2016/12/3

祝・紅白出場「RADWIMPS」・・・『祈跡』って『君の名は。』の元ネタみたいな曲だよね  音楽




映画『君の名は。』はRADWIMPSの各曲が通常の挿入歌以上の効果を発揮していましたが、実は深海誠監督はRADWIMPSの大ファンだとか。をれを聞いたプロデューサーの川村元気が速攻でRADWIMPSに連絡を付けて、RADWIMPSも快諾した。

脚本の初稿を渡され2か月後に新海監督の元に届いたのが『前前前盛』。監督はこの曲を聴いて「なかばミュージカルみたいな感じでもいいと思った」と語っている。

元々、私は『君の名は。』を観た時、RADWIMPSの2ndアルバムの『祈跡』の世界だーーーって思っちゃいました。新海監督と野田洋次郎ってメンタルが似ているのかも知れません。

RADWIMPSのリーダーで作詞作曲を務める野田洋次郎は帰国子女なので英語が堪能。バンドの楽曲もデビュー当時は冒頭で紹介した『祈跡』の様にRADIOHEADみたいでカッコよかった。当時高校生だった息子が私のiTunesに入れてくれてたので、5thアルバムまでは良く聞いていました。

それが・・・いつしか、だんだんとBUMP OF CHIKEN みたいなバンドになってしまって聞かなくなってしまいました。

BUMP OF CHIKEN が嫌いな訳では無いですよ。大好きです。当時小学校5年生の息子を連れて幕張へユグドラシル・ライブを見に行った程の初期バンプの大ファンです。「息子にせがまれて仕方なくコンサートに連れて来ました・・・」みたいな振りをして若者の中に交じっていましたが、コンサートが始まるやいや、手を高々と揚げてシェイキングしていたオヤジは私です。おかげで翌日二の腕がバリバリの筋肉痛になりました。中年にロックコンサートはコタエル。





ところで、全然関係ありませんが、ネットでこんな映像を拾いました。




「キラキラ星」を音楽の年代順のスタイルで「変奏」したもの。おおーーーー分かりやすい。

確か『MATELIAL』の日本公演でバニー・ウォレルが似た様な事やってました。あれはバッハから始まっていましたが・・・凄かった。
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2016/11/28

ガラパゴス進化する日本のアイドル歌謡・・・変態的なコード進行  音楽
 

■ 『恋するフォーチュンクッキー』って名曲ですよね ■



K-popや洋楽と日本の楽曲を比べた場合、日本の楽曲の特徴と言えるのは「コード進行の複雑さ」。
特にアイドル歌謡は、複雑な進行を感じさせる事なく、親しみ易く可愛らしさを見事に表現しています。

私はAKB48の『恋するフォーチュンクッキー』なんて、もう神曲だと思うのです。

イントロとAメロは少し古めのポップスを思わせる単調な進行、そこからBメロは「王道進行」と呼ばれるJ-Popsで多様されるコード、そしてサビはバロック時代からの王道のカノン進行。もう、「売れるポップソング」のテクニックを総動員した様な曲なのですが、それをアザトク感じさせず、ノスタルジックなのに現代的に仕上げている辺りは、アレンジャーの才能としか言いようが無い。


■ 単純なコード進行の洋楽 ■

それに対して洋楽って単調なコードの曲が多いってご存知でしたか?特にロックやヒップホップなんてジャンルは、元が黒人音楽ですから基本は「シンコペーション(繰り返し)」。ただ、これが悪いのかと言えば、「グルーブ」を生み出す為には、複雑なコード進行よりは単純で明快な方が良い。

ロックでもプログレッシブロックやAORなどは複雑なコード進行が当たり前。スティーリー・ダンの曲なんて、もうウナギみたいで掴み所が無い・・。

■ J-Popが重視する「物語性」 ■

日本のポップスは元々は洋楽をコピーしたものですが、日本独自のガラパゴス進化を遂げてJ-Popsという独特なジャンルを生み出しています。

その最たるものが「物語性」では無いかと思います。Aメロ、Bメロ、サビ、大サビ、間奏、・・・などという構成をする曲が多くありますが、曲全体を通して感情の流れや物語を綴る傾向がありる。日本のリスナは「詩の感受性」が強い傾向にあり、アーティストも歌詞を重視して曲を作る傾向が強い。J-Popsは音楽であると同時に「文学」なのかも知れません。

