2014/12/24

この人が評価されない日本は間違っている!!・・・竹原ピストル『カウント10』  音楽
 



■ 評価されない天才 竹原ピストル ■

竹原ピストルという歌手をご存じでしょうか?数年前までは男性2人のデュオの野狐禅というバンドを組んでメジャーデビューもしていました。

私が野狐禅を始めて聴いたのは、CDショップで下のジャケットのCDをジャケ買いした事が切っ掛けでした。

クリックすると元のサイズで表示します

ピアノとギターという変則デユオはスキマスイッチも同様ですが、竹原ピストルの歌は泥臭くて、体温や体臭を感じるものでした。

その歌詞の世界は彼の周囲3mから生まれるものですが、貧乏な普通の若者の生活をスケッチの様に切り取りながらも、その言葉の選び方が「天才的」で、一発でノックアウトされてしまいました。


竹原ピストルは高校、大学時代はボクシング部に入っていたそうで、大学はボクシングで推薦入学したそれなりに強い選手だった様です。大学で知り合ったピアノの濱埜 宏哉(はまの ひろちか)と組んだバンドが「野狐禅」でした。

ダウンタウンの松本人志は竹原ピストルの大ファンで、当時彼らを自分の番組に呼んでいます。ダウンタウンに野狐禅がいじられている映像がネットを探すと有るはずです。メザーデビューした当時の彼らの月給は14万だったと語っていたと記憶しています。

その後、「野狐禅」はヒット曲を出す事も無く解散し、竹原ピストルはソロで全国のライブハウスを回る活動を続ける一方で、映画などにも出演しています。松本人志は、『さや侍』に竹原を出演させると同時に、彼に主題歌を歌わせています。

その舞台挨拶の映像がyoutubeにアップされていますが、「能力の有る人が認められないのは・・・・」と竹原の事を語りながら声を詰まらせているのが印象的です。「彼は絶対に有名になると思うけど、それが少しでも早まれば良いと思い、映画の出てもらいました」と語っています。

■ トムウェイツの歌詞を歌うブルース・スプリングスティーン? ■

竹原ピストルの楽曲の魅力は「歌詞の力」です。生活の一部を切り取る視線は写実的ですが、言葉の選び方のセンスは「詩人」の才能に近いものがあります。

教会の十字架と、寝坊して起きた時間の「10時か・・・」を掛けあわせが素晴らし。



壊れた洗濯機の音を、蝉の声と聞き違えたるという、貧乏の風物詩の様な「フライグ蝉」




一聴すると長淵剛の様な歌声ですが、その歌詞の繊細さは現在の日本のソングライターの中では突出しています。

日本に比較し得る才能が居ないので、おもわずトムウェイツの歌詞を歌うブルース・スプリングスティーンなんてイメージが浮かんでしまいます。

■ 自虐が後退して、素晴らしい世界を作り出し始めた ■

長淵剛が多くの人に共感を与えるのは彼の「ナルシズム」による所が大きい。「おれってダメ人間なんだよ」というヒネた叫びが、意外にダメ人間には居心地が良いのでしょう。一方、竹原ピストルは「ダメ人間なんだよ」という言い訳すらしないシリアスさが有ります。これは多くの人には「不快感」を与えます。人はアカラサマな現実をなかなか直視出来ないのです。

