2013/5/28

映画に見るヨーロッパの移民社会・・・ニュースでは無く映画を見よう!!  映画
 

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■ 積極的な移民政策がもたらした弊害 ■

スエーデンで移民達が暴動を起しています。

スエーデンは一時期人口の減少が著しく、移民を積極的に受け入れて来ました。ところが、景気の悪化で失業率が高まると、スエーデン人の失業率が6%なのに対して、移民の失業率は16%となりました。さらに、移民達は、インターンや短期の労働、単純な肉体労働にしか付けず、彼らの不満は高まっていたと言います。

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スエーデンではアラブ諸国からの難民も受け入れていて、上の写真の様な光景が日常化している様です。移民達の反感の多くは、「自分達がいつまで経っても「移民」としてしか見られない」という苛立ちが少なく無い様です。長い間、白人主体の国家であったヨーロッパ人にとって、「移民」はいつまで経っても「エイリアン」にしか見えない事も原因ですが、上の写真の様に、母国の宗教や習慣を守り続ける移民達は、やはり社会にとって異質な存在です。

そもそも欧州は意味の階級社会で、身分は半ば固定的です。貧乏人の子供は、ロックスターかサッカー選手にならなければ貧乏を脱出出来ない」というのは、イギリスに限定した事ではありません。中にはサルコジ氏の様に、移民から大統領に上り詰める人も居ますので、あくまでも「そういう傾向がある」という範囲の話になりますが・・・。

その点、アメリカは貧乏人や移民にもある程度の機会が与えられるだけ、健全な社会と言えます。アメリカは世界最大の貧富の差を誇りますが、ある程度暴動が抑制されている背景には、「アメリカが移民の国」という国民のコンセンサスが大きく作用しているのでしょう。黒人大統領からして、元を辿ればアフリカ移民です。(奴隷でしたが・・・)

日本にも在日朝鮮韓国人や、中国人留学生の様な外国人が暮らしています。池袋西口などは、さながらリトルチャイナの様相を呈していますが、景気悪化と日韓・日中関係の悪化によって、人種差別的言動がネットを中心に高まっています。

ただ、アジア系の人達は、私達と見た目も生活習慣も似ているので、かつて上野の西郷像の回りに集まっていた中近東の労働者達程、異質な存在ではありません。反中・反韓の根底には、同類嫌悪的感情もあるのかも知れません。半ば、兄弟喧嘩に近いものなのかも知れません。

■ 映画の中に見るユーロッパの貧しい社会 ■

最近はめっきり映画館に足を運ぶ事も無くなりましたが、かつては単館上映の映画が好きで良く見ていました。

80年代から90年代初頭のヨーロッパ映画には、貧しい人達を描いた秀作が沢山ありました。今回の暴動はスエーデンですが、フィンランドのアキ・カウリスマキとミカ・カウリスマキ兄弟は、フィンランドの貧しい人達を、独特のペーソスに溢れたタッチで描いて印象的です。

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真夜中の虹  アキ・カウリスマキ

フィンランドの炭鉱労働者カスリネンが失業して、たまたま手に入れたキャデラックで南を目指すというロードムービーの『真夜中の虹』

序盤の炭鉱の街の煤けた感じが、何とも陰鬱で、「南を目指す」という南も、パラダイスには程遠い・・・。1980年代は石炭産業の衰退期に当たったので、炭鉱労働者の失業の映画がチラホラと散見されました。炭鉱労働というのは、危険と背中合わせなのに所得は高くありません。こういった人達を描いた映画が撮られる一方で、ヨーロッパ映画と言えば、貴族達の華やかな生活を描く作品も多かった。

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ぼくのエリ

最近見たスエーデン映画は、200歳の少女の姿をした吸血鬼の話。
愛すべき吸血鬼映画・・・「ぼくのエリ」(人力でGO 2010.07.25)