欧米でこの手の曲を作るアーティストとして先ず思い浮かぶのがビリー・ジョエルです。『ピアノマン』が最も分かりやすいと思うのですが、物語の展開に合わせて曲調も変化します。ただ、アメリカではこの手のアーティストは衰退し、今では「ノリ一辺倒」の曲がチャートを席巻しています。

だから、日本人は洋楽を聞かなくなってしまった。つまらないから・・。


■ ガラパゴス進化の最終形態としてのアニソン ■

AKB48の面白い処は、アイドルであると同時に「アイドルのパロディ」でもある所。もう、アイドル育成ゲームをリアルでやって、ファンをその物語の中に取り込むというメタフィクションな展開は、ポストモダンとしてもかなり尖がっています。

一方、「perfume」=「リアル・ボーカロイド」。「ももいろクローバーZ」=「リアル・アニキャラ」と言った所で、ことアイドルに関しては日本は世界最先端を爆走していますが、ガラパゴス進化の結果とも言え、欧米の市場で受け入れられる事は今までありませんでした。(パフィーがアメリカでブレイクしましたが、クール・ジャパンという背景では無く、よい子のアイドル的な取り上げられ方だったと思います。)

ところが最近BABYMETAL(ベビーメタル)が欧米が大ブレークしています。



ハードコアなメタルとアイドル歌謡のミスマッチが新鮮なのです、欧米の若者にしてみれば、「リアルなアニメキャラ」そのもので、彼女達が「日本語で歌う」事にこそ「萌え」要素があるとも言えます。徹底して「記号化」した事が成功の秘訣では無いかと。

ちょっと面白いのがバックが相当ハードな演奏そしている点ですが、実は日本のハードコアシーンは世界と長年互角に渡り合って来ました。歌詞が関係無いジャンルなので、音のパッションが強ければ何処の国のミュージシャンだろうがOKなのです。

日本人は真面目なので、ノイズミュージックにも真面目に取り組みます。演奏テクニックがメチャメチャ高いのです。そして、とことんクレージーさも追及します。これも一つのガラパゴス進化なのでしょう。

ベビーメタルは「アニメ」と「アイドル」と「ハードコア・ミュージック」という3つのガラパゴスが混ざり合う事で、最強のガラパゴスジャンルを作り出したとも言えます。(ももクロが元祖ですが)

そしてBABYMETALで本当に凄いのはバックバンドだった・・・ゲフン、ゲフン・・・



■ アニソンはどこまで進化するのか? ■


音楽のガラパゴス進化の最先端を行くアニソンですが、こんな曲まで登場しています。



先日、ちょっと紹介した『灼熱の卓球娘』のOPを作曲した田中秀和という作曲家の楽曲ですが、もう複雑さここに極まれりといった感じで、ヒャダイン(前山田健一)と双璧を成すのでは?

『這いよれ!ニャル子さん』という極めてアクの強い作品のOPなので、これが許されるとも言えますが、実はアニソンらしいアニソンも大量に手掛けていて、そのいずれもさり気なくて凄いコード進行で、音楽通をうならせているとか・・・。(私にはどこが凄いのかイマイチ理解できないのですが専門家からすると凄いらしい)

アニソンのルーツを辿って行くと小林亜星に行き着く訳ですが、彼が今の時代に現役バリバリだったら、いったいどんな曲を作る事やら、もう妄想が・・・。この人、作曲のみならず作詞もしちゃいますから「マハリーク、マハーリタ・・・」なんて彼の曲。

■ 欧米のガラパゴス進化 ■

こういった音楽のガラパゴス進化が日本だけで発生するのかと言えば、そうとも言えません。アンダーグランド・シーンはガラパゴス進化の実験場です。

さらに、ヨーロッパには日本と同様に「文化が腐るまで熟成される」土壌がある様です。下で紹介するのはベルギーの「X legged sally」というロックバンドですが、この複雑な演奏を生演奏でやるのには驚愕します。

ベルギーには「チェンバー・ロック」というジャンルがあります。室内楽の楽器をロックバンドが取り入れるプログレッシブ・ロックの変態進化形です。「X legged sally」はクラリネットを使っています。



「超ヘンタイだけど、スゲーカッコイイ」・・・と思うのは私だけでしょうか?