ですから、私はこのブログで一番紹介したいと思っていながらも、「野狐禅」や「竹原ピストル」をなかなか紹介出来ませんでした。


野狐禅の時代には「自虐」と「貧乏」と「暑苦しさ」が少し過剰に感じれられた竹原ピストルですが、ソロでライブ活動を続ける内に、無駄がそぎ落とされた様です。

そして少し前向きな意思が生まれ始めた彼の今の歌ならば、その素晴らしさは多くの人の心に響くと確信しています。


最初に紹介した『カウント10』の歌詞アップされています。




これを聴いて涙が滲まない大人が居るでしょうか・・・・。




現代の日本で最高のソングライターであり歌手であると私は確信しています。

先日、ポップソングに歌詞は要らない・・・なんて書きましたが、やはり歌詞があって歌は人々の心に届くと言う事を証明するアーティストです。
21

2014/12/18

息抜きにどうぞ・・・水曜日のカンパネラ『桃太郎』  音楽
 




『マリー・アントワネット』が結構ツボにハマった水曜日のカンパネラですが、他の曲はあまりピンときませんでした。

でも『桃太郎』には爆笑してしまいまいした。

これ、今30代半ばの方達にはタマラナイかも知れませんね。


ミスマッチのベストマッチを追及する水曜日のカンパネラ
ちょっとステージパフォーマンスが・・・・と思っていましたが、だんだんと話題になっていますね。


レコード大賞なんて誰が取ったかも分からない時代、個人の価値観がこれだけ細分化されてしまうと、ポップソングの歌詞が万人の心に届く事は不可能です。水曜日のカンパネラを始めとした最近の面白いグループは、歌詞に貼り付いて来る、使い古されたイメージをどう剥ぎ取るかに苦心しているのではないでしょうか。「無意味な歌詞」がその答えだとは思いませんが、「語感」の追求も一つの方法ではあるのでしょう。

それにしてもスマートなサウンドにこの歌詞、このノリ・・・。ネタソングと分かりながらもついつい見てしまいます。


ちなみに、『マリー・アントワネット』のPVは秀逸です。









歌詞の意味を消しながらも、日本語の深淵を覗こうとする人達もかつては存在していた訳で、Phew(「アントン・サリー」のボーカル)などはその筆頭でしょう。



アントン・フィアー(Anton Fire(Dr))とのプロジェクト「Dream Speed」の曲がYoutubeにアップされていたので参考までに。


この時代のアントン・フィアーはロックを「結晶化させる」事にトライしていた様に感じます。背筋の凍り付く様なサウンドです。



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2014/12/2

CG全盛の時代にこのアナログ感・・・「OK GO」 のMVは日本人作  音楽
 

本日は固い記事を書いたので息抜きをひとつ・・・。


先ずはこのミュージック・クリップを見て下さい。



OK GOというグループの『 I Won't Let You Down』という曲のミュージッククリップですが、これ日本人スタッフの作品です。

CG全盛の時代に人海戦術のアナログの演出が最高です!!
これ、編集無しのワンカット撮りですね、どれだけ練習したのやら・・・。


メーキングも見つけました。

https://www.youtube.com/watch?v=WCwzaTPARtU


日本人スタッフの中心人物のクリエーティブディレクターの関和亮氏の作品は他にも面白い作品が沢山ある様です。


木村カエラの『Sun shower』は一見CGに見えますが、背景はリアルタイムで製作した実物アニメーションという凝り様。これ大好きです。






ユニコーン 『Feel So Moon』もこの方の作品。






彼を有名にした出世作は サカナクションの名作MV、『アルクアラウンド』





最新の技術委を駆使して、徹底的にアナログにこだわる関和亮氏の活動から目が離せません。



<追記>

OK GO のMVですが、こちらの作品の強引なアナログ度も凄い。



こちらはピタゴラスイッチですね。



こちらは犬好きにはたまりませんね。





映像的には何でも可能なCGですが、アクシデントの不在が物足りない・・・。

リドリー・スコット監督の『ブレードランナー』の雨の降りしきる都市の映像は、エアカーを吊るピアノ線が写ってしまう事から苦肉の策でした。しかし、それが未来都市のイメージに現実感を与える素晴らしい効果を発揮しました。

「何でも計算通りに行かない事こそが面白い」

文化やアートの根底にある何かなのでしょう。

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2014/9/26

もうプロの歌手もプロの作曲家も要らないのでは・・・『妄想税』  音楽
 




■ ボカロがコブシを回してる・・・ ■

ネットを徘徊していると時々「ハ!」とさせられる物に出会います。
今回はボーカロイド(音声合成・デスクトップミュージック (DTM) )の歌う?こんな曲に引っ掛かってしまいました。

