2010/9/18
国内最大の自転車のレース「ツールド北海道」が、今朝、ヒラフスキー場を9時半にスタートして、うちの前の道路を疾走して行った。
今年で24回目だという。かくゆう僕も、第一回大会の一般の部で「洞爺湖一周レース」に参加したのをきっかけに、5回ほどエントリーしたことがある。自営業なので、練習の時間がとれないまま参加していた。それでも第二集団あたりでゴールしていた。若い頃に、大きな荷物を自転車にくくりつけ、一万キロ余りを走ったことを体が覚えていたのかも知れない。
自転車レースは体力とかけ引き。時速30km以上の風圧はかなりのもの。また、あと少しでゴールというところで、風圧を避けていた後ろの奴らにまくられ、一瞬にしてゴールされる。集団を抜け出した奴らに追いつくため、第二集団は敵味方関係なく、先頭交代をして速度を上げる。
僕は、チームでの参加ではなくいつも一人だったので、レースが始まったら早い段階である程度速度をもった集団の中に入り、おいていかれないように踏んだ。ちぎれてしまっては、もう追いつくことはできないからだ。たまに先頭に出て、数百メータ引っ張ると仲間意識ができ、速度が上がってくる。ゴール手前では、もうそれぞれのスプリント勝負。洞爺湖一周の時がそうだった。僕は、スプリントは苦手。ゴール300mまで第二集団の先頭だったけど、その後まくられてしまったぁ。
4千キロを走るツールドフランスは、フランスの片田舎に都会の風を運ぶを言われる。ミシュランのキャラクターが自転車集団がもうすぐくるよ〜って前宣伝をしてまわり、それを一目見ようと小さな町の古い家から年寄りたちが出てくる。その地方出身の選手がいたりするとものすごい声援で、チームもその区間、その選手に花を持たせるようにするらしい。
目の前を駆け抜けて行く自転車の一団を見ている僕は、その片田舎のお年寄りになっていた。


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2010/9/15
食べ歩きのコースの途中に、フウテンの寅さんで有名な「帝釈天」があるので、行ってみることにした。柴又駅を降りるとすぐに寅さんの銅像が立っていて、まっすぐのびる参道が見える。思ったよりこじんまりしている。参道の両側には、映画のように団子やさんなどのお店が並んでいて、なかなかいい雰囲気ですね。こういうの北海道にはないもんな〜。四国の八十八箇所のお寺を思い出さすね。
お寺の門は、高くどっしりとした造りで、なかなかのものでした。いいな〜お寺参りは。気分がおちつきますね〜。
僕の生まれて育った家の近くに小さなお寺があり、そこがいつも遊び場だった。かくれんぼやビー球、缶けりなどなど、そこが子供たちの暗黙の集合場所だった。お寺の人たちも少々騒いでもなにも言わなかった。今はそんなことできないんだろうな〜。
少しばかりの時間とお金があり、自分の力ではどうにもならないことがおこって、それを受け止めなければならなくなったら、四国霊場巡礼の旅に出るのも人生かなと思ったりする、明日で56歳のおっさんでしたぁ〜


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2010/9/10
去年の今頃、僕らは東京にいた。正確には東京とその近辺。そのうちの一日は、東京ビッグサイトでの食品の展示会にあたっていた。初めて訪れるイベント会場は、札幌のそれとは比べものにならないくらいデカかった。建物の中ではいろいろなイベントが同時に行われていて、僕らの会場の前には、早くも行列ができていた。
勉強会などで顔を合わしたことのある方々に挨拶をしてまわり、それからじっくりと展示されているものを見て回った。事前に調べていたものが、一堂に会して実際に見ることができるのは、やはり東京。これを一つ一つ尋ねて行ってたら、時間と金がいくらあっても足らない。ええな〜津軽海峡以南の人は。
東京に行くと、エネルギーが沸いてくる。故郷四国と仕事場北海道のちょうど中間ということもあるし、北海道では得られない、知識の集積された都市という感じがする。知ることの楽しさを与えてくれる。それと、歴史の都市でもある。以前行った蔵前にある大江戸博物館は、面白くて3時間近くもうろうろしていた。大きなバッグを背中に背負って見ていたら、2回も係りの人に「お荷物、お預かりいたしましょうか」と声を掛けられた。その度に、「いっいや、けっけっこうです」と断った。さぞかし、田舎から出てきた親爺って見られたに違いない。いや、正にその通りでございますぅ。


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2010/9/9
今日も、駅裏の広場で階段登り下りやフリスビーで遊ぶ。階段は、スタスタからスパスパになってきた。フリスビーは、空中で受け取ることはまだできないが、落下点までコーギー走りで全速力。コーギー走りは、赤塚まんがの「おそまつくん」に出てくる「チビタ」の足を連想さす。短い足を回転数でかせぐという感じ。おーっといけない。また妄想ぐせがでてしまったぁ〜。
ポロは、フリスビーを空中にあるうちに取ると誇らしげにもってきた。何回も連続して取れると、「どう〜うまいもんでしょ」と得意満面になった。でも、ボーダーコリーのようにジャンプして取ることは出来なかった。
ポコはどこまで出来るようになるでしょう。まっ、気長にやりまひょ。


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2010/9/7
エゾ富士と呼ばれる羊蹄山を眺めながら、23年ここで暮らしてきた。町の図書館に、倶知安の郷土史がつづられた本があり、何回か借りて読んだことがある。
今は行われていない行事に、羊蹄山の頂にいかに早く登るかを競うイベントがあった。確か、大正時代に小樽新聞社主催で行われたのが始まりだったように記憶する。また、その頃すでに頂上付近には山小屋があって、この山を登るのが、町の人たちにとって一つのリクレーションになっていたとも書かれてあった。その頃は、ちゃんとした登山の服装などなく、男女とも和装で登ったと書かれてあった。
今の時代に、着物姿で山を歩く一団に山中で出会うと、それも夕暮れ時に列を連ねて提灯でも灯して歩いていると、それはもう、ぞっ〜とする光景だろうなぁ〜なんて、ポコといっしょに羊蹄山を眺めていたら妄想してしまった。白い鉢巻に蝋燭でも差していたら、それはもう八つ墓村になってしまうぅ〜。ああ〜怖わァ。妄想はとめどなく暴走してしまいました。ポコは羊蹄山を見て、何を妄想しているのですか。


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