■ ガラパゴス進化が「箱庭化」する日本 ■

日本と欧米のガラパゴス進化の傾向には明らかに違いが存在します。

欧米のガラパゴス進化は実は「破壊的」です。だいたいアンダーグランドシーンで進化は進行し、様々な試行錯誤の結果、既存のジャンルを破壊する生命力を身に着けていきます。

一方、日本におけるガラパゴス進化は「箱庭的」です。日本という島国の文化の行き止まりに収納するには、日本的な語法で整理されてチンマリと棚に収まる必要があるのでしょう。古来、大陸から伝来した文化は、こうして日本的な進化を遂げ、次に流入する文化と共存を続けています。

韓国が文化の通り道として、外来の文化に在来文化が淘汰されて来た事とは対照的とも言えます。

そうした日本的な文化の最先端がアニメやアニソンである事を考えると、これらのオタク文化の変遷は、「伝統芸能」が辿って来た道なのかも知れません。





<追記>



「X legged sally]のYoutube動画を見ていたら「Flat Earth Society」なるバンドの動画に行き当たりました。「x legged sally」のギタリスト Pierre Vervloesem が立ち上げた15人編成のバンドですが、アメリカの現代のビックバンドジャズよりも余程刺激的。イヤー、カッコイイ。ちなみにチューバは金髪美女ですよ。ドレス着て足開いてチューバを吹く姿・・・痺れます。(3:11辺りから見て下さい・・・あ!!スパッツ履いてた)

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2016/11/28

ジャニオタをこじらせると韓流にハマる・・・本物ではダメなんです!!  音楽
 

■ 娘がK-pop堕ちした・・・ ■

「オタクの英才教育」を施した娘であるが、親元を離れて暮らしているうちに韓流ドラマやK-Popに毒されていた。アパートの友人達の影響ではあるが、あんな物の何が良いのか・・。

自宅に帰宅した際にも私のApple musicは娘に占領され、気づけばお勧めにはK-Popアイドルの曲がズラリ・・・。試しに聞いてみたら、まんまアメリカのパクリ。どうやら、今はヒップホップが流行っているらしい。

ところで、どのグループも歌が上手い。さらにアレンジも本場アメリカと遜色ない。日本人がやるヒップホップのダサさが感じられません。言葉が分からないからという事もありますが、韓国語の跳ねる様なリズムはヒップホップやダンスミュージックに良くマッチする様だ。国策としてドラマや音楽の輸出に熱心な韓国だけに、アメリカの流行をしっかりと抑えている。

土曜日に娘を誘って新宿で映画を観た帰り、新大久保に行きたいと言うので付き合ったが、若い女の子で賑わっていた。昔は韓流ドラマ好きの中年女性が占拠していたが、すっかりファン層は若者に代わっている様だ。

「ソウル・レコード」という看板を見つけ、オーー、ソールミュージックの専門店がこんな所にあるんだ・・・と思ったら、ソールとは韓国の首都のソウルでした。「ソール・ドラキュラ」を「ソウル」と勘違いして何だか嬉しくなった小学生時代とは逆パターンだ。

■ K-Posとアイドル難民 ■

日本で流行ったK-Popの元祖と言えば東方神起だろう。或いは女性アーティストならば少女時代やKaraだ。(BOAはJ-popだ)

それから時を経て、K-Popアイドルが日本のチャートで上位に入る事はあま無い。TVで見かける頻度も減っている。世間的には「流行」しているとは思えないのだが、コアなファンの数は増えている。東京ドームを満員にするグループも多い。

実は娘は高校時代はK-Popの前はジャニーズにハマっていた。最初は友人の付き合いの一環であったが、気づけばバイト代を相当貢いでコンサートや芝居に通っていた。そのうちに無名のジュニアを応援し始めた。ところが、大学に入るとK-Popに夢中になり始めた。「ジャニオタは卒業するの」と宣言して。