オリジナルは『初音ミク』の歌う曲ですが、こちらは『鏡音レン』というソフトでカバーさせたボカロによるボカロのカバーソング。

初音ミクのバージョンに比べ、鏡音レンは癖が強い歌い回しで、コブシまで回しています。この歌に良く合っています。

■ 日本語の文字の特性を最大に生かしたPVが素晴らしい ■


このPVがオリジナルを越えている所は、ボカロの処理だけでは無く、日本語の特性を最大限に生かしたビジュアルです。

日本語は「表意文字」である「漢字」と、「表音文字」である「仮名」を併用する極めて独特な言語です。

例えば「あなた」と綴る場合、「あなた」と「アナタ」と「貴方」と「貴女」ではニアンスが微妙に違って来ます。当然、それらの表記を発音する時には、声音も微妙に変化します。

こういった「日本語のビジュアル的情報量の多さ」と、「象形文字としてのイメージの自由度」を最大限に発揮しているのが上で紹介したPVです。

ちなみに、日本語表現の面白に着目したミュージックPVは以前にも作られており、「サカナクション」というバンドの『僕は歩く』のPVはメディア芸術祭で賞を受賞しています。




■ プロが面白く無い時代に ■

歌謡曲と言えば、かつては「阿久 悠が作詞して、都倉 俊一が作曲」などというプロの曲が評価されていました。その後、ニューミュージックブームが起こり、シンガーソングライターと言われる人達の自作自演の曲がヒットする時代になります。(フォークソングの傍流ですが)さらにサザンオールスターズなどの登場により、バンドが注目される様になります。

この一連の流れは、「プロ→アマチア」への変化と取る事が出来ます。研ぎ澄まされた言葉やメロディーよりも、等身大で同時代的な言葉が若者の支持を集める様になったのです。

クラシックやジャズは演奏や作曲が高度化する事で大衆性を喪失しましたが、元々大衆音楽である歌謡曲は、自らの立ち位置を聞き手と合わせる事で、大衆からの支持を繋ぎ止める事に成功したのでしょう。

ジャニーズなどは「どこにでも居る素人」に見える事を武器に大衆の人気を集めて行きます。「下手」が武器となる時代の到来です。

一方で子供達やその母親達がジャニーズに熱狂する程、相反して私たちは歌謡曲から離れてしまいました。「ケ!女子供が下らない・・・」なんて、心の中で悪態を付いたりします。

そんな歌謡曲難民の大人達は、サザンやミスチルといった個性の強いバンドや、ユーミンや山下達郎といった完成度の高いミュージシャンを支持する様になります。

■ PCの前から生まれるヒット曲 ■

歌謡曲というのは、「芸能界」という独特の閉じられた世界から発信されます。どんなに身近なテーマを歌っていても、アーティストの存在ははるか彼方。

ところが、最近はニコ動に投稿される素人の作品の中からヒット曲が生まれる様になってきました。

これらの曲はPCの打ち込みで演奏トラックが作られ、ボーカルは音声合成ソフトのボーカロイド(初音ミクが有名)で制作されている事が特徴です。

初期の名作としてryoが作ったブラック・ロック・シューターが挙げられますが、ビジュアルが先行して発表され、それにryoが初音ミクで歌を付けてヒットしたものですが、後にアニメの諸作に発展してゆきます。2008年の作品です。



その後、「ニコ動 + ボーカロイド」は数々の作家を輩出して行きます。

2011年にはこんなヒット曲も生まれています。『千本桜』という曲です。歌詞に変な漢字熟語が散りばめられているのが中二病的でステキ・・・・。これらの曲はカラオケで「ボカロ曲」というカテゴリーでゾロゾロ出て来ます。



これは『恋空予報』という曲ですが、もう普通に歌謡曲の良曲。こんな曲が出て来ると、もうプロの存在感が危ない・・・。ボカロもここまで自然に「歌わせられる」時代になったのかと感心しきり。