ストックホルムの郊外の集合住宅に住む男の子オスカーが知り合ったのは、女の子のエリー。でも、彼女には秘密が・・・・。この映画必見です・・・美しくてそして怖い。
吸血鬼の少女は中近東からの移民の娘の様です。さらに、この映画、年金で生活する老人達が沢山出て来ます。年金と言っても、慎ましやかなものですが、昼間から酒を飲むくらいのお金は支給されている様です。いつも誰かに酒をねだる連中は、もしかすると生活保護を受けているのかも知れません。寒い国だけに、路上で寝たりすれば冬場は死に直結します。そういう意味において、ヨーロッパの年金や社会保障の充実は、厳しい自然環境が生み出したシステムなのかも知れません。
(ハリウッドでリメイクされている様ですが、スエーデン版がオリジナル)

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BIUTIFUL

移民の生活が描かれるという意味で最近衝撃的なのは、スペイン映画の『BIUTIFUL』
映画を越えた何か・・・BIUTIFUL(人力でGO 2011.07.02)

スペインには大量のアフリカや中国からの不正移民が入国していて、それこそ想像を絶する様な貧しい暮らしをしています。いつ警官に摘発されるか分からないので、絶えずビクビクと怯え、安い賃金で働き、うわまいをチンピラ達にはねられる・・・・。社会の底辺に生きる人達が、支えあい、或いは奪い合いながら生きて行く姿をこれでもかと見せつける映画です。


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TAXI

フランスも以前アフリカ系移民の暴動が発生していました。リュック・ベンソン製作のヒット映画『TAXI』の主人公ダニエルも北アフリカからの移民。エンタテーメント作品なので、暗さはありませんが、フランスの移民社会の一端を垣間見る事が出来ます。

■ ニュースでは分からない生活の臭い ■

映画の優れている点は、私達が実際にその場所に行かなくても、その国に生きる人達の生活の臭いが感じられる事です。それは、ニュース映像やドキュメンタリー映像では中々感じられないものだったりします。

ヨーロッパの移民やアメリカの貧困と聞いても、なかなかピンと来ませんが、映画の中には、彼らの生活がかなりリアルに描かれています。

■ 日本の中の移民 ■

日本政府は外国人の単純労働を許可していません。ですから、スーパーのレジやファーストフードで働いている片言の日本語を話す方達は、研修生という名目で入国しています。

これは中々ズルイ政策で、移民として扱わないので、永住権を要求されることも有りませんし、就学ビザが切れれば帰国するので、日本で子供を生む確率も限りなく低い。社会保障費や失業手当を彼らに支払う必要もありません。

日本の若者は「仕事が無い」と嘆いていますが、コンビニのレジの様なアルバイトの仕事を、外国人労働者と争う事もしていません。時給が安い仕事に日本人の若者は就きたくないのです。この様な、労働市場の受給ギャップを埋める形で、安い外国人労働力が利用されています。

国際的には「不正」に近い、研修生システムですが、これが国連などで問題視されると、日本は一気に安い労働力が枯渇するか、あるいは不正に入国する外国人が増える事になります。

今後、少子高齢化で若年労働力が不足する中で、日本もかつてのヨーロッパの様に、移民を受け入れざるを得ない時期が必ずやってきます。その時、移民を自国民として対等に受け入れる事は、単一民族国家の日本人にはハードルが高いと思います。きっと、ヨーロッパの様な軋轢が生まれてきます。

かといって、移民を受け入れなければ、日本は老いて縮小するだけの未来が待っています。

ヨーロッパの移民の暴動は、対岸の火事では無く、何十年後かの日本の姿なのかも知れません。
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2013/4/11