実はジャニーズファン達はジャニーズの商魂をしっかり見抜いているし、ジャニーズアイドルの素顔もそれなりに知っている。NEWSやかKAT-TUNのメンバーらの日頃の素行も結構知っている。だからコアなファン程、手垢の付いていないジュニアの子たちに熱を上げる。特に、30代にもなってデビュー出来ない様な子(?)にはご執心だ。

どうも、そういったコアなジャニオタには「イケていない」子が多い様に感じる。彼氏の代用品、脳内彼氏の元ネタに使っているのかも知れない。その証拠にリア充にジャニオタは少ない。脳内彼氏にする場合、あまり手垢にまみれていない方が良い。「自分だだけの・・・」というスペシャリティー感を味わうには、ジュニアの子の方が都合が良いのだ。

しかし、日本にジャニオタは多いので、ジュニアにしても誰か他人と被る事が多い。そして、誰が良いかで友人の間で諍いが起きたりする。「〇〇君ってダサくない・・」なんてtwitterで呟いた事が知れると、友情に途端に亀裂が入る。そういった煩わしさが高じると、「ジャニオタ」を卒業して「韓流オタ」になる様だ。「ジャニオタなんてもうダサいじゃん。それよりチョ・ジョン・ソムだよね(スミマセン、適当な名前をでっち上げています)」・・・こんな感じで韓国語を習い始めたりする。

■ 意味が無い事の意味 ■

K-Popにハマる娘を少々苦々しい思いで見ているが、適当な韓国語でK-Popを口ずさむ姿を見て、数十年前の自分の姿が重なったりもする。適当な英語で洋楽を歌って悦に入っていたものだ。むしろ、ネットを通じて韓国人と交流し、韓国語を教わる娘の方が優れている様にも思える。

今になって思うと、私が若かった頃の洋楽の歌詞は、日本語に翻訳すると「つまらい」ものがほとんどだった。「君が好きでたまらない。もう夜も眠れないよ」みたいな単純か歌手ばかりだった気もする。K-Popの歌詞も似た様なものだとう言う。

そもそも、Popソングの歌詞なんて数十年前にネタが尽きている。『寿司食いねえ』が出た時点でポストモダンに突入してしまった。今のジャニーズの歌やAKBの歌も同様に意味など無い。ただ、何となく歌詞が付いているだけ。

そうなると、なまじ意味の分かる日本語の歌詞は邪魔になる。確かに私達が若い頃に洋楽に傾倒した理由の一つに日本語の歌詞に飽きた事があった。

様はK-Popにハマる若者にとって、歌詞が分からない事が重要なのかも知れない。

■ 何故、本場アメリカの音楽では無くコピーのK-Popが支持されるのか ■

そこで一つの疑問が生じる。何故、本場アメリカのPopsでは無く、コピーのK-Popsが支持されるのか・・・。

その理由はファンにとって、K-Popsが元々は日本のアイドルの代用品である事にあるのでは無いか。アメリカのアーティストでは代替にならないのだ。やはり、アジア人としての親近感は重要である。

■ アイドル育成ゲームとしてはAKBと同質 ■

さらに言うならば、立場はなるべく対等、あるいは相手がちょっと下がイイ。ジャニーズのメジャーアイドル相手では「貢いでる感」を否応無に感じてしまうが、ジュニアの子や韓国人の場合、「自分達が育てている」感じが大事なのだ。

これ、AKBに貢ぎまくる男子と全く同じメンタリティーでは無いか・・・。

■ 未完成が良しとされる日本のアイドル ■

ジャニーズやK-Popにハマる日本の若い女の子達ですが、まだまだオタク男子から見れば「未成熟」だ。

彼女達は「完成されたカッコよさ」を求めている。一方、AKBに代表される日本の女性アイドルに求められるのは「未完成さ」だ。育成ゲーム的には当然の選択だ。「自分達が見つけて育て上げた」という充実感を得るには、素材は素朴な方がイイ。だから、日本の女性アイドルは「美女」は少ない。可愛いけれど、ちょっとドンくさい・・・ここら辺の加減が大事だ。だからアイドル達んも天然を装う。