こんな曲になると人間には歌唱不可能?!カラオケで挑戦する人が出てきそう・・。
『スリキレハグルマ』



この曲なんてプロがボツ曲をネットに流したんじゃないかってクオリティー。歌詞をちょpっと直せば、普通に誰かのアルバムに入っていそうな曲。『carame』



ちょこっと検索しただけで、こんな曲がゴロゴロしている訳でして、ボカロは既に歌謡曲の1ジャンルとして確立しているとも言えます。


冒頭の『妄想税』は、この様なボカロ曲の一つですが、自虐的でシニカルが歌詞が中二病の私の感性にクリティカルヒットしました。


■ 二次創作も面白い ■

ネットではこれらのオリジナルの表現の他に二次創作の傑作もゴロゴロしています。

今季アニメのイチオシの『月刊少女野崎くん』mのOP『君じゃなきゃダメみたい』 歌:オーイシマサヨシは、スガシカオみたいなファンクチューンがゴキゲンなナンバーですが、2次創作の材料としても魅力がある様です。

オタク視点からの替え歌の『二次じゃなきゃダメみたい』は傑作です。



さらに、こんな使われ方も。もう、スゴスギて笑って良いのやら、関心して良いのやら混乱してしまいます。最後のオマケも抱腹絶倒。(アニメの第一話を見てからだと…ぷぷぷ・・)





著作権の取り扱いが厳しくなる一方で、ネットというメディアは素人の作品発表の場としてオリジナルや様々な二次創作の場を提供しています。

表現の垣根が下がる事は、ある意味において質の低下を招きますが、一方、フリーダムな表現が連鎖して、新たな表現様式やジャンルを生み出しています。私は、パッケージ化された歌謡曲やポップスよりも、煮えたぎるエネルギーを感じて好きです。



本日は若者文化をちょっとご紹介しました。

ボカロなど詳しく無いので、間違っていたり、追加したい事がありましたら、コメント欄にドシドシお寄せ下さい。




<追記>

既に歌謡曲の1ジャンルとして確立した感のある「ボカロ歌謡」ですが、こうして幾つかの曲を聴いてみると、最初は現実の歌手の代用品であったボカロが、ボカロ独自の強い魅力を獲得した事に気づきます。

その魅力は2次元キャラとしてのアニメキャラと現実のタレントとの差に非常に近いものがあります。タレントには人間という存在自体が持つ生々しさが付きまといますし、どんな役を演じていても生身の役者さんの私生活が透けて見えたり妄想されたりしてしまいます。

そこに行くと2次元のキャラクターにはリアルが存在しません。このリアルの欠如は「妄想の拡大」を阻害しないという点において非常に有利に作用します。

ボカロソングにしてもリアルな歌手の不在は、楽曲の歌世界にリアルな人格としての歌手が介在しないという、「ある意味の純粋性」を保つ事に寄与している様に思われます。確かに「初音ミク」というキャラ付けはされているのですが、それが架空の物だと誰もが認識しています。

そして、楽曲製作者はミクのキャラクター付けを活かした楽曲を作る事も、ミクを単なるボカロの道具とした楽曲を書く事も自由です。

ボカロ臭い歌い回しは有りますが、歌手が持つ所謂「個性」や「歌い回しのクセ」の様な物はありません。あくまでも「無効性」なボカロが歌う事で、利き手は歌手の存在を抜きにして楽曲に向き合う事が出来ます。これもボカロの持つ一つの「純粋性」なのではないかと思われます。


ボカロに曲を提供している人の中には明らかに素人の域を出ている人も見受けられます。実際のポップスの分野では、ゴーストライターの方が沢山活躍されています。レコード会社に楽曲を持ちこんで、それを売って生計を立てている方も居ます。

これは私の勝手な想像ですが、持ち込みの曲でボツにされた曲をボカロ曲としてネットに流したらどうなるでしょうか?クオリティーの高い曲ならば、ニコ動で話題になり、カラオケで皆が歌う様になります。こういてカラオケから印税が入る様になれば、多少のお金を稼げる様になります。

ボカロ曲を注意して聞くと、ボカロならではの世界観を持った曲と、リアルなポップスをボカロが歌っているだけの曲に2分される事に気づきます。この二つが互いに影響しながら、ボカロというジャンルのボトムアップが図られているように思います。