実写版『ガッチャマン』・・・Gスーツのビジュアル、キターー!!  映画
 

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8月公開予定の実写版『ガッチャマン』

Gスーツのビジュアルが公開になっています。

・・・カッコイイ。



昔なつかしアニメの実写版は、期待が大きいだけに、

いつも失望も大きい。


『ヤッターマン』も、深キョンのドロンジョ様が無ければ、

「金返せ!!」と言いたくなる出来でしたが、

剛力彩芽のパンチラを観ても、オジサンはあまり嬉しくないな・・・。


しかし、『ガッチャマン』の時代のタツノコプロの天野喜孝って、神掛かっていますよね。

『ガチャマン』『ヤッターマン』『キャシャーン』などなど。



Wikipediaで『ガッチャマン』のスタッフを見てみると、

敵メカデザインが大河原邦男、

作画では安彦良和のクレジットもあります。

当時のタツノコプロって、もう「どんだけ!!」って感じですが、

結局、ここで鍛えられて、皆さん一流になっていった。




ところで、最近気になるのが、実写版『るろうに剣心』

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劇場公開は昨年でしが、どうもネットでの評判が悪く無い・・・。

佐藤健は、『仮面ライダー電王』『ブラッディー・マンディー』の演技が好きですが、

確かに剣心の二重人格的な役は、彼にはピッタリかも知れません。

監督は、NHK大河の『龍馬伝』 大友啓史

私、この人の演出、好きです。

でもね、主題歌が「ONE OK ROCK」なのがイヤだ。

森進一と盛昌子の息子のボーカルは、確かに上手いのですが・・・

これ、カラオケで歌うと、キーが高すぎるんだよね・・・時雨程じゃないけど・・・。

あ、これって逆恨みかな・・。

『るろうに剣心』、、DVDなら観ても良いけど、

アクション、派手そうだし、やっぱ止めとこう・・・・。

このキャストで、リアルに演出したら絶対観に行くのに・・・勿体無い。





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こちらは『もののけ姫』の演劇のキービジュアル。

但し、イギリスの前衛劇団がパペットを使って表現する世界は

『ライオンキング』に近い演出では無いかと。

ただ、ミュージカルでは無くて、前衛演劇寄りみたいですが。



本日は、最近、ちょっと気になるアニメの実写化や演劇化の作品について紹介していますが

本当はコレを見せたかっただけ。



今、海外のサイトでも人気の「まかんこうさっぽう」



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オリジナルはピッコロの繰り出すこの技、「魔貫光殺砲」

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「なんか違くない?」って思うんだけど、楽しそうだから許す!!
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2012/11/7

現在、日本で唯一「映画」が撮れる監督・・・園子温 『希望の国』  映画
 

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■ 手で掴める様な映画 ■

園子温監督の『希望の国』を観て来ました。

原発の事故に翻弄される家族の姿を
園監督は、「社会ドラマ」では無く、
「家族の愛の物語」として描き切っています。

手を伸ばせば掴めそうな存在感。
スクリーンに映し出される虚像が本来持ち得ない重量感。

映画を観るという行為は、スクリーンという窓を通して彼岸を覗く感覚に近いものがあります。
一般的な映画は、客席の照明が点灯すると、薄っすらと消えてしまう幻です。
その儚さを魅力とする映画監督も沢山います。
ところが、園子温の映画は、照明が点灯した後も脳裏に焼き附いて存在し続ける。
園作品は、既に「映画を超えた何か」なのかも知れません。

「地震と原発事故」という点ばかりが注目されるでしょうが、
私はむしろ、どんなテーマを扱っても、
「映画」が成立する事を証明した大傑作だと思います。

■ 映画の魂 ■

園監督は「家族と暴力」をひたすら描き続けて着ました。

園子温監督「ヒミズ」を観る前に・・心の準備と予習を兼ねて「愛のむきだし」 (人力でGO 2012.01.24)

過激な暴力描写も多く、一般受けする監督ではありませんが、
海外での評価は、現在の日本人監督の中では群を抜いています。

暴力をテーマにするという点は「北野たけし」に似ているかもしれませんが、
「北野たけし」の映画は、フィルムの上に北野流のパッションを焼き付ける行為です。

一方、園監督の作品は、映画が積み上げてきた100年以上の歴史を土台にして、
映画でしか出来ない表現を追及し続けます。

それが、過去の作品へのオマージュでは無く、
フェリーニや黒澤や小津やタルコフスキーやゴダールやトリフォーの魂が
園監督の血肉となって、新たな映画表現を生み出しているのです。