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2016/9/4

現代最高のジャズピアニスト・・・フレッド・ハーシュ  音楽
 

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■ 擦り切れる程聴いた1枚 ■

最近はアニソンばかり聴いている私も、若い頃は随分とジャズやロックのCDに散財していました。基本はジャケ買い。雑誌でお勧めしている様なCDを買うと2、3回聴くと飽きてしまい、ジャケ買いしたCDは不思議と擦り切れる程聴きました。(CDは擦り切れませんが)

そんな中で一番聴いたのが上の写真のアルバム。フレッド・ハーシュというアメリカのジャズ・ピアニストの1987年の2ndアルバムですが、当時は無名でした。

ベースはチャーリー・ヘイデン、ドラムスは有名になる前のジョーイ・バロン。この中で有名なのはキース・ジャレッのトリオで活躍していたチャールー・ヘイデンだけ。ところがこのアルバム、それまでの私のジャズの概念を覆す程に素晴らしい内容でした。

当時の一般的な日本のジャズファン同様に、私もビル・エヴァンスとキース・ジャレットを「神」と崇めていましたが、フレッド・ハーシュの演奏はちょっと聴きは「キレイなビル・エヴァンス」といった感じ。

ところが、何かが普通のジャズと違う。聴き続けている内に、その違いは「クラシック」に在る事に気付きました。別にジャック・ルーシェの様にバッハをジャズ風に演奏するといった表面的な物では無く、音楽や音の構成がクラシック音楽的なのす。

例えばバッハやショパンやモーツアルトが現代に生きていてジャズ・ピアノを演奏したらこんな感じになるのでは・・・そう思わせる。特に左手の使い方が特徴的です。通常、ジャズピアにの左手はコードとリズムを支えますが、フレッド・ハーシュの演奏では音楽を構造的に支えているというか、アドリブでありながらショパンやシューマンのピアノソナタを聴いている様な複雑な構成。





ちょっと聴きはキース・ジャレットやチック・コリアの様なのですが、左手の色彩感と表現力が並で無い。そしてリズムの扱いが現代音楽的というか・・・。

結果的にドラマーの役割はリズムキープでは無く、ピアノの左手と必死にコラボレーションする事になります。当時、ティム・バーンやミニアチュール、ビル・フリーゼルバンドで活躍していたジョイ・バロンですが、私、しばらくこのアルバムのドラマーが彼である事に気付きませんでした。元々小技の上手いドラマーでしたが、本当に「あれ、ドラムの音入ってた?」と思う程、地味にサポートに徹しています。

フレッド・ハーシュは4才からクラシック・ピアノを始め、9才では4声と対位法の作曲をマスターしていたらしい。その後は音楽学校に進みますが、スピンアウトしてジャズを演奏する様になります。

このアルバムで少し注目されるまでは、NYのクラブで演奏していましたが全くの無名。当たり前と言えばそれまでですが、ジャズを聴きに来た客に彼の演奏はキレイだけどノリの悪いジャズ・・・そう評価されたでしょう。

■ ジョビンのボサノバの名曲がクラシックの名曲に聞こえる ■

そんなフレッド・ハーシュも3rdアルバムはエンヤ(ドイツの比較的メジャーなレーベル)から発売され、ツゥーツ・シールマンと共演するなど、知名度が高まります。

ただ、メジャーになった後の彼の演奏は何故かあまり好きになれませんでした。やはりジャケ買いした1枚の思い入れが深かったのかも知れません。

その後、エイズウィルスが脳を犯し、再起不能とまで言われましたが、奇跡的に復活し、今では「ピアノの巨匠」とまで言われる様になりました。

私はと言えば、最近は冒頭で紹介した2ndアルバムをたまに聴くぐらいで、新しいアルバムは聴かずじまい。

ところが、先月iTune Musicに入ったら、「あなたのお勧め」でフレッド・ハーシュが出て来ました。iTune Musicが私のPCのライブラリーでフレッド・ハーシュを見つけたのでしょう。