ネットという世界はamazonの様に、中間業種や既存の流通の枠組みを壊す事を得意としています。ボカロ歌謡の広まりは、歌謡曲の「産地直送」なのかも知れません。多少「イビツ」な商品でも、それを評価する人が居れば企画品でなくても十分に商品として成立します。まさに、マスマーケットを失って低迷する歌謡曲のアンチテーゼとして、ボカロ歌謡は存在しているのかも知れません。
5

2014/8/29

NHKの朝の連ドラで対決・・・菅野よう子 VS 梶浦由紀  音楽
 

■ NHKの朝の連ドラの音楽で激突!? ■

アニメ音楽の世界で人気を2分する女性作曲家と言えば、菅野よう子梶浦由紀。(大島ミチル先生、ゴメンなさい・・・)

最近ではMHK朝の連ドラ『ごちそうさん』の音楽を菅野よう子が担当していましたが、現在放映中の『花子とアン』の音楽は何と梶浦由紀が担当しています。古臭いと思っていたNHKですが、意外にも時代の流れに敏感な様です。(『あまちゃん』の大友良英の起用には度胆を抜かれましたが・・・)



菅野よう子 インタビュー

花子とアン 梶浦由紀インタビュー (NHK)
梶浦由紀インタビュー (毎日新聞)


■ アニメファンの琴線に触れる梶浦音楽 ■

菅野よう子派の私は、梶浦由紀さんの評価が低かったのですが、今期の新作アニメ『アルドノア・ゼロ』のオープニング『Hevens Blue』で、ちょっと梶浦由紀を見直しちゃいました。



Kalafinaというボーカルグループは『空の境界』の為に結成されたテンポラリーのユニットの様ですが、その後メンバーが変わった後、パーマネントなグループとして活動している様です。

それにしても、マドマギのテーマを思わせる重厚なAメロがら、流麗なBメロ、そして力強いCメロと次々に使い捨て、さらに梶浦語によるゴージャスな間奏を挟んでバリエーション・パートに。ずっとコーラスパートが寄り添っていて、贅沢な曲ですよね。中二病的歌詞が曲調に合っています。(褒めてます)

アニメファンの間で梶浦由紀の評価が高いのは、「キレイなメロディー」とか「重厚な音楽」といった「分かり易さ」に起因している事が、この曲から良く分かります。「分かり易いカッコ良さ」というのは、アニメの世界では重要な事だと思います。

昨今のニコ動系のめまぐるしく転調を繰り返す若手の作曲家達とは対照的な、ある種「平凡」さは、意外にも人々の共感を生むのかも知れません。

一聴して梶浦由紀と分かるメロディーは、マンネリを通り越して魅力の域に達しているとも言えます。ただ、それを支える和声の上手さがあって初めて成り立つのでしょうが・・。(褒めてます!!)

ちなみに『アルドノア・ゼロ』はこんな作品。(誰かが勝手に劇場用予告のMADを作っています)

https://www.youtube.com/watch?v=g5oTlkr2oh8

■ マクロスのセルフカバー? ■ 

一方、菅野よう子の『残響のテロル』のOPは・・・



おいおい、マクロスじゃないか!!と突っ込みたくなりますが、リズムアレンジの上手さは相変わらず。

『スペース☆ダンディー』で思い切りハジケテいる分、『残響のテロル』のサントラは随分と抑え気味の感じですが、脱走シーンのバックで流れるギターサウンドにはやはり鳥肌が立ちます。

ちなみに、こんな作品。
https://www.youtube.com/watch?v=gBpv2ztxVJY


菅野よう子の歌ものとして、ラーゼフォンのOPの『ヘミソフィア』が一番好きかな。



フルバージョンで聴くと、最後の展開でゾクゾクします。

この2曲を比べると、意外にも菅野よう子もマンネリな所がありますね。ただ、こちらも技術的にはサブドミナントの宙吊り感が・・・なんて専門的には色々とテクニックを駆使している様です。(私にはさっぱり分かりません)
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