■ タルコフスキーの『サクリファイス』への返歌としての『希望の国』 ■

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『希望の国』はロシアの映画監督、アンドレイ・タルコフスキーの遺作
『サクリファイス』と対を成す作品だと私は解釈します。

『サクリファイス』は、核戦争で滅亡した人類を、
一人の老人の犠牲によって、滅亡という事実を消し去るという精神的な映画です。

映画にはこれと言ったストーリーは無く、
イコンだとか、枯れかけた松などのイメージが、象徴的に描かれ、
人類の原罪としての核戦争の結果を、
一人の老人が自信の「犠牲」によってあがなう姿が詩的映像で綴られます。
当時、癌に置かされていたタルコフスキーの遺書とも言える作品です。

園子温監督は、明らかに『サクリファイス』を意識して『希望の国』を作っています。

一家の庭に生える一本の木。
この木は老夫婦が結婚した時に植えた記念樹で、
家族の象徴とも言えます。
この木の存在と、そしてこの木が燃え落ちるシーンは、
上に紹介した『サクリファイス』のシーンを彷彿とさせます。

「核戦争の恐怖」を精神的に描いた『サクリファイス』に対して、
園監督は「放射線の恐怖」を現実的に描きながらも、現代の神話を追及しています。

■ 映像と音楽の核反応 ■

『サクリファイス』で使われていたのはバッハのマタイ受難曲です。

『希望の国』では、マーラーの10番が象徴的に使われます。

地震と放射線に蹂躙された荒涼とした街を彷徨う老女。
雪が大地を覆い、穢れを覆い隠すかの様な清涼感を漂わせる中、
浴衣の袖をひらひらとさせながら、老女がふらふらと歩くそのシーンに
マーラーの10番が荘厳に響きます。

この瞬間に、映像と音楽の核反応が臨界に達します。

ストーリーや、人物の心情といったレベルよりも
もっと根源的な何かに、映像はアクセスし始めるのです。
それは、原発や放射線を生み出した人類の業をも無意味化する存在の根源へのアクセスです。

『愛のむき出し』のボレロもそうでしたが、
園監督の映画は、音楽が鳴った瞬間に、別物に変化します。
音楽は映像に付帯するのでは無く、映像を別次元に昇華させる起爆剤なのです。

■ 今度の暴力は「放射線」と「社会」 ■

内容については、あえて書きません。

ただ、老夫婦とその息子夫婦に降りかかるのは、
「放射線」と「社会」という暴力です。

普通の一家の幸福を突然に奪う「放射線という見えない暴力」
放射線を恐がる嫁に対する社会の「醒めた暴力」
永年築き上げた生活を、強制退去という形で奪う「行政の暴力」

園監督は、今現実に福島やホットスポットで
普通の人達に振りかかる「暴力」を、静かに描いています。

過剰な暴力描写が多い園監督としては異例とも言えますが、
「静かな暴力」は、確実に一家を苦しめ、
そして、家族の愛の絆を深めてゆきます。

■ 「放射線が危険で無かったら」という前提でこの作品を見てほしい ■

園監督は、「放射線は危険」という立場でこの作品を撮っています。

「政府は真実を隠している」
「社会は現実から目を逸らしている」

そういう告発を、作品に込めています。
これは、映画監督としては分かり易い思想であり、立ち位置です。

しかし、私は「放射線がもし言われている程危険でなければ」という視点でこの作品を見て欲しい。

「放射線の危険性」が核の抑止力を補強する為に捏造されたものならば、
その「偽り」が、どれだけの人の幸福を、無残にも奪うのか、
「放射線の安全性」を知りながら、それを黙っている多くの方にこそ見て欲しい。

そして、「放射線は危険」という恐怖に囚われた方にも是非見て欲しい。
「放射線がもし言われている程危険で無い」ならば、
幸せを失わずに済むという事にも気付いてほしい。