新しいアルバムでも聴いてみようとクリックしたのが下のアルバム。

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アントニオ・カルロス・ジョビンのボサノバの名曲をピアノソロ主体で演奏していますが、もう気絶しそうに素晴らしい。

ちょっと聞いただけではボサノバだとは分からい程リズムもメロディーも断片化されていますが、もうクラシックの名ピアニストの演奏を聴いている気分になれます。

彼の特徴である左手は、音階を持ったドラムセットの様で、さらには右手のメロディーのバッキングまでこなし、艶やかで色彩感豊かなコードで音楽を支えます。右手の音色もコロコロと美しい。





もう、ここまで行くとベースもドラムスも必要在りません。まさに現在のピアノのヴィルトゥオーソ。




こちらは誰かが採譜していす。タンゴですが・・・ピアノ曲・・・。





トリオの演奏ですが、聴衆はクラシックを鑑賞している様な雰囲気。一音も聞き逃したく無いかの様。





<追記>

冒頭で紹介したアルバム、あまりにもジョーイ・バロンの影が薄くて可哀想なので、彼が如何に素晴らしいドラマーか分かる動画をオマケに・・・



ドラムソロで飽きさせる事が無い。作曲も悪くないんですよ。

このジョーイ・バロンもハーシュのトリオではピアノの左手のバッキングに徹しています。ハーシュの左手の生み出すリズムは断片的ですが、たまに右手にちょこっと引き継がれたりして、無音の中でも継続しています。(メロディーも同様ですが)。さらにリズムがユラユラと揺れていたりするので(メトロノームの様に正確に聞こえますが、ポリリズミックに揺れている?)ので、ドラムやベースが絡みにくいのでは・・・。

そこで名手の二人は、ピアノの生み出すリズムを補強したり、あるいは少しだけ外乱を与えたりして、よりハーシュの演奏を引き立てる事に徹している様です。

黄金期のビルエバンス・トリオやキース・ジャレット・トリオですら「野蛮」に感じられる、神経を研ぎ澄ませたミュージシャン同士の真剣勝負が聞こえて来ます。(私の個人的感想ですが)

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2016/8/24

『Rekife』・・・坪口 昌恭のサントラが凄い  音楽
 

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■ 今期アニメで一番おもしろい『Relife』 ■

今期アニメで一番面白い『Relife』。

ふとした事件を切っ掛けに会社を辞め、半ば引きこもり生活を続ける26才の男性が「人生をやり直せる」という誘いに乗って渡された薬を飲んだら・・・なんと高校生になっていた。(見た目だけ)

「一年間、高校生活を送ったら、就職をお約束します。」という怪しい提案に乗った彼は高校3年生に編入します。26才という少し大人の視点から高校生達を観察し、一緒にもう一度青春を謳歌する・・・。なんだか誰もが心の片隅にひっそりと仕舞っている願望を、見事にエンタテーメントに昇華した夜宵草(やよいそう)さんのマンガ原作のアニメ。

原作は「comico」というマンガ投稿サイトの人気作品で単行本も好調な売れ行き。スマホ用のフォーマットで書かれたマンガは縦スクロールで読める様に工夫されているとか。

これ、先行放送がネットにアップされているので、思わず全話観てしまいました。(アニメ嫌いのカミサンと一緒に)

■ コンテンポラリージャズのショーケースみたいなサントラ ■

アニメとしては「小ネタ」ですが、実のこの作品、サントラは超絶スゴイ。もう最初の一音から、「現代ジャズ(コンテンポラリー・ジャズ)」のエッセンスが詰まっています。

作曲は坪口 昌恭(つぼぐち まさやす)。この名前でピンと来た方は相当の音楽通。菊池成孔が好きな人ならば『東京ザビヌル・バッハ』のキーボードだと直ぐに思い当たるかも。

坪口昌恭は1664年生まれですから私の1つ年上のミュージシャン。『東京ザビヌル・バッハ』。「ザビヌル」は他ならぬ「ウェザー・リポート」のジョイー・ザビヌル。バッハは当然、大作曲家のバッハ。

