニメではタツノコプロダクションが『ガッチャマン』やの意欲的再構築を試みて、それなりの話題を集めます。『ガッチャマン・クラウズ』はガッチャマンやベルクカッツェという名称こそ受け継ぐものの、作品としては全く別の地平に立ち、かなり面白い作品としてニッチな層にヒットします。

往年のタツノコ作品のヒーロー達を集結さえた『Infini-T Force』も、それなりに面白かった。オッサンになったガッチャマンがかなり良い味を出してました。オッサンになったかつてのヒーローは、実は円谷も追随していて、先般放映された『ウルトラマン』はウルトラマンの息子の話だった。(2話で視聴を止めたので話の内容は不明)。

タツノコプロも、円谷も過去のヒーローや怪獣達という「莫大な遺産」を持っていますが、をれを敢えて否定した「平成シリーズ」以降、大きなヒットを生み出していません。(「仮面ライダー電王」を別として)

例外的にアニメの『グリッドマン(SSSS.GRIDMAN)』は、「アニメに全振り」する事でコアなファンをガッチリ掴む事に成功しています。

■ アニメ的ギャグを実写に取り込む面白さ ■

今回の朝の連ドラ『エール』を私は家内のワンセグで楽しく観ていますが(家内が楽しく観ているのを盗み観しているのですが・・・というか音だけ聞いている)、その演出はかなりアニメ的です。(クドカン風とも言えますが)。

アニメ的とは何かと聞かれたら、「キャラ立ち」と私なら答えます。アニメは線で描かれた絵に過ぎませんから、人物を描写する際に徹底した「記号化」を施します。語尾に「ニャー」なんて付けたり、ツンデレの様なパターン化を積極的に取り入れ、リアルな人物像を敢えて捨てる事で、「二次元の違和感」そ逆手に取ります。

これはアングラ演劇の演出手法に似ていて、あえて極端な演出をする事で「役者の生っぽさ」を排除する方法とも言えます。だからクドカン作品を観ると、アニメファンとしてはアニメ的だと感じる。

このアニメっぽい演出は、依然から特撮ヒーローものにも取り入れられていました。戦隊ものなどはその傾向が強かった。それをウルトラマンに取り入れたのが『ウルトラマンZ』です。

「アニメ的演出」の基本は「記号化」ですが、『ウルトラマンZ』は過去のウルトラマンの記号化が徹底しています。「記号化」とは何かと問われれば「有無を言わさぬ強引な設定」と言い換える事が出来ませす。「ウルトラマンはM78星雲から来た宇宙警備隊の戦士」「怪獣は普通の存在し街を壊す」・・・かつてのウルトラシリーズはこの設定を納得させる為にかなりの時間と労力を費やした。

しかし、『ウルトラマンZ』では冒頭から、怪獣「ゴメス」が普通に暴れていて、さらには宇宙ではウルトラマン・ゼロと弟子であるウルトラマンZが普通に怪獣と戦っている。背景が〇っと抜け落ちていた「ウルトラマンの世界ってそういう設定だよね」というお約束を強引に押し付けて来ます。そして、ウルトラマンの過去を知る私達は、それにねじ伏せられてしまいます。

設定が強引だから、後は自由に展開する事が可能です。ウルトラマンZは地球に来たばかりだから「日本語がちょっとオカシイ」とか、かなりアニメやラノベネタですが、それを強引に「設定」として納得させてしまう。

だから返信の掛け声が「御唱和下さい、ウルトラマンZ]だって、私達はなんだか納得してしまうのです。


■ 過去の諸作の良いとこ取りを、絶妙なバランスで行う妙技 ■

実は『ウルトラマンZ』は、昭和と平成のウルトラマンの良いとこ取りを積極的に行っています。
地球防衛軍の隊長がかつてはウルトラマンだったのだろうと往年の視聴者ならば直ぐに気付きますが、これは『ウルトラマン・レオ』の諸星隊長へのオマージュ。科学者の女性隊員が妙に明るくて可愛らしいのは、『ウルトラマン・ダイナ』の山田まりやを彷彿とさせます。

他にも「細かなウルトラネタ」が散りばめられていて、往年のファンとしては自然にニヤニヤしてしまいます。

未だ、2話までしか観ていませんが、これは10年に一本の名作(怪作)になる予感。


取り合えずは「御唱和下さい。ウルトラマンZ]!!

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