私の会社の後輩は、ホットスポットに住んでいました。
彼の街では、放射線を恐がる人達と、それを非難する人達の対立で、
コミニュティーが破壊され、
とても子供を育てたいという環境では無くなっているそうです。

彼は放射線がどうのというよりも、
そんな社会の中で子供を育てたくないという思いから、
二人の子供と奥さんを、父方の田舎に疎開させました。
週末は彼も田舎生活を満喫しています。

先日彼は「田舎の生活がこんなに精神的に豊だと思わなかった」と私に語りました。

人々は放射線によって多くの物を失い、
それでも、何か別の大切なものを見つけて行くのでしょう。

それこそが、この映画に込められたメッセージでもあります。


是非、映画館でこの作品を観る事をお薦めします。



<追記>

最近、このブログにいらした方はご存知無いと思いますが、
私は「放射線はそれ程危険で無い」と考えています。

このブログの左側の「カテゴリー」という欄に
「福島原発事故」というカテゴリーがあるので、
お読みいただけると幸いです。

原発事故当時から遡って読まれると、
私が「放射線の恐怖」から脱した過程が分かるかと思います。

現代の医療は、人体の放射線への耐性を充分理解し、それを活用しています。
乳癌の放射線治療は、2Svを25回、一日置きに患部に照射し、
合計で50Svもの放射線を照射します。

最近では、一回に照射する線量を3Sv以上に増やし、
照射回数を減らした治療も行われているそうです。

医者の多くは、「放射線は危険」という定説を疑っていますが、
皆さん、社会的立場があるので、それを口にしません。

政治的には、核抑止の効果を最大化する為に、
放射線は過剰に危険と宣伝されえています。
世界平和が核の抑止力に依存している以上、
それも仕方の無い事だと理解していますが。

一方で、一度原発事故が発生すると、
過剰に評価された放射線の危険性が、多くの人々の幸福を奪ってゆきます。
放射線の危険性は、「危険かもしれない」という表現が用いられ、
放射線の安全性が実証されても、責任が追求されない逃げ道が用意されています。

最新の科学的データや実験結果の多くは、
放射線がそれ程危険では無い事を裏付けていますが、
温暖化同様、「放射線は危険では無い」と発言する事はタブーの様です。

これこそが、福島やホットスポットに人々を苦しめる亡霊の正体です。
そして、「放射線は危険」とする事が、原子力村に多大な利益をもたら事も知る必要があります。
原子力村が隠して来たのは、放射線の危険性では無く、放射線の安全性なのです。



『希望の国』予告編




<追記2>

私、不覚にもマーラーに第10交響曲がある事を知りませんでした。

映画では冒頭数分が使われるので、メロディーが比較的流麗で、
小編成のモチーフが繰り返されるのでシベリウスかと思っていましたが、
改めて、今ネットで聴いてみると、途中からはマーラーそのもの。
様々なメロディーが現れては消えて行きます。

マーラーは第9交響曲「大地の歌」を完成させた後、
第10交響曲の作曲に着手しましたが、第一楽章をほぼ書き終えた所で他界したそうです。
だから、この交響曲は未完。

それにしても、第9交響曲を書き終えると、皆死んでしまう・・・・。
第9の呪いですね。

<追記3>

マーラーの「大地の歌」は第9番では無くて、実は10番だとご指摘を頂きました。
9番を作曲したマーラーは、10番を作曲すると死ぬのでは?と恐れ、
本来10番となる「大地の歌」にナンバーを付けなかったそうです。
でも、10番を作曲中に死んでしまった・・・。

ご指摘、ありがとうございます!!
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2012/8/1

たけり狂う米国市民・・・バットマン・ダークナイト・ライジング  映画
 

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■ 金持をつるし上げろ!! 市民の手で自由を勝ち取れ!! ■