■ ジャズからフュージョンへ ■

私達の世代のジャズ好きは「フュージョン」全盛時代にジャズを聴き始めました。「ウェザーリポート」「クルセーダーズ」「スパイロジャイラ」辺りが当時の人気グループだったと思います。日本だと「カシオペア」と「スクエア」。

4ビートジャズが電子楽器の導入とロックとの「融合=フュージョン」によって現代的なジャズに生まれ変わったのがフュージョンというジャンル。初期の頃は「クロスオーバー」などとも呼ばれていました。

フュージョンの先駆けとなったのは。マイルス・デイヴィスの「イン・ア・サイレント・ウェイ」 (1969)と「ビッチェズ・ブリュー」 (1970)。「電化マイルス」などと呼ばれ、ジャズファンを戸惑わせた名盤です。

当時のジャズはフリージャズ全盛時代。「何だか良く分からないけど凄い」というある種の「宗教」の様な袋小路に入った当時のジャズ界。「身体性」と「精神性」を追求するフリージャズは最早商業音楽としての形を失い、「聴く事=忍耐」というとんでも無いジャンルになっていました。

ジョン・コルトレーンやセシル・テーラーがもうドロドロと言うか訳分かんない音を垂れ流している頃(ファンの方にはゴメンナサイ)、帝王マイルス・デービスは当時普及し始めたエレクトリック楽器(電子楽器)をいち早く取り入れます。エレキ・ギターや電子ピアノ、エレキベースなど、今となっては当たり前の楽器ですが、アコースティック楽器こそがアイデンティテーであったジャズ界にとっては冒険でした。



これはマイルス・デービスの「ビッチェス・ブリュー」。8ビートにラテンのリズム感を取り入れるなと、当時としてはかなり斬新な試みをしていますが、メンバーが凄い。キーボードはチック・コリアとジュー・ザビヌル。ギターはジョン・マクラフリン。サックスはウェン・ショーター。

このバンドからウェン・ショーターとジョー・ザビヌルが独立した形でパーマネントなバンドを結成したのが「ウェザー・リポート」です。ベースにジャコ・パストリアス、ドラムスにピーター・アースキンを加入した頃が最強だったでしょうか?



代表曲は何と言っても「バードランド」でしょう。マイルスの「ビッチェス・ブリュー」に比べるとメロディーランが明確で、リズムもシンプルなので大衆受けする音楽に進化しています。

とにかくこの時代のウエェザーリポートは神です。特にジャコ・パストリアスはベースという楽器の概念を変えてしまった天才。

■ フュージョンの衰退と新しいジャズ ■

古臭い4ビートジャズや、意味不明なフリージャズと決別した「フュージョン」は、ロックやラテンのリズムを取り入れ、さらにはクラシックとも融合しながらジャズ界の主流になりますが、1980年代後半には商業主義的な色合いが強くなり次第にファンが離れて行きます。

その頃、ニューヨークでアコースティックな4ビートジャズの再評価(私は復古主義だと思いますが)が始まり、「新伝承派」なんてネーミングでウィントン・マルサリスがスウィングジャーナル誌などで持てはやされる様になります。

同時期、バークレイ音楽院で学んだ優秀な演奏家はM−BASEという概念の音楽活動を開始します。実は私はスティーブ・コールマンの提唱したM−BASEの概念が全く理解出来ません。「現代的で精神的で非西洋的な黒人のアイデンティティを追求する音楽活動」と解釈する事も出来ますが、複雑な変拍子に乗せてダラダラと続く音・・・こんなイメージが在りますが、これは当時の先端のファンクシーンと連動するものだったのでしょう。M−BASEは次第にラップを取り入れるなど、ファンクとの融合性を高めて行きます。これ、日本人には結構「濃くて」苦手かも知れません。



アレ、今聴くとカッコイイですね・・・。

■ 本当に新しいジャズ ■

メインストリームのジャズがファンク的な黒人現代音楽と、復古的な4ビートに2分されている頃、ブルクリンの「ニッテイン・ファクトリー」と言うライブハウスを中心に、もっとコンテンポラリーで新しいジャズが生み出されていました。

