『仕事を加速する技術』
梅津 信幸(著)
2007年
ソフトバンク クリエイティブ
★★★☆☆
裏表紙に「How to Accelerate Your Brain Work」とある。なるほど、「頭脳労働を加速する技術」なワケか。サブタイトルは「ストーリーでつなげるシンプル思考法」。
数年前に、この著者の書いたコンピュータ・サイエンスの基礎を扱った本『
あなたはコンピュータを理解していますか?』(2002年 技術評論社)を読んで、モノゴトの本質をつかみそれを巧みに(妙な比喩で)言い表してしまう著者の手腕に舌を巻いた。それ以来、「この著者の本なら他の本も読んでみたい(絶対に面白いハズ)」とずっと思っていた。
本書も、本書の2年前に刊行された『
「伝わる!」説明術』(2005年 筑摩書房)も、一見「仕事術」系のビジネス書っぽく見えるが…、実態は少し違う。『「伝わる!」説明術』は「『理解』の本質とは何か」を、本書は「『頭脳労働』の本質とは何か」を扱った本なのだ。著者はコンピュータ・情報科学系の大学の先生で、本書の前半では、人間の行うべき頭脳労働とコンピュータの行うべき(ある意味)力仕事とを対比した上で、「どうすれば、頭脳労働を効率化することができるか」を読者に提示しようとしている。ただし、後半の「ノウハウ・ハウツー」パートに書いてあることは、世にある「仕事術」にワリと近いし、ビックリするような「仕事を加速する技術」が書いてあるワケではない。
行間が広く、ページ当たりの字数が少ない(新書や文庫よりも少ない!)。文章のリズムも良く、ものの数時間で読み終えてしまうだろう。ただ…、正直、単行本で読むほどの内容ではないと感じた。500円以下で買える文庫本ならお買い得だと思うが、文庫化・新書化されていないということは…、出版社としても、ノウハウ・ハウツー本としてベストセラーになる見込みは薄いと判断したのかもしれない。
読んでみると、いろいろ面白いことが書いてある。ただ、僕の期待が高過ぎたのか、ちょっと肩透かし、「あれ?」という印象。面白い題材が揃っているのに、何とも未整理な印象。しかも、文章に「水増し」感すらある。ただ、ひょっとするとこれは、ワザとなのかもしれない。
上述の通り、著者はモノゴトの本質をつかみ「ズバッと一言で表現してしまう」ことのできる人だ。ところが…、それをやってしまうと、(内容は濃くても)ページ数の薄い本になってしまうのだ(笑)。話が一言で終わってしまうから(笑)。そこで本書では、意図的に「話をまとめない」という作戦を採っているように思う。関連する内容を1つの章にまとめず、全体に散らばらせているのではないか。これは著者自身が望んだ形式なのか、それとも出版社から要望されたものなのか…。この著者なら同じ題材を用いてもっと良い本が書けると思うと、大いに不満。『「伝わる!」説明術』がとても良かっただけに残念…。
本書には、著者による「仕事を加速する技術」がいくつか記載されている。そのうち僕が重要だと思ったのは、
- 将来の「繰り返し」に備え、情報を再利用できる形に保存しておけ。
- 将来の自分のために「コメント」を残しておけ。
- 自分の仕事振りについて記録を取り、プロファイリングを行え。
- 記録を基に、作業時間の見積もりに幅を持たせよ。
- こういった作業自体は「スキマ時間」を活用して行え。
- 機械にできることは機械に任せ、人間は「創造」に注力せよ。
といったところか。
『「伝わる!」説明術』は、オブジェクト指向プログラム設計における「デザイン・パターン」とアイデアが同じだな、と思ったのだけど、本書の内容もソフトウェア開発からのアナロジーに依拠しているな、という印象。例えば、ソフトウェア開発では再利用可能なプログラム部品を組み合わせて大きなプログラムを開発することで、毎回全てをゼロから作り上げるような労を省くワケだけど、本書が勧めているのはそのような方略を頭脳労働全般に用いよということなのだと思う(実際、本書を締めくくる最終節のタイトルは「すべての頭脳労働は、プログラミングに通ず」なのである)。著者はソフトウェア開発を頭脳労働の典型例(と言うか、極端な例)と考えて、そこから様々なインスピレーションを得ているようだ。
「ストーリーでつながるシンプル思考法」は、本書のサブタイトルとして相応しくないと思う。確かに、モノゴトの相互関係が時間軸に沿ってどのように変化していくのか、それを「ストーリー」として理解する…、という話自体はとても重要だと思うが、本書で示されている「仕事を加速する技術」とは直接は関係しないように思う。「ストーリー」が大事だ、という話は本書中にたびたび出てくるのだが、少々コジツケのような気もするし…。
考えてみると、「デコードされた情報を、再利用できる形で他人と共有しよう」という、本書で示されている指針を著者自身が実行して生み出されたのが、この本である。それは、『「伝わる!」説明術』にも、『あなたはコンピュータを理解していますか?』にも当てはまる。これこそ、嘘偽りのない、著者自身の採っている頭脳労働の原則なのだろう。
本文235ページ程度。
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Kota's Book Review

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