打ち合わせの時間の間が妙に開いてしまったので、
『バットマン・ダークナイト・ライジング』を観てしまった。

この記事を『映画』に分類すべきか
『時事・金融危機』に分類すべきか
私は判断できずにいます。


今回のバットマンの主役は、
はっきり言って「たけり狂う市民」ではないでしょうか。

金持の権利を守る警察や軍は
はっきり言って市民の敵です。

ブルジョワのブルース(バットマン)とて、
所詮は金持ちのボンボンに過ぎません。

金持が作った退廃の街『ゴッザムシティー』を壊滅させようと目論む
敵の目的に方が、正義に叶っている様に見えてしまいます。

バットマンは『必要悪』だから闇に溶け込んで美しくも力強い。
ところが、バットマンが自分の企業や社会秩序を守ろうとした時
バットマンの危うい『正義』が根底から揺らいでしまいます。

今シリーズの第二作、『ダークナイト』は
『ジョーカー』という魅力的な『完全悪』と対比される事で、
バットマンの『正義』は揺ぎ無く、
自己犠牲は崇高で気高いものとして観客の心を打ちます。

ところが『ダークナイト・ライジングイ』の敵は
ある意味においてゴッザム・シティー(アメリカ)市民です。

ですから、既存の体制側に組するバットマンの『正義』は
観客の共感を呼ぶ事はありません。


ハリウッド映画は、洗脳装置の一つですが、
今、この時期、多くの職を失ったアメリカ国民は
この映画をどんな気持で観ているのでしょう。


ゴッザムシティーに潜入した軍の特集部隊の司令官は
明らかにオバマ大統領にそっくりの顔立ちです。


活躍が期待された彼は、一瞬の内に敵に破れ、
踏みつけにされて、首をへし折られます。
そして、あろう事か、ヘリコプターに首吊り状態でぶら下げられ、
ゴッザム・シティーの上空を引き回されます。



この、悪意に満ちた映像は、何を意味するのか?
あの映像を見て、米国民は嫌悪感を覚えないのか?



私は、『ダークナイト・ライジング』を映画として楽しめません。
アメリカの未来を予見してい様で、複雑な気分で劇場を出ました。



唯一の救いは、『ロビン』の無垢な正義です。
これこそが、次の時代の希望なのでしょう。

ヒーローは金持のバットマンでは無く、
貧困と戦う『キャットウーマン』であり、
自分の正義を貫いて戦う、これから『ロビン』になろうとする若者なのだと。


この映画を観て、銃を乱射する若者に気持が理解出来るような気がします。


多くの米国の若者達が、失業者達が
バットマンを金持の手先と見ているであろう事が
今のアメリカを象徴しているかもしれません。

「オレはジョーカーだ!!」
そう、多くの国民が思い始めているのかも知れません。


この作品を是非劇場でご覧になられて
現在のアメリカのピリピリした空気を体験される事は無駄では無いでしょう。

娯楽作品としても、最高の出来栄えですから、
彼女とのデートで見に行っても悪くはありません。
でも、勘の良い彼女ならば、
「ウワー!!バットマン、カッケー!!」とはしゃぐ事は無いでしょう。
6

2012/6/8

7月21日が待てない・・・細田守の最新作「おおかみこどもの雨と雪」  映画
 

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■ 細田守の最新作はジブリよりジブリしているのでは? ■

私は「おじゃ魔女どれみちゃん」以来の細田守の大ファンですが、
細田守の最新作のポスターを昨日劇場で見つけて
もう、ワクワクが止まりません。

ちなみに、どのくらいファンかと言えば、
この作品は劇場で3回も見てしまいました。

「ジブリを越えた・・・サマーウォーズはこの夏必見!! 」 (人力でGO 2009.08.02)
http://green.ap.teacup.com/pekepon/109.html

もう7月21日が待遠しい。

暫くは予告映像で我慢します。






今回は少し対象年齢を下げた作品の様ですね。
完全にポスト・ジブリを狙っていますね。
(監督あともかくとして、制作側が)

不安なのは、作画が少し荒いかな?
キャラクターデザインの貞本義行のポスターは、
「エー、みすずさん、子持ちになっちゃたのぉーー」って思わず叫びそうですが。
(スミマセン、エヴェねたです。)
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