本日12月19日の朝をもって、ついに「断酒継続5年」を達成! 1826日間、1滴も酒を飲んでいない!(ということになっている…。)
これまでにも何度か書いているが、僕が最後に酒を飲んだのは、2008年12月19日(金)の早朝5時頃(ということになっている…)。夜中に酒を飲みながら韓流映画のDVDを観ていたのだ。
それで朝方酔い潰れて寝ていたところを、昼頃かかってきた電話で叩き起こされた。前日から内科病院に入院していた父の様子がオカしい(認知症のような症状が出ている)、と病院から実家の母に呼び出しがかかったということで、僕も病院へ駆けつけるハメに。
その年の4月に「慢性硬膜下血腫」という病気(?)で、父が意識不明の状態で脳外科へ担ぎ込まれるという「事件」があった。僕も母も「再び脳内で出血しているに違いない」と考えた。そこで、そのとき入院した脳外科に移動しMRIを撮って貰ったのだが…、出血は確認できないという。再び内科病院に戻り、「これはアルコール依存症の禁断症状ではないか」という話になった。毎日飲んでいるような人が急にお酒をやめると激しい禁断症状が現れる場合があるのだ(と言っても、父は一晩飲まなかっただけなのだが…)。
と言うワケで、今度は「アルコール依存症」を看板に挙げている精神病院へ父を連れて行くことになった。そこは母の実家近くに昔からある病院で、まさか自分の夫がその病院の世話になることはあるまいと思っていた母は、「この病院は昔から『キチガイ病院』って呼ばれててねぇ…」と嘆く。
その病院で僕はアルコール依存症についての45分程のレクチャーを受けたのだ(主治医が父を相手に行ったもので、僕と母は横で聞いていた)。実は僕はその日、その頃には治まっていたもの、内科病院に呼び出された時点ではかなりの二日酔いに苦しんでいた。8〜12時間前にコンビニの300円の安ワイン1本と500mlの発泡酒を2本飲んでいたせいだ。もともと酒の弱い僕には、二日酔いに陥るのに十分過ぎるほどの量だった。
父はまだ自分の置かれている状況を理解しておらず、自分は内科病院で糖尿病だとか生活習慣病の診察を受けていると思い込んでいるようだった。その横で、親がアル中なら、その息子(つまり、僕)もアル中か、と僕は情けない想いをしていた。主治医のレクチャーは僕に向けられたものではなかったが、聞いていると自分はまさにアルコール依存症の諸条件に当てはまるのだ。聞いているうちに「僕もお酒をやめようか?」というアイデアがチラリと頭に浮かんだ。
しかし…、当時酒を飲むことは生活の一部のように感じていたので、「酒をやめる」という行為そのものが非現実的なもののように思われた。「そんなことできっこない」と本気で思うのだ。それは、「やめられっこない」という思いとはまた違って、「そもそも、酒を飲まない人生なんて『あり得ない』」と思ってしまうのだ。
しかし…、考えてみれば、僕は今後の人生で覚せい剤は「1度もやらない」だろうし、煙草だって「1本も吸わない」ことは容易だ。何故「酒を1滴も飲まない」ことだけが「不可能」だと思うのか…? 冷静に考えてみれば、それは全く「あり得ない」ものではないのだ。
と言うワケで、夜になってからようやく実家に帰り着いた後、僕はアルコール依存症についてのWEBページを読み漁った。それは「やめるなら今日だ」と決意を固めるのに必要なプロセスだった。「最後にもう1本飲んでから…」とかなり真剣に悩んだが、それを自分に許してしまうと「もう1本だけ」「本当にもう1本だけ」と結局やめられないのではないかという気がした(僕はもともと「意志の力」みたいなものがかなり弱い。アルコール依存症は薬物中毒の一種なのでそもそも「意志の力」で脱却することは不可能だが、ここで問題となっている「意志の力」は「断酒を決意する」という「決断力」と「実行力」のこと)。それで、「最後の1本」を飲まずに、そのままやめてしまうことにした。そういう意味では、「断酒」を決意したのは、20日の深夜だったのかもしれない。じゃあ、断酒5周年記念日は明日か!?
本当は「父さん、僕も一緒に酒をやめるから、一緒に断酒を続けよう」と言ってみようかなぁ、というツモリだったのだ。僕の「意志の力」は相当弱いが、父の「意志の力」はもっと弱い(笑)。ただ、こういうのは言い出すタイミングも難しいし、また親に向かって随分偉そうな口をきくことになるので気後れもして、結局言ってない。
父はその後しばらくの間は酒をやめていたらしい。ところが1年が経った頃から再び徐々に飲み始め、現在では5年前よりも大量の酒を飲んでいる。朝起きたら酒。内科の先生には自殺行為だと言われているがやめられない(と言うか、やめる気がないようだ)。肝臓は肝硬変直前(と言うか、いまだ肝硬変にならずに済んでいるのが不思議だ)、腹水がたまり、100%下痢。身体を起こしていると、下痢が直腸から流れ出てしまうらしい。だから、まだ70を超えたばかりだと言うのに、高齢者用のオムツをつけて、いつも横になっている。いくら高性能(?)なオムツだって、下痢にまで対応できるワケじゃない。服を汚し、トイレの床や壁まで汚し、(実際のところアルコール性の認知症が始まっているのではないかと疑っているのだが)汚れた手すら洗わないらしい。風呂にも入りたがらない。それでも酒を飲んでいる。酒がなくなったら、酔っ払い運転をしてまで、自宅から150mしか離れてないコンビニに酒を買いに行く(歩いて行けないから)。それでついに母が車の鍵を隠してしまった。小学校の校長までやった人がこのザマだ(まぁ関係ないっちゃ関係ないけど。大臣で問題になっていた人もいたしね)。
僕が酒をやめられているのは(再び飲みたいと思わないのは)、こういう人が身近にいるせいなのかもしれない。そういう意味では、父に感謝しないといけないのかもしれないな。断酒生活が5年も続いたのは、父のおかげなのかも。あんな風にはなりたくない。そして、酒を飲み続けていたら、必ずなるのだ。少なくとも僕はなる。
次回の記念日(?)は、2014年06月11日(水)の「断酒継続2000日」。当然これもクリアできる。僕はもう一生、1滴も酒を飲まないのだ。

1