中心に居たのはジョン・ゾーンとティム・バーンでしょう。彼らは白人のミュージシャンでしたから、「黒人のアイデンティティ」という呪縛とは無縁に、単に「面白い音」を探求して行きます。

その頃、イギリスのジャズシーンも盛り上がっていました。メジャー所では「インコグニート」が有名ですが、これらの「オシャレ・ジャズ」とは無縁の、真に「面白い音」を追求していたのが「ルース・チューブス」です。中心人物はキーボードのジャンゴ・ベイツですが、彼はホーン楽器も扱う多才なミュージシャンでした。



ルース・チューブスのデビューアルバムの「オープン・レター」のプロデュサーは何と「ビッチェス・ブリュー」をプロデュースしたテオ・マセロでした。ジャンゴ・ベイツの音楽はおもちゃ箱をひっくり返した様で、何とも掴みどころが無いのですが、タペストリーを離れて観ると一枚の絵になっていた・・・・みたいな不思議な魅力に溢れています。

この時代、フランスもギタリストのマルク・デュクレらが新しいジャスを追求しています。

■ 今だから分かる「東京ザビヌル・バッハ」 ■

さて、ようやく話が坪口昌恭と「東京ザビヌルバッハ」に辿り付きました。

日本のジャズ界、いえ音楽界の重鎮、菊池成孔と坪口昌恭が1999年に結成したエレクトロユニットの「東京ザビヌル・バッハ」は、当時としては地球を3周半くらい突き抜けたバンドでした。



マイルスの「ビッチェス・ブリュー」がこの時期に出てきたらきっとこんなアルバムになったに違いない・・・そう思わせる音。

リズムをシーケンサーに任せ、キーボートとサックスが音のコラージュを積み上げていますが、後期のウェザー・リポートの音に良く似ています。だから「ザビヌル」の名前が付けられているのでしょう。

ウエザー・リポートはジョー・ザビヌルとウェン・ショーターの双頭バンドでしたが、ファンもウェン・ショ−ター派とジョー・ザビヌル派に二分されていました。後にウェン・ショーターが抜けた後もバンドの音楽性が全く変わらなかった事から、ジョー・ザビヌルが事実上のリーダーであった事が明白になりますが、コンサートでウェン・ショターのサンプリング音源をシンセイサイザーで演奏するザビヌルの節操の無さは、ウェン派を敵に回します。

ウェザー・リポートを解散した後、ジョーザビヌルは「ザビヌル・シンジケート」という自分のバンドを結成して活発に活動します。私も斑尾のジャズフェステバルで何度か生で観ましたが、とにかくコーネル・ロチェスターとジェラルイド・ビーズリーというドラムスとベースが強烈で、心臓がバクバクしたのを覚えています。

ジョーザビヌスのバンドはジャコ・パストリアスやミロスラフ・ビトウスなど超絶テクニックのベーシスト、さらにはピーター・アースキンやオーマー・ハキムなど上手いドラマーを擁してきましたが、東京ザビヌルバッハはこの部分をシーケンサーに任せているのが面白い所。ただ、この打ち込みの音はクールでカッコいい。

私は初期のアルバムを2枚持っていますが、正直に言って、当時は良く分かりませんでした。15年以上経った今聴くと、とてつも無くカッコいい。

■ 「低温」のジャズ ■

「東京ザビヌルバッハ」とウェザー・リポートの違いは何かと聞かれたら、私は「温度感」だと答えます。

「東京ザビヌルバッハ」に限らず、「パッチョーラ」など現代の優れたジャズバンドの音は「冷めて(醒めて)」います。

複雑なコード進行や、リズム処理をさらりとやる・・・・これがコンテンポラリーなジャズの魅力かなと・・・。もう、ミュージシャンが汗を撒き散らしながらやるジャズは流行らない。

そんな事を意識しながら『Relife』のサントラを聞くと、ジャズという音楽の現在が見えて来ます。アニメのサントラ、恐るべし。



ちなみにこちらが最近の東京ザビヌルバッハのライブ映像。坪口の個人ユニットになっているいみたいですが、リズムも人力です。トランペット、カッコイイ。

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