
今、必死に整理しているのは歌謡曲やニュー・ミュージック、その他、ラジオでがんがんかかっていた洋楽等のシングル、EPレコードである。
お店のバック・ルームに溜りに溜まり、恐らくは1000枚以上あるだろう。滅茶苦茶面倒クセ〜と長い間放置状態になっていたものである。
面倒くさいのでこれらは30円という統一価格で放出することにして作業に入る。ちょい傷盤は入り口表にある TAKE FREE RECORD コーナーへ。
始めると愉しくなって来た・・・
いつも見ているので懐かしいという感覚などなかったはずなのに、面白いな・・・
盤を拭きながら(一枚30円だっていうのに・・・手間だ)
ああ、ランちゃんは可愛いなあ・・・
今までいろんなアイドルが登場してきたけど、この頃までのアイドルの乙女っぽさが丁度いい・・・
未だに僕がいいなあ・・・と思うタイプの女性ってランちゃんを彷彿とさせるコだ。
ルックス、持ち歌という総合的な部分では松田聖子を超えられる存在は出ないだろうけれど・・・ランちゃんは生命体として好きだ。
ドリフでの志村ケンとの絡みもサイコーだった。
シブがき隊がいっぱい・・・
三人ともジャニーズ事務所を円満退社して今でもご活躍のようである。
HA!・・・別にどーでもEことか!
だが僕が高校生の時、川湯町にNHKのど自慢がやってきて友だちが NAI NAI 16 を歌っていたのを思い出し、歌詞を読んでみることにした。
「授業中に手をあげて俺を好きだってもし言えたら抱いてやるぜ
・・・じたばたするなよ世紀末が来るぜ ほしけりゃ今すぐすがりつけ!」
なんと!こんなこと歌ってたのか!
全然気にして聴いたことなかった!
それにしても女性に対して超強気で上から目線の歌詞なのだが、なんだかんだで最後まで読むと「お前はソープへ行け」と突っ込みたくなるような実にお馬鹿な歌詞だ!素晴らしい!
まあ、そんなふうに、どうでもいいことを思いながら、ふと遠くを見て思ったのだ・・・
ああ、レコード業界って、こういったどーでもいいものに支えられてきたんだ・・・と。
昭和の頃・・・
別に音楽が好きとかいう人間がレコード屋に足を運んでいたわけではない。
百恵ちゃんが好きでシングル、アルバム全て持っている。
僕は淳子がいい。
僕はアグネスがいい(ブログのタイトルはアグネスちゃんこ鍋・・・)
郷秀樹五郎その他、いつまでも書いていられるくらいにアイドルのレコードはいっぱいあり、当時はヒット曲といえば万単位は当たり前。
そして、歌謡曲を支えてきたプロの作詞、作曲家のお仕事といったらそれはもう見事であった。
山下達郎は「歌える音域が狭いアイドルの娘のために、しっかりと音符の高低を考え、歌詞を追って歌えるように無理のない構成で仕上げなければならない・・・(たしかそんなこと)」と語っていたが、これって簡単なことではない。
昭和の時代、アイドルたちはお茶の間にいた。
そしてへたくそな歌を歌う連中も多かったがそれはそれで楽しかったのだ。
オーディション番組も人気があり、緊張しまくりでやっと歌い終わり、今にも泣き出しそうな女の子に、欽ちゃんが「がんばったねー」っていう暖かい文化であったのだ。
あれ、いつからか、アイドルは歌わなくなったのだろう??
そうだ、平成イか天くらいか・・・
昭和が終わり、バンド・ブームが到来し、アイドルのいる場所がなくなってしまった。
そして極端な話、バンド・ブームはお茶の間のおばあちゃんの居場所をも奪ったことだろう。
そうして負のループが始まりだしたのだ・・・きっと・・・
ただ売れないアーティストをデビューさせる負のループの今よりも、アイドルを発掘していた時代の方がまだ楽だったろうに・・・
アイドル全体で作り上げていた収入は凄かった。
内容は置いておいてよい。
お茶の間の為の存在。
理想の彼女、王子様、そういう文化は数字を底上げしていたのは間違いないのだから。
恐らく、SMSというメーカーなどは吉川晃司を売ったお金でキンクスをリリースしていたのだと思う。
そうして僕やキミは、その恩恵を授かっていたってことだろう・・・。
本当に30円のシングルたちには感謝しなければ・・・
しかし、アマゾン流域の森林ではないが、一度破壊した環境ってやつはなかなか元に戻らないもんだ。
ああ、無情・・・
現在では、やたら親や友だちに感謝しまくる自称アーティスト(特にヒップホッパー)や、カラオケ直行サクラ系の歌が流れているが、お前らに応援エールを送られなくったって皆、今の時代は充分忙しい。したがってかえって邪魔になっているのだ。はっきりいってお前らの言葉は・・・
ああ、「負けないで菌」は根強い・・・
僕は明日も30円の「ルビーの指輪」を聴きながら仕事に勤しむ。

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