僕はもともと朝「おはよう」と言うのが大嫌いだった。
高校の頃などは、家族にも言わなかったし、学校で誰かに言われたとしても曖昧に「おう」などと応えるだけで、決して「おはよう」とは応えなかった(これがまた何でか知らんが、毎朝顔を合わせるたびに「おはよう」と言ってくる男(クラスメイト)がいて、何でこいつ毎朝(決して挨拶を返さない)俺に向かって「おはよう」なんて言うんだ? なんて、朝から機嫌が悪くなったりするんだから、我ながら相当タチが悪い)。
想像してみると馬鹿バカしくて仕方がなかったのだ。日本全国で毎朝挨拶をする人が1億人くらいいるとして、平均何回「おはよう」と言うのだろう? 仮に10回だと見積もったとして、全国で毎朝10億回「おはよう」という言葉が交わされているのだ。「おはよう」と言う代わりに1円ずつ募金することにすれば、毎朝10億円のお金が集まる。そっちの方がずっと良いじゃないか。
朝「おはよう」と挨拶を交わすと気持ちが良いものです、なんて話を聞くと、あ〜、アホらしい、そう思うヤツらだけで勝手に挨拶し合ってりゃいい。「おはよう」と言われるたびに機嫌が悪くなる俺のような人間にまで、そういう生活習慣を押し付けて欲しくない、なんて思っていた(高校・大学の頃)。
そんな僕だったが、現在、早朝ジョギングのときは、ジョギングや散歩中の人々とすれ違う際に、自分から「おはようございます」と声をかけることが多い。
不自然なのだ、声をかけない方が。お互い100mくらい離れたところから「あ、向こうからランナーが走って来るな」と気がついている(はずな)のに、他に誰もいない歩道上で無視し合ってすれ違う、その不自然さに耐え切れず、僕は自分から声をかける。
向こうから来る人も、こちらの出方を伺っているようなところがある。僕が知らん顔をして通り過ぎるなら、向こうもそのつもりなのだろう。あるいは、声をかけようかと迷っていて、僕が声をかけられたくないのではないかと危惧し、躊躇しているのかもしれない。この、すれ違う直前の、お互いに腹を探り合っているような感じもまた嫌なので、いっそのこと僕は自分から声をかけてしまうことにしているのだ(逆に言うと、あからさまに「お前にゃ関心ねー」という態度をとっている人もいるので、そういう人には僕は声をかけない)。
どの程度返事が返ってくるかと言うと、だいたい7割くらいかなぁ。挨拶をしても挨拶を返さない人は結構いる(いい年の大人でも。若い人とすれ違うことはほとんどないので、単純に若い人との比較はできないが)。毎朝北大キャンパス内を散歩して歩いているような近所のおじさん・おじいさんと思しき人々が一番愛想良く返事を返してくれる確率が高い(ビニール袋片手にゴミを拾って歩いているような人ね)。中年夫婦や老夫婦の早朝ウォーキングみたいな2人組だと、たいていダンナの方が返事をしてくれる。女性1人の場合だと、若干こちらを警戒しているような表情。犬の散歩系の人には僕はあまり声をかけない。「声かけるなよ」オーラを発しながら怖い顔で歩いている人(年配の男性が多い。北大の先生?)にも僕は声をかけない。
アスリート系のランナーにはほぼ全員に無視される(そういう人はイヤホンをしていることが多く、実際のところ僕の声が聞こえないのかもしれない)。真剣に走っているのはいいが、ちょっと感じ悪いし、同じランナーとして残念に思う(もっとも、自分自身のことを考えてみると、1km5分くらいのペースで走っているところに、不意を突かれて挨拶されても、応えられないかもしれない)。
メタボオヤジ系ランナーからは、声を出すのが精一杯、と言わんばかりの奇声が返ってくることが多い(「おはよわいわす」みたいな)。
大学生くらいの若いランナーは、そもそも僕に声をかけられると思ってもいないのか、戸惑った表情を見せながら通り過ぎてしまうことが多い(会釈くらいはしているのかもしれないが、通り過ぎてしまうので僕には見えない)。
朝4時台でも北大キャンパス周辺では結構な人の数とすれ違うのだが、そんな中、1人、苦虫を噛み潰したような顔で散歩している小柄なおじさん(おじいさん?)がいる。似たような人が3人くらいいて最初の頃は区別がつかなかったのだが、似たようなところですれ違うし、いつも同じ帽子にウィンドブレーカーを着ていることに気がついて、見分けがつくようになった。春からもう15〜20回はすれ違っただろうか? 初めは会釈してくれる程度の反応だったかもしれないが、すれ違うたびに「おはようございます」と声をかけているうちに、わりとすぐに向こうも「おはようございます」と応えてくれるようになった。
驚いたのは、そのおじさんがある日突然、いつものように声をかけた僕に向かって、ニッコリ笑って大きな声で「おはよーう!」と返事をしてくれるようになったときだ。声をかけたこちらが驚いてしまった。
このおじさん、何と言うか、正直言って、あまり朗らかなタイプには見えなく、むしろ「意地悪じいさん」風というか…、そんな風に見えるタイプ。そのおじさんが、僕に向かって笑顔を見せてくれているのだ(笑うと「意地悪じいさん」には全然見えない)。ただ「おはようございます」と声をかけ続けていただけで、このおじさんの笑顔を引き出せた、ということが思いのほか嬉しい。
声をかけても(まるで、そこに人間なんかいないかのように)完全に無視する人もいることはいて(上述の通り、アスリート系の人にそういうタイプが多い)、若いヤツならいざ知らず、30代〜40代の大人にそんな態度をとられると、正直ちょっとムカついちゃったりすることもあるのだけど、このおじさんにしつこく挨拶し続けて良かったなぁなんて朝から機嫌が良くなってしまった。まぁ、そういうこともある。
朝「おはよう」と挨拶を交わすと気持ちが良いものです。

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